第2話

 見渡す限り一面、白銀の世界。

 なんて、ありふれた言葉しか出てこない。


 朝、目覚めると外の景色は白銀で染まっていた。彼女の言う通り、昨晩の間に雪が降り積もったようだ。


 ベッドから抜け出し、ベランダ側のカーテンを開く。朝日と純白の雪のコントラストが、視覚を眩ませ、刺激した。

 彼は椅子の背凭せもたれに掛けられているカーディガンを手繰り寄せ、羽織る。寒さでかじかむ指先で携帯を操作して、電話を掛けた。五度目のコールで相手は応答した。


「……おはよ。もう、起きてたんだ。早いね」


『…………』


 ──起きてたよ。珍しく、君より早く。


 一方通行の会話に寂しさが募る。

 本当は、こんな些細なことを二人で笑い合ったり、喜び合ったりしたかった。


 でも、出来ないね。

 僕には、そんな簡単なことさえ出来ない。


「今日は何処に行こっか。公園で雪だるまとか作ってみたいね」


 ──うん。そうだね。


 彼女の楽しげな声が携帯のスピーカー越しに伝わる。自分とは違う場所から、彼女もまた同じ景色を見ている。それだけで、彼は幸せだった。


 今日の待ち合わせの場所を告げて、彼女は通話を切断した。

 

 けれど、雪は溶けていくのを待ってはくれない。彼等が公園に着く頃には、跡も形も無く、その姿を消しているのだろう。



「あーあ。これじゃ、雪だるま作れないね」


 公園の湿った土を指差して彼女は苦笑する。雪が溶けてしまわないように、少しでも早く公園に来たつもりだった。でも、遅かった。雪は陽が昇る前に、すでに姿を消していた。冬の気配だけを此処に残して。


 それでも、彼女は何一つ不満を漏らすことはしなかった。笑顔だった。何時だって、彼女はそうだった。本当は気を使っているだけなのかもしれないのに。


 もう、いいよ。って言えたら良かった。

 たったの一言。そう、口に出来たら良かった。


 ごめんね。って君に言いたかった。

 雪だるま、作れなかったね。って。


 雪はまた降り積もってくれるだろうか。


 出来るなら──もし、願いが叶うのなら。君の為に、もう一度だけ。あの真っ白な雪が再び、天から舞い落ちてくれますようにと願う。

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