第13話挟往







ユキはとんでもないワガママ暴君だ。

泣いてばかり、怒ってばかりの癇癪玉だ。


みんながユキを可哀想と言うので、お母さんがユキにごめんなさいと言うので、ユキは自分を可哀想な子どもなんだと信じてしまった。


ユキは言葉が足りなかったのでたくさんお母さんを困らせた。

寂しかったこと、悲しかったことを上手く伝えることが出来ないので、徒に泣いて怒鳴ってお母さんを困らせた。

理性なんてものはなく、ただ思いのままに表して、感情のままに喚き散らした。まったく獣の様相だ。


お母さんはユキを悪いと言えなかった。叩くことが出来なかった。

お母さんはずっとユキに負い目を感じていた。

お留守番ばっかりのユキにずっと負い目を感じていた。


誰もユキを悪く言わなかったので、ユキはどんどん悪い子になった。


好き嫌いなんてなかったために、好きや嫌いをころころ替えては困らせた。

手料理が食べたいと強請って、作ってもらった料理にケチをつけた。

みんな持ってると喚いて、買ってもらったものをすぐに壊してしまったりした。


たくさんの人がお母さんを悪く言うのを、ユキは知らん顔していた。


お母さんはたくさんたくさん働いて、たくさんたくさん頑張って、たくさんたくさん無理をしたので、ある日ばったり倒れてしまった。


おばあちゃんがユキに本当のことを教えてくれた。

自分は誰よりも悪者なんだってことに、ユキはようやく気が付いた。

正しい人に戻る方を、ユキはおばあちゃんに教わった。


一年のうちの、たったの三週間。ユキはおばあちゃんの子になった。


そのたびに寂しそうな顔するお母さんに、本当にこれで良いのかな、間違ってないのかな、なんて悩んでしまう。

だけどユキはおばあちゃんを誰よりも信用していた。

おばあちゃんだけが、本当の悪者を教えてくれたからだ。




◆◇



ダイニングテーブルの椅子に女性が腰を下ろして微笑んでいる。

亜麻色の髪の女性は、傍らで棒立ちになっている幼い子どもに語りかけた。


「お母さんもそうだった」


「外聞が悪いから、髪を染めろと何度も言った」


「貴方も、本当は嫌だったのね」


薄茶の髪をした幼い少年は、口をはくり、はくりと動かしている。必死に言葉を探しているようだった。


「ちがうよ、だって・・・だって、お母さんが」「いつも、いつもいつもいつもっ」


溢れるように零される声は、少しずつ大きく裏返っていき、しまいには叫び声に変わっていく。


「いつも、いつもいつもいつもっ、駄目なことばかりっ、私の頑張りなんて気づいてくれないっ、努力したって何にも言ってくれない!結果ばかり!私がこんなに我慢してるのに!私はずっと頑張ってるのに!アナタはどうして我儘なの!?どうして我慢してくれないの!!?なんでアナタはわかってくれないの!!!?」


深く高く空気を震わせた声に、幼い少年は中途半端に口を開け、放心した様子で立ち竦んでいた。女はテーブルの端に投げ出された紺色の鞄を震える手で漁って黒い財布を引きずり出すと、子どもの頬に投げつけた。


「一人で行って。アナタは、一人でも平気でしょう?」


微笑みながら、女は声を震わせた。

幼い少年は口を引き結び、打たれた頬にも構わずにじっと女を見つめている。

そうして暫く動きやしなかったが、次第に女が顔を覆って啜り泣く声が部屋を満たしてしまうと、ようやっと言葉を返した。


「いってきます」


女はずっと泣いていた。







亀裂音が響く





◆◇





「これは、貴方が招いた結果です」


白い廊下。

老いた女が、幼い子どもを見下ろし告げていた。

真新しい黒のランドセルを胸に抱え、青いソファに座って俯く幼子を、老女が見下していた。


「何よりも、誰よりも、あの子のそばに居ながら、あの子をわかろうとしなかった、貴方が一番悪い」


老女は坦々とした口調で幼子を責めていた。幼子は顔をぐしゃぐしゃにして泣きじゃくっている。大西は二人から数歩離れた場所にいた。ぎりぎり手の届かない距離から過去の二人を眺めている。


「再教育をしましょう。私には、その責任と、義務がある」


能面のような顔をして、老女は幼子を見下ろしていた。

幼子は、大西が出会う前の友だ。きっと大西と出会うほんの少し前の友だ。まだ人相応に弱々しかった頃の友だ。もしかしたら、大西よりもずっと弱かったのかもしれない。


「まずは、泣くのをやめなさい。それから、己を哀れまないこと。身の程を弁えなさい。あの子にとって、貴方は只の重荷でしかない」


幼子は涙をぼたぼたと垂れ流したまま、呆然とした様子で老女を見つめていた。

濡れそぼった頬や眼が蛍光灯の光に照らされて、誘うようにきらきらと輝いていた。




友とその祖母の関係は、血の繋がった家族というよりも、気安い師弟のように見えた。

大西の前では散々口悪く罵ってはいたが、それでも本人の前では従順で、なんだかんだと言いつつも、絶対に祖母の教えには逆らわない。

絶対に手を繋がない二人の間には、家族よりもずっと深い絆が存在した。





破壊音が響いた。

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