第44話「五日目」第三ゲーム② オレンジの刺客


「おや、いいのかな?」


 今度はそれまでじっと黙していた〝ツーペア〟が、唐突に声を発した。


ようだけど?」


 声の向かいう先は、ぶるぶると身体を震わせている〝キング〟だ。


「フヒッ、フヒッ! ……ここで眠ってもらっては困るんだ。僕はね、ちゃんと話の出来る「彼女」が欲しいんだ」


 〝ツーペア〟は何も言わずに肩をすくめた。


 当然、それ以外の面々にはそのやりとりの意味が解らない。ただ、――ただ、それが、想像しようもないほどに、致命的なほどに、強烈な悪意のこもったものだという事が分かった。


 傍から聞いていた〝ゼロ〟でさえ、訳も分からず全身に怖気が走るほどの。

 

 いわんや、そのえたような視線と言葉を真っ直ぐに向けられている〝アヤト〟の心境は如何ばかりなものだったのか。


 全身をき抱く様にして嫌悪感を露わにしながらも、〝アヤト〟は二の句を継げないでいる。


「――何を、でたらめを……」


 ブヒッ、とまるで放屁のように噴き出しながら、〝キング〟は告げる。


「み、見たことがあるんだ。――同じように、自分を無敵だと思ってた。いくらでもスキャニングが効くんだと勘違いしてた。でもね、君の――「チャージスリープ」そのタイプには。引き返せなくなるがあるんだ」


 何言ってんだコイツ!? ――まるで、以前にもこのゲームに参加したことがあるみたいに……。


「我慢が効く反面、一度限界を超えてしまうと二度と戻って来れない。二度と。――知ってるんだぁ、ボクは……」


「〝ゼロ〟様、フォールドされるのですか?」


 白が語調だけはそのままに繰りかえす。――だが、〝ゼロ〟は何とも答え難い。


 予想は出来る。もう一人、特別枠がいたってことだ。それだけだ。


 ――だが、どうしてそれがお前みたいなヤツなんだ!? 理屈が合わない。矛盾が幾つも交錯してどうしていいのかわからない感じだ。


「ああ、悪いんだけど、ぼくの用が済むまで待ってもらえるかい? なんならスタックに乗せてもらってもいい」


 そこで、〝ツーペア〟が白ベータに告げた。


 ウェイターに注文でも出すみたいに軽やかな声だ。白は他のベータ達に視線を振るが、ベータたちは〝ツーペア〟を支持するらしい。


「……では、〝ゼロ〟様・〝レイア〟様、フォールドするのは少々お待ちください。」


「ありがとう。――さて」


 オレンジがまとめると〝ツーペア〟は、柔和に笑って、〝アヤト〟へ視線を向ける。


 〝アヤト〟は目に見えて、肩を震わせた。


「なんです?……なんだと、いうんです?」


「ああ、おびえないで。ただスキャニングをしようっていうだけなんだ。大した用じゃない。ただ、これは君のカードに関係することなんだ」


「わたくしの……カード……!?」


 どういう意味だ? 〝ゼロ〟をはじめ、この場に会する一同が等しく疑問を抱く。


 そして、無数に交差する困惑の糸を断ち切る様に、〝ツーペア〟が初めて、自らのレア・カードを取り出し、スキャニングした。


「そう。このカードの名は『エージェント・オレンジ』」


 その時、〝ゼロ〟がどんなカードなのか、と身を乗り出すのよりも早く、〝アヤト〟が言葉にならない声を上げた。


 見れば彼女の手の中にあった「エバーグリーン」がボロボロとひび割れ、崩れていくではないか。


「そんな、なんで――ッ!?」


「枯葉剤――って知ってるかな?」


 騒然とする中、〝ツーペア〟は静かに、本当に何でもないことを喋るみたいに続ける。 

 

「ベトナム戦争――ぼくにとっても結構な昔話だから、君たちは興味なんてないかもね」


 手の中にあったカードがすっかり崩れ落ちるまで、〝アヤト〟は自分の両手を見ていた。


 漏れ出すような声も、身体もずっと震えっぱなしだった。


 しかし、次に顔を上げたときには、その身姿は平素の通りにもどっていた。見るも無残なほど、怒りと絶望に歪んではいたが。 


「……ランチハンド作戦。アメリカ軍がベトナムの密林と農村部を失わせる目的で、薬剤を各地に散布した、軍事作戦――です」


 〝アヤト〟が毅然と応える。せめて態度だけは斯く在らんとするかのように。


「いやあ、さすがに博識だね。で、その時に最も多く撒かれた枯葉剤を「エージェント・オレンジ」って呼ぶんだそうだよ。――なんとも不謹慎な名前を付けたものだね」


 そうか。解説を聞いてようやく〝ゼロ〟も合点が行く。


 だから、〝アヤト〟の「エバーグリーン」……〝常緑樹〟を意味するカードを無力化するオレンジってことなのか。





「橙色の刺客(エージェント・オレンジ)」レベル:0 


 このカードが開示された時点で、「エヴァー・グリーン」の全機能を問答無用で停止する。この効果はあらゆる意味において優先され、いかなる特典にも左右されない。




「どうして、……こんな」


 苦汁を絞るるような声で〝アヤト〟が言う。その白い頬を、似つかわしくもない汗が滴る。


「ああ、勘違いしないでほしんだけど、僕は君が憎くてやってるわけじゃないんだ。これが、ボクの任務だったんだよ」


「……にん、む?」


 〝ツーペア〟は心底申し訳なさそうに、それでいて、本当は何も悪いなどとは思ってい無さそうな、――そう、ひどく軽薄で無責任な口調で語る。


「そう、このカードを「ゲームのどこかで使用する」こと。それがゲームににあたって、僕に与えられた使命だったってことだね」


 させてもらう、だって?


「何を言ってんだ? じゃあ、あんたは……」


 〝ゼロ〟の言葉に、〝ツーペア〟は良く訊いてくれたと言わんばかりに破顔する。


「そう、御察しの通り、僕は受刑者じゃないよ。言わばボクも「特別枠」なのさ。わざわざ金を払ってゲームに紛れ込んだ酔狂者と言えば分りやすいかな。どうしても一度、このゲームを体験したかったんだ。いやぁ、夢がかなったよ」


 〝ツーペア〟は初めて、柔和な笑顔以外の表情を見せた。子供がイタズラ自慢でもするかのような。


「その代りにゲームを盛り上げるのが僕の役目でね。命の保証もないし、いやぁ、結構苦労したよ」


 誰も声を発しなかった。ただ、〝アヤト〟だけが、こらえきれないとでも言うように、うわ言のような言葉を上擦らせる。


「……でも、そんな、任務なんて、……なんの意味があって!?」


「なにって? ゲーム・バランスのためさ。君に無敵のカードを与えて、ただ連戦連勝。誰も喜ばないよ。君がゲームに参加するためには、何処かでバランスを取らなければならない」


「…………、」


「そのためのカードがこれさ。世間は厳しいね。一見無敵に見えても、必ず落とし穴と言うのはあるわけだ。それ相応の大きさのがね」


 役目を終えたという事なのか、〝ツーペア〟の手にあった「エージェント・オレンジ」もすでに色と表記されていた文字を失い。何の意味もないブランクなカードになってしまっている。


 〝ゼロ〟は思い出していた。初めて「エバー・グリーン」が使用された時の、白ベータの対応。


 あんなカードが存在してもバランスは取れている。と言う示唆。アレは、こういう事だったのか!!


 〝ツーペア〟はそこでさらに、2枚のレア・カードを取り出した。二枚とも同じ、黒いカードだ。


「君が、このカードを持っていれば、また違ったんだろうけどねぇ」


 それは、あの〝シード〟も持っていた「ブラック・リスト」のカードだ。


 同じものが2枚。おそらくはこのゲームに出回っていたのがこの2枚だけという事なのだろう。


 それを2枚とも、〝ツーペア〟は確保していたという事なのか。


「これが有れば、「エージェント・オレンジ」を事前に探し出して奪う、なんてこともできたんだろうけどね。それじゃあ、ぼくとしては困るから、こうして先に回収させてもらったよ」


 ――僕が最初からあちこちのパークに足を運んでいたのは、そう言う訳さ。


 〝ツーペア〟はそう付け加えた。そうか、そうだろうな。盛り上げ役だっていうなら、レア・カードのことだって最初から知ってたんだろうさ。


 別段敵対してるわけでもないのに、〝ゼロ〟はこの男に対しての憤慨を持て余していた。


 こっちが命がけのゲームを乗り越えてきたってのに、この男は、そんな酔狂で――。


「最高にスリリングだったよ。ぼくは満足さ」


「ふざけないでください! 私は――見世物になりに来たんじゃない!!」


 〝ゼロ〟が叫ぼうとした言葉に、〝アヤト〟が先んじた。


 〝ゼロ〟は口をつぐむ。それは、そうだろう。今、〝ゼロ〟どころではないほどに憤慨しているのは間違いなく彼女だ。


 ――少なくとも、〝ゼロ〟にとってはこの〝ツーペア〟の行為そのものは逆風とはならない。だが、たとえそうなのだとしても。


「ああ、わかるよ。――でも、。見せるために作られたショーなんて、つまらないじゃないか? だからリアルを隠し撮りするために大金をはたくし、最後には間近から観察したくなる。たとえ危険を冒したとしてもね」


 〝ツーペア〟が当然のように応えたその言葉に、〝アヤト〟は、――いや、その場の誰もが言葉を失った。


 なるほど、やっぱりあんたもまともな人間じゃない、ってことだな!

 

「まー、ぼくの役目はここまでだ。仕事も終わったし。プレイヤー権を放棄することにするよ」


 周囲から向けられる奇異と憎悪の想念の渦に、しかしまるで気付く様子もなく〝ツーペア〟は持っていたレア・カードをデッキごとボックスの上に置いた。


「では、これらのカードは、それぞれ担当のベータにゆだねらることになります。〝ツーペア〟さま、この後のゲーム、ドラフトの必要がありますが、参加のご意思はおありですか?」


「意味がないと思うし。できれば遠慮したいね」


「では、お望みのままに」


 赤ベータが一人、サクサクと進行していたが、そこで白ベータが異議を唱える。


「最期まで参加していただくべきかと思いますが」


 対して、赤ベータは造ったようなしぐさで肩をすくめる。


 ――ああ、思えばコイツの態度は今の〝ツーペア〟に似たところがある。まるで真剣さがたりないってことだ。何があっても他人事だから問題ないとでもいうような。


「しかし、意味がないでしょう? もはや「タブー」も暴かれてしまったとあっては」


「……その場合、ドラフトはどうするつもりだ?」


 オレンジが白に続く。そうだ、このゲームは五人でないと成立しないはずだろ?


「空いた席には、余っているベータを置けばよいでしょう。ドラフトだけなら問題はありませんし。なにより、皆に仕事を与えないと。……ねぇ?」


 意味有り気な語調で、赤のベータは示唆した。


 対してのベータ達は言葉を切る。――やっぱりお前らとしても人が余ってるって認識は有るんだな。


 なら、出来ればこの赤いの奴を一回引っ込めてほしいところだ。


「いやぁ、時間を取らせたちゃったね。あとはそのまま進めてくれればいいから」


 事の次第を見届けると、〝ツーペア〟はそそくさと席を立った。


 映画を観終わった後みたいに。


 それきり、この男とは二度と会うことも無いのだと、なんとなく〝ゼロ〟は理解していた。


 そして、ようやくこの子供みたいな四十男がどういう人間なのかが分かった。

 

 つまりは「足らない」男なのだ。恨むとか、憎むとか、或いは逆に愛するとか、そう言うものにまるで相手なのだ。

 

 どれだけのことをしでかしても、それに伴う感情をぶつけるのに足らない。


 すべて受け流してしまう。或いはすり抜けてしまう。破けてしまう。


 そんな憎むにすら男なのだ。


 憎んでも、憎んだという実感を持てない。愛しても愛した実感を得られない。そんな、表面だけがぬるりと溶けて上滑りするみたいな。


 そんな味気ない、当て所ない感触だけを残して、すり抜けていくみたいな。そんな「誰にとっても取るに足らない印象」だけを残して、その男は姿を消してしまった。


 オレンジのベータは付き添う訳でもなくそれを見送り、部屋の外からは途端に過剰な人数のベータが溢れてきた。


「では、〝ゼロ〟さま、〝レイア〟さま、フォールドされますか? それとも」


「やるよ!」


 赤ベータの声に、〝レイア〟がすかさず声を上げた。


 〝ゼロ〟も参加しない訳にはいかない。これはだ。


 だが、どこか釈然としなかった。〝ツーペア〟の横やりで事態が急変してしまったことが、素直に行け入れがたかった。


 重苦しいのに、捨てることもできないゴミを背負わされているような、そんな嫌な空気が漂っていた。


 当事者ですらない〝ゼロ〟ですら感じる、やるせなさだ。


 いっそのこと、誰かを強烈に憎めるならその方がマシ。そう思わせる空気があった。


 急に切り替えろと言う方が無理だ。


 ――それでも、切り替えなければらない。






「俺も、フォールドはしない。続行だ」


 ようやく、ゲームが再開された。


 〝ツーペア〟の代わりを誰がやるのかという事でベータどもが揉めていたようだが、最終的にはピンク色の女ベータが〝ツーペア〟の代わりを務めるらしい。


 前にも見たことがある奴だが、白や青なんかと比べて、なんというか、こう、とにかくスタイルが抜群に良いってくらいしか、情報がないヤツだ。なんとも反応しようがない。


 〝ゼロ〟と同様、それに対してのリアクションを返す者はいなかった。正直言ってそんなことにかかずらっていられないというのが現状だったからだ。

 

 〝ツーペア〟が抜け、〝キング〟はフォールド済みだ。あとは〝アヤト〟と〝レイア〟が参加表明をし、〝ゼロ〟がどうするかと言う所だった。


 忸怩たるものがあった。それでも降りる理由は何もない。〝ゼロ〟も掠れた声でゲームへの参加を表明した。


「……では、再開いたします。何もなければこのままカードオープンとなりますが」


 声は、自然と〝アヤト〟へと向けられる。 

 

 すでにカードはセットしたままで、取り換えることはできない。――つまり、おそらくはドラフトしたカードを、状態だという事になる。


 〝アヤト〟は今までにないほどに硬い表情でボックスの上面を睨み付けている。


 状況は一手に覆ってしまったっているのだ。〝アヤト〟に対して、あまりにも致命的な形に。


 ドラフトの手ごたえから見るに、〝アヤト〟の手札は第一ゲームと同様に最大4枚ものレベル5を内包していることになる。


 もはや「エバー・グリーン」無しで、このままゲームに参加するのは自殺行為なのだ。


 当然、ならば参加しなければいいだけの話ではある。いまからでもフォールドは可能だ。


 だが、〝アヤト〟は葛藤している。


 なぜか?


 ここで〝アヤト〟が降りれば、今夜のゲームそのものの勝敗が決してしまうからだ。


 〝ゼロ〟と〝レイア〟は他に参加者が居なければ、お互いに申し合わせて好きな量のチップを移動することが出来る。


 二人が結託していようが、ルール上は問題なく勝敗と見なされ、チップも移動するからだ。


 そして、今夜のこのゲームは、5度のゲームを通して獲得した総チップ量が多かった者が勝者となるというもの。


 即ち、〝アヤト〟がフォールドした時点で〝ゼロ〟と〝レイア〟は申し合わせた上で相当量のチップを互いに融通し、難なくこのゲームを制することが出来るのだ。


 さらに、ここで一度最大量のチップを獲得してしまえば、後2回のゲームをフォールドしての勝ち逃げが可能となる。


 それでも〝キング〟とのゲームは可能だろうが、組んでもいない二人の間で大量のチップを獲得するのは難しい。だいたい、そんな状況で〝キング〟がフォールドしないという保証もない。


 故に、〝アヤト〟がこれを防ぐためには、残り全てのゲームに自らが参加し、勝たなければならないのである。


 「エバー・グリーン」が有ればそれも難しくはなかったのだろう。だが、その「エバー・グリーン」が失われてしまった今、〝アヤト〟は選択を迫られることとなっている。


 即ち、今宵の負けを受け入れてフォールドするか、流血を覚悟してゲームを続行するのか、だ。






 〝アヤト〟は再びデッキから取り出した何枚かのカード、――おそらくは他のレア・カードだろう――を睨み付けている。


 その美貌は、まるで似つかわしくない汗にまみれている。


 ここで降りれば、〝アヤト〟はここまでのゲームで使用した全てのレア・カードを失うことになる。まさしく致命的だ。


 誰だって迷うだろう。その苦悩は手に取れてしまうほどに理解できる。


 だが、だからと言ってこれを――このチャンスを見逃すことは許されない。


 心を鬼にしてでも、やらなければならないことなんだ!


「フォールドしろ」


 〝ゼロ〟は己を奮い立たせるようにして、〝アヤト〟に告げる。〝アヤト〟の熱に浮かされたような目が、裏返る様にして〝ゼロ〟を睨み付ける。 


「お前には言うまでもないと思うけど、もう詰んでるんだ」


「お黙りなさい! これ以上わたくしに――」


「なら、提案がある――リセットだ」


「――ッ!」


 押し付けるような〝ゼロ〟の言葉に、〝アヤト〟が目を見開く。


 そして一瞬の後に、この上なく苦み走った視線で〝ゼロ〟を見据える。


 ――ああ、どれだけ睨まれても文句はねぇよ。って自覚はある。


 そう、これは助け船でも何でもない。〝ゼロ〟の「ホワイト・ポータル(累積1)」を使って「サンライト・イエロー」を再現し、もう一度、カードセットのところからゲームをやり直すといっているだけだ。


 だが、これは〝アヤト〟にとってさらなる苦悩を強いる展開だともいえる。


「レア・カードを吐き出せと言いたいのですね? ――よくも、まぁ、そこまで人の弱みにつけ込めますね」


「そう言うゲームなんでな。……さぁ、どうする?」


 問題なのは〝アヤト〟がドラフトしてしまった複数のレベル5だ。リセットを敢行すれば、〝アヤト〟はこれを手持ちのレア・カードと入れ替えることのできるチャンスを得ることになる。


 しかし、レア・カードは一度手札に使用してしまえば二度と使用することはできない上に、ゲームに敗北すれば勝者に奪われることにもなる。


 このゲームにおいて、最大のリソースはチップではなく「レア・カード」であることはすでに述べてある通りだ。


 ここで、その3枚か、或いは4枚ものレア・カードを吐き出してしまえば、後二回のゲームで勝ち上がることは極端に難しくなる。


 その上で、〝ゼロ〟と〝レイア〟はレアを温存したままフォールドすることができる。


 このゲームは〝アヤト〟の勝利になるが、そこまでレアを吐き出して得るのが、たったのチップ30ポイントと在っては大敗と言っていい内容だろう。


「ふざけないでください! ――誰が」


「そうか。――まぁ、一応訊いたってだけだ。スキャニングはさせてもらう」


 〝ゼロ〟は問答無用で、「ホワイト・ポータル」を手の甲に滑らせた。


「――ッ!!」


「嫌なら、スキャニングして妨害するんだな」


 〝アヤト〟は息をのむ。――俺の甘さを期待してたのかもしれないが、そこまでお人よしってわけでもないんだ。


 〝アヤト〟はすかさず、「ブラック・ポータル(累積1)」のカードをを手に取った。


 しかし、それを手首のあたりに押し当てたところで、動きを止めた。


 スキャニングが出来ずにいるのだ。「ブラック・ポータル」のコストは比較的軽い。累積1なら36ポイントで済む。


 だが、それでも〝アヤト〟はスキャニングをためらっている。まるでそこに宛がっているのが鋭利な剃刀の刃であるかのように。


 ――さっきの〝キング〟の言葉だ。〝アヤト〟自身も知らないらしい「チャージスリープ」の限界。


 無論、ただの妄想だと言ってのけるのは簡単だが、どうも〝アヤト〟自身、あの言葉に確信めいたものを感じている節があった。


 それはつまり「疾患」だという台詞であろうか。〝アヤト〟のあの特異体質は「特性」ではなく、何らかの奇病みたいなものだという認識だったという事か?


 〝ゼロ〟にしてみればまったく考えたこともないことだった。


 彼は「ショートスリープ」は自分の個性や才能のようなもので、自分自身と不可分なものだという認識でずっと生きてきた。


 〝アヤト〟はそうではなかったという事なのか? 


 ――同じではなかった? ここにきて、それをどう捉えていいのかが〝ゼロ〟には解らない。


 いや、完全に憶測でしかない情報を元にしてアレコレと決めつけるのは危険だ。


 だが、どうにも、あの〝アヤト〟の怯えようからすると、確実に何かがあるのではないかと思わざるを得ない。


「ど、どうなさいますか、〝アヤト〟様」


 しばらくの間、スキャニングしようとして動きを止めるのを繰り返した〝アヤト〟は、顔を伏せたまま、傍らのベータに耳打ちした。


「で、では、スキャニングは有りません。進めてください」


 断念したか。――〝ゼロ〟は〝アヤト〟を見る、突っ伏したままの彼女からは顔色さえ窺えない。


 ただ、痛々しいほどに食いしばった口元だけが、わずかに垣間見えただけだった。


「……〝ゼロ〟様の「ホワイト・ポータル」がスキャニングされます」


 ボックスに収まっていたカードが音を立てて外れ、各プレイヤー等はそれらを一度回収して、再び選び直す。


 テーブルには起伏によって各プレイヤーから手元を見えなくするような措置が施してあるので、〝アヤト〟が実際にカードを入れ替えているかどうかまでは解らない。――が、この期に及んであえて裏をかくような真似をしてくるとは思えない。


 ――だからこそ、、さらに仕掛ける意味がある。


 〝ゼロ〟は静かに、〝レイア〟へをかざして合図を送る。〝レイア〟も事の仕組みを理解したようだ。


 弱り目に祟り目って感じで申し訳ないが、こっちとしても早々に勝敗を決めてしまいたいんだ。


 ――――悪く思うなよ、〝アヤト〟。


 俺か〝レイア〟が勝ったなら、お前もちゃんと家に帰れるようにするから……。











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