第12話 殿下は親友

「ファルが死んだ、だと!?」


思いもよらない衝撃の報告に、執務室の机が美青年の拳に振動を立てる。机の上のティーカップがガチャンと音を立てて、書きかけの書類の束に薄茶色の染みが広がった。


「は、はい。民家の家畜被害が拡大しているとのことで、ギルドのAランクチームの冒険者とともに幻遠の森に調査に行かれていたのですが」


「その任務中に命を落とした、と」


「え、ええ。切り取られた束髪と一緒に殿下が授けられた宝剣も回収されております。」


そっと机の上に横たえられた大剣は確かに、自分が彼に下賜ったもの。貴重な黒剛石の大粒が嵌め込まれたこの宝剣の複製は不可能に近い。

さらに『願かけ』と称して伸ばしていた、細く長い襟足の髪には何者かの血液が付着している。



「ファルは…アイツは不死身と言われた男だぞ」


白に近い金、プラチナゴールド色の髪をかき上げて、金の瞳を揺らすこの美青年こそ、このアンデトワール大国の第一王子、アルバ・サルジュネブ・アンデトワールである。あるべきものがあるべき場所に、左右対処に配置されたその風貌は、人間には見えないほどに完成されすぎている。そんな彼を人は美の化身、神の再誕とまで謳う。



「私も俄かには信じられないのですが、灰色狼の群れが予想以上に数が多かったそうで。吊り橋で挟み撃ちにされた挙句に…とのことです」


寝る時だって片時も離しはしないファルの愛剣。それが自分の手元に戻ってきている。


「幻遠の森にファルと同行したのは王都でも有名なギルドチームなのだろう?クマ殺しの異名を持つ男が狼の群れごときに遅れをとるなぞ…」


この宝剣を持って帰ったのがギルドの連中だとしたら、ファルだけが死んでいることになる。あの戦闘狂が死んで、他の連中が生き残るなんてあり得ない。あのバカが死ぬときは全滅した時だけだ。


「…幻遠の森の奥深くには獰猛な獣が住んでいると言います。万が一にまだ生きていたとして、宝剣無しではいくら団長でも…」


「クマぐらいなら背負い投げで倒しそうだがな。あの森には、人喰い虎もいるはずだ」


『銃は嫌いなんだよ』

愛剣を背負いながら人差し指で鼻の下をこする、ファルの姿が目に浮かぶ。


こんなことなら無理矢理にでも銃を持たせておけばよかったのだ。戦っている気がしないからと、飛び道具を嫌うファルは本物の戦闘馬鹿だ。



アルバは悔しさに、血で汚れたファルの束髪を握りしめる。宰相から被害に関する調査を頼まれたと言っていた時に、詳しく話を聞かなかったのは自分の落ち度である。あの脳筋の手綱を握るのは自分の仕事だとずっと思ってきたのに…



「だが父上が床に伏しているこのタイミングでファルの訃報…何かきな臭いとは思わないか?」


国王である父が病に伏して二週間。第一王子であるアルバはいま、常に無い忙しさに見舞われていた。そのせいもあって、ファルの周りの把握が出来ていなかったのだが。



「恐れながら…タイミングが良すぎるとは私も思います」


ファルの直属の部下である軍人は、視線を上げないまま拳を固く握りしめている。王太子殿下の御前であるからこそ丁寧な言葉を使っているが、「団長やばいっす!」が口癖のこの男は軍の誰よりもファルのことを慕っていた。彼が悔しくないはずはない。



王国軍歩兵団団長、ファルガ・ドミナートス。


彼はこのアンデトワール大国の辺境伯貴族の次男であり、アルバのたった二人の幼馴染のうちの一人である。


「この件はわたしの信頼できるものに調査させる。アイツが簡単に死んでくれるとは思えんからな」


「はっ!ではシュナウド様を呼んできます」


「うむ、頼んだ」



そしてもう一人の幼馴染の名をシュナウド・ランカスト。公爵貴族の長男で切れ者である彼ならば、この事件の裏も探ってくれるに違いない。幼少の頃より、アルバとファルガが悪戯をしては謝罪に走り回っていたシュナウド。アルバが二人を大事に思うように、彼にとってもファルは大事な存在であるはずだから…


「アイツは…殺しても死なない、わたしの悪友だ。絶対に生きて帰ってくるはずだ」


だから、早く帰ってこい。

そしたらお前にはもう二度と、手出しなんてさせはしない。



アルバのもとに歩兵隊団長であるファルの行方不明の報告がなされたのは、彼が吊り橋から落ちた五日後の出来事だった…


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