第14話 猫を飼いたい

グラグラと、身体を横に大きく揺らされたことで初めて、俺は自分が寝てしまっていることに気が付いた。

こんな状況の中で無防備に寝てしまえるなんて、団員の野郎どもが知ったら強制的にベッドに閉じ込められてしまう。今までこんなに衰弱したことはなかったから、体中の怪我を差し置いたとしても、湿度と暑さの厳しい森林の環境は人間の体に堪えるということだろう。



「グルルゥ」

「…ここで休むのか?」


何処に向かっているのか分からないが、森の奥で出会った真っ白な猫は、最初から俺のことを助けてくれているので、たぶん悪いようにはしないだろう。アルバ殿下には脳筋呼ばわりされる俺だが、直感を外したことはない。



「重かったろう。ありがとな」


お互いを固定するために巻き付けた蔓をナイフで切りつけて外した俺は、お疲れ様の感謝を込めてスノーの体を肩から腰にむけて撫でてやる。

背に乗せてもらったのは、まだまだ日が高い時間だったから、月明かりだけが頼りになってしまった今、あれから随分と時が進んでいるように思う。スノーもさすがに疲れてしまったのか、自慢の耳も尾も元気なく萎れてしまっている。


「ガウッ」と何事か分からない猫語を発してから大きな木の根元に足をおろしたスノーはたぶん、“寝るぞ”とでも言っているのだろう。俺もスノーにならって腰をおろした。


どちらからともなく、体温を交換するように体を寄せ合って寝る。俺の背中を温めるようにスノーが覆い被さる態勢は、寝るときの決まり事のようになっている。スノーの体は枯草とは比べにならないほど柔らかくて寝心地がいい。

こうやって抱え込まれるような態勢で寝ると、俺の脇腹に乗せられたスノーの左前足が気になってしまう。その薄桃色の肉球に触れたくてたまらなくなるのだ。触れたりなどしたら逆毛を立てて噛みついてきそうだから我慢するが。俺の体を運ぶときにでも咥えたのか、牙でえぐられた腹はまだ痛いのだ。これ以上負傷してしまう事態は避けたい。



スノーの毛は長さこそ短いが、毛並みはなめらかで陽の光に照らされると白銀色になる。虎の橙色の毛皮でさえ値がつけ難いほどに高価だと言われているのに、スノーの白銀色に輝く毛皮なら国が買えたりするんじゃないだろうか?連れて帰ったら毛皮欲しさに大騒ぎするやつが出そうだな。そんな人間がいたら片っ端から斬りふせるか。…いや、そんなことをしたらまた殿下に怒られる。とりあえず、帰ったらまずは相談だ。



しかし、こうしてスノーと身を寄せ合って寝るのは、女と寝るのとはまた違った心地よさがある。肉体的な快楽とは別の、精神的快楽とでも表現するべきか。多種の獰猛な獣がいるという幻遠の森の中でも、大型のスノーといると俺は安心して眠りにつくことができる。

一般的な大きさの猫には逃げられがちだが、頼りがいがありお転婆さんでもあるスノーは俺に懐いてくれている。ぜひともこのまま家に連れて帰りたい。身体が大きいから、スノーには手狭かもしれないが、来客用のホールをスノーの小屋代わりに潰してしまえばいいだろう。大嫌いな我が家主催のパーティも出来なくなるし、一石二鳥だ。



ふと、屋敷の周りや街の裏通りを徘徊している野良猫のことを思い出した。猫という生き物は日中のほとんどを寝て過ごして、短い夜の時間に活動する。発情期以外は大きく騒ぐこともないし、ゴロゴロしてばかりの印象が強かった。


横になるなり、おやすみ三秒してしまったスノー。


日が昇り始めたばかりの頃に俺を起こしたのは、もしかして、俺の為であったのではないか。猫パンチまでして寝かせてくれなかった時は少しムッとしたが、本当は俺よりもスノーの方が眠たかったはずなのでは。

人間の俺は夜目が利かないから、日中のうちに俺が行動できるギリギリまで自力で歩かせるつもりで朝早く行動を起こしたのだとしたら…


「ばかやろう」


昼間はほとんど寝てばかりいるはずなのに、スノーを早朝から真夜中まで彷徨わせてしまった。


二十四歳で歩兵団長にまでなった俺は、誰かを守ることはあっても誰かに守られたことはない。だというのに、猫なんぞに手厚く介抱されて、そのことにちゃんと気が付けなかった自分が情けない。これだから殿下に脳筋呼ばわりされるのだ。俺も今回ばかりは反省しなければならない。


向かいあいになるようにクルリと寝返りをうって、スノーの額に自分の頬をくっつける。俺よりも太い胴に、腕を回して抱きしめた。


いまは少しでも早く回復して、スノーの負担にならないようにしなければならない。俺は王国歩兵団団長なのだから、自分の足で歩かなければ。そしてスノーと一緒にのんびりと暮らすのだ。













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