第一話 『彼』の称号(4)


 突然伊予の前に現れた少女。手には機動隊の持つ盾が握られていた。ぼろぼろに塗装が剥げ、綴りは半分が消えているが本来の役目は果たしたらしい。そう、銃弾から身を守ること。男の叫びに武器子が踵を鳴らすことは無い。兄を狙った男を射るような眼差しで見据えた後、役目を終えた盾を投げ捨て右手のルガーを構える。もう片方の手がスカートの中に滑り込むと、引きずり出されたのはカービン銃。キャリコM100P。どうやらこれもタルトの家から拝借してきたらしい。


「オイオイ、お嬢ちゃんにそんな危ない武器が扱え…」


 男が口にし終わるより先にルガーが火を噴く。ルガーP08マリーネ。通称ゲーリング・ルガー。弾は男達の中央にある焚き火を貫く。重ね置かれた薪が爆ぜ、男達のアルコールまみれの服に火花が引火する。


「うおっ!」

「何しやがんだこのガキ!」

「つか、撃てんのかよ!」

「武器子。お前、そんなものまで借りてきたのか。それ、使ってみたかっただけだろう?」

「……………」


 呆れたような兄の言葉に今度こそ武器子は踵を鳴らす。無表情に得意満面を浮かべた少女は走り出す。ルガーをガンホルスターに納めながら、そのまま服に燃え広がる炎を消そうともがく男達の間に低い姿勢で滑り込む。銘は無いが良く斬れる、タルトがそう太鼓判を押していた脇差を引き抜きスピードに任せて燃える衣服を軽々と斬り裂いていく。肌の切れた人間は一人としていない。男達の間を駆け抜けた少女はさっさと刀身を鞘に収める。振り向きざまにキャリコを構えるが男達はパニックに陥ってこちらに攻撃をするどころではなさそうだ。弱い。武器子は小さく息を吐いた。


「『観察』するに、飲酒ジャンキーの中でも程度の軽いものだな」


 ぼろの服を更にぼろぼろにされた男達が我に返る頃に伊予の平坦な声が響いた。鞭は既に腰に提げられ、武器子も銃口を空へ向けて呆れている。伊予はようやく火を消し終え落ち着きを取り戻しつつある男達に一歩近付く。二人がそれに気付き、消火のために投げ捨てられた銃を探しに地を這う。その一人の額には銃口、一人の目の前には伊予の顔が突きつけられる。


「今のお前達をこれ以上『観察』する価値は無いと判断する。酔った勢いで銀行強盗と言う愚行は嫌いではない。だが、そもそもの情報源が馬鹿げ過ぎている上、アルコールに狂気的な妄執も感じない。インサイドのジャンキーならもう少し頭と情報網を使え」


 闇世の中でも光を吸い込む黒檀のまなこ。男はその深淵に、声は愚か呼吸すら潜める。微かに香る硝煙と焦げた衣類の匂いが辺りに充満する。焚き火はもう崩れ落ち、炎は控えて各々を照らしていた。伊予はさっさと男から離れると武器子を呼ぶ。


「帰るぞ、武器子。インサイドバンクがどうなろうと知ったことじゃないが、こいつらの顔は覚えた。お気に入りの出番がなくて残念だったな」

「……………」

「あ、あんたら、本当に何もんなんだ?観察ってぇのはそんな意味のある事か?」


 銃口を向けられた男がなるべく冷静にそう尋ねてきた。武器子は鉄の塊をまた空へ向け構えを解くと、伊予の隣にぱたぱたと走って行く。二人が並ぶと伊予はゆるりと垂れた瞳を細めて虚空を見つめる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る