第43話「五日目」第三ゲーム① 一人舞台
〝ゼロ〟が持つレア・カード一覧
ホワイト・ポータル レベル10
シルバー・バレッド レベル7
ブラック・ポータル レベル6(累積1)
ブラック・スワン レベル7 → 手札として消費
ピンキー・ウェア レベル8(累積1)
グリーン・ピース レベル6
ブルー・フィルム レベル10
〝レイア〟の持つレア・カードの一覧
ブラック・ポータル レベル6
ディープ・ブルー レベル- → 手札として消費
ゴールド・イクリプス レベル10 → 手札として消費
ダーティ・レッド レベル9(累積1)
サンライト・イエロー レベル8(累積1)
ブロンズ・スタチュー レベル8 → 手札として消費
ブラウニー・ブラウニーレベル7
ゴールド・ラッシュ レベル6
〝アヤト〟の使用したレア・カード(総数は不明)。
エバー・グリーン レベル10(累積3)
ブラック・ポータル レベル6(累積1)
ブラック・ポータル レベル6(累積1)
グリーン・ピース レベル6 未使用
ダーティ・レッド レベル6 →手札として消費
「……では、第三ゲームを開始いたします」
「皆様、ご用意はよろしいですか?」
オレンジと赤のベータが先導して、今宵三度目となるドラフトが開始された。
「ずいぶん、はしゃいでいらしたわね。何かいいことでもありまして?」
ドラフトが始まると、〝アヤト〟はそんな言葉を掛けてきた。先ほどの豹変ぶりは鳴りを潜めている。――なるほど、仮面をかぶり直したってところか?
「……集中しろよ。カードが見えるぞ」
少なくとも――表面上は人懐こく声をかけてくる。
「お気遣いどうも」
当然、談笑する気になどならないが、しかし突き離し過ぎてもいけない。
このゲーム、〝ゼロ〟と〝レイア〟は、ゲームそのものではなく、〝アヤト〟に「タブー」を踏ませて失格にするという方策を見いだしていた。
そのためには、――〝アヤト〟とのコンタクトを保たなければならない。関係のない話で場を持たせなければならないのだ。
〝ゼロ〟が推察した「タブー」を踏ませるよう、誘導しなければならないからだ。
「たしか「首輪」がどうとか…………お好きなんです?」
忘れろ! そこはマジで関係ねぇ!
〝ゼロ〟が顔をハの字にして睨み付けると、〝アヤト〟はクスクスと笑いをこぼす。
改めて思う。――本当に、これが演技なのか? 〝ゼロ〟は今でも信じがたい気持ちの方が強い。
「無邪気ですねぇ。まだ、アレコレと、在りもしない勝ち筋について一喜一憂されているご様子。どうせ、勝てるはずも有りませんのに……」
〝アヤト〟は呆れたように言う。その声は鼻歌でも口ずさむかのようだ。
〝レイア〟が言うには、それは意図的に造っている、仮面のようなものなのだという。だが、論には納得しても、〝ゼロ〟は未だに実感を得ることができない。
そんな仮面をつけ続ける生活とはどんなものなのだろうか?
――――いや、やめよう。
今やるべきは適当に相槌を打ちつつ、すでに張ってある罠に誘い込むことなのだ。
今から仕留めようという獲物の心情に心を馳せてどうする。
今は〝アヤト〟に星を付けるよう誘導することだけを考えろ。
「……では、カードセットに移ってください」
流石に三度目となると、ドラフトもスムーズに進んだ。
ドラフトの流れは第一ゲームと同じ。ドラフトの傾向も同じで、〝ゼロ〟の手者にはレベル5が回ってこない。
当然と言えば当然だが、〝アヤト〟は今回も自ら望んでレベル5を集めているようだ。
という事は、当然、また「エバー・グリーン(累積4)」を使用してくるつもりなのだろう。
四度目のスキャニングだ。普通はあり得ない負荷を受けることになる。しかし「チャージスリープ」なる、〝ゼロ〟の「ショートスリープ」をも凌駕する特異体質を持つ〝アヤト〟は、その不可にさえ耐えて見せるという自信を見せいる。
常道のゲームでは、はっきり言って勝負にならない。
だが、どれだけゲームを有利に進めようとも「タブー」を踏んでしまえば、ゲームの「失格」の憂き目を見ることは避けられない。
今回の作戦は、そんな圧倒的な優位に立った〝アヤト〟の隙を突くことが最大のポイントとなる。
〝ゼロ〟だけが、「タブー」の法則を解き明かしていると言う有利、これを生かすことにすべてを掛けるのだ。
「ちょっといいか」
第三ゲームの開始と共にリセットされたタイマーは、残り時間「41:20」ぐらいを表示している。
残り時間も十分だ。かなり余裕があると言えるだろう。それでも、提出カードの決定はもっとも神経を使うフェイズだ。
プレイヤーは誰も無駄話などせず、真剣に手元のカードに視線を御向けている。
そしてそれぞれに決定したカードを淀みなくセットしていく中、〝ゼロ〟が静寂を払うようにして声を上げたのだ。
張りあげるようなものではなく、控えめで、何か道でも尋ねようとでもいうような声だった。
「何です?」
声を掛けられた〝アヤト〟は、手を止めて〝ゼロ〟を見る。
〝アヤト〟でなくても怪訝な顔をしただろう。
声を掛けるならカードセットの後になるのが普通だ。妙なタイミングだという事はわかる。
「どうして、――俺をハメたんだ?」
だから〝ゼロ〟は「それまで我慢できない」あるいは「この疑問を抑えきれない」とでも言うような、そんな焦燥を装いながら声を上げた。
――いや、〝ゼロ〟にはそんな演技力はない。ただ、それでもこれを疑うものが居るとは思わなかった。
なぜなら、それは本当に〝ゼロ〟が抱き続けていた疑問だったからだ。
「何を言い出すかと思えば……、貴方が同種だと気づいて警戒したから、に決まってるじゃないですか?」
そして、〝キング〟を除く全員が、〝ゼロ〟が〝アヤト〟にハメ殺されそうになったのだという事実を知っている。
だから、〝ゼロ〟が喉を振るわせながら、押し殺したような声を絞り出すことに、疑問を持ちはしないだろう。
「同種だって気付いたなら、他のやり方だって、……共闘だってあり得たわけだろ?」
――ああ、と、〝アヤト〟はつまらなそうに視線を流した。
「言いたいことは分かりますが……。ですがあの状況ですと、貴方をやり玉に挙げることで周囲を味方につけられるという点、そして同時に私の特異性を覆い隠すという意味もありました。そもそも貴方と共闘しても大したプラスになるとは思えなかったので、順当な選択だったと思います」
合理的でしょう? と、最後にそう言って〝アヤト〟は結んだ。
「解らねぇのはそこなんだよ。そうやって、その合理的に切り捨てた俺が、どうしていまさら、おま……君になびくと思うんだ?」
一度、〝アヤト〟は面倒そうに長い睫毛を伏せたが、〝ゼロ〟が言葉を仕切り直すと、途端に笑顔を浮かべた。
「貴方がまだまだ使える駒だと判断したからです。結局のところ、「駒」というのは性能や能力より、思い通りに動くかどうかの方が大事ですから」
悪びれもせず、そんな事を言う。
「……どこが合理的だよ。そんな言い草で俺がお前の言うとおりに動くとでも思ってんのか?」
「ええ、思っていますとも。だって、貴方、嬉しいでしょう? わたくしの駒になれるのが」
〝ゼロ〟はいよいよ〝アヤト〟をにらみつける。
――半分は演技のつもりだったが、もはやどこまで本気なのかは自分でもわからなくなってきている。
「貴方はとても動かしやすい駒ですよ。何もかもが私の思惑の内なんですから。だから、つまらないことに固執していないで、わたくしに恭順なさいな。同種のよしみで悪いようにはしませんよ?」
――キンキンキン。
「出来ると思うのかよ、――そんなこと」
「出来ますとも、今だって私の言うことをちゃんと聞けたたじゃないですか。その点でだけはあなたを見直しているんですよ。使い捨てるには惜しかったかな、って」
だから大丈夫。頑張って――、と〝アヤト〟は励ますように続ける。
どこまで本気なのか、〝ゼロ〟はそろそろこの気の狂った会話を続けるのが難しくなってきた。
「そ・れ・と・も、――そちらの壊れかけの方と一緒に自滅しますか? 貴方だけに言ってあげているんですよ? これが、わたくしの駒になれる、最期のチャンスだと」
そうして、〝アヤト〟が椅子の上で肢体をよじり、まるで一枚の
通常、人間が拾えるはずもない。隣の席に肘をついている〝レイア〟が自分の席でボックスの側面を軽く爪で叩いている音だ。
〝ゼロ〟はレベル3による聴覚強化の特典を使って、その音を明確に拾えるように申し合わせておいたのだ。
「――てか、何時までくっちゃべってんの? 早くしてくんない?」
ボックスに肘をついたまま、ずっとそっぽを向いていた〝レイア〟が声を上げる。
「ちょっと待てよ。――仮に、だ。言う事を聞いたらどうなるんだ? 〝企業〟に何か口利きしてくれるんだろ?」
〝ゼロ〟は〝レイア〟の言葉を突っぱねるようにしながら、〝アヤト〟に向き合う。
すると、〝アヤト〟はにこりと微笑んだ。まるでペットに「良い子でちゅね」と語り掛けるような顔で。
「そう言うことを口にしないのが、良い駒と言うものですよ。立場を弁えないと、得られるものも得られませんよ?」
〝ゼロ〟は盛大に舌打ちをした。――頃合いや、良し。
「話しにならねぇよ。もういい、さっさと進めろッ」
吐き捨てるように言って、〝ゼロ〟は自分のカードを、ざっくばらんにセットした。
そして、〝ゼロ〟は全身で憤慨した風を装って椅子にふんぞり返った。
――すべては予定通りだ。
罠は仕掛け終わった。あとは獲物が踏み込むのを見守るだけだ。
「で、では、〝アヤト〟様。カードの提出をお願いいたします」
〝ゼロ〟のカードセットを見届けた緑が、傍らから〝アヤト〟へ示唆する。
カードセットが終わっていないのは〝アヤト〟だけだ。
「ダメですねぇ。すぐに
艶めいた声で言って、〝レイア〟は自分がドラフトしたカードに手を掛けた。
――良し。そうだ。それでいいんだ。
〝ゼロ〟は静かに喉を鳴らした。緊張を悟られぬように膝でイラついた風を装う。
上手くいっているかは自分ではわからないが、なにせこの状況だ。しかめっ面をしていたからと言って、そこまで不自然でもないだろう。
なによりも、タイマーを見てはならない。
「ア、〝アヤト〟様。お急ぎください」
〝アヤト〟の傍らに立つ緑のベータが言う。いいぞ、追い風だ。
「はいはい。急かさないでくださいな」
と、手際よくカードをセットしていく。よし、タイミンングは問題ない。これで、後は――
「たぁーだ、」
と言って、〝アヤト〟はそこで5枚目のカードをセットする手を止めた。
「後、十数秒だけ待ってもよろしいかしら? このタイミングではセットしたくないんです」
その声に、〝ゼロ〟は思わず顔を上げてしまった。――まさか、と言う思いに、逸らしていた視線を向けてしまう。
垣間見た〝アヤト〟はの貌は、この上ないほどの喜悦に満ちていた。
――まさか、まさか!? ――――まさか!!
「あーもう、可愛い!!」
そして、〝アヤト〟は叫んだ。鈴鳴りみたいな快哉が、それに続く。
「なんて可愛いのでしょうか、貴方! わざとやってるわけじゃないですよねぇ? もう、ホントに、可愛くて仕方ありません。――こんなことでわたくしをハメられると、本気で思ってるんですもの!!」
最後のカードを手にしたまま、椅子を蹴って立ち上がり、踊り出すように一回転。華奢な肢体を、花開くみたいに
〝ゼロ〟は、言葉もない。――――バレていた? しかし、どこから? いったいいつから、どこまでバレてたっていうんだ!?
「――――よろしくて?」
〝アヤト〟は傍らの緑ではなく、他4名のベータ達へ、
ベータたちはともに無言。「是」と言う判断だ。
もう一度ニタリと笑って、〝アヤト〟は壇上の幕が上がったかのように、可憐に居住まいを正す。
「貴方、わたくしに星を付ける気でしたわね? 「時間のタブー」を踏ませて」
〝アヤト〟はまるで演じるかのように、高らかに解説を始めた。
「わたくしに星を付けて失格にするつもりだったのでしょう? おあいにく様ですが、無駄ですよ」
その声は雑音を含まず、この広い空間を均一に染め上げていくかのように、響き渡る。
「このゲームに置けるタブーとは「5」の数字のこと。ハングド=さかしまと言う言葉はこれの暗示です。これまでの「タブー」はそれぞれ、
「プレイヤー」「タイム」「ハンド」「チップ」
で判定されています。
「プレイヤー」は最初の「5」人でのゲーム。カードオープンまで誰も降りなければ必然的に全員に星が付く。
「タイム」は自らの手札を提出した瞬間の時刻。そのためのこれ見よがしのタイマーの設置。少々わざとらしすぎるくらいでした」
一息に、しかし優雅に語り、〝アヤト〟は言葉を切って〝ゼロ〟を見る。
「誰でも気づきますよ、この程度」
石のようになった〝ゼロ〟のリアクションを待たず、〝アヤト〟は言葉を続ける。
「「ハンド」は手札。最終的に決定したハンドの合計値が「5」の倍数だった場合。そして、
「チップ」はゲームの勝者が獲得したチップの合計値が、同様に「5」の倍数だった場合です。わたくしに多く星が付いてしまっているのはこのせいですね」
〝ゼロ〟はそこまでの解説を聞いてハッとした。いや、させられた。それを聞きながらゲームの経過をたどっていて気が付いたのだ。
先ほどの第二ゲーム。〝アヤト〟はリセットにかこつけて、意味の無いカードの入れ替えを行っていた。
あの時は意味が解らなかったが、アレは、「ハンド」のタブーが「ハンドの合計値」であることの確認作業だったのか!
つまり、コイツは、あの時点(つまり〝ゼロ〟よりも早い段階)で、すでに「タブー」を推察していたっていうのか?
「そうですとも」
〝ゼロ〟の顔を見ただけですべてを悟ったとでもいうのか、〝アヤト〟は〝ゼロ〟を見据えながら、言葉を突きつけてくる。
「誰にでもわかることでしょうに。それを、あんなにはしゃいでらして」
〝アヤト〟は〝ゼロ〟に背を向け、そして背中越しに笑いかけてくる。
「なんて、可愛らしい。――まさか、本気でわたくしを誘惑しているもつもりですか?」
――だとしたら、なんて破廉恥な方なのかしら。
そう、誘うように言って、本気で頬まで染めて見せる〝アヤト〟に、しかし〝ゼロ〟はなんのリアクションも返せないでいた。
怒るよりも、嘆くよりも、その五体は、ただただ、失意に絡め取られつつあったのだ。
――すべては〝アヤト〟がのたまって見せたことの通りではないか。〝ゼロ〟は〝アヤト〟の予想の範囲「盤」の中でのみ空回りする駒でしかない。
その通りだった。もはや否定する論拠を〝ゼロ〟は持っていない。
ここまで見抜かれているなら、この先のプランまでもが、全て見透かされているという事なのだから。
「――さらに、ここまで「5」と言う概念に固執する以上。タブーも五つ。5種類あると考えるのが妥当でしょう。さて、まだ見ぬ五つ目のタブーとは何か?」
〝アヤト〟はさらに、まるで教鞭でも執る様に続ける。
「貴方はもうわかってらっしゃいますよね? 「ゲーム」です。ゲームのタブー。恐らくは五回戦目のゲームにおいて、勝者となると同時に星が付く。と考えられます」
――同じだった。〝ゼロ〟が気付き、思い描いたこのゲームの構造に。
そう、〝ゼロ〟は目論んでいたのだ。
この第三ゲームで〝アヤト〟に四つ目の星を付け、そして最終ゲームまでの連勝によって不可避の星が付けば、最終的に〝アヤト〟は失格となる。
それが〝ゼロ〟の想い描いたプランだった。そのために、〝アヤト〟を誘導するために、自分に星が付くことさえ覚悟の上で自分で「時間のタブー」を踏んでさえ見せたのだ。
だが、それは全ては徒労に終わった。もはや、「タブー」を完全に理解した〝アヤト〟を失格にさせる手段はない。
もう――打つ手はない。
「やはり、貴方はとてもいい駒です。わたくしの思った通りに、その範囲の中で懸命に動いてくれる。見ていいて、とても安心できます。――正直、ここまでとは思いませんでしたわ。なんて愚かな道化っぷりでしょうか。わたくし夢中ですわ。ときめいてしまって仕方ありませんの」
で・す・の・で、と〝アヤト〟は薄ら笑いを浮かべて〝ゼロ〟を見る。
「ここで降参するというなら、貴方にだけは特別に温情を差し上げてもよろしいですわ。知っての通りわたくしは〝企業〟に顔も利きますので」
言い放ち、〝アヤト〟は言葉を切った。
「――では、〝アヤト〟様、改めてセットをお願いいたします」
赤ベータが先ほどの〝アヤト〟の振る舞いに合わせるかのような仰々しい仕草で告げる。
まるで、お見事ですとでもおべっかでも使うかのように。
〝アヤト〟も無言で礼を返し、緑に誘われるように席に着いた。
文字通りの一人舞台だ。シャレにならないのは、そこに立つのが俺なんかとは物が違う本物の千両役者ってこと。
〝ゼロ〟は応えない。いや、何も応えられなかった。
「では、フォールドする方は申し出てください」
カードセットが終わると、無言で事態を眺めていた〝キング〟と〝ツーペア〟が、また申し合わせたみたいにフォールドを選択した。
そして、先ほどの説を証明するかのように、〝ゼロ〟にだけ星が付いた。自ら踏み抜いた「時間のタブー」の分だ。
これで、四つ。もはや〝ゼロ〟は最終ゲームに勝利する権利を失ってしまったという事になる。
今となってはさして意味のある情報でもなくなってしまったが。
「……他にはおられませんか?」
〝ゼロ〟は力なく顔を上げた。これ以上のゲーム参加が苦痛――と言うよりも億劫だった。
もう「タブー」を踏むことはないが、それは他のプレイヤーも同じ。
もはや無敵の布陣を敷く〝アヤト〟に対して、一矢報いる可能性すら逸してしまった。
これ以上、何ができる?
〝ゼロ〟は、力なく手を上げようとした。喉はひり付き、声で意思表示をすることさえできそうになかった。
その横っ面に、
パァン!! と、いっそ気持ちのいいくらいの音さえ立てて、異様にスナップの効いた張り手が見舞われた。
「――――ッッッ!?」
言うまでもない。ゲーム中にこんな挙に出るのは、少なくともこの場には一人だ。
「何やってんの!? ――こっからだろ」
〝ゼロ〟は、いつの間にか席を立って間近にまで歩み寄ってきていた〝レイア〟を見上げる。
「……止めなくてよろしいのかし」
「ああ。そうだな!」
〝アヤト〟がベータに言いさした言葉を押し退けて、〝ゼロ〟は〝レイア〟の言葉に応えた。
〝レイア〟はそれ以上何も言わず、なら良し、と言わんばかりに頷いて、自分の席に戻っていった。
〝アヤト〟も、ベータたちもそのやりとりに差し挟む言葉を持たないようで、視線を惑わせるばかりだ。
〝ゼロ〟は瞳に力を取り戻した。危うく、早まったことをするところだった。
ここで負けても、ゲームはあと二日続く。レア・カードを失うことにはなるが、それでも俺たちはまだ、完全に終わったわけでないんだ。
〝レイア〟の与えてくれたきっかけを元に、〝ゼロ〟が「タブー」を解き明かしたことだって、無駄ではない。
〝アヤト〟をハメることは出来なくなったが、〝ゼロ〟達だって、このゲームを「失格」になることはないのだから。
少なくとも、生き残ることはできる。――俺たちはまだ終わっていない!
〝ゼロ〟は〝アヤト〟に改めて視線を送る。
当の〝アヤト〟は憎々しげに〝レイア〟を見ていた。
どうやら、〝ゼロ〟の言動や思考は読めても、〝レイア〟の方はまるで違うってことみたいだな。
なるほど――〝アヤト〟が初日から〝レイア〟を排斥したがっていたのは、〝ゼロ〟とは真逆で、決して思惑通りに動かないから、ってことか。
そして、〝アヤト〟は自分の把握できる範囲で動く人間を好み、そうでない人間を苦手としてるってことか。
なるほどな、この辺りは〝ゼロ〟と似ている。似ているが故に、〝ゼロ〟の思考は読みやすいってことなのかもしれない。
――解ってきたぞ。〝アヤト〟を攻略するには〝ゼロ〟ではなく、〝レイア〟の思考を元にして動く必要があるってことなんだ。
――つまり、
「どうやら、何か勘違いされているようですね?」
〝アヤト〟が、改めて〝ゼロ〟に視線を向けてくる。
「まだ明日がある、とでも言いたげですわね。――いかにも凡夫らしい、愚鈍な考え方ですこと」
「……実際そうだろ。「タブー」が分かった以上、これ以上お前と正面からぶつかる必要はない」
怖かったのは、フォールドを繰り返すことで星が付いてしまう可能性だった。
だから、ゲームを降りてやり過ごすっていう戦法に確信が持てなかった。しかし「タブー」が5種類だけと確定した今、安全策を取れない理由はなくなったのだ。
「それでどうするんです? 正面から戦うことを避けて、逃げ回るのですか?」
――どのみち、いずれはぶつかることになるというのに?
キリッ、と歯が鳴る音が聞こえた。――〝アヤト〟はうって変わって低く唸る様に告げる。
「どれほど愚鈍でも、もうわかるでしょう? どうあってもこのゲームでは私に勝つことなどできません。逃げても、同じ。何度繰り返しても同じです!」
「わかってるよ。普通のやり方じゃお前には勝てない。それが分かったのが収穫だ。――ま、あと二日、せいぜい工夫させてもらうさ」
――つまり、盤外戦術で〝アヤト〟を追い詰める必要がある、という事だ。
「ふざけないでください!」
〝アヤト〟はもう一度、〝ゼロ〟へ詰め寄る様にして向き直る。
「まだ、――――まだ私の手を煩わせるつもりなんですか?! ――ありえない! どうしてそんな結論になるんです? どうやって私の「チャージスリープ」を攻略するつもりなんです?! 勝てるわけないじゃないですか?!」
なんだそりゃ? そんなのまだわかんねーし。分かってても言うわけねーだろ。それでも、俺たちは俺たちが見つけた突破口を信じて動くだけなんだ。
〝ゼロ〟が無視しようとすると、今度は〝レイア〟がボックスに肘をついたまま声を上げた。
「つーか、アンタ何そんないきなりイキってんの? 有利だっつーなら余裕こいてりゃいいじゃん? それとも、それが無理なくらい、ガタが来てるってこと?」
〝レイア〟の揶揄するような語調に、〝アヤト〟は牙さえ剥いて応える。
――思えば、先ほどに比べてだいぶ息が荒いようにも見える。顔は蒼白になり、目元には隠しきれないクマが浮き出てきている。
精神状態次第で、体調が変化してるのか? それとも隠していたのが見えてきているのか。
「――残念ですが、一時的なものです。言ったでしょう? 寝溜めが利くと。このぐらいはすぐに回復するんですよ。――あなたのような凡俗とは違って」
「へぇー。じゃあ何で今にも泣きそうになってんの? つーか、聞いてりゃさっきからさ、結局は「一人にしないで」ってブルってるだけじゃね?」
ダッサ。ガキかよ! とレイアは続けざまに吐き捨てる。
……一見鬼の如く優勢なようだが、疲弊しているのは〝レイア〟も同じだ。やつれ具合でいえば〝レイア〟のほうがずっと深刻なのだ。
「――だいたい、誰が喋っていいと言ったんです? 黙っていなさい!」
「アタシだよ。アタシがいつ喋るかは、アタシが決めることだろうが!」
「おやめください。――時間も押しておりますで、進行させていただきます。〝ゼロ〟様、フォールドされるのですか?」
ヒートアップする言い合いを制して、白ベータが柏手を鳴らした。
正直だれも止められなさそうだったから、ありがたい。――でもさっきの張り手を思い出すから、それはやめてくれ。
「じゃあ、そういうことで、俺たちもフォールド――」
〝ゼロ〟が言いさした、その時だった。
「本当に、そう思ってるのかな?」
「……ヒヒ、クヒヒッ」
重病患者がむせているのような、特徴的な忍び笑いが聞こえてきた。
〝キング〟だ。先ほどの一件から押し黙っていた〝キング〟が、いま改めて口を開いたのだ。
声を掛けられた〝アヤト〟は、気味が悪そうに視線を振ったが、すぐに顔を背けた。相変わらずの態度だ。
しかし、今度は、〝キング〟の方も引き下がる気はないらしい。びたびたと、水を床にこぼすような喋り方で言葉を続ける。
「本当に、そう思ってるのかなぁ? …………違うよね」
にちゃにちゃと口腔内に糸を引くようにしながら〝キング〟は言った。
「キミのそれは、特殊な能力じゃないし、利点でもなんでもない。――ただの
何を言ってんだ、コイツは?
〝ゼロ〟は眉を顰めざるを得ない。しかし、〝アヤト〟だけは、その言葉に、見る見るうちに顔色を変えた。
「なんで……それを……、どうして」
〝アヤト〟が戦く様にして向ける視線を受けて、〝キング〟は――常の引き攣るような笑いではなく、自然に頬を上げるような形で、微笑んだ。
「ようやく、ボクを見てくれたね」
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