第二話 佐藤伊予の一日
第二話 佐藤伊予の一日(1)
アウトサイドイースト地区の住宅街に佇む二階建ての白い住宅。その二階の自室で佐藤伊予は目を覚ました。面倒臭いが今日も仕事だ。伊予が目を覚ました二分後に目覚まし時計が鳴る。軽く叩いて沈黙させたあと、彼はベッドから降りて首を鳴らした。時刻は早朝四時、伊予の一日は軽いジョギングとトレーニングから始まる。
ジャージに着替えて階下に降りると、既に黒いジャージに着替えた妹が待っていた。伊予は眠ったが妹は眠ったのか眠っていないのかわからない。もともと互いにショートスリーパーだ、ホットミルクを飲む彼女を特に心配する必要もなかろう。案の定、兄の姿を認めた途端無表情だが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「……………」
「おはよう、武器子。また兄ちゃんの負けだな」
早起きで武器子に勝てた試しはない。朝の挨拶に、武器子は踵を鳴らす代わりに得意げに二度瞬いた。常は頭の両サイドでくるくると巻かれている髪は今は降ろされ一括りにされている。伊予同様真っ黒な瞳が早く行こうと急かしている。まずはジョギングだ。二人は帰ってくる頃に目を覚ましているだろう両親を起こさぬよう、静かに家を出た。
「武器子、学校楽しいか?」
「……………」
「そうか、そんな事があったのか。それは笑える」
「……………」
「先生が俺に?まぁ、卒業してから会ってないからな」
まだ太陽の登らない街中を軽く流すように走りながら、二人は話していた。正確には話しているのは伊予のみ。無言の武器子が何を語っているのか、それを知り得るのは子供の頃から共に育ってきた伊予のみである。しばらく走ると鉄柵の巡らされた国道が見えてきた。大きくそびえ立つ柵の向こうに視線を送りながら、伊予も無言になる。
この都市は大きく分けて『アウトサイド』と『インサイド』の二つの区画に分かれている。アウトサイド区画はいわゆる普通の人間が住まう普通の街のことだ。インサイド区画を取り巻くようにぐるりと、この秩序の盾は巡っている。某人いわく「つまらない街」だ。
隣接するインサイド区画とはいわゆる爪弾き者の街だ。アウトサイドから社会不適合とみなされた人間が放り込まれる無法地帯である。某人いわく「夢のような街」だ。
アウトサイドとインサイド、二つの街は鉄柵で隔たれており、通行証が無ければどちらの街を往来することも出来ない。その鉄柵も昼夜常に工事が繰り返されており、インサイドに振り分けられた人間がアウトサイドに出られることはまず無い。
伊予は心底その柵の向こうへ行きたかった。振り分けは高校卒業と共に行われる。傍から見たら何のジャンキーでも社会不適合者でも無い伊予がインサイドへ放り込まれることは結局無かった。それとは正反対に、既に甘味ジャンキーを極めていたタルトはさっさとインサイドへ移り住んでしまった。二年前のことである。伊予はせめてもの悪足掻きに大学進学を蹴って就職した。それからとある伝手を利用してほぼ毎日のようにインサイドへ足を運んでいる。
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