幕間 「とある少女と少年の儀」


『とある少女の儀』


 わたしにとっての親は、神であり、教育者であったけれど、いつか消える飴細工のようなものでもあった。この二本のナイフを手にした時から、わたしの人生は決まっていて、それならばもう早くに済ませてしまおう、というのがわたしの考え方であり、生き方でもあった。


(戦う時の君は美しい。立派な当主になるだろうねえ)


 護衛役にはできるだけ辛く当たるようにした。婚約者にはできるだけ冷たく映るようにした。わたしの本当の顔を知っているのは、隣の国のスラムで拾ったあの男だけだった。


「お父様、お母様、参ります」


 わたしは二本のナイフを構える。師であり親である二人に刃を向ける。この世界で私が学んだ命の尊さは、鉛よりも重く、歴史よりも軽い。戦闘用のドレスがふわりと揺れる。生ぬるい血の感触と、痛みと、慟哭と、断末魔。成人の儀に相当する親殺しの儀は、赤く、紅く、そして黒く、この世の絶望を混ぜあ合わせた色をしていた。


(ハーバードも、この儀を終えるのでしょうか)


 二人の屍を前に、私はぼんやりと考える。それはどうでも良いことであったし、それでいて、私の人生を左右する事態だった。


(私の願いはただ一つ)


(あなたにだけ教えて差し上げるわ、セシル)


 そして、私に幸せを。この世界に呪いを。

 わたしは空を仰いだ。視界が紅い。お父様とお母様の手にかかれたら幸せだったのに。

 わたしは、生き残ってしまった。――あとはセシル、貴方に頼むしかない。


(どうかわたしを、殺して頂戴)



『とある少年の儀』


 血の雨が降っていた。天からではない、大地に伏した両親の肉体からだ。

 首元を鋭く切り裂いたククリナイフは、二つとも血に濡れて足元に刺さっている。

 ギリギリだった。でも、意外とあっさり終わった。そう思う。

 空は何も与えてくれない。大地に横たわる首なし人形だけが、この白すぎる肌を赤く染めていく。呪われたこの生に絶望の祝福を与える。


(悪魔、忌み子、鬼の子、妖憑き――)


 今まで罵倒された数を数える。今まで受けた暴力を数える。俺は足元に刺さったナイフを手に取った。


(化け物、出来損ない、不義の子、お前なんて本当の息子じゃない――)


 数えた言葉の分だけ、死体を切り刻んでいく。ざく、ざく、ぐちゃ、ぴちゃ。無機質な湿った音が空間を支配する。俺の心を癒すように、鮮血は青空の下で降り注ぐ。


 産まれた時から、俺は呪われていた。風の一族。そう呼ばれる一族の次期頭領として生まれたが、産まれ出でた時よりこの風貌は他の者と違い過ぎていた。白に近い銀髪、血のように赤い瞳。黒髪に茶の瞳が当たり前だった一族にとって、突然変異ともいえるその姿は妖の類に映ったらしい。幼い頃より暴言を受け、暴力を受け、泣きはらしても憎き目の色は更に色を増すばかりだった。

 それが今、終わった。早く済ませてしまおう、というのが俺の生き方であり、考え方だった。止める者も、勧める者も誰もいない。俺は俺の思うがままに進み、親さえ殺して地位を手に入れる。


 優しい言葉を貰ったこともない。死んだ目をしているとよく大人からは嫌われた。

 両親でさえも忌み子だと言って俺を遠ざけた。そして末路が、早すぎた親殺しの儀だ。


(俺の人生って、なんなんだろう)


 風の一族の頭領は、王族の護衛役を務めることが多い。俺も恐らくそうなるだろう。

 結局は誰かの為に生きるほかないのだ。人という生き物は。


(でも心は、心だけは)


 いつか俺を綺麗だと言ってくれる誰かに捧げたい。血の雨に泣きながら、俺はそう誓った。

 なんて。


「は、あははははは、はははははは……!」


 なんて可笑しな願いだろう。もうこの身体はとうに赤く、穢れ切っているのに。

 それは迷子の子供が親に祈るような、不安定な決意だった。

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