第二話 佐藤伊予の一日(2)

 数キロ走っていつもの公園で折り返した二人。また他愛もない話をしながら我が家へと走って行く。ざっと一時間、帰宅した二人が扉を開けるととても良い香りがした。母が起きてきて家族四人分の食事を作っているのだ。武器子はすんと可愛らしい鼻を動かし伊予もそれに倣う。しかし食事はまだまだだ。次はトレーニング。二人はそのまま庭へ向かった。


「武器子、射撃の練習だ。BB弾を使えよ」


 それから俺は鞭だ、そう言って伊予は庭の端に据え置かれた段々の棚に空き缶を並べていく。武器子は頷いて大人しく重さと衝撃だけ実弾と同じく体感出来るよう改造した玩具のハンドガンに弾を詰める。並べ終えた伊予が隣に戻ってくると、武器子は銃を構える。

 パン、パン、パン、カン。三つの缶が地に落ちる。四つ目の缶は軽い音を立てたが倒れなかった。伊予は妹の頭にぽんと手を置く。


「惜しいな、重心がずれて行ってるぞ」


 武器子は一定の高さに並べられた的と白兵戦に優れる。連続で照準の違う的を連続で狙うのはまだ慣れていない。伊予は武器子に渡された王蛇を手に取り、解く。


「いいか、静止したままの的はなるべく動かず瞼に焼き付ける。そして一気に」


 伊予は目を閉じた。その手の先で鞭が生き物のように刃の付いた鎌首をもたげた瞬間、十ほど並べられた残りの缶に裂け目が走る。鞭は一度大きく飛躍すると地を叩き、伊予の手に戻った。武器子がぱちぱちと手を叩く。一瞬のことで視界に捉えるのは難しいが、彼女の目には鞭が如何にしなり、先端の刃が的を捉えたか見えていた。それを目に焼き付けるのも特訓だ。『武器ジャンキー』を名乗るからにはいつか王蛇のような特殊武器も扱えるようにならなければならない。

 そう、武器子はその名と昨晩の行動を見てお解りの通り『武器ジャンキー』だ。武器、銃火器、ナイフを筆頭にありとあらゆる危険物。彼女はそれを愛してやまない。故に武器子。武器子とは伊予のつけたあだ名である。本名は佐藤美華さとうみか、だがその名で彼女を呼ぶ者の方が少ない。本人もたいそう気に入っている。故に武器子はほぼ誰しもに武器子と呼ばれている。


「さて、日が昇ってきたから武器はしまえ」


 しばらく射撃の精度を上げる訓練をした後、伊予はそう言って王蛇を武器子に手渡した。仮にもここはアウトサイド区画、朝から大っぴらに武器など見せびらかせる場所ではない。武器子は頷いて片付けに入る。息苦しい場所だ。伊予は缶を広いながら何万回目かそう思った。それからは二人して腕立て、腹筋、スクワット、護身用の武術の手合わせ、他いくつかのメニューをこなして六時にはトレーニングはすべて終わった。これがこの兄妹の朝の日課である。

 家に入ると焼きたてのパンの香りが漂っていた。母も二人のトレーニングが終わる時間はあらかた解っている。二人がジャージのままダイニングへと向かうと、笑顔で迎えてくれた。


「二人とも朝から感心ねぇ」

「もう日課だから。武器子は先にシャワーか?」

「……………」


 席につきながらそう尋ねると、武器子はこくりと頷き、そのまま廊下の方へと戻って行った。今朝のメニューはどうやらエッグベネディクトらしい。伊予の席にはコーヒーとサラダが置いてある。焼いたイングリッシュマフィンとソース、卵やベーコンの香ばしい香りが主賓の登場を期待させる。フォークを手に取った時、寝起きの姿のまま父が現れた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る