第19話吁







 生垣の迷路を歩いている。

 鋭く尖った棘が目立つ生垣には、白い薔薇の花が疎らに咲いている。

 歩む地面は枯れ落ちた白薔薇の花弁が絨毯のように溢れていて、大西が歩く度にかさかさと些細な音を立てた。

 前を歩く少年がゆっくりとした歩調で進むので、大西は何の気なしに生垣へ手を着いては、うっかり棘が刺さって顔を顰めたりしている。

 指先から垂れる血を舐めると、なんとも上手くない鉄の味がして、顰めっ面が深くなる。


「お前はさ、アイツの時間なんだろ」


 手首を振って傷口を冷ましながら、前を行く少年を追いかける。


「さて、どうでしょうねえ」


 振り返りもせず、立ち止まることもなく、ただ平坦な言葉が返される。


「そしたらさ、俺はお前も壊すのか?」


「君に僕が壊せるんですかねえ」


「物理以外で頼むわ」


 少年はゆっくりとした歩調で進んでいるが、生垣の角を曲がってしまえば姿が見えなくなる。

 少年は極稀に大西をからかうきらいがあるので、念のため、角を曲がる時だけ大西は早足になる。

 足音立てて後を着いて来る大西に、シロウはほんの少し肩を揺らした。


「心配せずとも、君が望む限りは傍にいますよ」


「別に頼んでねーよハゲ」


「ハゲてないでしょうが」


「まだらだろうが」


 語弊がありますよ、なんて呟きながら、それでも振り返らずに前を行くので、大西はつまらなく思って、傍らに咲く花に手を伸ばした。バキリ、




 生垣に咲く薔薇が、地を埋め尽くす花弁が、白から薄紅へと色付いて来た頃、前方に茶色くて頑丈そうな扉が見えた。

 他の曲がり角に見向きもせずに、その扉の前で立ち止まった少年に、大西は怪訝な顔して辺りを見回した。


「どうしたんですか」


「鍵の動物は?」


 その場所には棘まみれの生垣と、生垣に咲いた薄紅と、前を塞ぐ茶色の扉しかない。

 扉には銀色のノブの下に鍵穴が存在していたが、毎回邪魔なトコに居座る獣はいなかった。


「全ての時間に存在するとでも思いましたか?浅はかな」


「お前は本当に後出しだな」


 脇に立ったシロウの横は悪態吐きつつ通り過ぎ、茶色い扉の前に立った。

 右手から銀色の鍵を現し鍵穴に差し込めば、ピタリと穴に納まったので、そのまま時計の針と逆回りに力を込める。

 カチャン、小気味よい音が響き、鍵が忽ち灰へと消える。

 銀色のノブを握り締め、扉を開いた。






 ◇◆





 だってさぁ、考えてみてよ

 そりゃ、周りの奴らに聞いてみても、みんなお小遣いで用意してたりするけどさ

 僕んとこの小遣いは小遣いってレベルじゃないみたいだし、いやこれ自慢なんだけど、僕は手取りって呼んでるんだけど

 毎月二十五日の振込み制だし

 それでもさあ、母親への贈り物をさ、母親の金で買うってなんか意味わかんなくない?

 もう片方とタッグを組んで用意するとかいうのはまあ僕は無理なわけだし

 世の中は未成年の心構えに配慮が足りないし

 そうなりゃ他の親戚とタッグを組むしか無いわけじゃん?

 母方の親戚とか顔も知らないし、必然的に残ってるのは鬼婆しかいないわけじゃん?





「いらない」


 言わなきゃ良かったよね

 いっそ母上様のお金で買いましたと申せば良かったよね

 むしろ何も言わなきゃそう思ってくれたよね


「せっかく買ってくれたのに」


 はい余計ー!今のは余計ー!

 出ましたよこの口がー気を抜くとすぐいらないこと言うんだからもー!


「また私が悪者なの?」


 したことねーからー!!

 愛と平和について訴えただけだからー!

 ああーほらーまーた泣いちゃったよこの人

 こうなるともう話なんかまともに聞いちゃくれないんだから


「貴方のために頑張ってるのに!貴方はいっつもそう!家のこともろくに出来ない私を見下して!本当はむこうで暮らしたいって思ってるんでしょう!」


 もうこれお祝いどころじゃないからね

 下手に返事すると益々止まんなくなるし

 止まらないとそのうち過呼吸起こしちゃうし

 かといってうっかり部屋に籠るといつの間にか倒れてたりするんだよなあ

 結局隣で本でも読んで聞き流してんのが一番安牌なんだよね

 色々飛んでくるけど


「そんなにここが嫌なら勝手に出ていきなさい!!私だって一人のほうがずっといい!!貴方なんかいないほうがずっと楽よ!!」



 顔合わす度にこんな調子じゃ、そりゃあそうだろうと思うよ

 今さら何とも思わんな


 ていうかコレどうすんの?

 ぜんっぜん僕の趣味じゃないんですけど?

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