第46話「五日目」第四ゲーム 王と眠り姫


〝ゼロ〟が持つレア・カード一覧



 ホワイト・ポータル レベル10(累積1)


 シルバー・バレッド レベル7(累積1)


 ブラック・ポータル レベル6(累積1)


  ブラック・スワン  レベル7 → 手札として消費


 ピンキー・ウェア  レベル8(累積1)


 グリーン・ピース  レベル6 → 手札として一度使用され、再び手札に戻された。


 ブルー・フィルム  レベル10





 

 〝レイア〟の持つレア・カードの一覧



 ブラック・ポータル  レベル6  


  ディープ・ブルー   レベル-  → 手札として消費


  ゴールド・イクリプス レベル10 → 手札として消費


 ダーティ・レッド   レベル9(累積1)


 サンライト・イエロー レベル8(累積1)


  ブロンズ・スタチュー レベル8  → 手札として消費


 ブラウニー・ブラウニーレベル7


 ゴールド・ラッシュ  レベル6





 〝アヤト〟の使用したレア・カード(総数は不明)



  エバー・グリーン   レベル10(累積3) → エージェント・オレンジ レベル0の効果によりにより喪失


  ブラック・ポータル  レベル6(累積1)  → 手札として消費 


  ブラック・ポータル  レベル6(累積1)  → 手札として消費


  グリーン・ピース   レベル6 → 手札として消費


  ダーティ・レッド   レベル6 → 手札として消費


  ディープ・ブルー   レベル- → 手札として消費




 〝ツーペア〟(離脱) が所有していたレア・カード。


 エージェント・オレンジ レベル0 → 使用により、効果を喪失。そののちに破棄され、ベータが回収。


 ブラック・リスト レベル10 → 破棄の後、ベータが回収。


 ブラック・リスト レベル10 → 破棄の後、ベータが回収。




 


 第四ゲーム開始の時間になると各プレイヤーは自らの席に着いた。


 ゲームを去った〝ツーペア〟の席には、代わりにピンク色のベータが座る。


 先ほどのゲームでカードの特典として「採血」を行った〝アヤト〟も、蒼い顔をしたまま席に着いた。


 席に着いてからも〝アヤト〟は一人俯いたままで、幾度か視線で〝ゼロ〟を見たが、声を交わそうとはしなかった。


 休憩時間の間もずっとストレッチャーに横たわったままだった彼女は作り物みたいに見えた。

 

 その間、ベータたちが代わる代わる話しかけたリ周囲を動き回っていたので、こちらから何かを調べることもできなかった。


 それまでの休憩時間が嘘だったように、時間は静かに過ぎて言った。


 そのせいなのか、どこか空虚で弛緩したような空気のまま、ゲームは開始された。


「……では、「ハングド・ペンタゴン」第四ゲームを開始いたします」


 ベータが宣言するが、プレイヤーは誰も声を上げようとはしなかった。


 ここまで来ると是も非もない。皆、何も言わずに粛々とドラフトを開始した。


 ただ、〝ゼロ〟はその間もあることについて考え続けていた。


 〝アヤト〟は何を考えているだろうか?






 先のゲームを終えての心情のことももちろんあるが、それよりも重要なのはドラフトについてだ。


 今度のドラフトは二回戦と同じく時計回りなので、〝ゼロ〟には〝アヤト〟がどのようなドラフトを行っているのかが分からない。


 しかし、もはや〝アヤト〟にもレベル5を取る理由がないのだから、わざわざレベル5を進んでドラフトするとは考えにくい。


 今回からは〝アヤト〟もレベル5を唾棄するドラフトを行うはずだ。


 それは〝ゼロ〟も同様だ。


 今回の戦略も基本的には〝レイア〟が強い手札を作り、〝ゼロ〟がスキャニングでそれを補助するという形は変わらない。


 しかし、今回は〝ゼロ〟も〝レイア〟にレベル5を回す可能性を下げるために、自分でレベル5を抱え込む、という選択は出来ない。


 このゲームの最終的な勝ち筋が〝ゼロ〟と〝レイア〟でゲームを行い、口裏を合わせて最大値のチップを獲得すると言うもの、であるため〝ゼロ〟も最後までゲームに参加しなければならなくなった。


 どうせフォールドするから、と言う意識でレベル5を取ることは、もはや出来ないのだ。


 〝キング〟は元より自分の為にドラフトを行うだろうし、〝ツーペア〟の代わりにドラフトにだけ参加するピンク色のベータも、下手に介入するような真似はしないだろう。


 つまり、少なくとも今回は「誰でもそうする」はずの定石のドラフトを全員が行うはず、ということになる。




 


 「誰でもそうする」というのは、最も価値のあるレベル4から、レベル3、2、1、そしてレベル5の順で全員がドラフトをするということだ。


 全員が上記の通りのドラフトを行えば、最期は全員が最初と同じ1~5のレベルのカードを手にすることになる、と考えられる。


 はっきり言って面白味のない予想だが、まぁ仕方がない。全員が同じカードを回してドラフトを始めたら、普通はそうなるに決まっているのだ。


 ――が、そうはならなかった。


 ドラフトを終えて、〝ゼロ〟は今宵何度目になるのかわからない困惑で顔面を糊塗ことする事となった。


 この第四ドラフトで〝ゼロ〟が集めたカードは4 3 2 1 1。つまり、レベル5が一枚も回ってこなかったのだ。


 ――なんだってんだ!? この期に及んで、また誰かがレベル5を集めているっていうのか? 







 〝ツーペア〟の代わりのベータがやったのか?


 いや、ゲームからレベル5を取り除く、なんて不自然な介入、コイツ等がやる意味がない。


 〝ゼロ〟は視線をめぐらせる。当然〝レイア〟もやっていない。


 〝アヤト〟も、論外の筈だ。あと二回のゲームを勝って終わらなければこれまでの労苦が全て無駄になると、〝アヤト〟は誰よりも知っているはずだ。


 なら、〝キング〟か?


 だが、〝キング〟がレベル5を集める意味もまた無いように思える。


 〝ゼロ〟が視線を向けても、〝キング〟はニタニタと笑うばかりで意図が読めない。


 ただ、〝アヤト〟は〝ゼロ〟が向けた視線を取り合わず、肩を落として俯くばかりだ。


 ――まさか、〝アヤト〟が!?

 

 だがそれは、これまでのゲームの経緯を鑑みれば、あり得ないことなのだ。もっともあり得ないのが〝アヤト〟なのだ。


 前回のゲームの終わりから、今のドラフトの間に、何があったというのだろうか?






 

 疑問が残る中、ハンドの提出となった。


〝ゼロ〟も疑問を抱えたままカードを提出する。


「わたくしは降りさせていただきます」


 そこで、まず最初にフォールドを選択したのは〝アヤト〟だった。


「――なッ!?」


 まさかの行動に、〝ゼロ〟は思わず声を上げる。


「グヒッ! グヒヒッぃ……なんでそんなに驚くんだい」


 応えたのは当の〝アヤト〟ではなく遠間に声をかけてきた〝キング〟だ。


 〝ゼロ〟は視線を翻す。


「彼女はね、組むことにしたんだよ。このぼくとね」


「はぁぁ!?」


 その言葉に、〝ゼロ〟はさらなる困惑の声を上げざるを得なかった。


 ありえないことだ。――そもそも、いつ、そんな暇があったっていうんだ?


 休憩時間の間、お前はベータ共と雑談してただけだったじゃねーか!


「何も不思議なことじゃないよ。ベータに頼んだんだ。僕が直に行くと、また騒ぎになるからねぇ」


 〝キング〟はちらちらと〝レイア〟の方へ視線を向けながら言う。

 

 確かに、それは可能だろうけど、それにしたって、少なくとも俺たちが見ている前で堂々と指示することなんてできるのか?!


「グヒぃ、ヒヒッ。……ベータにもいろいろいるのさ、ぼくが何も言わなくても、全部察して動いてくれるようなベータがね」


 そう言って〝キング〟は傍らの赤ベータを見上げる。


「彼はなかなか気が利くタイプみたいだねぇ。仲裁に来るのは遅いけど……」


「恐れ入ります」


 赤ベータは慇懃にその賞賛に応えた。


 つまり、この状況――この「絵」を描いたのは〝キング〟じゃなくて赤ベータだっていう事か?


「お前、――何のつもりだよ」


 〝ゼロ〟が声を上げると、赤ベータは大仰なそぶりでのけぞって見せる。――いちいち芝居がかったヤツだ!


「下心の有るような仰り様は悲しい限りです。私はただ、――決着がつきやすいよう、状況を簡略すべきかと、思案したしました次第で」


「――簡略化だと?」


 つまり、俺と〝レイア〟が組んでる状態で〝ツーペア〟が抜けたから、後の二人にも同盟を組ませて勢力を二分したって言いたいのか?


 んな大雑把な話があるかよ!? ――ありえない。


 そうだ、あり得ないのだ。そう言う風に赤ベータが提案したのだとしても、〝アヤト〟が受け入れなければこんなことにはならない。


 なぜこんな男と――


「どうしてなんだ!?」


 〝ゼロ〟の言葉に〝アヤト〟は伏せていた顔を上げたが、そのまま何も答えようとはしなかった。


 〝ゼロ〟も言葉が無い。なぜなら、そこにはどんな心情の吐露よりも、なお雄弁な苦悶が刻まれていたのだから。


「君のプランが成功しないって、解ってるからじゃないかな?」


 押し黙る〝アヤト〟に代わって、応えたのは当の〝キング〟である。〝ゼロ〟は忌々しげにこの醜い男を睨み付ける。


「――クヒヒッ。〝企業〟はね、そんなに甘くないんだよ」


「どう言う……意味だ」


 成功しない? 勝ち目がないとでも言いたいのか? それとも、〝企業〟が約束を反故ほごにするとでも言うのか?


「……貴方たちと組んだところで、先はないからです。……残念ですが、私は生き残るために動きます」


 そして、〝アヤト〟までもが、静かにそんなことを告げる。


 だが、本人の言葉を聞いた以上、もはや結託の疑は違えようもない。それ以上は言葉が見つからなかった。





 

 そうしてカードの提出は終り、手札の開示が行われる段となった。〝アヤト〟のフォールドに、ピンクのベータも続いた。


 これは予定通りだ。実際にゲームへ参加するのは〝ゼロ〟と〝レイア〟、そして〝キング〟の三人となった。


「――で? あんたが相手をするっていうのか? 俺たち二人の」


 〝ゼロ〟が固い声で問う。確認と言うよりも牽制に近い。だが、当の〝キング〟はそよ風程にも〝ゼロ〟の剣幕に取り合う気はないようだ。


「うん。――まぁ、お礼も兼ねてね。彼女の身体に余計な傷を着けないように計らってくれたからね。――クヒッ! ありがとう。僕からもお礼を言うよ」


 その、肉に埋もれたような視線はまるで舐めしゃぶるように〝アヤト〟を見ている。


「――――ッ!」


「というわけで、ご褒美と言っては何だけど、僕が直々に相手をしてあげようかと思ってね」


 あまりのおぞましさに誰も声を上げられなかっただけなのだが、その沈黙を何かしらの、自分の言葉への賛同、あるいは肯定と受け取ったらしいキングは、さらに尊大な態度で言葉を続ける。


 ――――なんなんだ? このバカの自信は?


 その、あまりの不気味さに、〝ゼロ〟はその分不相応な尊大さを嗤い飛ばすことができなかった。余りにも、不可解だ。というよりも場違いというべきか。


「――アンタさ。前にバカさらして負けたの覚えてないの? ベソかいて逃げたくせに」


 それまでおとなしくしていた〝レイア〟が鋭い声で言った。体調のことも有り、イラついているのだろう。「バカ」の辺りの鋭さが違う。俺にはわかる。


「あぁ……、そんな事もあったねぇ。凡ミスだったね。もっとだったんだ。ぼくとしたことが熱くなりすぎたよぉ」


 汗でふやけた吹き出物だらけの頬をぶるぶると戦慄かせつつ、〝キング〟は照れ隠しのような言葉を吐く。


「――待つ? 待ったからなんだってのよ」


「だって、ゲームの後半まで待つとさ、みんな今の君みたいになるんだよね」


 そう言うと、またくぐもったような声でグヒッと笑いを挟む。〝レイア〟は――いや、誰もが息を呑んだ。


「だから待つんだ。毎回ね。みんなが、のをね。――静かに、待つんだ」


 ――なんだと? 


 いま、コイツ何を言ったんだ!?


「おまえ、やっぱり……」


 思わず〝ゼロ〟は声を漏らす。――予想できていなかったわけじゃない。ただ、今の今まで、確信が持てなかっただけだ。


 だが、もはや疑いようがない。


「リピーター、なのか? おまえが!?」


 戦くような声に、〝キング〟はさらなる喜悦で応えた。 






 〝キング〟が言わんとしていることは分かる。


 ゲームが進行するにつれて、今の〝レイア〟や〝アヤト〟のように、そしてかつての〝ゼロ〟のように、脳への負荷のせいで思考や行動がどんどん鈍っていくというのは避けられない事態だろう。


 そして過去にゲームを経験している「リピーター」だというなら、危険を避けながら終盤までやり過ごすことも不可能ではないのだろう。


 だが、――だがそれでも、どうしてこの醜く、そして掛け値なしの低能であるはずのこの男がゲームを勝ち抜いて来れたというのか、これが解らない。


 この「インソムニア・ゲーム」ただのバカが勝ち残れるゲームじゃないぞ? 


 その疑問がひたすら、〝ゼロ〟の中でループしていた。


「そろそろ、ゲームの進行をお願いいたします」


 一同が言葉に詰まる中、白ベータがいつも通りの声で言った。ホントにマイペースなヤツだな。驚愕ぐらいゆっくりさせろよ。心臓に悪い。


「で、ではカードオープンの前に何か対応される方はいらっしゃいますか?」


 緑ベータの声に、〝キング〟が声を上げる。


「じゃあ、頼んだよ。約束の通りにね」


 その声はいつもの放屁みたいな笑いととともに〝アヤト〟へと向けられている。


「――対応します。カードは「インペリアル・パープル」」


 〝キング〟の声には応えず、〝アヤト〟は用意していたカードを、静かにスキャニングした。


「大丈夫なのか!?」


 〝ゼロ〟は咄嗟に声を上げたが、〝アヤト〟はそれにも取り合わない。あのブ男への反応と同じ対応をされるのはちょっとショックだ。


 こっちは一応心配しているのだが――いや、それがそもそもお門違いということか。互いに歩み寄るわけにはいかないってことなのか……。


 〝アヤト〟がスキャニングしたカードの効果が解説される。




「紫禁城(インペリアル・パープル)」 レベル:10


 このカードが開示された時点で、所有者のプレイヤーはレア・カードの名称を一種指定する。


 このゲーム・フェイズの間、指定されたレア・カードは特典の効果を発揮することができない。


 この効果はスタックに左右されず、また一夜のゲームフェイズの間に一度しか使用できない。




「……そのぐらいなら大丈夫さ。回復力が普通の人間とは違うからねぇ。ヒヒッ。累積無しなら、まだ問題はないと思うよ?」


 〝ゼロ〟の声に応えたのは〝キング〟だった。――別にお前に訊いてるわけじゃねぇんだよ!


 〝ゼロ〟は言葉ではなく、侮蔑と拒絶を込めた視線で〝キング〟を睨み付けるが、〝キング〟はだぶだぶとしたニヤつき顔を止めようとはしない。


「指定するカードは「ブラック・ポータル」。このゲームの間、「ブラック・ポータル」のカードは使用できません」


 にしても、〝アヤト〟はまだこんなカード持ってたのか。「エバー・グリーン」程じゃないが、かなり凶悪なカードだぞ、コレ。


「ブヒヒ。ありがとうね。これで大分やりやすくなるよ」


 考察する暇もあらず、今度は〝キング〟が〝ゼロ〟を見据える。


「さぁさぁ、どうする? 予言するけど、キミたちは100%勝てないよ。今降参してフォールドするなら、条件付きで命だけは助けてあげるよ」


 そう、尊大に――実際にはとてもそうは見えなかったが――言い放った〝キング〟は、さらに、〝レイア〟に熱く湿ったような視線を向ける。


「まぁ、助けるのは一人だけだけどね。――君だよ。〝レイア〟くん。言う事を聞いてくれるなら、僕の「彼女」として助けてあげるよぉッ!!」 


 〝レイア〟は何も答えなかった。ただ、――本気で人を殺しそうな目で、〝キング〟を見下ろしていた。


 すぐ脇に鋼鉄の檻みたいな黒ベータが控えていなかったら、ルールを度外視して〝キング〟を殺しにかかっていたことだろう。


「クヒヒ……。まぁ、いいよ。どうせ最後にはみんな僕の「彼女」になるんだからねぇ」


 そう漏らして、〝キング〟はベータに先に進めるように示唆した。


 認めたくはないが、現状、このゲームをけん引しているのはこの〝キング〟だ。


 その不可解な謎と分不相応な自信がゲームの空気を支配し始めている。


「では、誰も対応されないのでしたら、このままカードオープンとなります」


 白ベータが殊更に無機質にゲームを進行する。


 〝レイア〟が〝ゼロ〟を見た。しかし〝ゼロ〟は首を振ってこれに応える。


 言いたいことは分かる。このカードを打ち消してまえばいいんじゃないかってことだろ?


 だが無理だ。〝スタックに影響されない〟なんて表記がある以上、このカードは打ち消すことが出来ないカードだという事になる。


 「ブラック・ポータル」は元より「ピンキー・ウェア」みたいな、スタックが前提となるカードではこのカードをどうこうすることが出来ない、と見るべきだろう。

 

 だから、一夜につき一回なんて制限が付いているんだろう。


 にしても強力なカードだ。是非とも一度使ってみたいと思わせるほどに。


 だが、今はそんな事を考えている場合ではない。


「対応はしない。進めてくれ」


 本来ならチップを獲得するためにレイズすべきなのだが、これは〝ゼロ〟の判断で〝レイア〟にも取りやめさせた。


 ――〝キング〟の振る舞いがあまりにも不気味だったからだ。

 

 この状態で、過剰なレイズを行うのは危険すぎた。


 ――少なくとも、チップを得るのはこのゲームで〝キング〟の謎を解き、そして出来るなら無力化してからでなければならない。


 〝ゼロ〟の宣言とともに、ボックスにセットされているカードが開示されていく。


 そして、以下が開示されたそれぞれのハンドである。しかし……




 〝ゼロ〟


 4 3 1 10 2 (レベル1を一枚「ブルー・フィルム」レベル10 と入れ替えている)


 〝レイア〟


 4 3 8  2 2 (レベル1を「サンライト・イエロー」レベル8(累積1) と入れ替えている)

  

 〝キング〟


 4 4 -  2 3 (レベル1を「ディープ・ブルー」レベル- と入れ替えている」)



「ブヒヒッ、なんだい? このままでも僕の勝ちみたいだねぇ」


 と、この結果を受けて〝キング〟は一人上機嫌な声を上げるのだが……、


「さて、それじゃあ、足掻いてもらおうか。君たちだってこのまま負ける気はないんだよねぇ?」


「……いや、だとお前、星が付くぞ」


 少々の言いづらささえ感じながら、〝ゼロ〟は指摘した。


「う、うぇぇぇッ!?」


 素っ頓狂な声を上げる〝キング〟に対して、〝ゼロ〟も開いた口がふさがらない。


 コイツ、タブーのことを本気で忘れてやがったのか? あれだけ盛大に解説されたっていうのに?


 本来はカードを見た時点で気づくべきなのだ。


 「ディープ・ブルー」は、そのレベルが対面するカードのレベル倍になるというカードだ。


 ゆえに〝ゼロ〟のカードがレベル1なら2になり、〝レイア〟のカードがレベル8なら16にと、常に変動した数値が示されるカードということになる。


 そのため、今回にゲームにおいて、〝キング〟の手札は


 4 4 2 2 3 


 と 


 4 4 16 2 3


 の二種類が同時に存在することになる。


 そしてそのうちの一つがタブーを犯してしまっている。


 前者のカードの総計は15。5の倍数となり、「ハンドのタブー」を犯すことになるわけだ。


 「ディープ・ブルー」は強力なカードだが、この「ハングド・ペンタゴン」においては自身のレベルの総計を自由にコントロールできないという欠点があるため、使用するなら注意しなければならないカードなのだ。


 ――という、誰もが踏まえているはずの前提が、この肥満体の頭からはすっかりと抜け落ちてしまっていたらしい。


「か――関係ないね! カードのレベルぐらい、いくらでも変えられる!!」


 〝キング〟は気を吐くように言うのだが、――どうやら本気でわかっていないらしい。


「そうだな。でも、それは俺たちもなんだよ。お前の「ディープ・ブルー」のレベルは俺たちが対応するカードを変更することで、こっちからも操作できるんだ。その「ディープ・ブルー」をひっこめない限り、どうやっても星が付くことになるぞ、お前?」


「あ……あぁ……」


 まったくもってアホである。いくら強力なカードでも、状況によっては自分の首を絞めることになりかねない。


 特にレア・カードを使用するときはよく考えてからでなければならないのだ。


 でなければ、逆に相手に利用されることにもなりかねない。


 ――「リピーター」を自称するこの男が、どうしてこんな基本的なことさえ理解していないのだろうか? 


 そして、〝ゼロ〟は改めて思う。


 もはやほぼレアを持ち合わせていないとはいえ、このバカを相手にする方が、〝アヤト〟を相手にするよりは何倍も気が楽だ。


 何せ、今の一件一つとっても、このブヨブヨのブ男が正真正銘の低能だってのは疑いようのない事実だと分かるからだ。


 正直どんなゲームであろうとも、コイツに自分が負けるところが想像できない。


 たとえ運任せのゲームであってもだ。少しでも戦術的な要素が入っているならなおのことだ。

 

「ほ、星なんてどうでもいいし、タブーなんて関係ないね! だって、四つまでは何の意味もないんだから!!」


 〝キング〟は顔を真っ赤にして叫ぶ。


 確かに〝キング〟の現在の星は一つだけだ。――が、その気になれば、あと二回のゲームで星を四つ付けることも出来そうだと思えてくるよ。お前を見てるとさ。


「――とはいえ、し、仕方ないね。ちょっと早いけど、見せる時が来たようだね、このぼくの、本当の力を!」


 何言ってんだコイツ。


 〝キング〟の必至に自分の失態を取り繕おうとするかのような、子供じみた言動に〝ゼロ〟は失笑さえ漏らすことが出来ない。


 やってることはまんま喜劇じゃないか。しかもド三流だ。なんか申し訳なくて、笑うに笑えないっていうか。


「さぁ、見るがいいよ。――ぼくの、ぼくによる、ぼくだけのためのカード「ストレンジ・マーブル!」」


 ――だが、そんなバカであるコイツががここまで信頼するという事はそのカードは、〝アヤト〟や〝ツーペア〟が持っていた「特種カード」と同様の、いわゆる絶対的な効果を持つチートカードだという事なのではないか。


「よろしいですか?」


 と、そこで未知なる〝キング〟の「特種」カードを前に身構えていた〝ゼロ〟達を余所に、〝アヤト〟が声を上げた。


「な、なんでしょうか、〝アヤト〟様」


「対応してよろしいかしら」


「――対応? 何に?」


 応えたのは緑ベータでも、〝ゼロ〟でもなく、今まさに得意満面の貌でカードを掲げようとしてた〝キング〟であった。


「貴方の、カードの開示への対応です。スタックに積んでください。よろしくて?」


「……了解いたしました。〝キング〟様、カードの開示を少々お待ちください」


 〝アヤト〟は〝キング〟ではなくベータに告げる。急く様子もなく、静かに、以前の彼女のように、美しい所作のまま。


「……」


 〝キング〟は唖然として、小さな目をパチパチと瞬いている。――まるで訳が分からないとでも言うように。


 つまり、この〝アヤト〟の行動は二人が申し合わせていた計画にはないものだ――ってことになるな。


「ではカードをスキャニングします。カードは「サウンド・オーカー」。効果は特定のカードの表記をです」


 


「黄土砂(サウンド・オーカー)」レベル:7 


 このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーは単一の対象カードのテキストを一部書き換えることができる。


 ただし、レベル等の数値に限ってはこの限りではない。また、書き換える事の出来る文字数の上限は全体の20%までとし、最終的な文字数も変えてはならない。





「書き換える対象は使「インペリアル・パープル」。その表記を書き換えます」



 〝アヤト〟が自らのコンソールを操作すると、手にしていた紫色のカードがうごめき、変容していく。


 以下が書き替えられたカードの文面だ。




「紫禁城(インペリアル・パープル)」 レベル10


 このカードが開示された時点で、所有者のプレイヤーはレア・カードの名称を一種


 このゲーム・フェイズの間、特典の効果を発揮することができない。


 この効果はスタックに左右されず、また一夜のゲームフェイズの間に一度しか使用できない。





「――有ると思っていました。本当にリピーターだというのなら、私たち同様の特殊カードが」


 〝キング〟も含め、唖然とする一同を前に、〝アヤト〟はことさら静かに、しかし同時に持ち前の美貌を輝かせるようにして言い放った。

 

「ですので、何かする前に、封じさせていただきます」 


「おま……まだ、そんな」


 まだ、そんなカードを持ってたってのか? 〝ゼロ〟は〝アヤト〟の底知れなさに舌をもつれさせていた。


 ここまで強力なカードを、しかも二枚も、この時点まで温存していただなんて。果たして、自分がそれを持っていたら我慢できただろうか?


 それほどに、テクニカルで強力なコンボだと〝ゼロ〟にはわかった。


 と、そこで、声もなく慄いている〝ゼロ〟へ〝アヤト〟は一枚のカードを投げ渡してきた。


「――っと、」


「それで、お願いします。先ほどと同じように」


 最低限の会話で、〝アヤト〟は野放図に指示を飛ばしてくる。――いや、こっちの意思はどうなんだよ。こっちから何言っても答えなかったくせに。


 ――いや、それもすべて伏線だった。ってことか?


 受け取ったカード、それは今のドラフトで獲得していたレベル5だった。


 表記はいつものように。「ゲームに勝利した者」へ特典を与えるというもの。


 そして、その特典として要求されるのはダイレクトに「心臓」である。当然、このカードにはセーフティのカラクリなど備わっていない。


 マジかよ。――コイツ、狙ってたっていうのか? これを狙ってそのために、ずっと静かにしてたっていうのか? あの状況で、あんな目にあった後で?


「……そんなに、僕が嫌かなぁ? かなしいなぁ」


 〝ゼロ〟が心底から驚嘆していると、特段悲しんだ風でもない〝キング〟の言葉が、それでも忍び寄るように聞こえてきた。


「もちろんが、――私はどうしても、〝企業〟の側に付くのが嫌なようです」


 ――自分から自由を売り渡す事だけは出来ない。と、〝アヤト〟はそう続けた。


 その言葉に、自然と〝ゼロ〟も拳を握りしめていた。その思いだけは俺も、〝レイア〟も変わらない。そう断言できる。


「ですので、最後まで抵抗させていただくことにしました」


「そっかぁ~。かなしいなぁ」


 毅然として言い放つ〝アヤト〟に対して、ゆらりと天井を仰いだ〝キング〟はしかし、そこで改めて、下卑た笑いをもらした。


「――グヒッ。……でも、確かに正しいよ。ボクに付いたところで、君の願いはかなわない」


「……ッ」


「本当はボクと組んでみても意味はないんだよね。〝企業〟は欲しいものを妥協したりはしない。君みたいなレアなを逃すはずがないからねぇ」


「……見世物の次は実験動物扱いですか……」


 歯を軋るような音が、ここまで聞こえた。思いは同じだ。――お前ら、人間を何だと思ってんだよ!!


「そうとも。もともとは、そっちの意味合いが強いんだ」


 〝アヤト〟はもとより、静かに憤慨する〝ゼロ〟や〝レイア〟にも視線を振りつつ、〝キング〟は語り始める。


「このゲームはね、そもそもそう言うを集めて実験するって趣旨のものだったんだよ。それが回数を重ねるにつれてこういうゲーム性を増すようになってきた。それに刑罰だとか、見世物だとか、だとか、あー、偉い人達はだとかって言ってたっけ? グヒィッ、とにかく〝企業〟も一枚岩じゃない訳だ。けど、一番はコレだよ。モルモット同士を潰し合わせてデータを取るための実験だった。それは確かなんだよ。そういうかたちで、このゲームは繰り返されてきて――。ヒヒヒッ、ぼくはその全てのゲームに勝ってきた」


 全部? ――この男は確かにそう言った。ただのリピーターじゃないって言いたいのか?


「だから、君は逃げられない。〝企業〟にとっては君たちみたいな特異体質の人間を集めて、データを取るのが最大の目的なんだから」


 第一、コイツ、なんでここまで余裕でいられるんだ? 虎の子の特殊カードを封じられたんだぞ? しかも、死亡確実のレベル5を押し付けられようとしてるってのに。


 なんなんだこの余裕は。


「〝キング〟様、対応はどうされますか?」


 白ベータが〝キング〟に問うた。


「特に何もしないよ。だって、僕はそもそも、「ストレンジ・マーブル」なんてカードを使なんて無いんだから」


 言いながら、〝キング〟は手にしていたカードを見せつけてくる。


 それはただの「ブラック・ポータル」だった。どう言う意味だ? ブラフだったってのか?


 ――いや、そんなはずがない。〝ゼロ〟をはじめとした一同が困惑を示す中、〝キング〟はニタニタと笑いながら、そのカードを自らの汚らしい皮膚にあてがう。

 

「これね、面白いんだよ。――んだ」


 それをスライドさせ、スキャニングしてもう一度衆目にかざす。すると遠目にも、そのカードの色合いと文面が変化したのが分かった。


 黒から、赤へ、さらに、青、緑、金、そしてまた黒へと。スキャニング度に別のレア・カードへと変化する。


「……変わ、る?」


 〝ゼロ〟はうわごとのような声を上げた。


「そう。ランダムにね」


 〝ゼロ〟の声に、〝キング〟は屈託のない笑顔を見せた。


 ……意味は分かる。どんどん別のレア・カードに変化するカードってことだ。


 けど、ランダムじゃあダメだろ? それは要するに、何が出るかわからない運任せのカードってことじゃないか。


 意味が解らない。こんなもの、特殊カードどころか、ただのクズレアじゃないか。




「輝石の意思(ストレンジ・マーブル)」レベル:- 


 このカードが開示された時点で、このカードはランダムでいずれかのレア・カードに変化する。


 また、スキャニングすることで、同様にカードは変化する。




「こうして、欲しいカードになるまで続ければいいんだ。ちょっと待っててね。時間がかかるのが欠点で……」


 等と言いながら、しかし〝キング〟は心底楽しそうにスキャニングを


 自慢のおもちゃを、得意げに見せびらかすみたいに。


 だが、おかしいのだ。そんなにスキャニングを繰り返したら、普通なら、死んでもおかしくない。なのに――。


「補足いたしますと、――このスキャニングコストは他のレア・カードと同様、累積していきますので、あしからず」


 赤ベータが聞いてもいないことを付け加えた。それは問いたくても問えないでいた疑問だ。――だって、あり得ない。


「ああ、良かった。また出たよ「ブラックポータル」」


 唖然として言葉を失っている他プレイヤーを余所に、十数回もスキャニングし続けた〝キング〟は、のんきな声を上げた。


 累積する? 今のスキャニングした分のコストが? ありえない……それが本当なら、今、この男はどれだけのコストを払ったというんだ? 先ほどの〝アヤト〟とさえ比較にならない。


 まるで、脳への負荷など有って無きが如しじゃないか。


「「インペリアル・パープル」のカードは書き換えちゃったから、今度は「これ(ブラック・ポータル)が使えるんだよね」


「……可能です」


 〝キング〟はオレンジをはじめ、ほかのベータ達にも顔一々を向けて確認を取る。


「じゃあ、その「シルバー・バレッド」を打ち消すよ。これで一安心だねぇ」


「どうして、そんなに……」


 うわ言のような〝ゼロ〟の言葉に、〝キング〟は持って回ったような喜悦を向けてくる。


「なーにぃ? スキャニングのことかい? 別に平気だよ。グッヒッぃ……ヒヒッ。け、計算は苦手なんで、どこくらいの負荷かはよくわからないけど、でもボク、気にしないんだ」


 なにせ、と言葉を切った〝キング〟は〝ゼロ〟ではなく、先ほどから言葉を失くしている〝アヤト〟へ向けて、低く、より低く、まるで地の底から舐め上げるような視線を送る。


「ぼくにスキャニングの限界はないからねぇ」


 君と違って、本当の意味でね。――と、この男はそう続けた。


「……何なのよ、コイツ」


 〝レイア〟が絞り出すような声を上げた。


「やっぱり、――お前も」


 〝ゼロ〟は理解しかけていた。――いや、とっくに解っていて、それでもなお理解したくなかったのだ。つまり、コイツは、――コイツも、


「僕にも君たち同じ、生まれついての疾患があってね。それは、こんなふうに呼ばれているよ。「ネバースリープ」――つまり、僕は眠らない。生まれて今まで、一度も眠ったことが無いんだ」






「〝ゼロ〟様、〝キング〟様の「ブラック・ポータル」への対応はどうされますか?」


 白ベータが言った。〝ゼロ〟は何も言えず。無言で頭を振った。


 ――どこまで本気なのか解らないが、スキャニングの限界が無いなどと豪語する奴相手に打消し合戦なんて仕掛けられない。


「君たちの言うとおりだよ。僕はリピーターって奴さ。ただし前回の、じゃない」


 〝キング〟は一人、ブツブツと、しかしまったく似合わない、しっかりとした語調で続ける。


「僕が参加して以来、ずっと、僕は勝ち続けてきんだ。僕は負けたことが無い」


 ――そこに虚言を見いだすことは、少なくとも今の〝ゼロ〟には不可能だった。


「さて、じゃあ、どうしようかな? 」


 引き続き明朗な語調で、〝キング〟は言った。まるで――ではない、明確に、このゲームをリードするのは己であると宣下するように。


「今度は、こっちから攻めないとねぇ」


 そこで、〝キング〟はさらに「ストレンジ・マーブル」だったカードをスキャニングし始める。


「あ、これこれ。クヒヒッ。――これがいいねぇ」


 スキャニングするカードを、まるでファミレスのメニューでも選ぶようにしながら〝キング〟は新たなカードを提示してくる。




「冷や水色の大水入り(フリージング・ターコイズ)」レベル6


 このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーはコール・レイズ・フォールド、或いはゲームのセット枚数等、一人のプレイヤーが選びうる選択肢の内、一つを禁止してもよい。




以前まえのゲームで使用されたカードだよ。クヒヒッ。――じゃあ、これで、君のフォールドを封じようか」


 目を剥く一堂を余所に、〝キング〟はお決まりのニキビ面を歪ませて、〝アヤト〟へと微笑みかける。


 これは――つまり、ゲームへの参加を強制できるカードってことか!? ――これじゃあ、もうなんでもありじゃねぇか!!


「〝キング〟様、残念ですが、アヤト様のフォールド権はすでにスタックから取り除かれ、確定しております」


 赤ベータが脇から指摘する。


「あぁ――、そっか。んー、じゃあ、あれだよ。「リセット」しよう。なんだっけ? ――そうだ。「サイライト・イエロー」だ。クヒッ。冴えてるよねぇ。いまのぼく。ええっと、――自分の「フリージング・ターコイズ」に対応してスキャニングすればできるだろう?」


「はい。それならば可能でございます」


「ブヒッ。じゃあ、ちょっと待っててねぇ……」


 〝キング〟はニッと笑うと、そして再びスキャニングを始めようとするが、そこですべてを悟ったのであろう〝アヤト〟がひきつるような悲鳴をあげた。


「た――対応します。「サウンド・オーカー」!」


 〝アヤト〟はそんな〝キング〟の「フリージング・ターコイズ」に対して「サウンド・オーカー」を使用した。


「――え、『選び得る選択肢』という文面を『選び得ぬ選択肢』に書き換えます!」


 「サウンド・オーカー」は先ほどのような使い方のほかに、意図的に「スペルミス」を引き起こすことも出来るカードだ。


 よって、こういうやり方なら「ブラック・ポータル」と同様の効果を引き出すことも出来るわけだ。1枚で攻・防に使用できる強力なカードというわけだ。


 ただし、この状況じゃ、対処療法にもなりゃしない。――当然、〝アヤト〟だって分かっているはずだ。


 しかし、しかし〝ゼロ〟もまた何事の声を発することができなかった。


 無理だ。――ただでさえ、無限にスキャニングを重ねようとさえしているこの男に、スキャニングの応酬で対抗しようというのは、あまりにも無謀。


 だが〝アヤト〟はそうせざるを得なかったのだろう。他に手などなかったのだろう。


 当然だ。どうしてこんな理不尽とさえ、チートなどと言う表現ですら足らないような手段を持ちえる奴がいると想定できるというのだろう?


 そして、このままいけば、ゲームの進行を遡及してフォールドを禁じるなどという理不尽をぶちまけられることとなる。


 その先に待つのは5枚分のレベル5を否応なく押し付けられるという奈落の如き結末。


「はいはい。対応ね。僕も対応しようかな。全部スタックに積んでるっていうことでいいんだよね?」


「無論です」


 赤ベータが朗らかに答える。


 〝キング〟は再び、湿った二の腕のあたりに何度も何度もスキャニングを繰り返した。


 それだけのことが重労働なのか、〝キング〟はしきりに汗を流し、何十回もスキャニングして擦り続けた場所の皮膚はふやけたようになってぽろぽろとはがれて落ちる。 


 おぞましい光景だ。しかし目を離せなかった。誰もが、目を離せなかった。


「――あ、もう、これでいいかな」


 息を切らしながら、〝キング〟は言った。 


 そう言って、〝キング〟が提示したのは「ホワイト・ポータル」だった。


「これで、さっきの「ブラック・ポータル」をリピートするよ」


 〝ゼロ〟は絶句する。それで構わないっていうのか? レベル6とレベル10、本来は別物だ――いや、そう思うのはあくまで常人の思考にのっとった場合か。


 さっきから、何十回も、なんなら百回近くスキャニングし続けている奴にしてみたら、そんなのは大した違いでもないってことなのか。


 〝アヤト〟は絶句したまま固まっている。


 対処のしようなどあるはずもない。何をしても無尽蔵にレア・カードを使用し続けられるのと同じこの男を前に、勝ち目などないといっていいのだ。


「――対応しますッ」


 もう、どうしようもなかったのだろう。〝アヤト〟は、それでもなお、目を血走らせるようにして、吼えた。


「止めろ。落ち着くんだ!!」


 〝ゼロ〟も思わず叫んだが、それ以上のことなどできなかった。〝アヤト〟は〝ゼロ〟の声を無視して、スキャニングをする。累積はすでに「2」だ。


 わかっているのだ。〝アヤト〟も〝ゼロ〟も誰もがわかっている。もはや、誰にも、どうすることも出来ないのだと。


それでも〝アヤト〟には、そうすることしかできなかったのだろう。


「じゃ、僕も対応しよう。同じように「ホワイト・ポータル」で、「ブラック・ポータル」の効果をリピートだ。ブィヒヒッぃ……」


 きっと祈るような心境だったのだろう。


 〝キング〟もまた〝アヤト〟と同様に大量の発汗を伴っている。スキャニングの負荷が無いわけではないのだ。


 だからこそ、〝アヤト〟は一縷の望みにすがるしかなかったのだろう。


 〝キング〟が先に音を上げる、という見るからに部の悪い賭けに出るしかなかったのだろう。それがいかに無謀なことなのだとしても。


 まるで獣のようだった。そこに居た誰もが、この世のものとも思えぬほどに美しい獣の断末魔を見た。


 見ていることしかできなかった。

 

 それはまるで夢現のようで、〝ゼロ〟はそれが幾度繰り返されたのかを数えるのを忘れていた。






「――――嫌ぁぁぁぁぁッッッ!!」


 先ほどの「サウンド・オーカー」と「ホワイト・ポータル」の応酬は、〝アヤト〟の壮絶なすすり泣きで打ち切られた。


 限界だというのは傍目にも明らかだった。


「――嫌ッ! いや。いやぁ……。そんな、私は――だって、私は、〝企業〟のモルモットじゃない!! 違う。違うのに…………ッ」


 〝アヤト〟は細い身体をくの字に折り、長い髪を振り乱して、悶え始める。――〝ゼロ〟は思わず目を逸らした。


「いいや、違わないね。僕らは、みんなモルモットさ。――このゲームに踏み込んでしまった、そのときから」


 〝キング〟が、この、常に下卑た言動を控えようともしない、生きたのごとき男が、この時ばかりは冷然と、そして淡々と言葉を紡いでいる。

 

 それが奇異だった。まるで――こんな場面に何度も遭遇してきたとでもいうかのような。


 今まさに消え入ろうとする蝋燭の炎を、幾度となく看取ってきたとでもいうような。


 在りうべからざる――この醜い男をして、在りうべからざる形容であったが、それでもこの時の〝ゼロ〟はこう思わざるを得なかった。


 威風堂々とした、貫禄のようなものさえ纏いながら、〝キング〟は弔辞でも述べるように言葉をつづける。


「残念だよ。せっかくチャンスを上げたのにね。――君はもう戻れない。無理をし過ぎたよ」


「……、違う。……私は……」


「君がこのゲームに来たのは交換条件なんだろ? その症状を治療するための」


 〝キング〟は粛々と、言葉を続ける。もはや結果は変わらぬのだと確信しているように。


「でもね。そもそもあり得ないことなんだよ。さっきも言ったように、〝企業〟がそんなレアな症状を持ったを諦めるはずがないからね。あれこれと手まで回して、キミをここに送り込んだんだろ? たぶん、ゲームで勝てば治療をするって、契約書かなにかまで用意してさ」


「…………ッ」


 〝アヤト〟は何も言わなかったが、あらんかぎりに見開かれた目が、蒼白に歪んだ面貌が、戦慄く全身が、それを肯定していた。


 すべて知られていたってのか? すべてが、この男と〝企業〟の掌の上だったっていうのか?


「そして、負ければそのまま、モルモットだ。研究所に直行することになるね」


「――ふざけんなよ! そんなの、『取引』になってねぇだろ!」


 〝ゼロ〟は思わず声に出していた。


 研究所云々がホントの事かは知らない――ただ、俺はみんなを家に帰してやりたかったんだ。


 その一心で、子供が駄々をこねるみたいに、反射的な声を上げた。


 せめて、今の〝アヤト〟にも、家には帰れるって思わせてやりたかったのかもしれない。


 対して〝キング〟は再び下卑た笑みを浮かべ、〝ゼロ〟をまっすぐに見据えてきた。


「でもねぇ。それが〝企業〟なんだよね。クヒヒ……。彼らにとって、この「ゲーム」はそれだけ重要なものなんだ。そのためなら、彼らは何をしてでも……」


 それこそ子供に言い聞かせるような声で、〝キング〟は語る。すると隣の赤ベータが、何やら意味ありげに咳をした。


「おっと、この辺にしておこうか。〝企業〟には逆らえないからねぇ……」


 〝ゼロ〟には未だに訳が分からない。コイツは、このゲームに付いて、そして〝企業〟について、どこまで知っているというのだろう?


「とにかく、もう終わりだよ。――仮に君が勝てば、治療はしてもらえただろうけどね。でもそうはいかない。もそうだった。〝企業〟がプレイヤーに持ちかけた取引が成立したことは一度もないんだ」


 もう一度、揺れる幽鬼のように立つ〝アヤト〟に対して、〝キング〟は言った。


「ぼくが居たからね」





 瞬間、〝アヤト〟の身体が波打った。


「嫌! ――助けて、お願いです、――助けて!!」


 そして〝アヤト〟はついに床に身を投げだし、もがきはじめる。


「ぜ――全部! 全部使います、チップ、全部…………」


「――おい、何とか……しないと」


「お座りください。進行に不備は有りません」


 席を立とうとした〝ゼロ〟の肩を軽く押さえた白ベータが冷然と語る。……なんで、なんでお前らは、毎度そうなんだ!


「無駄だね。君はもう戻れない。残念だよ。君とお話しがしたかったのに……」


 〝ゼロ〟は白ベータの手を振り払いながら今度は〝キング〟を睨み付ける。


 ――クソッ、コイツは! さっきから、とにかく訳の代わらない、気味の悪いことばかしいいやがって……。


 リピーターなのはわかった。カードや体質が凄いのも解った。――けど、最期くらいは、恐がらせないでやってくれよ……!!


「誰か――だれか、――いや、いやぁッ! 消えたくない――消えたくない消えたくない消えたくない!!!」


 しかし、〝キング〟に構っている暇はなかった。〝アヤト〟は床の上で体を丸め、頭を抱えている。


 その姿が〝ソノダ〟の最期を思わせ、反射的に〝ゼロ〟の体を射すくめる。


 それでも〝ゼロ〟は歩み寄る。再三のベータの制止を押し退けて〝アヤト〟の眼前にまで。


 〝アヤト〟は不意に顔を上げた。そして這いずるようにして身を起こし、〝ゼロ〟を見上げる。


「じゃ、なかったんです。――全部が、嘘じゃ、なかったんですよ? ……」


「なに言って? ――だ、大丈夫か?」


 そうして、〝アヤト〟は一変、何かを思い出しでもするかのように、うわごとのようにに言葉をこぼし始めた。


 まるで、もはや思考を維持していられないとでもいうように。


「初めて、同じ、人に出会って……私だって嬉しかった。――でも、どうしろっていうんです? 仕方がなかった……私、恐かったんです。こわくて――――――ッッ、ち、違う。私はそんなこと言わない。そんなのは、わたしじゃないッ! ……おじい様が、――でも、嫌い。どうして、助けてくれないの!? どうして?!?」


 虚ろな視線は〝ゼロ〟を捉えているとは言い難く、脈絡のない言葉は誰にあてたものなのかが判然としなかった。


「――さっきだって、嬉しかったんですよ。嬉しかった。助けてくれるかもって――でも、でも、そんな事なんてなかったから……誰も助けてくれなかった。お父様もお母様もお姉さまも、おじい様の言いなりで、誰も助けてくれないから――だから、わたし、自分でなんとかしなきゃって……」


「何言ってんだよ! しっかりしろ!」


 〝ゼロ〟は念のために用意しておいた「ご利用は計画的にアクアドロップ」の注射を取り出す。―だが、果たしてこれがどこまで……


「無駄だよ。さっきも言ったけど、彼女はもう戻れない。何をしても無駄なんだ」


 〝ゼロ〟の脳髄を見透かしたかのような声を、有ろうことか、この低能なはずの〝キング〟がかけてくる。


 コイツの場合、〝ゼロ〟の思考を読んだなどという事はあり得ない。


 ――知っているのだ。何度もこういう場面を経験して知っているのだ!


 〝ゼロ〟は歯を食いしばりながら、それを無視した。睨み返す暇すら惜しかった。


 時間が、もう残っていないのというのは傍目にも明らかだったから。


 注射を手に〝アヤト〟に向かおうとして、しかし、〝ゼロ〟は足を止めた。


 〝アヤト〟が何かにすがるかのように、何かを乞うかのように、床に体を横たえたまま、手を伸ばしていた。


 いよいよ、言葉はない。


 締まりのない口元、呆けたように見上げる視線は、何も知らない子供のようで、この世の悪徳を知らずに育った無垢な少女のようで。


 しかし、だからこそ、〝ゼロ〟は動きを止めた。その手を取るでもなく、じっと、その少女を見下ろす。


 唐突なフラッシュバックが五体を縛る。


 こいつが、自分に何をしたのか、自分がここで手を差し伸べる意味はあるのか? 許すといった。だが、本当に許せるのか?


 手を取るべきか? 何の意味がある? いつから博愛主義者になった? 自分を慰撫したいだけではないか?


 悪人ではないと。だがそれは自分を欺く行為ではないのか?


 誰に、誰が嘘をついている? そして、誰がそれを赦せず、どうして許さなければならないのか?


 幾重にも入り混じった感情が、内外から自分を打ったのが分かった。


 これほどの矛盾した奔流に晒されたことはない。


 助けたいのは本心だった。許せないというのも本心だった。


 自分のためなのも本当で、〝アヤト〟や〝レイア〟やそれに死んでしまった〝ソノダ〟や〝さくら〟ひどいことをたくさんされていたオメガたち、それに狗にされてしまった人たち、みんなのために、何かをしたいのも本当で。


 だから動けなかった。


 それでも、手を伸ばした。


 差し出された〝アヤト〟の手を握ろうと、手を伸ばす。


 理由も、由来も定かではない。ただ反射的に、本能的に手を伸ばした。


 〝アヤト〟はすぐに安心したような顔をした。


 だが、その手が触れ合うことはなかった。

 

 〝ゼロ〟の手はその手に触れる寸前で、止まっていたのだ。


 目を剥いて振り向くと、いつの間にか〝ゼロ〟のすぐ後ろまで移動していた〝レイア〟が〝ゼロ〟の差し出した二の腕を抱えるようにして、止めていたのだ。


 言うべきことはあるはずだったが、言葉を交わすことはなかった。〝ゼロ〟は〝レイア〟のその時の貌をどう表現すればいいのか、最後までわからなかった。


 そして、それは〝レイア〟も同じだったことだろう。

 

 どの感情を出力していいのかわからず、ただ、お互いに視線を逸らすしかなかった。


 そして、〝ゼロ〟はまた〝アヤト〟を見る。

 

 すると、見下ろす〝アヤト〟の顔は微笑んだ。――本当に無垢な子供の用に、ちょっと困ったみたいにして。


「……それは、そうですよね」


 最期にそう言って崩れ落ち、〝アヤト〟は動かなくなった。


 そして二度と起きることはなかった。


 〝ゼロ〟はそれを見降ろした。何かを間違ったような気がして、二度、三度と〝レイア〟を振り返り見た。


 〝レイア〟は何も言わなかった。〝ゼロ〟もなにも言わなかった。


 ただ、二人とも視線を逸らしたまま、泣きそうな顔をしていることだけは確かだった。


 先ほどとは違って、もう、どんな顔をすればいいのかを迷う必要はなかったから。


「さようなら、美しい人」


 〝キング〟が静かに、澄んだ声で結んだ。






 〝ゼロ〟達がフォールドを選択し、ゲームはそのまま〝キング〟の勝利で幕を閉じた。


 もはや勝負もくそもない。ベータ達が淡々とを行う中、〝ゼロ〟は〝キング〟へ率直に問うた。


 今更ではあったが、問わずにはいれなかったというべきか。


「――お前は、なんなんだ?」


「言っただろ? これはモルモットを使った実験ゲームだって。そして」 


 それまで喪に服すように静かにしていた〝キング〟は、そこで、再び揚々と声を上げる。


「僕は、モルモットの王だ」


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