第5話色々な失態。宿屋の件が一番酷い。
コンコンコン
ノックの音がして気だるげに声を上げた。
「まだねむいぃぃ。あとごふ……ごふん」
掛け布団を抱きしめてそんな事をのたまうおっさん。
それを外でやってしまったのを知るまでにはもう少し掛かった事を切に恥じた。
「おはようございます。朝食をお持ちいたしましたので失礼しますね」
「あしゃー? あしゃなのー?」
「はい、朝ですよー。せめてご飯食べてからもう一休みしてくださいね」
「やだっ。まだ寝るっ!」
「ぷっ、わかりました。朝食はおいておきますね。食べ終わったら食器を戻してください」
「うーん」
バタンと音がして静かになった。
◆◇◆◇◆
強い日差しを浴びて自然と目を覚ました。
「ふむ。面白い夢を見たな。さて、朝食を取りに行って変な夢を見た事を話題にでも……」
立ち上がり、テーブルの上を見た。
そこにはしっかりと朝食が置かれていた。
「ぬぅぅぅ、ぬおおおおおおおおおおおおっ!!」
声にならぬ声を張り上げ、ベットの上で蹲りのた打ち回った。
パタパタと音が近寄ってくる。
バタンと開かれた戸の先にいるのは夢の中に居た少女だった。
「ど、どうされました!?」
「さっきの事は……忘れて……ください。後生です」
「ふふふ、『あしゃ』苦手なんですね?」
「ぬおおおおおおおおおおお!!」
「ご、ごめんなさい。冗談ですから。他のお客様にご迷惑ですからっ」
そう言いつつも彼女は楽しそうに笑っていた。
ああ、どうしよう。お気に入りになった宿なのに。今日も泊まるというにはハードルが上がりすぎた。
というか、彼女が出て行くそぶりが無い。どういう事だろう。
まだ、辱めたいのだろうか?
「結局食べてないんですね。もしかして今まで眠ってたんですか?」
「え? あ、はい。すみません」
少し呆れたように言われ恐縮してしまった。
「じゃあ、すぐに食べちゃって下さい。持ってって洗わないといけないので」
「あ、分かりました。食べてすぐ持って行きます」
「ダメですぅ。また寝ちゃうんですから」
「ぐぬっ、ぐぬぬぬっ」
腰に手を当ててまるで妹か幼馴染の様に言ってくれる彼女。
先ほどの件さえなければ夢見心地になれたというのに。
仕方が無いので朝食がつがつと食べて食べ終わった食器の上に銅貨を10枚ほど載せた。
「口止め料プラスチップです。お納めください」
「仕方ありませんね。今日の事は忘れましょう! って、こんなに? 普通一枚ですよ?」
「どうぞ、お納め下さい。そして可及的速やかにお忘れ下さい」
「えへへぇ、じゃあ遠慮なく頂きます。明日の朝も朝食を運ばせてもらいますのであしからず」
ニヤニヤと笑みを浮かべ部屋を後にする彼女。
折角の朝食を味わう事も出来なかった。でも結構上手かったな。
うん。あの一件に目を瞑れば悪くない。というか最高だ。
という事で、気持ちを切り替えて今日は何をしよう。
魔力をかなり食うサンクチュアリをあれほど打てたのだ。通常の戦闘程度なら魔力切れの心配は一切ない事が分かった。普通の攻撃魔法程度なら連射でも1000発とかいけるんじゃないか。
ならば、もう初心者ゾーン卒業してもいいな。
測定した魔力量が魔法使いのレベルカンスト時のものであれば、適正80レベルの所に引き上げても余裕だろう。『シールド』を適度にかけ直せば80レベルの魔物でも棒立ちしたままで居られる筈。そんなアホな真似はしないが。
となると、町を移動する事になってしまう。だが、折角顔見知りも出来てきたしもう少し居たい所だな。せめてさっきの子に彼氏が居るのかくらいは知りたいところ。
となると、ダンジョンだな。確か人気が無かったが、中級ダンジョンが始まりの町レウトのすぐ近くにあったはず。始めた当初はいつか攻略してやるなんて意気込んだけど、適正になっていってみたら美味しくないというね。
適正60レベルから120レベルだったか。
アンデットのみで、HPが多いか物理耐性持ちでダメージが通らない。その上経験値が他より僅かに少ない。だから効率はかなり落ちる。ドロップも大した物が無いので嫌煙されたダンジョンだ。
だが、今の俺ならば……
◆◇◆◇◆
昨日と同じ準備を済ませ、ロープと麻袋を購入。一応ギルドにも寄って依頼書とにらめっこ。それから4時間も移動に時間を取られて漸くたどり着いた。その間に『サンダーレイン』と言う魔法を放ち魔力の測定をした。驚く事に魔法使いカンストの回数を余裕で超えていた。
安堵を覚えつつ、たどり着いた場所を見渡す。
その場所は墓地が並び、大地が赤黒く、空気もどんよりとした場所。
中心にむき出しになった下り階段がある。そここそが目的地だ。
さっそく降りてみると長らく放置されていたのか、アンデットの数がパンパでは無く一歩踏み入れた瞬間回れ右しそうになったが、『サンクチュアリ』からの『ターンアンデット』最強伝説が始まった。
「やばっ経験値うまっ!」
レベルも見れず、ログが無くても分かってしまう。思わず声が出るほどだった。
『シールド』『フォートレス』『隠密』を起動して部屋を移動。通路からも見渡しのいい場所で『サンクチュアリ』を張り、アンデットたちが一切何も出来ない中、無詠唱の『ターンアンデット』でポンポンと消えていく。無音の中、魔石が転がる音ばかりが響く。
因みに『隠密』は攻撃を仕掛けると自動解除される。戦闘中または誰かが視認中は再びオンにすることは出来ない。だから『サンクチュアリ』を敷くまでのつなぎに使っている。
「解体無いと楽でいいな。魔石拾うのが面倒だけど」
アンデットだからか、ダンジョンの仕様なのか。今の所、倒した後は魔石以外何も残らない状態が続いている。
この速度、この量で最下層まで攻略できたら、一体何レベルまで上がるんだろうな。『ターンアンデット』は本来失敗がある分、省エネ魔法だから多分昨日使った量と同量のMPが使えるのなら余裕でいけちゃうはずだ。
魔力が高すぎて120レベル程度なら確殺だし。
ゲームより早いってどういう事だよ。MPはマジックポーションでどうにか出来ても、『ターンアンデット』は決まらないのが続くと死ねるからな。
『サンクチュアリ』を毎回敷くなんてMPが食い過ぎて普通やれないし。
魔力チートマジやべぇな。視線を送って『ターンアンデット』と念じるだけで一発昇天だよ。
そのまま、地下へと階層を降りていく。
少し勿体無い思いもあるが、この袋じゃどうせ全部は入らないのに気がつき魔石を拾うことも止めた。
最下層の一番高いやつを出来るだけ持ち帰ればいいだろう。
なんだかんだ出てくるのが遅かったからもう夜10時だ。薬草系の採取をして帰りたいし余り無理もしたくない。採取に2時間、採取場所に遠回りするから移動に5時間、だから今から使う時間が3時間程度に済ませられれば開門と同時に町に帰れるはず。
いや、3時間もあったら余るな。もう次で最下層だし。薬草採取に時間掛けるか。町に戻っても入れないんじゃ意味ないしな。
それにしても単調な狩りは飽きる。というかこれ狩りなのか?
視界に収めれば終わる戦闘。酷すぎる。
さて、そろそろボスだな。レイスクイーンだったか? ボス属性に『ターンアンデット』は効かない。『サンクチュアリ』も進入してくるんだよな。ものすっごい勢いでダメージ入るが。
危険か? いや、あいつ魔法主体だし『マジックシールド』付けとけば余裕だな。実際、魔法使いでもソロできるくらいだし。
ボス部屋前で作戦を立てて問題ないと確信が持てたので中に進入した。
ゆらゆらと赤黒い光を漂わせながら浮かぶローブ。その隙間から所々骨が見える。無いはずの目がキラリと光ってみえると、急速にこちらに移動し始めた。
その進行方向に『サンクチュアリ』を計5個敷いていく。
『マジックシールド』『シールド』の防衛用スキルと『聖なる歌』(アンデットに能力低下、移動阻害)のスキルを発動。まだ使えるスキルはあるがこれで十分だろう。後は攻撃だ。
『エクスヒーリング』を連発しようとするが一発目のヒールでレイスクイーンは落ちた。
他の魔物と違いゆっくりと灰になるように消えていく。
マジか……『サンクチュアリ』どれだけダメージ入ったんだよ。
残ったのは他の120レベルレイスの倍はあるであろう野球ボール程度の魔石。
他は一着のローブだった。広げてみればレイスが着ていたようなぼろぼろの物ではない。色こそ赤と黒だがその色彩は上品なものだった。
リアルではない、ゲーム要素が出てきた事に違和感を覚えた。
元々魔法があったりする世界だが、敵が持って居なかったものまで落とすとは思わなかったのだ。現にフィールドの戦闘では一度もこんな事はなかった。
とは言え、何が分かる訳でも無し、一応の知識として頭に入れてそういう仕様だと飲み込むしかないか。
さて、これはなんだろうか。
『目利き』『鑑定』
あー、あったよこんなの。こいつが落としたんだっけか? ここ仲間内じゃ誰も行かないからもう忘れちゃったよ。
名前は愛される者のローブ、隠しパラメータの魅力が上がるから魔物使いとか召還師に人気があった一応使い道のある装備だな。
にしても、レイスのクイーンが愛される者のローブを落とすって何か切ないな。
あいつがこれを着てれば愛されたのだろうか?
愛される…………っ!?
早速着てみよう。
……これはこれで愛してアピールみたいでちょっと恥ずかしい。でもまあ丁度いいんじゃないか? ほら、コートが無くなっちゃった訳だし? うんうん。
じゃあ、早速魔石の回収しながら薬草採取にでも向かうかな。
早く町に帰りたいし。宿屋に戻りたいし。
◆◇◆◇◆
いやー遠かった。やっと薬草の群生地帯ついたわ。
これ予定時間越えるな。ダンジョンが早く終わったからそこまでは予定とずれて無いけど。てか元々ダンジョン狩り尽くせるなんて思ってなかったし。時間は掛かったが万々歳の結果だ。
肉体性能面でもレベルアップしているのがかなり実感できてるしな。
さて、ここで取れる薬草はオーソドックスな三種類。
薬草、魔力草、毒消し草だ。
ガンガン作って売りさばきたい所だが、ポーションは効果の差がありすぎる。
売る時も売った後も面倒な気がするから自分用として薬草10房に毒消し草と魔力草2房ずつで十分だろう。
求められすぎて狩りに行き辛い環境になっても困るし。
アイテムボックスが開ければ馬鹿みたいに作って入れておくんだけどな。
てか開けるなら各種計3万本は入ってるんだけど。
まあ、十分チート仕様だ。贅沢いっちゃイカンな。
そもそもMP切れないから回復もしほうだ……ポーションいらなくね? 毒も魔法で……あー、まあ一応ね。でも薬草も5房でいいかな。
ヤバイ。20分も掛からずに終わってしまった。このまま帰っても1時間は開門持ちだわ。
うーん。どうしよう。クエスト関連がどうなってるかを調べるか?
いやいや、どうなってるも何もなかったよな? まず居る筈の場所にNPCが居ないし。しかもあんな2Dのやっとドット絵卒業しましたなんて顔のNPCがリアルになったら判別つくわけないし。流石に名前まで覚えているほどじゃない。
あー、でも魔物に襲われる村を救うクエストは三つほどあったな。あれなら有無が分かる。ただ、ちょっと遠いな。流石に一日は掛かるだろう。一時間余ったからどうというレベルじゃない。
仕方ない。攻撃魔法の効果範囲とか調べとくか。他の人巻き込んだら洒落にならん世界だし。
それからゆっくりと歩きながら魔法とスキルの検証をしながら帰った。
町に着いた頃には丁度良い時間になっていた。
いざ門を潜ろうという所で知っている顔にあった。
「……お前なんで外から来るんだよ。仕事なかったのか?」
「いえ、おかげさまでこの通り、装備も一式揃いました」
「いやいやいや、おかしいだろ! お前嘘ついたのか!?」
と、難癖を付けられてしまった。だが、昨日の今日だ。それもそうだろう。この難癖を責める気にはなれない。
「幸運があったのですよ。着ていた服がものすっごい高値で売れたのです。びっくりしました」
「あー、結構いい身なりしてたものな。だが、何で外から来るんだよ」
「頑張って徹夜で魔物狩ってきたんですよ。強くなりたいので」
「マジかよ。流石に死ぬぞ?」
彼は呆れた様な視線を送り、心配してくれたようだ。そう言えばこの前の借りを返すのに丁度いいのではないだろうか。と、最下級ポーションの中身を捨ててその場で魔法水を精製し、ポーションを作成した。
店売りのと比べると最上級回復ポーションよりも回復量が数倍あるポーションだ。意図的に効能を落とせないのが今はちょっと不便に感じる。
「あの、この前の串焼きのお礼です。結構効き目の強いポーションなのでいざと言う時に使って下さい」
「なっ!? お前錬金術魔術師だったのか!? な、なら頼みがあるっ!」
猛る衛兵さんにがしっと両肩をつかまれた。
あれ? 何か話が変な方向に……
やっちまったか? 普通に話せて良い人だったからつい目の前で作っちまったけど……
まあいいか。町に快く入れてくれたのは仕事だとしても金のない俺に飯を奢ってくれたり、ピンチになったら来いと言ってくれた恩は大きい。
リスクがありそうだけど、この人の言う事なら一応聞いて考えてみよう。
って、この流れならポーション作ってくれって言うのだろうが。
市井に最下級が数本しか出回らないほどだ。冒険者に魔物を討伐して欲しい領主側が買占めなど相当切羽詰っているのだろう。
「な、何でしょう?」
「ポーションを大至急で30本ほど作って欲しいんだ。出来れば今すぐにでも! 勿論材料は用意する。頼めないか?」
「一つ条件があります。俺の名前を出さない事。偉い人からの呼び出しとか困るので」
「そ、そんな事でいいのか?」
「ええ、貴方には恩がありますから。この場で作ってしまうので材料の用意をお願いします」
思いつめた顔で頷くと彼は一目散に町の中へと駆けていった。
うーん。流石にこれは足がつくよな。
200レベルくらいまで上がってれば気にする必要も無いんだけど、弱い今は時間を取られるのとか面倒ごとは困るんだよな……
あの宿屋は捨てがたいが今日一泊したらここを出るか。
彼を信じないわけじゃないが、領主から言えと命令されたら言うしかないのは仕方がない事だし、今引き受けた俺が悪いという結論になる。
ま、悪い事した訳じゃない。多少の事は今でも対処できる。そこまで悲観的になる事でもないか。
と気持ちを取り直すと早速彼が袋を二つ抱えて走ってきた。
早いな。もう既に確保してあったのか。
「頼む! 魔法瓶と薬草だ」
「分かりました。今すぐやります」
『マジックウォーター』『クリエイトポーション』と、一個一個薬草を持って唱えてを繰り返し行う。何故か40本用意してあったので全てにポーションを込めた。
「あ、ありがとう! 代金をすぐに持って来よう。暫く待っていてくれ」
「御代はいりませんよ。じゃあ俺はこれで。もう眠くて仕方が無いので」
「いや、そんな訳には……」
「本当にいりません。町を守ってくれている方々へのお返しと言う事で」
「か、感謝する」
深く頭を下げられ逆に少し怖くなりながらもとりあえずもう寝たいと小鳥の囀り亭へと歩を進めた。
「いらっしゃいま……あー昨日は逃げましたね? まあ、今日来てくれたので許してあげます。お食事はありですよね?」
こちらを指差しながら楽しそうに近寄ってきた少女。
かなり距離感が近い。若さの特権だろうか? こちらとしても嬉しいことだが。
「はい。それともう寝ますので夕食はいりません」
「はっ! まさかっ! 朝起きる為に!?」
「そうだよ。もうキミに醜態晒したくないからね。って、口止め料が仕事してねぇ」
「あははは! そうでしたそうでした」
彼女の距離感の近さに影響を受けたのか、久々にリラックスした状態で素の言葉を返していた。
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