第23話 隊長と隊士たち

雄叫びと野太い奇声を発しながら、隊士達が一斉に駆け寄ってくる。


「お!お前ら元気だったか?」


右手をあげて軽くヒラヒラとさせるファルとは対照的に、彼らの両手は今にもちぎれんばかりに右往左往している。

私と出会ってからもそれなりの日数が経過しているので、それよりも前からこの森に入ってきていたファルは、随分長いこと遭難状態だったはず。失踪どころか死んでいても可笑しくなかったのだから、無事に再会できた彼らの気持ちも分からないでもない。

ファルのおおらかな人柄を思えば、部下に慕われるのも納得だ。


「お、おい…」

「…ほぇあっ!?」


お互いの顔がハッキリと見える距離まで近づいた頃。驚かせてはならないとファルの後ろで息をひそめていた私に気づく者がでてきた。


「た、たいちょ…」

「なんだぁお前ら?…そんなに俺に会えて嬉しいか?」

「そ、そうっスね…じゃなくてっスね…」

「…照れんじゃねぇかよ…」


頬をポリポリと人差し指で掻いて、気恥ずかし気に口角をあげるファル。全員纏めて抱きしめてやった方がいいのかと両手を上げたり下げたりして悩む姿は、まあ厳つい面とギャップがあって可愛くないわけでもないが。彼らの言いたいことを察してやった方がいいと思う。私もいい加減に呆れてきたぞ…


「…虎じゃないですかっ!!」

「生きてるぅぅぅ!」

「隊長‼伏せてください!!」


猟銃を私に向けて構える兵士達に。予想していた通りの展開だと、私はさらにファルの背中に身を縮め隠す。


「…っ、ばかやろう!銃を下ろせ!!」


慌てたファルの怒髪天が轟いた。




とにかく此処で話こんでしまうと日暮れの中で森抜けをしなければならなくなるということで。「こいつは俺の相棒だから大丈夫だ」の一言でねじ伏せたファルと隊士達の全員で出口を目指すことにした。ここは足場も悪いし、獣も出るから、みな森の外に馬を繋いで来たらしい。


「隊長。その…それって、虎、ですよね・・・?」

「んあ?…あぁ、こいつはスノーだ。…虎?…こいつが?…猫だろ」


冗談はよせとばかりに部下の肩を軽く叩いて相手にしないファル。先に話が進みそうにないので、私は自慢の尻尾でファルの背中を叩きつけた。思いのほか、びたんと鈍い音がする。


「スノー?…まさか」

「(虎です)」


肯定するように鳴く私の様子に、虎だったのかとファルが二度見してきた。虎だと分かってもらえるまで八日もかかったことに私も驚きです。


「隊長にとっては猫みたいなもんかもしれないっスけど、虎ですから。扱いには気をつけてくださいよー」

「確かに似てるとは思ったが…色もサイズも違ったからなぁ」


ガシガシと髪の毛をかき乱しながら、もう片方の手で背負っていた雄虎の毛皮を後ろ指で指す。


「それはもしかして…」

「ああ。こいつが例の人喰い虎だ」


頭部と尾が無いとは言え、隊長の背丈と相違ない長さのある毛皮。連れ歩いている虎よりも一回りどころか二回りは大きかったのではないかと、隊士は肩をすくめた。


「片耳の欠損に目下の刀傷があった。間違いねえ」

「倒しちまうなんてホント、虎も隊長にかかれば猫…納得っス」

「いや、コイツを倒したのはスノーだ」

「…へ?」


隊長であるファルが殺処分したのではなく、連れている小さな虎が倒したと聞いたのだから、隊士である彼には信じ難いことだったのだろう。顎に手を当てて考え込んでしまっている。

毛皮だけ見ても雄虎が立派であることは分かる。実際、体格負けしている私が一人で倒せるはずもなく、ファルが一緒に戦ってくれたからこそ勝てた。…それでも、ファルと気軽な口調で話している隊士の彼よりも、私は二十センチは大きいのだけどね?


「…真っ白っスね」

「だろ?だから虎とは違うと思うんだよな」

「いえ…虎っスよ。初めて見る色っスけど」


やっぱ珍しいよなぁ!と、腕を組んで自慢げにするファルを置いて。一人の隊士が私の方に近寄ってきた。


「俺、…喰われないっスよね?」


腰に携えた剣を引き抜くことはしなかったものの、鉄の盾だけはしっかりと構えて私の出方を伺う隊士。緊張しているのだろう、じりじりと距離を縮めてくる彼の茶色の髪は汗でぴったりと額にくっついている。くりくりとした真ん丸黒曜石の離れ目がちょっとチワワ犬のように見えた。


「俺、隊長の直属の部下でアレンって言うんっスけど…」


虎相手に自己紹介を始める隊士、もといアレン。先ほどから特徴的な話し方が面白いと感じていた私は、彼に尻を向け、後ろ足で地面の砂を蹴り飛ばした。


「のわっ!!」


不意打ちに砂をかけられたアレンは目を瞑る。咄嗟に盾を構えて顔はガードしたものの、彼の隊服は砂だらけだ。


「…遊ばれてるな。」

「…ああ。」

「勇気だけは認める!」


様子を見ていた他の隊士達は、張り詰めていた緊張の糸を緩ませて、哀れなアレン青年に拍手喝采を贈る。


「猫が砂をかける時は“不味そう”って意味らしいぞ。嫌いな食べ物とか砂かけるんだって」

「…なるほど」


あいつは喰われないなと。遠巻きにしていた隊士たちの会話の中で「俺も砂かけされたい」と呟いていた隊士の声は皆で聞こえないフリをしていた…




「シュナウドには連絡したか?」


ぱたぱたと砂をはたき落とすアレンを無視して、ファルは他の隊員に声をかけた。


「はい!連絡済みです!」

「ランカスト様は偶然にも公務で近くに出向なさっておりましたので、間もなく来られるかと」

「話が早くて助かるな。…スノー、今日中に俺の所に帰れそうだぞ」


スノー用の布団に食事、買い出しに忙しくなるな。…ぶつぶつと独り言に忙しいファルは背後で青ざめている隊士たちに気がついていない。


「…連れて帰るんっスか⁉」

「た、隊長!?」

「そんなの許可がおりませんよ!」


どうにかして隊長を諫めようとしている隊士たちに「ファルは聞く耳なんか持たないぞ」と言いたくなる。付き合いの短い私ですら、思い込みの激しい部分があるところを目の当たりにしてきたのだから、彼らが知らないはずはない。


「俺とスノーは病める時も健やかなるときも一緒だ!」


短い八重歯をむき出しに、鼻の下を人差し指で擦るファルは幸せに満ちている。初めて出来たペットに喜びが隠し切れないらしい…が。某結婚式で言いそうな句に噴出している部下たちを気遣ってやって欲しい。


「(ねえ。みなさん絶望的な顔をしているけど…)」

「スノーも相棒と思ってくれているんだな!」


…人語を話したい。切実に。

まったく通じないファルに項垂れる私と隊士たちの耳に。


「やはり、生きていましたか」


男性にしては少々高いが、一度聴いたら忘れられないテノールボイスが届く。

木製の案内板に肩肘をかけて待っていた彼に「…シュウ」とファルの唇が小さく動いた気がする。


「貴方が死ぬなんてありえないとは思っていましたが。…帰ってくるのが遅すぎますよ」

と。長い銀髪を背中で一つに束ね、片目に丸いモノクルを装着した美丈夫が現れた。

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