第31話 お茶

 目を覚ました瞬間、格子状の装飾のなされた天井が視界を埋め尽くした。鼻を突いたのは、白檀の香。夢に見た景色と、似た景色。私は顔を動かす。視線を横へ滑らすと、匂いの元である白いお香の煙がゆらゆらと揺れていた。

 私の世界で言う、中華風によく似た部屋だ。けれどどこか、お寺のような景色にも近い。至る所に対になった提灯が飾られており、朱色が塗られた棚には怪しげな薬品がいくつも並んでいる。別の棚には、何かのはく製も見受けられた。


「起きた? お姫様」


 のんびりとした声が降ってくる。セシルがお茶を片手に、私の寝かされている部屋に入ってきた。一体どうやって私が目を覚ましたことを知ったのだろう。若干の胡散臭さを感じながら、無言で頷く。彼の手にしているお茶は、夢の中で出されたお茶と同じ匂いをしていた。


「出会った時から、君はこれを飲むと落ち着いたんだよ」

「……前の、ロベリタですね」

「肉体は同じさ。卑下する必要はない」


 脇に置かれた小さなテーブルに置かれたお香の隣に、ちょこんとお茶が置かれる。手を伸ばせば届く距離。夢から覚めた後の朦朧さの中、私は無意識にお茶を手に取っていた。身体は同じ。あながち、間違いでもないのかもしれない。匂いを嗅ぐと、不思議と落ち着く自分がいた。この身体のことをよく知っているのは、今は私ではなく、セシルなのだろう。そう思うと、いろんな疑問が浮かび上がってくる。

 何故、夢を見るのか。ハーバードを狙った毒はなんなのか。アランはどうしたのか、襲撃されてからどうなったのか。どれもかれもが同時に出てきて、言葉を失う。彼はそれにも気が付いたようだった。


「僕、薬屋もしてるんだ。君が倒れたって護衛役の子が血相変えて飛び込んできたからさ、とりあえず身柄を預かったんだよ」

「……そう、だったんですか」


 アランが、血相を変えて。想像がつかなかったが、普段の私への執着具合――最近薄々感じていることだが――を考えれば、そう不思議でもないのかもしれない。私がいなければ死んでしまう、その言葉は嘘ではなかったのだろう。


「身体の夢を見るようだね? うなされながら名前を呼ばれた時は驚いたよ」

「貴方と、ロベリタが話している夢を見たんです。……これはロベリタが望んだことではないんですか?」

「さあ、どうだろうねえ。彼女にとっての僕がどんな存在か、それさえ未知数だ」

「……とても、大事に思っているように思えました」

「それは光栄だ。あのお嬢様がねえ」


 セシルが軽く笑う。ロベリタとセシルの出会いは、どんなものだったのだろう。この身体で暮らしていれば、何れ知ることもあるのだろうか。そう考えを巡らせて、私はハ、と我に返った。ハーバードの毒のことを、聞かなければいけない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る