第11話 彼は脳筋男

人喰い虎を含めた調査にやってきておいて、この男は何をのんびりと私に話しかけているのだろう。


「スノーが足元にいた時は、人喰い虎かと思って死を覚悟したぞ!」


ガハハと豪快に笑うファルはたぶん分かっていない。私は“まだ”人喰いはしていないが、獰猛な“虎”なのである。冗談で私のことを猫扱いしているのかと思ったが、まさか本当に虎だと分かっていない、なんてことは…


「猫のわりには大きいけど、俺の家で飼えっかなぁ。セバスが怒りそうだ」



…え?

…まさか本当に猫だと思っているのか?


わたしは虎だから、自宅で飼えるわけがない。人里に下りただけでも大パニックになるだろうし、そもそも猟師に問答無用で撃たれる存在である。



「最初は派遣されてきたギルドチーム四人と任務で調査に来たわけだが…どういうわけか狼の群れと相対している時に裏切りにあってな。吊り橋の上で挟み討ちにあったんで、離脱せざるを得ないと思って飛び降りたわけだ。無くしちゃマズイと思って、愛剣は橋の上に置いてきたがな。ま、簡単に売っぱらえるような代物じゃねえし、今頃はアルの手元にあるだろうよ。」



てっきり、吊り橋から敵に投げ落とされたものとばかり思っていたが、自分からあの高さから飛び降りた…だと?川底の深さも分からなかったはずなのに、運が悪ければ死んでいてもおかしくない。



「今度会ったら、問答無用で地獄行きにする」


ギルドチームとやらのことを思い出したのだろう。ゴキゴキと両指の関節を鳴らしてファルは悪役顔になっている。


でも殺されかけたからと言って、問答無用で殺していたら、自分が命を狙われることになった背後関係が何も分からなくなると思うから、尋問くらいはした方がいいと思う。まあ殺されかけた相手に心当たりがあるなら別だけど、はっきりと検討がついてないみたいだし。

あまり人の恨みを買いそうにない性格だが、腕は悪くはないみたいだし、腕試しにかかってくる敵が多いのかもしれない。



「あとはスノーも知っての通り。お前が水から引き上げてくれたんだろう?ありがとな!」


にかっと歯を見せて笑うファルに毒気を抜かれたわたしの耳は垂れてしまった。虎を猫と勘違いするくらいアホではあるが、なんだか憎めない男なのである。







太陽が完全に昇りきり、ちょうど真上に差し掛かる頃。ようやく、縄張りの一角である自前の罠エリアにたどり着いた私は落胆した。今日もやはりダメだったのだ。


「なんだこれは…罠、か?」


どうしてこんな森の深いところに罠なんか…。ぶつぶつと呟くファルの声は落胆している私の耳にははいらない。


ここまで狩りが上手くいかないのであれば、私も住処を移した方がいいのかもしれない。ファルの話から察するに、獣たちは私を恐れて人里近い方向へ移住してしまったようだ。私の縄張りを外れた吊り橋の付近には狼の群れだって現れている。


だが、人里が近くなれば猟師だっているのに、そんなに私の方が怖いのか?



「スノー。お前はこれを俺に見せたかったのか?」

「(うん。獲物がかかってればと思って)」


しょんぼりと肯定の意味で鳴く私の背中をファルはそっと撫でる。肩甲骨から骨盤に流れる体温が気持ちいい。


「そうか。こんな森の奥で罠を張って暮らす人間だ。きっと凄腕の野郎に違いない」



…ん?人間?


「きっとそいつがこのあたりで乱獲を始めてしまったせいで、民家の家畜が襲われるようになっちまったんだな。」



確かに、罠を張る知性なんて人間以外にはないとは思うが。だけど普通の人間がこの森で暮らすのだって無理がある。昨日のワニだってファルを食べてしまおうとしていたし、わたしも怖くて食べはしなかったが、毒性を持っていそうな体表の鮮やかな大蛇もここにはいた。結構、危険な森なのである。



「あぁ。そいつと戦ってみてえ」


獲物を狩る豹のような顔つきで、鋭くとがった幹を振り回すファルには悪いが、そんな日は絶対に来ない。だってその犯人は人間などではなく、猫と勘違いしている私のことなのだから。


それに。

そんな木の棒では猛獣を相手に戦うことなどできないだろうに。なんでそんなに自信満々なのだと私の方が恐ろしくなる。



「強いヤツを探しに行こうぜ!」


なぜだろう、たったの半日で私の中のファルのイメージが変わってしまってきている。残念というか、わたしの目が可哀相な者を見る目になってしまった。


アホで戦闘狂で、短絡細胞。

そう、あれだ。ファルはきっと“脳筋”なのだ。




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