第6話  団長という男

凝り固まった筋肉にたまらず、仰向けに寝返りを打ったところで背中と腹部に激痛が走り、だんだんと意識が浮上してくるという奇妙な感覚に包まれた。


ゆっくりと重い瞼を持ち上げたが、血が足りないのか、視界は白くぼやけたまま瞬きをしてもなかなか晴れてはくれない。身体の倦怠感に負けて目を閉じれば、つんと鼻腔をくすぐる鉄の臭いと、妙に足元が暖かいことに気がついた。


手や頰から伝わってくるカサカサとしたこの感触は枯葉だろう。どうやら川に落ちた自分は、経緯は分からないものの陸上にたどり着くことが出来たらしい。今回ばかりはもうダメかと思ったが、「団長はしぶといっす」とか言っていたヤツの憎たらしい言葉は当たっていたというわけだ。


しかし一命は取り留めたらしいものの明らかに熱を持っている傷口をこのままにしているのはマズイ。最悪、この傷が原因で死んでしまうこともあるかもしれない。だが、斜めにはしる刀傷よりも酷い痛みのする箇所があった。腹部側と背面にアーチ状にのびる痛みだ。まるで何か凶悪な獣に喰い千切られそうにでもなったかのような形状の傷。



右肘を地面に突き立て、身体を起こそうとするも、激痛で身体に力が入らなかった。


自分が予想した以上に負傷している現状に舌打ちがでた。数人いる団長の中でも不死身の異名をもつ自分も本当にここまでだろうかと思わず笑いまで漏れる。




始まりは小さな出来事の積み重ねだった。民家に狐や狸が出てきて、食料庫を荒らすようになり、やがて熊や猪までもが出現するようになった。このような事象は森に何らかの異変が起きているせいではないかと調査を命じられたのがつい五日前。

本来ならもっと下っ端の団員が調査をするものだが、この森には以前に人喰い虎がでるという騒動があったばかりだ。危険を考慮した結果、宰相に直接命じられた自分と、とある貴族に紹介された名のあるらしいギルドチームでこの森に赴くことになったのだが。

やはり怪しんでいた通り、彼らは自分に暗殺を仕掛けてきた。奥地にくるなり四人がかりで襲いかかってくるという悪役のテンプレだ。こちらが一人で狼の群れを引きつけているという時に、なんて薄情な奴らだろう。わざと証拠を残そうと傷を受けたものの、狼が邪魔してくれたおかげで逃げ場もなく、結構な高さの吊り橋から飛び降りなければならなかったというわけだ。


「アイツら、絶対にただじゃ済まさん」


それにしても、次期国王選定を控えた貴族の勢力図は二分化しているものと思っていたが、どうやら第三勢力もありえるのかもしれない。

自分が暗殺にあわなければならない理由が、二分化している勢力には思い当たらなかった。あくまで自分の家柄は中立の立場になければならない家系だからだ。何か他の勢力があると考えるべきか…。


まあ、自分個人だけに対する恨みならいくらでもありそうだが、今は時期が時期である。政治に疎い自分を「お前は脳筋だからな。」と笑う上司の姿が浮かんで消えた。



なんにせよ、城に戻らないことには、 事の真相を探ることもできない。どうにか無事に森を抜けなくてはならないのだが…体を動かすこともままならないし、森を抜けるまでには随分と距離がある。とりあえず痛みが引くか、体力が回復するまではじっとしているしかないだろう。


と、諦めて身体から力を抜いた途端。微かに足元から、スピスピと妙な…寝息みたいな音がすることに気がついた。


もしや、と熱くなった背中傷が一瞬にして冷え切る感覚が起こった。そうだ、自分は何のためにこの森に調査に来ていたか。

ほんのりと温いこの足元と、腹部の咬み傷はまさか。


そろりとろくに見えもしない目で瞬きを繰り返し、細めた目で足元に視線を移して、思わず右手を左腰に伸ばしてしまった。だが、自分が求めた得物は川に落ちた時に流されてしまったのか、剣帯にはあるはずの重みがない。

だというのに視線の先には大きな毛玉の塊が、だんだんハッキリと見えてくる。


喉がヒュッとなった。


大型の獣一匹を相手する力量はあると自負している。もちろん今のようなコンディションでなければ、だ。


かすんだ目でははっきりと見えないが、自分と同等、いやそれ以上に大きなこの身体は人間などではない。びたんびたんと地面を軽く叩く、その長い尾から考えるに、大型の獣のそれだ。民家に動物たちが降りてくるようになった原因も、この腹部の咬み傷も、間違いない。足元のこいつのせいだ。


「嘘だろ、おい…」


複数の狼を相手取った時も、四人に囲まれた時も焦りはしなかったのに、頭の天辺から血の気が引いていく気がした。

枯葉の敷いてあるこの地はおそらく寝床なのだろう。すなわち、食わずに放置しているということは、俺は今、こいつの非常食ということだ。







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