第6話ポーション、騎士団長の命を救う。

 質素な作りの宿屋の様な建物の中をバタバタと全力疾走する男がいた。

 それは先ほど、錬金術師の男にポーションの作成を頼んでいた兵士。

 彼は一室の扉を無遠慮に音を立てて開けた。


「だ、団長! ぽ、ポーションを手に入れてきましたっ!」

「い……いらないって……言ったでしょ。返してきなさ……い」


 団長と呼ばれた女性はそう呼ばれるにはどうしても違和感があるほど若く見える。華奢な体に可愛らしい顔から年齢は10代半ばと見受けられた。

 そんな可愛らしい外見が首から下の惨状のせいで台無しになっていた。

 包帯だらけの格好で良く見れば手首から先が無い。腹部に巻かれた包帯からは血が滲み、異常に凹んでいる所が見受けられる。腹部も欠損している所があるのだろう。

 彼女は三日前の魔物の侵攻により、大ダメージを受けた。

 酷い痛みに襲われているのだろう。言葉も途切れ途切れにしか喋れていない。


「違います! 流れの錬金術師を捕まえて新たに作成して貰った物です!」

「無駄……よ……ダメだった……じゃない。次の団長は……あなたよ。ハンス」


 彼女は唯一動かせる左手で彼の差し出すポーションを拒んだ。そう、明らかな致命傷を受けてしまった時、中級ポーションを3本も飲んだのだ。それでもギリギリのところで命を繋ぐ事しか出来なかった。


 彼女は知っていた。この町のポーションを全て徴収してしまっていた事を。今はもう役に立てない自分より、魔物を倒せる者にそのアイテムを渡すべきだと、己の命を天秤にかけてなおも告げていた。


「彼は効果が高いからここぞという時にと言っていました。中級以上の効果があるかもしれません……お願いしますっ! 俺には貴方が必要なんですっ!」


 そう言って彼は瓶のふたを開けて彼女の口に突き入れた。

 ゆっくり飲んでくださいと有無を言わさない勢いで瓶を傾けていく。

 彼女はハンスをにらみつけた。ポーションは瓶のふたを開けてしまうと一日も持たない。

 強い視線が弱まり、諦めるかのように目を閉じた。彼女はもう飲まざるを得ないと喉をならす。

 すると、ポーションを服用した時、特有の優しい光を発した。


「なっ、なに……これ……」

「あ、ああ、ああああ……」


 無くなった手の周りに巻かれていた包帯の留め金がパチンと飛び落ち、しゅるしゅるとベットに落ちた。

 彼女が信じられないと顔の前に持っていった腕の先には失った筈の手が生えていた。

 横たわったまま驚愕の瞳を潤ませている彼女を見たハンスは、嗚咽を漏らすように涙を流し、彼女の胸に抱きついた。


「え? ちょっとハンス!? も、もうっ!」


 彼女は腹部から包帯で雁字搦めのため、半裸の状態だ。

 それでも恥ずかしがる様に答えたのはポーズかも知れない。

 表情から怖かった、苦しかった、辛かったという訴えがありありと伺えた。

 そして、大事な物を守るかのように胸に埋めたハンスの頭を抱えた。

 だが、それで我に返ってしまったのだろうか? 今度はハンスが声を上げる。


「え、エリーゼ様!? す、すみません。俺、嬉しすぎてついっ。い、今どきますからっ!」


 ハンスの心の中は羞恥心、恐怖心、大興奮、様々な思いで吹き荒れていた。

 羞恥心と大興奮はさておいて、恐怖心が来る理由は一点。


 彼女の名はエリーゼ・アルール。この町の領主の長女にして騎士団の団長を務めるエリート少女なのだ。


 女の身で領主にはなれないが、領主の娘として生まれたのだからこの町を守る立場にありたいと、努力をし続けた結果、若くして騎士団団長の座に着いた。

 幼少の頃から日々の討伐に参加し、相応の能力は身についていたが大規模戦闘と言う初めての状態に何とかしようと無理をして前に出すぎた為に今回の惨状となった。

 そんな彼女をハンスは心から敬愛していた。

 だが、それは彼だけではない。

 領民も他の団員も、そして、何より領主である父親の彼も彼女を溺愛していた。

 感極まって抱きついてしまったが、この状態を誰かに見られるとマズイ。

 ハンスの頬に一筋の冷たい雫が流れた。


「ひぐっ……うぐっ……あ、ありがとう……」


 小さく掠れた声だった。

 今まで吹き荒れていた感情の渦がピタリと治まった。

 彼は穏やかな心で彼女のおっぱいの感触を味わう。


 そんな心の凪は長くは続かなかった。

 いや、幸せだからこそ一瞬に感じたのかも知れない。


 開けっ放しになっていたドアを駆け抜ける様に入って来た二人の男性により再度彼の心に嵐が吹き荒れた。今度は恐怖一色である。


「姉さんっ、今戻った! ポーションだ!」

「リーゼ! リー……ゼ?」


 ハンスはこの声を知っていた。

 自分達が守るべき主、そしてその嫡男である。


「え? いやぁっ! ハ、ハンス? 離れて?」


 彼女は困惑していたのだろう。家族にこんな姿を見られたことに。

 だがその言葉のチョイスが宜しくなかった。


「き、貴様ぁ!」

「今すぐ姉さんから離れろっ!」

「ま、待って! ち、違うの!」



 ◆◇◆◇◆



「なるほど、お前は娘の為に門の前に立ち続け、行商人からポーションを買おうとしていたら、運よく凄腕錬金魔術師を見つけてリーゼを助けたわけだ。そして感極まって抱きついてしまったと。要するに? 助けたのだから襲い掛かってもいいじゃないかと言いたい訳か?」


 アルールの領主、ラリール・アルール男爵はご立腹であった。


「いえ。申し訳、ございませんでした」


 ハンス、土下座中である。


「お父様? 別に私は嫌がって居た訳ではありません。いや、これからもあんな事されたら困ると言うか、恥ずかしいので止めて欲しいと言うか……」


 絶妙に火に油を注いでいく彼女のおかげで問答は伸びに伸び、もうそろそろ夕刻に差しかかろうとしていた。


「姉さんを助けられて感極まったのならそれは当然でしょう。その癖は直した方がいいと思いますが。それより姉さんが助かった今、考えるべきはその中央のお抱えよりも遥かに素晴らしい錬金魔術師の事を考えるべきでは?」


 次期当主であるエリール・アルール。彼は怒ってなどいない。寧ろ姉の部位欠損が直るという状況を作り出したハンスに素直に感謝していた。

 嫌味の様な一言も善意からの忠告である。


「確かにな。ハンスよ。此度の一件だけは許そう。褒美も与える。今回の一件だけはな。それで……その者の名前は?」

「ハッ! 彼、立っての願いで名を伝えない事を許して欲しいと告げられました。町を守るもの達への感謝として無償で提供すると目の前で作り、去っていきました。なので名前は聞いておりません。詳しく話しますと……」


 ハンスは経緯を出会いから細かく説明し、どきどきしながら三人の顔を見渡した。

 エリーゼは目を輝かせるように「自らがそんな状態でありながらなんて高尚な心根の御方」と呟き、男爵は顔を顰め「それでは当家の面子が立たぬ……がしかし恩を仇で返すわけにも……」と唸る。

 エリールは顎に手を置いて深く思考にふけっている。


 暫くしてエリールが顔を上げた。


「では、その錬金魔術師が求めているものを考えましょうか。我らの面子を保つ為、御礼はせねばなりません」

「ふむ。確かに貴族と言った訳でも無い。ハンス経由で礼をしても失礼にはならぬか。何もせぬよりはよっぽどいい」


 ラリール男爵も漸く頭が冷えたようだ。彼らは今まで聞いた内容から錬金魔術師

の求めるものを考える。


「まずは強さですね。夜通し狩りした理由として本人が言っていましたので」

「うむ、後は自由だろうな。権力はいらぬから自由が欲しいと言う者も結構おる」

「あっ! 彼との雑談中に綺麗な顔立ちな者が多いが女性もそうなのかと問われました。あの表情から察するに結構な女好きかと」

「ハンスは最低ね。無償で町の為にとこれほど高額なものを提供してくれたのよ?」

「ああ、ハンスは最低だ。エリーゼ、わすれるな?」

「女性か……上手く行けばこの地に留まって頂く事も……?」


 途中から様々な思惑が吹き荒れ、話は収集を見せないかと思われた。

 だが、彼女の一言で終結に向かった。


「ならば、私がハンスと共に門の守護に立ちましょう。彼の自由を阻害せず、御礼を告げ、彼の要望を知る。それで何の問題もないでしょう?」


 その問いかけに男爵も一応の納得を見せた。


「あの、では残りのポーションは如何致しましょうか? 全部同じ効能かは分かりませんが、流石に他の兵士に使っちゃダメですよね?」

「残りとは?」


 そこでハンスは報告に漏れがあった事を思い出した。

 ポーションを作ってもらったとは告げたが、本数を告げていなかった。

 再度、怪我をした兵士達を含めた本数を頼んだ事を告げた。


「そ、その場で41本の本数を仕上げたと言うのか!?」

「一人前の錬金魔術師でも中級を10本も仕上げればぶっ倒れると聞きますが……」


 その上の物となれば更に魔力が必要となる。最上級ともなれば、一日1本作れるだけで国のお抱えになれる程だ。と聞かされてそこまでは知らなかったハンスが息を呑む。


「ハンス、これは鑑定してからです。お父様達が買ってきてくれたほうを全て兵士に回します。ただ、その効能で足りない場合は遠慮なく使って下さい。その方のお心に反してしまうでしょうから」


 流石は若くしても騎士団団長だろうか。二人が驚愕しているなか、冷静に判断し指示を出した。


 ハンスはこれ幸いと物の場所を尋ねてそそくさと退室し、息を吐く。


「あ~、死ぬかと思った……でも、リーゼちゃん、助かったんだよな。今度あいつに礼を言わなきゃな」


 退出したその場で『リーゼちゃん』と呟いてしまう辺り、うかつな奴である。

 大人気の彼女は団員全員から影ではリーゼちゃんと呼ばれていた。



◆◇◆◇◆



 時を置き、身なりを整えたエリーゼと共にラリールの書斎へと移動した彼ら。

 テーブルの上には話題の錬金魔術師に作られたポーションが置かれていた。

 今現在、『鑑定』持ちの兵士を呼びつけて待っている最中である。


「……ですが、信じられませんね。最上級ポーションですら、あれほどの欠損を直すのなら3本は必要でしょう」

「足りぬ、5本だ。だが、実際に起きた事。リーゼを信じないわけではあるまい?」


 男爵は首をゆっくりと横に振り、顔を歪めて本数の訂正をした。過去にその様な記憶があるのだろう。

 本来大凡の本数が分かるだけでも勤勉に過ぎるのだが、経験者の言葉は重い。

 エリーゼも「本当よ。意識ははっきりしていたわ」と告げた。


「当然です。信じられないのは何故そこまでの効能を出せたのかと言う事です。いや、今考えるべきはそこではなく、その方にどうやってこの地に残っていただくか。話を聞くに事情持ちの流れ者でしょう。すぐさま他へ行ってしまうやも知れません」


 どうやらエリールは彼をどうしても手元に置きたいようだ。それもそうだろう。彼がこの町でポーションを作り続けたら、凄い勢いで人を呼び、同時にお金を落としていく。上級ポーションですら町の売りに出来るのだから、最上級の更に上などどうなるか検討もつかない。

 そうなってくれればこの町は急激な発展を遂げる事になるだろう。

 もしアルール家のお抱えにでも出来ればその利益は計り知れない。


 魔物の侵攻に怯える必要すらなくなる。人が増えれば、冒険者の仕事も増え、冒険者が増えれば定期的に魔物が狩られるのだから。

 だから考える。どうなるのが一番いい形に収まりそうか。

 そしてエリーゼに目がいった。

 華奢で小さく、とても可愛らしくキリッとした金髪の16才の少女。一つ年下のエリールよりも更に下に見える。

 そんな外見でありながら実力も持ち合わせる騎士団長様と言うのも魅力の一つと言えるだろう。


 エリールは懇願する様な瞳で姉を見つめた。


「姉さん、結婚してくれませんか?」

「な、何を馬鹿な事言ってるの! 私は貴方の姉よ!?」


 エリールは、ポカンと口を空けた父を見て思う。

(ああ、今のは私が間違ったのですね。思わず前置きを忘れてしまいました)


「違いますよ、姉さん。その錬金魔術師の方とです。勿論、苦痛を感じてまでの必要はありませんが、彼でもいいと思えるのであれば……」

「ば、ばかもんっ! 何を勝手な事を言っておるのだ!」


 憤りを見せる父親を観察してなお確信した。ハンスの時ほどに心を揺らしていない。当然分かっているからだろう。最上級の上を作れると言う凄さに。

 もし、姉が溺愛されていなければ、家名を持って命じられてもおかしくないレベルだ。私心は捨て、一身を賭して手に入れろと。

 当然エリールもそこまでは望まない。

 だが、話を聞く限り心根も良さそうな人物。

 せめて彼が権力者であろうと不自由を感じないくらいのつながりを持てればと考え、このチャンスを逃したくはないと気がはやっている様子。


「ま、町の為になるのよね? ……分かったわ。頑張ってみる。だけど上手く行かなくても知らないからね」

「わっ、わしは許しとらんぞ! お前達、どんどん言う事を聞かなくなりおって!」


 話に心が追いつかないラリールを傍目に子等はすまし顔で思案に老ける。

 そして逸早く考えを纏めたエリールが父に視線を向けた。


「父上のお言葉を守っているのですよ。『皆が一丸となって領地に尽くす。時に心に反しても』という言葉を」

「ぐっ、何故お前はそこまで賢いのだ。まだ成人したばかりだと言うのに」


 ラリールは忌々しそうに脱力する。これでは自分も私心を捨てなくてはならないではないかと。そして、脱力をしすぎて椅子からずり落ちる。


「あはは。おかしい、お父様ったら。でも、私もその言葉を胸ここまで頑張って来たのですわ」


 そこは『うふふ』でしょう? などとエリールは叱責言葉を飛ばすが、彼女の笑い声でどちら着かずの空気が急激に弛緩した。

 天才と称されるエリールだが、姉には敵わないなと呆れ顔で溜息を吐いた。


 そこで、ノックの音が響く。


 どうやら、呼び出しをしていた『鑑定』持ちの兵士が来たようだ。

 早速、彼に命じてポーションの効能を調べさせた。


「『鑑定』……えっと、これは一体……え? いや……」


 領主直々に見守る中、一本一本持って困惑をしながらも『鑑定』を行っていく。

 そして、40本の鑑定を終えた。

 だが、いつまで経っても兵士からの説明がない。

 どうしたのだ、早く言わぬかと言葉を急かす。


「し、失礼しました。信じられない結果ですが……そ、そのままにご報告させて頂きます」


 効能値は数値で表示される。

 下級が100、中級が200、上級が500、最上級が1000となる。

 なので下級ポーションで『鑑定』を行えば


 下級ポーション

 HPを100回復。


 とだけ、頭の中に浮かぶ筈である。

 だが、彼の書き出した言葉はそのような簡潔なものではなかった。


 神野剣也のポーション

 魔力補正により効果を上昇

 熟練度補正により効果を上昇

 加護により効果を上昇

 HPを5000回復

 ポーション回復上限到達品

 

「と、結果が出ました」


 兵士は最後に焦った様に、他の物も調べたがスキルに異常は感じられなかったと、自分でも信じられないと付け加えた。

 その様は、嘘をついているようには見えない。


「ま、まさか、ありえぬ……本職の商人を呼べっ!」

「お、お待ち下さい父上、その相手も慎重に選ばねばなりません。か、仮にですが、兵の言った表示が全て事実であったとすると……」

「ええ、回復量5000なんて国宝にするべき物よね」


 エリーゼのその言葉にエリールはゆっくりと首を振った。

 問題はそこでは無いと。


「ポーションの品名です。神野剣也のポーションとなっていたのですよね」


 兵士は再度『鑑定』を使い、『はい、間違いありません。読みはかみのけんやになります』と言葉を返す。


「……であれば、神の剣である方が作った回復ポーションという風にも取れます。上限に到達した為に付いたのであれば、剣という表記に違和感を感じますし」


「「――っ!?」」


 エリールはゆっくりと頷く。そう、その認識を持って欲しいのだと言わんばかりに。


「どちらにしても、そのお方に失礼をしてはいけません。このポーション一本だけでも、どうお返ししても足りないのは明白。真偽を確かめつつ、慎重に取り計らっていきましょう」

「うむ。本当に神の使いなる御方であれば、この領地の為にと時間を使わせる訳にもいかぬな。だが、その方がわが領地の為に心を折り、このような配慮をしてくださるとは……本当に神は見守って居て下さるのだな……」


 ラリールとエリールのやり取りをぼーっと眺めるエリーゼ。

 その顔は紅潮し、少し焦点が定まっていないかの様に見えた。

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