第3話 久しぶりの食事

「弟様、どこ行くんすか?」

「飯じゃ。腹が減った」

「そういえば……」

 飯、と言われた途端、水しか入っていない腹が鳴った。

「何じゃ、貴様もか」

「でも、金が……」

「金なら問題ない。わらわの奢りじゃ」

「マジか! あざっす!!」

「今日はな。わらわの行きつけに決まりじゃ」

「満月と何の関係があるんすか?」

「行ってのお楽しみじゃ。ほら、そこの満月もちづきという店じゃ」

 細い指の先には「満月」と書かれた赤提灯ちょうちんが下がった店があった。


「神様も居酒屋って行くんすね……」

「神へのもつは米・塩・水・酒と相場が決まっておる」

「そういう事じゃなくて……」

「そんな事はどうでもいい。入るぞ」

 弟様は暖簾をくぐった。俺も後に続き、騒がしい店に入った。

「いらっしゃいませー! あ、弟様! いつもありがとうございます!! お席空けてありますよ!」

 出迎えてくれたのは、着物に割烹かっぽうを着て袖をたすき掛けした背が低めの中性的な店員だった。

「久しぶりじゃのう、すくなひこ

「弟様、そちらの方は?」

 少彦名は俺を見て首をかしげた。

「ああ、こいつは煌星じゃ」

「煌星……? 聞いた事ない神ですね」

「少彦名」

 弟様は少彦名を呼び寄せ、耳打ちした。

「煌星は人間じゃ」

「嘘!?」

「誰にも言ってはならぬぞ」

「分かりました! さ、こちらへどうぞ!!」

 少彦名に案内され、「予約席」の札が置いてある席に座った。


「何でも食べていいぞ」

 神様の居酒屋って、何があるんだろう。わくわくしながらメニューを開くと、ハイボール、ウーロンハイ、レモンサワー、ワイン、フライドポテト、鶏の唐揚げ、だし巻き玉子などが載っていた。

「普通の居酒屋じゃねーか!」

「逆に何だと思ったんじゃ」

「何かこう……人間の世界に無い何か」

「さっぱり分からん。注文は決まったか?」

「決まったっす。すいませーん!」

 俺が厨房に向かって叫ぶと、すぐに少彦名が来た。

「ウーロン茶と唐揚げ、マグロの刺身!あとポテトで!!」

「はい、ウーロン茶と唐揚げ、マグロの刺身、フライドポテトですね。弟様はいかがなさいますか?」

「わらわは『いつもの』で頼む」

「はい、グリーンサラダとウーロン茶ですね。かしこまりました。少々お待ちください」

 少彦名は厨房に戻って行った。


「弟様、1つ質問が」

「何じゃ」

「ここって何で『満月』って名前なんすか?」

満月もちづきは古語で満月まんげつという意味で、その名のとおり、満月の日──つまり1ヶ月に1日しか店が開かないんじゃ」

「へぇ〜。こんな人気あるのに、よく予約取れたっすね」

「ずっと通っておったら、少彦名が席を予約してくれるようになったのじゃ。それに、わらわの神徳しんとくは『商売繁盛』じゃからな」

「しんとく?」

「神徳は神ごとに違う能力のような物じゃ。わらわが初めて来た時は、この店はガラガラじゃったぞ。ちなみに店長の少彦名の神徳は『酒造』じゃ」

「マジ!? あいつ店長なの!?」

「失礼ですね!」

 突然、横から声がした。


「うおっ! すいませんでした!」

「構いませんよ、よく言われますから。お待たせしました。ウーロン茶をお2つと、唐揚げ、マグロの刺身、フライドポテト、グリーンサラダです」

 次々と料理をテーブルに並ぶ。

「おぉ〜!」

 思わず感嘆の声が漏れる。

「ごゆっくりどうぞ!」

 少彦名はまた厨房に戻った。

 次の瞬間、久しぶりの栄養補給をしようと手と口が動き出した。もはや俺の意思で止められる物ではなかった。

 途中、弟様の「いい食べっぷりじゃ」という声が聞こえた気がした。


 食事を終えた俺たちは、満月を出た。

「ふぅ、食った食った! って、弟様、今度はどこへ?」

「『玉響たまゆら』じゃ。貴様も来い。というか貴様に用があるのじゃ」

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