第32話 不可侵
「! ハーバードが、毒を盛られたんです。何か知りませんか?」
「何かって? その聞き方だと、僕が疑われてるように聞こえるよ」
「そ、そんなのじゃなくて……毒の種類とか、出所とか、情報屋である貴方なら知ってるんじゃないかって」
そう、思ったんです。続く筈だったその言葉は、唇を塞がれて阻まれる。気づけばセシルの長い指先が、私の唇に触れていた。口を開こうにもどう開いていいかわからず、私は押黙る。
「君ね。自分が倒れたこと、自覚してる?」
「……」
「今は他人の心配してる場合じゃないでしょ。そういう所はあのお嬢様によく似てるねえ」
他人の心配するところ、と声が続く。
似ている。私が。ロベリタと。なんだか不思議だ。
指先が唇から離れる。優しい指先だった。人をそっと包み込むような、僅かに暖かい指先。
「……私も、狙われたんです」
「反ハーバード一派でしょ? 知ってるよ。まあ、僕は君の情報屋だからね。追々教えてあげる」
「本当ですか?」
「お嬢様なら、それを望むだろうしねえ」
――どうか、この世界に呪いを。死にゆく私に祝福を。
最後のロベリタの言葉が蘇る。彼女もこうやって、狙われながら、血を浴びながら、誰かの為に奔走したのだろうか。
「今はお茶でも飲みなさい。護衛役も、今日は此処にはいないから」
「え……アランが?」
意外だった。いつもなら、護衛役だからと所かまわず天井裏に隠れているはずなのに。
「前、おいたしたでしょ、彼。僕も都合悪いから、天井裏も不可侵ってことにしといたんだ」
「それでアランが言うことを聞くとは思えないけど……」
「当たり前じゃないか。僕は魔法の国の人間だからね。目くらましは得意さ。彼がここを嗅ぎつけてもすぐにわかるようにしたし、ね」
「そんなことが、できるんですね」
「大魔法使いだからねえ」
ロベリタが生前、この人を頼りにしていた理由がわかった気がした。
あの隠密行動に長けたアランさえまけてしまう人なのだ、この人は。
ロベリタの見る目はある意味良かったと言えるだろう。あの状況の後で、真っ向からアランに接することができるかどうか、今の私には自信がない。
こんな事を思ってはいけないのかもしれない。けれど、ハーバードも、アランも。何かが抜け落ちている気がして、不安定になる。人間に大事な何かを、どこかへ忘れ去ってしまっているようで。
(それはロベリタ自身も、だったのかもしれないけれど)
お茶をすする。口の中に香ばしい香りが広がって、なんだか安堵する味だ。表情が読めないとは思っていたが、セシルが一番、ロベリタ・リ・ベルマーニを尊重しているのかもしれない。そう思った。
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