第一話 『彼』の称号(3)


「奴は信用ならない奴には本物の情報を売らないからな」

「俺達が信用出来ねぇってのかァ?この辺じゃ名うての盗賊団だぞ」

「名前は?」

「名前なんかねぇよ、酒飲み友達の集まりだからなぁ」

「名うてとか言わなかったか?」

「こまけぇこたァ良いんだよ!…て、言うか…誰だこの声?」

「知らねぇよ、お前か?」

「酔っ払って全員で幻聴でも聞いたか?あっはははは」

「幻聴ではない」


 その言葉を聞いた瞬間男達は路地の方を振り返る。声の発生源、暗闇の中に人影が見える。空を切る音がして一人の酒瓶が砕け散った。中身がぼとぼとと男の足に降り注ぐ。男は顔を真っ赤にして叫んだ。


「何モンだテメェ!俺の酒に何してくれる!?」

「ふむ…飲酒ジャンキーなのに間違いはないようだが…下品だな」


 焚き火の火に煽られて近付いてくる人影が浮かび上がって行く。現われたのは黒のパーカーにジーンズ姿の細身の男。目尻は眠そうに垂れ、整った顔を印象付ける。黒い瞳に黒い髪、右手に鞭を手にした異質な人物。現れたのは無論、伊予だ。


「俺の正体などどうでもいい。俺はアウトサイドの『普通の人』だからな」

「アウトサイドだァ?外のもやしがこんな所に何の用だ」

「友人の観察に来たのだがな。下世話極まりない匂いがしたのでわざわざ足を運んできた」

「殺されにでも来たのか?」

「今俺達ァ、ハラワタ煮えくり返ってんだ」

「死にたくなきゃ有り金置いて消えな」

「…ジギーの気分屋ぶりにもほとほと呆れるな。こんな輩共に適当な情報を売るとは」

「あン?テメェ、あの男の知り合いか?」

「答える道理はない。お前達は黙って…俺に『観察』されろ」


 伊予の右手が動く。やはりひゅんと風切る音がして男達が手にした瓶や缶が弾き飛ばされ中身が服に、地面にばら撒かれる。返ってきた長い鞭が伊予の周囲に盾のようにうねる。どう見ても玄人の扱いだ。普段なら素面のジャンキーなどそれを見ただけで逃げ出していく。武器を持つか持たないかより、手練手管、扱いに長けた人間の方が余程恐ろしい。しかし目の前の連中はそんな判別もつかないほどに酔っているらしい。恐怖を覚えるどころか火に油を注いだようだ。全員が腰に差したベルトからハンドガンを抜くと伊予に照準を合わせる。


「観察たァ何のことだ!」

「観察は観察だ。お前達のジャンキーっぷりを観察する」

「はァ?ヤクでもキめてんのか?言ってる意味が解らねぇ」

「ヤク…麻薬のことか。お前達、麻薬ジャンキーの知り合いが居るのか?」

「これから死ぬ奴に答える道理はねェよ!」


 一人が伊予の言葉を嘲ってそう叫んだ。瞬間撃鉄に添えられた指が引かれる。乾いた音がして銃弾が放たれるが、金属音がした後、伊予めがけて飛び出したそれは何処かのゴミに突き刺さった。


「グッジョブ、武器子」

「……………」

「なんだァ!?女子高生!?」

「……………」


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