第48話「五日目」終局、そして


〝ゼロ〟が持つレア・カード一覧



 ホワイト・ポータル レベル10(累積1)


 シルバー・バレッド レベル7(累積2)


 ブラック・ポータル レベル6(累積1)


  ブラック・スワン  レベル7 → 手札として消費


 ピンキー・ウェア  レベル8(累積1)


 グリーン・ピース  レベル6 → 手札として一度使用され、再び手札に戻された。


  ブルー・フィルム  レベル10 → 手札として消費





 

 〝レイア〟の持つレア・カードの一覧



 ブラック・ポータル  レベル6  


  ディープ・ブルー   レベル-  → 手札として消費


  ゴールド・イクリプス レベル10 → 手札として消費


 ダーティ・レッド   レベル9(累積1)


  サンライト・イエロー レベル8(累積1) → 手札として消費


  ブロンズ・スタチュー レベル8  → 手札として消費


 ブラウニー・ブラウニーレベル7


 ゴールド・ラッシュ  レベル6





 〝アヤト〟(離脱)の使用したレア・カード(総数は不明)



  エバー・グリーン   レベル10(累積3) → エージェント・オレンジ レベル0の効果によりにより喪失


  ブラック・ポータル  レベル6(累積1)  → 手札として消費 


  ブラック・ポータル  レベル6(累積1)  → 手札として消費


  グリーン・ピース   レベル6 → 手札として消費


  ダーティ・レッド   レベル6 → 手札として消費


  ディープ・ブルー   レベル- → 手札として消費


  インペリアル・パープル レベル10(累積1)


  サウンド・オーカー  レベル7(累積8) 


  



 〝ツーペア〟(離脱) が所有していたレア・カード。


 エージェント・オレンジ レベル0 → 使用により、効果を喪失。そののちに破棄され、ベータが回収。


 ブラック・リスト レベル10 → 破棄の後、ベータが回収。


 ブラック・リスト レベル10 → 破棄の後、ベータが回収。





 〝キング〟が使用したレア・カード。


  ディープ・ブルー レベル- → 手札として消費


 ストレンジ・マーブル レベル-(累積89) 








 今宵、最期のゲームは驚くほど――と言っては過言かもしれないが、とにかく、静かに、静かに進んだ。


 ドラフトの間も、カードセットの間も、皆無言だった。


 〝ゼロ〟も〝レイア〟も、ピンク色のベータも、〝アヤト〟の代わりにドラフトへ加わった青いベータも、そして、圧倒的優位にあるはずの〝キング〟でさえもが、ただ笑いをこらえるようにして、何も言わずに淡々とゲームを進めていた。


 それはそうだ。そもそも勝負にならないのだから。ゲームが作業になるのも当然だ。


 ああ、そうだな。結果のわかりきった「ゲーム」ほど、退屈なものはない。


「では、誰も対応されないのでしたら、カードオープンとなります」


 それでも、諦めない。――この時、〝ゼロ〟の頭にあったのはそれだけだった。






「で? ――どうするんだい?」

 

 〝ゼロ〟は、食らいついた。必至に、最期まであきらめず、〝キング〟の「ストレンジ・マーブル」に。


 その足掻きも、9度目のスキャニングで途絶えた。「ブラック・ポータル」「ホワイト・ポータル」「ピンキー・ウェア」持てるカードを余すことなく使いきった。


 これ以上は無理だった。これ以上は、本当に脳が溶け出してきちまう。


「おや、静かになったねぇ」


 ベータに用意させたハンカチで、ぬらぬらと粘つくような汗をぬぐいながら、〝キング〟は言った。


 ――こいつにも消耗が無いわけではないんだ。だが、それでも届かない。


 〝アヤト〟との対戦から通算して100を超えるスキャニングを行っているはずなのに、まるで、底が見えてこない。


 なんでだよ? 理不尽だろ?! こんなのってないだろ?


 ――確かに、俺も、チート使って勝つ気でいたよ。でも、こんな理不尽なことする気じゃなかったよ。


 あんまりじゃないか。ゲームにならない。こんな奴に、どうやって勝てっていうんだ!?


 ボックスの上につんのめりながら、〝ゼロ〟は今生の全てに訴えかける。


 どうしてなのだろう? どうして、――どうして自分はこんなにも世界に嫌われているのだろうか?


 こんな、自分の為にあるとさえ思えたゲームを舞台にしてなお、俺は〝主役にしてもらえない〟。


 その理不尽が、あまりに許せなかった。やるせなかった。


 自分に都合のいいことを言っているのは分かる。


 それでも、それでも理不尽だった。


「……アンタ、アタシに言いたいことあるんじゃないの?」


 そのとき、ゲームが始まって以来何事の言葉も発していなかった〝レイア〟が、声を上げた。


 声を掛けた先は〝ゼロ〟ではなく、〝キング〟だった。


 それに対し、〝キング〟が「グヒぃッ」という、げっぷか何かかと思えるようなで応えた。


「たのしぃな~。このゲームって、ホントに、ぼくのためにあるようなゲームだよねぇ」


 〝レイア〟の問いに応えようとはせず、〝キング〟はたるんだ頬をぶるぶると揺らしながら、これまでにないほどの大音量で喋りはじめる。


「毎回さぁ。終盤になると、それまでぼくを虫けらみたいに扱って、無視していたヤツらがさ、自分から声を掛けて来てくれるんだよねぇ。おべっか使ったり、ボクのことを褒めはじめたりさぁ。笑えるんだよなぁ。それに気分がいいんだぁ~」


「――言いたいこと、は無いかって言ってんだけど?」


 んふぅ、と、〝キング〟はこの上ない喜悦を浮かべる。――〝ゼロ〟には、正直何がなんなのか解らない。


 〝レイア〟、お前、何か策でもあるっていうのか?


「あるよぉ。あるある。――キミ、ぼくの「彼女」になりなよぉ」


 先ほどから、この男が繰り返す謎の言葉だった。


 「彼女」とは何のことか。――正直、その真相を知りたいとは思えない。なぜ〝レイア〟はいきなりそんな話を始めたのだろうか? 


「「彼女」って言うのはね、〝企業〟からボクに対する「ご褒美」のことだよぉ」


 そう言うと、〝キング〟は饒舌に語り始めた。――そのおぞましい事実を。


「簡単に言うと、さっきの〝アヤト〟ちゃんみたいに、眠ったままの女の子をね、貸してももらえるんだ。常に実験に使っている訳じゃないからね。――ぐふふ。一緒に添い寝したり、一緒にお風呂に入ったり、それに……クヒヒぃッ!! みんなかわいいでねぇ。あったかくて、いい匂いがして、……凄いんだよぉ」


 一切の応答はない。まるで〝キング〟以外の人間がこの空間から消え失せたような静寂だけが、それに応える。


「〝アヤト〟ちゃんはしばらく貸してもらえないと思うけど、その内一緒に過ごせると思うよ。今から楽しみだなぁ。――けど、いくら可愛い女子たちでも、起きて喋ったりはしないからね。それが不満だったんだ」


 しかし、当の〝キング〟にとってはどうでもいいことらしい。応答など最初から求めていないとばかりに。湿った言葉を張り上げ続ける。


 そしてようやく、とでもいうように、〝キング〟は〝レイア〟へ、その中身を覗き込むかのように問いかける。


「だからさぁ、キミもボクの「彼女」になってよ。君なら実験に使われることもないし、ずっと僕の傍に居られるし、なにより、ちゃんとお話が出来るからねぇ」


 ようやく明らかになった真相に、〝ゼロ〟は蒼ざめる。予想をはるかに超えた醜悪しゅうあくさに、眩暈めまいさえ覚える。


 こんな提案に、〝レイア〟が乗るはずがない。たとえ死ぬことになっても――


「条件がある」


 あわや乱闘かとさえ思っていた〝ゼロ〟の予想を塗りつぶすようにして、〝レイア〟はそんな事を言った。


 ――おまえ、なに、言ってんだよ?


「それを聞いてくれるなら、――好きにして良い」


「ホントぉ!? なんだい、条件ってぇ??」


 飛び上がりそうな勢いで〝キング〟は声を上げた。一方で〝ゼロ〟は置いてけぼりだ。何が起こっているのかさえ、わからない。理解できない。


「アタシたち、二人とも助けて」


 ――だから、なに、言ってんだよ、お前。


「んー、あぁ、なるほどねぇ。でも、彼はショートスリーパーなんだろ? ありふれただけど、それでも〝企業〟にしたら大事な検体だろうしねぇ」


「いいわけないだろ! なに言ってんだ!!」


 何らかの策かもしれないと思い、それまで、喉さえをも空にして黙り込んでいた〝ゼロ〟だが、いよいよ黙っていられなくなった。


「いいから黙ってて!!」 


 しかし、〝レイア〟はただ声でだけ、一喝してくる。――でも解らねぇじゃねぇか? お前、どういうつもりなんだよ? 何をしようとしてんのかがわからねぇよ。


 まさか、本当に、――俺を助けるために、この汚物に自分を好きにさせるつもりなのか?


 ありえないだろ? たとえ死ぬことになったって、二人とも死ぬことになったって、お前はしないだろ?


 しないはずじゃないか。――そうだった、ハズなんだ。


 それが、――どうして……


「――――ッ」


 しかし、そこで〝ゼロ〟は息を呑む。


 視線がかみ合う。改めて〝ゼロ〟を見た〝レイア〟の視線。――そこに、〝ゼロ〟が想うような、暗く淀んだ陰は無かった。


 それどころか、いつもの、不敵な、挑みかかるような視線で、〝レイア〟は薄く笑った。


 ――なにか、あるっていうのか? ここから、とれる策が。本当に有るっていうのか!?


「ん~、いいよぉッ。わかった。何とかしてみるよぉ。何せ僕は〝キング〟だしね。多少の無理は聞いてもらえるんだよぉ。――――――たぁだしッ」


 不敵だった視線が翻る。それをバカみたいなニヤけ顔で真っ直ぐに受け止めて、〝キング〟は言う。


「それには、ちゃんとお願いしてもらわないとねぇ。しっかり、懇切丁寧こんせつていねいにぃ……」


 何の意味があるのか〝キング〟は言いながら顔を上気させ、小さくすぼめた口腔から紫色の舌を伸ばしては、虚空をレロレロと舐め上げる。


 まるで、これが――この瞬間がたまらないのだと全身で主張するがごとく。


 鳥肌が止まらなかった。コイツ、何を考えてやがるんだ!?


「僕の「彼女」になるって。行動で示してほしいんだ。――まず、服を脱いでくれるかい? 全部だ」


「座ってて」


 限界だと思って立ち上がろうとした〝ゼロ〟を制するような声で〝レイア〟は言い放った。


 だが、〝ゼロ〟には本当に意味が解らない。――これがなんかの策だっていうのか? こんなの、だって、こんなのは、――


 〝レイア〟は席を立ち、ただでさえ面積の多くはなかったその服を一枚ずつ、ゆっくりと脱ぎ始めた。


 ――こんなのは、お前が一番嫌がることじゃねぇのかよ!?


 〝ゼロ〟が血を流すほどの葛藤に苛まれている間に、〝レイア〟は衣服を全て脱ぎ去った。


 とても見ていられなかった。だが、視線を逸らしていいのか? これから起こる、おぞましい光景から、目を、そらしていいのか?


「――〝ゼロ〟様」


 言って、白ベータが今にも椅子を蹴って飛び出そうとする〝ゼロ〟の背後に取り付いた。

 

 そしてやんわりと、肩に手を掛けてくる。――一番最初にそうしたように。


「気持ちは分かりますが――暴力行為はお控えください」


 ――なにが、なにが気持ちは分かる、だ! こんなことを、こんなゲームを何度も繰り返えてしてる〝企業〟一員のクセに! 


 どうして、コイツはここまで白々しいセリフを吐けるんだ!! 


 本当ならそんな制止など振り払ってやりたかった。


 だが、〝キング〟の大はしゃぎする子供みたいなだみ声が、思考を一気に塗りつぶす。

 

「んぁぁぁあああ~~!!! い、――いいよぉ。凄くいいよぉッ!!」


 全てを脱ぎ去った〝レイア〟は一枚だけ残った上着だけを手にして、〝キング〟に向き直る。


 〝キング〟は踊り出さんばかりのテンションで〝レイア〟を呼ぶ。


「――来て!! くるんだ! ぼくの、もっと、近くに! あぁ~、凄いなぁ、キレイだなぁ。思ってたのよりもずっといいよぉ……」


 そうして、締めすぎたボンレスハムみたいみに、自分の身体を掻き抱いて身悶えする。煮崩れしたカマキリの卵か何かかと思った。


 ――もう、何度目になるかもわからない吐き気に襲われる。もう、無理だ。


「もう止めろ! ――こんなのゲームじゃないだろ!!」


〝ゼロ〟は声を上げる。しかし、〝キング〟はこれをあらん限りにせせら笑う。


「ゲームにならないから、こうなってるんだろぉ!! わかりなよぉ。――まだまだ、これからだよぉ。クヒヒヒィッ! わかるかい? この娘みたいな女の子がさぁ、一枚のチップ欲しさに、命惜しさに、いったいをやるか。どこまでのことをやるのか。キミ、想像できるかぁい? グヒヒヒぃッ! じ、じっくりと見せてあげるよぉ。――これから、これから、もっと、もっとぉ!」


 〝キング〟はまるで嘔吐でもしてるみたいな勢いで、この世のものとも思えない下劣な言葉を吐き出し続ける。


 もはや口から固形の悪意をひり出しているのと見分けがつかない。


「〝キング〟様――ゲームの時間制限があることをお忘れなく」


 〝ゼロ〟の背後で、白ベータが形ばかりの警告をする。――何の意味がある? そんな言葉に、どんな意味があるんだよ?!


 むしろ、公認を与えちまったようなものじゃねぇか!


「んっんーッ。野暮なこと言うねぇ。――でもいいよね。ゲームはあと二日もあるんだし、その後も、ボクの彼女として一緒に居てくれるんだもんねぇ。クヒヒヒィッ!! ずっと、ずっとずっとずっと! ずっと一緒にねぇ!!」


「ふざけ――ッ!?」


 我慢の限界だった。しかしいざ飛び出そうとした〝ゼロ〟の腕を、白ベータは捻り上げ、そのままボックスの上に突き倒してしまった。


「お前――ッ」


「……」


 白ベータは応えない。レベル3の筋力強化は最大限発揮されているはずだが、この女の腕はびくともしない。


 何もできない。――嘘だろ? この状況で出来ることが無いなんて、そんなの、たちの悪い冗談だ――――。


「まぁ、時間もないしね。さぁ! こっちに来て! まぁずは、謝ってもらおうか。君は、ぼくに――フヒヒ。そうだ、ぼくに不快な態度をとったからねぇ」


 〝レイア〟はゆっくりと〝キング〟の前まで歩き、膝をついた。


 〝ゼロ〟は何の声も上げられなかった。口だけは自由だったのにもかかわらず、そうすることが出来なかった。


 〝レイア〟が、〝ゼロ〟へ一瞥さえ向けようとしなかったから。


 自由にならない眼が、力なくその真っ白な後姿だけを捉えている。


 どうしろと、――どうしろと言うんだ?


 それでも、お前はまだ、何もするなって言うのか?


 解らなかった。ここにきて、〝レイア〟の心の内が、何一つ、〝ゼロ〟にはわからなかった。


 昨日までは――いいや、さっきまでは確かに、同じ決意の元、心まで繋がっていたはずなのに――。


 〝レイア〟は何も言わずに、苦悶のひとつも漏らさずに、土下座した。


「いいなぁ~! いいよぉ!! いつも、――いつもこの瞬間が一番いいんだ! 凄く素直だねぇ。良い子だねぇ~。グヒッ! グヒヒィッ!! 命が惜しいもんねぇ。――でも、まだ足りないなぁ。僕はすっごく傷ついたんだァ」


 そう言うと〝キング〟はおもむろに、吐いていたスニーカーのような靴を脱いだ。


 そして、奇妙な程にテラテラと滑る足を土下座したままの〝レイア〟の眼前に突きつける。


「舐めるんだ。――ボクが言いというまで、丁寧に。隅々までねぇ」


「――――うあ゛あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁ――――――――――ッッッ!!!」



 〝ゼロ〟は咆えた。もはや思考もくそもない。ただ、恐怖にも勝る怒りの本能から、叫んだ。


 押さえつけられている腕からバリバリッ――っと、何かが千切れ、身体が壊れる音がする。――構わない、知ったことか。

 

「離しやがれぇぇぇェェェッ!」


 身体ごと放り投げるようにして、白ベータを振り切る。


 しかし〝キング〟めがけて砲弾の如く飛びだそうとしたところで、十本以上もの腕が〝ゼロ〟を捕まえた。そして否応なく、床に引き倒される。


「――――ッ!」


 いつの間にか、〝ゼロ〟の周りには仕事にあぶれたベータ達が群がっていた。っざけんなよ。――やっぱ、多すぎんだよ、お前ら。


「そうそう、押さえておいてよね。クヒヒッ。あぁ、こわいこわい」


 ひとしきり〝ゼロ〟を見降ろして嘲った後、〝キング〟はを起こしたような声で吠える。


「さぁ、何やってるんだ! 早くするんだッ!!」


 〝レイア〟は、言われるがままに、ゆっくりと赤い舌を伸ばし、その臭い立つような足先に舌を近付ける。


 できることなら、この両目を自分でえぐってしまいたかった。


 体中が壊れるのも構わず、もがきながら、〝ゼロ〟は自分でも意味の解らぬ叫び声を張りあげた。

 

 しかし、いよいよ、赤い舌先が触れようとした瞬間、それがぴたりと止まった。


「何やってるんだぁ! 早くしろぉぉぉ!!」


 〝キング〟はもう我慢できないとばかりに、真っ黒な爪が伸び放題のそれを突き出す。


 ――危ない。と言う〝ゼロ〟の危惧は無意味だった。


 なぜなら、〝レイア〟はその足を、しっかりと両手で掴み取っていたからだ。


「ブヒ?」


「ざけんなッ。――何度生まれ変わったって、」


 〝レイア〟はそのまま、勢い任せに〝キング〟の体を引き倒し、自身の身体を隠していた最期の上着を、ロープのように〝キング〟の首へ巻き付けた。


「お前みたいなクソの言いなりになるか!!!」


 そして、そのまま絞首刑よろしく、〝キング〟を宙吊りにしたのだ。


 背負うみたいな形になっているうえに、〝レイア〟が満身の力を込めて上着を引き絞っているため、〝キング〟は足もつかず、空中でおぼれるようにして四肢をバタつかせている。


 ただでさえ、常よりプラムの如く赤らんでいるその顔が、今度こそ梅干しみたいな朱色に染まった。


 本来なら〝レイア〟の腕力でこんなことはできない。だが、今の〝レイア〟は〝ゼロ〟と同様にレベル3の筋力強化を最大で使用しているのだ。


 〝キング〟が生身だというなら、頸をへし折るぐらいは可能なはずだ。


 案の定、〝キング〟の首からはゴキゴキ、と鈍い音が聞こえてくる。


「ブッヒィ! ――グビィッ!!」


 やっぱりな。お前が、おとなしくそんなことするとは思えなかった。


 ――けど、


 けど、何をやってんだよ! ――そんなことをしたら、間違いなく、ゲームから排除されちまうぞ!


 その視線が、一瞬だけ〝ゼロ〟に向けられた。


 そこにあったのは、困惑でも〝キング〟を道連れにしようと言うやぶれかぶれでもない。

 

 ――確かな、安堵だった。


 まさか、お前――ここで無理にでも〝キング〟を排除しちまえば、残るのは俺だけって思ってのか? って思ってんのか?


 違うだろ!? そんなのは違うって、言ってあったじゃねぇか!


 俺だけ先に進む意味なんて……。二人じゃなきゃ、意味なんて、無いじゃねぇか。


「お前さえ、いなけりゃ――ッ!」


 だが、〝レイア〟の眼に迷いはなかった。


 そのまま〝キング〟の首を千切れるまでくびろうとするかのように、力を込める。いよいよかと思えた瞬間、その身体が途端に空を泳いだ。


 ロープ代わりにしていた上着が、切断されていたのだ。


「すまンな」


 黒ベータだった。〝ゼロ〟の拘束に参加していなかったこの巨漢が、レイアの暴力行使を防いだわけだ。


「……アンタ、空気、読めなすぎ」


 〝レイア〟は力なく笑って、膝をついた。


 ただでさえ限界だったのだ。――最後の策が不発に終わり、〝レイア〟はその場に崩れおちた。


 〝ゼロ〟はどう受け止めていいのかわからなかった。〝レイア〟が殺人を犯さなくてよかったと思うべきなのか、それとも……


「さっキも言っタだろう。次はなイと」


「そっか……」


 そう言って、〝レイア〟はしなだれるように、〝ゼロ〟を見た。


 なんと言っていいのかわからなかった。どんな顔をして良いのか解らなかった。


 ――それを、この先一生悔いることになった。


 力なく〝ゼロ〟を見ていた〝レイア〟の顔が、脇から蹴り飛ばされたのだ。


 〝キング〟だった。


 止めろ、とさえ、叫ぶことが出来なかった。


 ただ、コントラバスみたいなうめきだけが体中から飛び出したみたいだった。


 蹴り飛ばされた〝レイア〟の頭はそのまま大きく流れ、近くのボックスに打ち付けられた。


 そのままゴトリと、ボーリングの玉がガーターに落ちるみたいにして、冷たい床に落っこちた。


 〝キング〟はさらに、その頭を踏みつける。


「この――ふざけるな! クズの、ザコの癖に、モブの分際で、ふざけやがっでぇ!!」


 その凶行はすぐに、制止された。


「オイッ! 何故――止メなかッた?」


 黒ベータが、〝キング〟のすぐ脇に居た赤ベータに問う。この上なく重苦しい声で。 


「あぁ、これは失礼。うっかりしておりました。てっきり、あなた一人で十分かと」


 黒ベータは無貌の仮面越しに、赤ベータを睨み付けた後、速やかに〝レイア〟を抱え上げた


 〝ゼロ〟は何の反応も返せなかった。まるで全身が凍り付いたみたいに、ただ、それを見ていた。


 〝レイア〟の首が、ちょっと。――ちょっとだけ、妙な具合に、のが見えたから。


 まるで、骨が入っていないみたいに。だらりと。


 一瞬のことだ。錯覚かもしれない。きっとそうだ。


 けれど、その残像が、焼き付いて離れなかった。


 最期、ボールみたいに蹴り飛ばされる瞬間の顔と、その首とが交互に――――。

 

 〝ゼロ〟は、おそらく、人生で経験した事が無い絶叫を張りあげた。


 喉を、胸を、腹を割いて、あらゆるものが飛び出していくみたいな。


 そんな絶叫を。






「〝ゼロ〟様。ゲームに復帰する意思はお有りですか?」


 どれほど叫んだだろう。


 そのまま、石みたいに床に突っ伏したままだった〝ゼロ〟に、屈みこんだ白ベータがそんな声を掛けてきた。


 〝ゼロ〟は応えなかった。


 相変わらず、空気の読めないヤツだよな、お前も。


 しかし、もはや苦笑すら浮かんでくることはなかった。


 もう、この先一生、笑うことなどないのだろうと、そう思えた。


 そして、〝ゼロ〟はただ一言、呻くみたいにして、意思を伝えた。


 たった一つの、簡潔な意思を。


 その血まみれの言葉を、白ベータがちゃんと聞き取れたかは定かでなかった。


 だが、白ベータは一つ頷いて、〝ゼロ〟の持っていたデッキを全て取り上げた。


 そして、〝レイア〟のデッキを持った黒ベータ共々、その場にいた全てのベータが、〝キング〟の下に片膝をついてひれ伏した。


 全てのゲームの結果が出たのだと、言外に示すように。


 ガマガエルみたいに息も絶え絶えだった〝キング〟だったが、それを見て、改めて下卑た笑いを取り戻したようだった。


 ――もはや、〝ゼロ〟には何の関係もないことだったが。


 そして、〝キング〟はベータを引き連れ、哄笑こうしょうを張りあげながらゲーム会場を後にした。


 もはや「プレイヤー」ですらなくなった〝ゼロ〟一人を残して。












 そして、――――――――「七日目」。


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