第3話

 陽が傾き、ゆっくりと地平線の彼方へ沈んでいく。少し赤みを含んだオレンジ色の淡い光が、二人を照らしアスファルトに影法師を作る。歩く度、揺れる影は少しお互いに近付いては離れてを繰り返していた。


「あ、イルミネーション」


 声を上げ、彼女が指差した方角へ目線を移すと街路樹に、イルミネーションの装飾が施されていた。陽が完全に落ちれば、色とりどりの輝かしいイルミネーションが、毎年この街を包み込む。幸せが具現化したような景色を見る度に彼は、心の何処かでいつも嫌悪感を覚えていた。


 それなのに何故か、今年はこのイルミネーション通りを彼女と歩けるだろうかと、まだ点灯されていない街路樹の装飾を眺めながら思う自分が、ここにいた。


 期待という言葉が自身の胸を掠める。


 彼は携帯のメール機能を利用して、文字を打ち込み、画面を彼女の視界へかざす。


「……ん、明日?」


『明日、一緒にイルミネーション見れない?』


 彼女が覗き込んだ携帯の画面には、そう一言だけ書かれている。ほんの一瞬の間が、彼の緊張感を煽る。クリスマスシーズンは皆、予定が詰まっていることが多い。

 彼女もまた同じように、一年に一度のイベントを友人と楽しむ予定ではないのか。伝えてから不安に駆られた。


 ふっ、と突然に向けられた視線は彼をとらえ、彼女は首に巻いていた崩れたマフラーの位置を直しながら柔らかく微笑んだ。


「いいよ。アルバイト終わるの夕方だから、現地集合でもいい?」


 彼女を言葉を聞き、彼はゆっくりと頷く。心のふちから、じんわりと優しくて温かな感覚が湧き上がる。


 ああ、そうか。これが友人と恋人の違いかと、彼は初めて知った。


 嬉しさが胸の奥底から、とめどなく溢れ出すのに、言葉を声に出して表現することは出来ない。声を出せない自分に、悲しさと苛立ちが心の中で混ざり合っていくのを感じた。


 本当はこんなにも嬉しく思っているのに。


 どうして、君に伝えられないんだ。

 どうして、僕には声が無いんだ。


 声が無くとも僕の、この気持ちは君に届いているだろうか。

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