幕間 とある少年の嫉妬

 お姉ちゃんの顔が見えない。

 やっとあいつと並べたと思ったのに。


 襲撃者の撃退は、そう難しいことでもなかった。子供だからと俺のナイフの技術を甘く見たか、護衛役が付いていないと思ったのか。それとも、馬車を引いていた使用人が護衛役だと誤認したのか。殺した相手は殺し屋としては失格なほどに油断しているように見えた。

 俺が護衛役だという情報は、社交界ではそう広く広まっていない。武具の国の要ともなる武家のお嬢様。そのお嬢様についている護衛役が一筋縄でいくわけがないのに、相手は武道よりも社交界に慣れた相手なのかもしれない。


 屋敷の天井を這いずり回った。あの日、お姉ちゃんと情報屋の会話を盗み聞きした時のように。しかし、なんど這いずっても、始まりの場所へと戻る。何度も何度も、同じ場所を行き来している。いや、させられている。思わず歯ぎしりをした。歯が欠けそうな程に、嗚呼、忌々しい。


「僕とお姉ちゃんの邪魔をするな……」


 自分でも驚くほど低い声色だった。悪鬼。昔、両親にそう呼ばれた時のことを思い出す。人一倍執着が強く、思い通りにならなければ全てを切り刻む。暴力ですべてを解決しようとする。母親にそう詰られた事を思い出した。


(貴方にはわからないよ、母さん)


 親と呼んで良いのかすらわからない。俺は天井裏の中、見知った暗闇に向かってククリナイフを投げた。いつもなら、向こう側の柱に刃が届くはずだ。しかし今投げたナイフは、どこにも刺さることなく、強い引力で俺の手を離れ、後ろから足を刺した。痛みが走る。思わず顔をしかめ、情報屋の魔法だと確信を持つ。忌々しい。忌々しい。忌々しい。


「……大事な商売道具なんだけどな」


 足に刺さったナイフを抜き取る。幸い、傷は浅かった。それから気が付く、ナイフでなく別のものを投げれば良かったと。彼女のことになると冷静でいられない。

 ――忌々しい。


「全部、壊してやる」


 触れられないのならば。見てくれないのならば。魔法ごと壊して、お姉ちゃんの下に戻ろう。

 俺は一番近い柱に近づき、壊した。天井が崩れる。崩れる音を聞きながら、慎重に、少しずつ、魔法を手探りで破壊するように、壊した。


 ――これでもうすぐ、お姉ちゃんに会える。

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