第二話 佐藤伊予の一日(5)
本日の夜の予定。タルトに武器を返しに行くはずだったが、その約束は後日になってしまった。さて、面倒な食事が待っている。家から最寄りの駅より三つ手前で下車する。日が沈むのが早くなった、そうぼんやり考えながら繁華街である街中へと進む。目的の人物はすぐに見つかった。駅前公園の街灯の下、人並みの中でも伊予の嗅覚は衰えない。
「
「おお、伊予!良かった、ちゃんと来たな」
「来るに決まってるだろう、何件メール来てたと思ってるんだ」
「伊予が返信よこさないからだぞ」
「兄さんは夜勤で起きてても俺は寝てるんだ」
厄介極まりない人物『伊知太朗兄さん』。
伊予の従兄弟であり歳上の警察官である。お気付きの通りマイペース過ぎるのが玉に瑕な男である。夜勤明けで昼間ぐっすり寝たろう彼はいつもどおりハキハキと伊予の態度に文句をつけたが、すぐに食事の話に切り替わった。本当にマイペースな男だ。
「今夜は焼肉だぞ」
「げ。スーツ脱いでくればよかった」
「言わなかったか?」
「聞いてない」
「情報伝達ミスだな!」
それ仕事でやったらあんた首が飛ぶからな。そう思いながら朝チェックした際二十件近いメールの山を思い出した。何故あれだけメールをしておいて肝心なことを伝え損ねているのか。まぁ、佐藤家では『伊知太朗だからしょうがない』で済ませるのがセオリーだ。ついてこい、とさっさと先を往く背を追いながら内心期待が止まらない。
伊予が本日、ジャンキーよりも伊知太朗を取った理由。それは簡単なことだ。
人の認める形は違えど伊予には解っている。
東雲伊知太朗。彼もまた伊予の愛する『ジャンキー』のひとりなのだ。
「…意外と飽きないな。この生活」
細く笑う伊予の唇から独り言が漏れた。それは雑踏の中に消え失せ、急かしてくる伊知太朗の耳にも届くことは無かった。
ちなみに伊予は酒はそんなに好きではない。二十歳を迎えて大分経つがビールが一杯あれば満足だ。しかし伊知太朗のテンションは上がる一方で、肉を食いながら結構量飲まされた。先に潰れたのは伊知太朗の方だったが。
仕方なく伊知太朗を一人暮らしのアパートまで送り届け、ベッドに放り投げてから帰宅した伊予。時刻は午後十時。大きな黒熊のぬいぐるみを抱き締めた武器子が出迎えてくれた。既に姿は寝巻きだ。
無表情の顔にはありありと『インサイドに行きたかった』と書いてある。
「ごめんな、伊知太朗兄さんとはあまり会う機会ないから」
そう言ってぽんぽんと頭を撫でてやる。流石に女子高生を伴って今からインサイドへ行く気にはならない。武器子は少し気を良くしたようだった。そしてそのままキッチンへと消えていった。兄は部屋に戻り焼肉屋の匂いが染み付いただろうスーツにしつこいほど消臭剤を吹きかける。明日は別のスーツだな…。そんな事を考えながら風呂の支度をして階下へ降ると、武器子がキッチンから手招きしている。
行ってみると、伊予の好きなコーヒーがテーブルに置かれていた。ありがたい。父母はこの時間少々出掛けている。コーヒーの向かいにはホットミルク。二人は腰掛けて暖かい飲み物をちびちびと飲み下した。
コーヒーを飲み終え、風呂から出た伊予と同じタイミングで父母が帰宅して来た。いつも通りいちゃつきながら。いつもなら少し話をする時間を取るが、伊知太朗の相手をした後ではそこそこ疲れていた。おかえり、とだけ挨拶してさっさと自室へ向かう。
目覚まし時計のベルをセットして眠る頃には零時を少し回っていた。だいたい眠るのはいつもこの時間だ。今日は少し早い。
起床までの時間を脳に叩き込みベッドに横になる。睡魔はすぐにやってきた。
明日、いや今日こそインサイドでジャンキーの観察だ。でないと精神が参ってしまう。
眠りに落ちた伊予。翌日も同じ時間に目を覚ますことだろう。
インサイドでも名うてのヤバい奴。『ジャンキー・ジャンキー』の一日はこんな感じで巡るのであった。
ジャンキー・ジャンキー 戮藤イツル @siLVerSaCriFice
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