第42話「五日目」休憩時間② 活路
「ひっどい顔。――負け犬の顔してんよ、アンタ」
自分の足で席に戻ってからの開口一番、〝レイア〟はそんな軽口を叩いた。
「大丈夫なのか?」
「チップ、結構使っちゃったけどね」
悔しそうに唇をへし曲げるのを見て、〝ゼロ〟は胸をなでおろした。とりあえず、元に戻ってはいる。
だが、もはや予断は許されないだろう。
今夜のゲームではもう――いや、もしかしたら、〝レイア〟はもう二度とスキャニングそれ自体が出来ないかもしれない。
――違う。そうじゃない。〝ゼロ〟は改めて自分の額を小突く。そうじゃない、させてはならないんだ。
「もう――お前はスキャニングはするな」
いつもなら牙を剥きかねない〝レイア〟だが、〝ゼロ〟が絞り出したその言葉には、なんの反感も返そうとしなかった。
さすがに、自分でも予想は付いていたのだろう。
「仮にそうだとして――この後、どうすんのよ?」
「今、考えてる。ちょっとだけ待ってくれ」
〝レイア〟は何も言わなかった。〝ゼロ〟がもはや対策も方策も、なにかも吐き出してしまっていることは分かりきっている。その上で完封されたのだと理解している。
だから何も言わないのだ。
――――クソ、駄目だ。どう考えても勝ち目がない!
いくら振り絞ってみても、妙案のみの字も浮かんでは来ない。
もう〝レイア〟には無理をさせられない。〝ゼロ〟が何とかしなければならないというのに。
まるで何の対策も思いつかない。
〝ゼロ〟はこの二度目の休憩時間になってから、自分でとったメモを繰り返し見ていた。
それぐらいしかできることが無かったからなのだが、依然として突破口を見いだすことは出来ていない。
もっとなにか、ヒントが要る。〝ゼロ〟一人では見えてこない隙を探さないといけないんだ。
「なぁ、――メモ、使ってるか?」
〝ゼロ〟は視線を手元に落としたまま、傍らの〝レイア〟に問いかけた。ふと思いついたのだ。
「なに? ――まぁ、割りと書いたかな。やっぱあるなら使わないとね」
〝レイア〟は自分の席に戻り、幾分めくりあげられた状態のメモをそのまま渡してきた。
けっこうな文量だ。以外と筆まめなヤツのかな? いや、どっちかと言うと貧乏性――って感じか? まぁ、今そこはどうでもいいいいか。
なんでもいいんだ。なにか、なにかヒントになるなら。
「んじゃ、アンタのも見せて」
よって、〝ゼロ〟と〝レイア〟は、互いがここまでにとったメモを交換することになった。
いよいよ後がない〝ゼロ〟は目を皿のようにして〝レイア〟のメモを注視する。――が、すぐに顔を
〝レイア〟のメモには、「誰それが怪しい」、もしくは「ムカつく」、と言った要するに相手のプレイヤーについてのことしか書いていないのだ。
これではゲームの趨勢も「タブー」の法則も分かるハズが無い。
〝ゼロ〟は
「なに?」
「いや……」
言っても怒られるだけなので、とにかく視線をメモ用紙に戻す。
とにかく、欲しいのは自分には無い視点だ。ヒントになる何かだ。
「――ん?」
すると奇妙な文面に行き当たる。〝キング〟は「気色悪い」。〝ツーペア〟は「絶対腹黒い」この辺はまだ解る。
だが〝アヤト〟は……「ヨユー無い」? 「へばってる」? 「つけ込める?」等と殴り書いてある。――なんだこれ?
他の
〝ゼロ〟は再び傍らに声を掛けようとしたのだが、
「アンタ、なんで、こんなカンケ―無い、細かいことばっか書いてんの?」
と、先に言われてしまった。
おいおい、マジかよ。
「カード提出の? タイミング? 誰が何をドラフトしたか? 手札に、レア・カードの種類? ……こんなんベータに聞けば
〝ゼロ〟は思わず応答の言葉を詰まらせた。――い、言われてみれば、一理ある、かも。
なんてことだ。考えてもみれば確かにそうだ。いや、一度はおかしいとは思ったのだが、思っただけですましてしまった。
〝レイア〟の言葉は今までにないくらい正論に聞こえる。いや、でもお前のメモのだってぶっちゃけお前の「印象」でしかない訳でさ。
「あー、これはヒドいですね。読みにくいったらありません」
と、今度はさらなるダメ出しの声が〝レイア〟の後ろから、何故か当然のように〝ゼロ〟に突きつけられた。
「……なんで?」
一度背後を取られた〝レイア〟も咄嗟に身を引いて――なぜか〝ゼロ〟の後ろに回った。いや、お前もなんでだよ!
「こんなざっくばらんにメモを取ってどうするんです? 想定がそもそも甘すぎますね。最初にどこに注視してゲームを見なければならないか、それを定めないと意味がないですよ?」
そして、貴方ノートを取るの苦手でしょう? などと委員長のようなセリフを続けるのは、当然のような顔をしてそこに居た〝アヤト〟だった。
だが、当の〝ゼロ〟としてはそれどころではない。
「――そうじゃねぇよ! なんでここに居るんだ、お前ッ」
「お前?」
「あ!? ――いや! その、――キ、キミは、なんでここいらっしゃるんですかね?」
言い直すと〝アヤト〟はむふり、と頷いた。同時に背後から脳天に肘が降ってくる。
なんだよもう、嫌なら自分で追い払ってくれよ!
これもある意味〝ゼロ〟と〝レイア〟に対する妨害なのだが、先ほどと同様これもゲームの一部と見なされているのだろう。
ベータたちは遠巻きに見ているだけで止めに来ない。
「お話ししましょうっていったじゃありませんの」
と、〝アヤト〟は小首を傾げつつ当然のことのように言い放つ。コチラとしては開いた口がふさがらない。
何を呑気に――いや、そりゃそうか。チートまで使って圧勝してるお前はそりゃ気が楽だろうさ。
でもこっちはお前の攻略法を考えるので手一杯なんだよ!
「もう用なんてないんだよ! あっち行けってッ」
〝レイア〟が威嚇する猫みたいに言うが、〝アヤト〟はやれやれと言わんばかりに肩をすくめる。
「だって、もうわかってらっしゃるでしょう? ――私の勝ちです」
コチラも猫のように目を細めて言う。事も有ろうに、お前が言う事かよ! んなもん誰が聞くか!!
「知らねぇよ。いいだろ、もう。ほら、
〝ゼロ〟は席に着いたままの〝キング〟を指差す〝キング〟は〝ツーペア〟と何かを話していた。
傍らから〝ツーペア〟が何かを喋りかけているところを見ると、〝キング〟のことを慰めてでもいるのか?
まー、前からそう言う役回りの人だよな、あの人は。
兎角、〝ゼロ〟はそう指摘するのだが、〝アヤト〟は身を
何の真似だ貴様。
「……寂しいんですけど?」
「――――――は?」
はぁぁぁぁぁッ!? こ、この女ぁ、何を言い出すかと思えば!!
この期に及んで、この期に及んでそんな甘ったれたポーズを取れば俺がなびくとでも思ってんのか!?
ああ、可愛いよ! この期に及んで見てくれだけはマジでな。俺を騙して殺そうとしたんでなけりゃ、マジで何とかしてやりたいと思っただろうさ!!
でもお断りだね! 誰がお前みたいなバケモノに――ッ。
しかし、そんな〝ゼロ〟の決意を見透かすようにせせら笑って、〝アヤト〟は眼を細める。
「なんだか、可愛げを出してあげれば、まだまだ私のいう事を聞いてくれそうな雰囲気ですのねアナタ。――おつむの方はご無事ですの?」
「いいから――もう、行けよ!」
〝ゼロ〟が本気で怒鳴ると、〝アヤト〟は軽やかに身をひるがえした。
「ハァ。なんでしょうねムキになって。つまらない方ですこと。お茶だって用意させましたのに」
〝アヤト〟は視線を振る。すると、緑のシープがわざわざティーセットと茶菓子の乗ったカートを押して来る。
「飲むわけないじゃん、んなの」
〝レイア〟が堂に入った喉使いで吐き捨てる。対して、〝アヤト〟もまた勝手知ったかのような素振りで小首を傾げる。
「どうしてです? 何か盛るとでも? ――ありえませんよ。だってそんな必要あると思います?」
どうしてお前ら如きに? と言わんばかりに告げて、〝アヤト〟は湯気の立っているカップを一つ取り、口を付けて見せた。
緑のベータが
「ご遠慮なさらず」
〝アヤト〟がにこやかに言う。ここだけ見れば、まったく悪意があるようにもは思えない。
だが、〝ゼロ〟はとてもこんなものを手に取る気になれなかった。そもそも、なんなんだコイツの絡み方は。何が目的だっていうんだ?!
「――――あそ。そんなに言うなら。一つ」
そんな〝ゼロ〟を余所に、〝レイア〟がカップを取った。
〝ゼロ〟は目を剥く。
〝レイア〟が〝アヤト〟への恭順を選んだからではない。そんなわけがないことはわかり切っている。
――だからこそ、
〝レイア〟の、語調が、その目が、静けさが、これからとんでもない思い切ったことをやらかすときの前兆だと悟ったからだ。
「待――ッ」
〝ゼロ〟の危惧はすぐさま実現する。止める間もない。〝レイア〟はふと何かを思いついたかのように顎を上げると、まるでパスでも出すみたいな手振りで、湯気の立つカップを放ったのだ。
〝アヤト〟の顔面に向けて。
「――ッ」
なんてことすんだこのバカッ! 想いはすれども、動くことはできない。レベル3による体感速度の加速機能は活きている。
だが、それでも、すでに舞い上がった熱湯の飛沫、そのすべてを虚空で受け止めるなどという真似ができるはずがない。
よって、〝ゼロ〟にできたのは、咄嗟に眼をつむることだけだった。
――なんてことだ、〝アヤト〟がこれに対処できるはずがない。
過剰な暴力行為として、次こそ取り返しのつかないペナルティを受けることになるだろう。
いや、それより、真正面から熱湯を受けてしまう〝アヤト〟はどうなるのか!?
「……、……ッ?」
一気に襲ってきた煩雑な思考を手放した〝ゼロ〟は、次の瞬間には聞こえてくるはずの〝アヤト〟の悲鳴に、思わず身を固くした。
――が、しかし、待てども何の声色も、吐息さえも聞こえてくることがない。
そこで何かに、――おそらくは〝レイア〟の膝――に小突かれて、〝ゼロ〟は目を開ける。
すると、そこには〝アヤト〟を守るように立つベータ達の姿があった。
その各人の黒スーツから湯気が立っているのがわかる。
緑のベータがカップを捕まえ、そして巨体の黒と、白ベータがそれぞれ残りの、虚空に飛び散った紅茶を余すことなくつかみ取ったということだろうか?
というか、いつの間にこの位置にまで移動したのかさえ分からなかった。コイツ等――相変わらず、底が知れない。
「――レ、〝レイア〟様。危害を加えるような真似はおやめください」
「悪りぃわね。気が立ってんのよ」
〝レイア〟は悪びれることもなく言い捨てる。しかし、
「〝レイア〟様――」
「次ハ無イぞ」
白ベータと黒ベータが、最後通告だというように、重苦しい声で告げた。――次はおそらく、いや、確実に警告すらしない、ということなのだろう。
「お前、やりすぎだぞ!」
「や、勢いよ。勢い」
バカじゃねーのか?! この上自分を追い込むような真似してどうすんだよ!?
「せっかく――」
勢い〝レイア〟に詰め寄った〝ゼロ〟の耳裏に、誰に充てるでもない、床に向けて吐きかけられているような声が聞こえた。
忍び寄るような声色だ。
「せっかく、温情を掛けてあげたのに――こんな、……こんな仕打ちを返すんですのね……」
〝アヤト〟だ。虚ろに
しかし、その視線だけは〝レイア〟に向けて彷徨うように揺らいでいる。
あまりの変貌ぶりに、〝ゼロ〟は言葉もない。しかし当の〝レイア〟は知ったことでないとでも言うように言葉を吐く。――どういうメンタルしてんだお前は……。
「いまさらなに言ってんのよ。――アタシは最初からこうだったし、これからもそうだっつーの」
「犬でも――犬でも、理解できるハズですのに。本当に、――本当に助け上げてあげてもよかったのに……」
〝アヤト〟は足元さえ危うくして
そして、そのまま後方に倒れ込もうとするが、緑のベータが、その身体を危うげなく支えた。
「だ、――大丈夫か!?」
〝ゼロ〟は思わず声を掛けていた。そのあまりの変わりように、
対して、ベータに身体を預けたままの〝アヤト〟は、あらん限りに見開いた双眸で〝ゼロ〟を見据えるばかりで、何も応えはしなかった。
ただ、何の感情も伴わない、昆虫か何かのような視線が〝ゼロ〟の網膜に焼き付くようだった。
キレている。――尋常じゃなくキレている。
まずかったんじゃないか!?
別に仲良くする必要はなかった。それは確かだ。だが、ここまで明確に敵対する必要があったのだろうか?
ただでさえ、お互いに狙いあう関係なのに加え、こうまで恨み骨髄の状況を作ることに意味があったのだろうか。
「アンタ……」
〝ゼロ〟が一人、懊悩していると声が掛かった。
ふと振り向くと、〝レイア〟がなんとも表現のしにくい目で自分を見ているのが分かった。
なんとも表現しがたい。怒りとか呆れを通り越したような顔である。
「――――あッ!」
〝ゼロ〟はここで、自分の判断基準が根底からおかしいのだということに気が付いた。
そうだ。何で――、俺は何であんな女の心配をしてるんだ!?
あの怪物と俺たちとは、とっくに命のやり取りをする間柄じゃねーか!
なのに、なんで俺は今になってそんなことを考えているのだろうか!?
お、おれは本当に、この期に及んで、まだあんな奴に良いカオをしようとしてたってのか?
ほだされてたってこと? ちょっと馴れ馴れしい距離感で来られたからって、警戒が解けてたってことなのか?
いい気になっちゃたってこと? 久しぶりにご主人に構ってもらった犬みたいに尻尾ふって??
嘘だろ!? ――改めて考えると、俺ってなんて情けない……。
〝アヤト〟はそのまま緑のベータに連れられ、他のベータ達が待ち受ける壁際の一角に移動した。
どうやら、あまりの様相に、ベータ達もメンタルケアの必要性を感じたらしい。
「……いやその、なんつーか」
〝ゼロ〟も席に戻っていた。傍らには椅子を持参した〝レイア〟が泰然と足を組む。
気まずい。尚且つ、このままでは気まずい以上に、時間を無駄にすることになる。〝ゼロ〟は当て所ない、
「まー、アンタもアンタだけどさ。まぁ、アンタだし。いいけど。――――ただ、あのガキの言ったこともホントなのかもね。かなりキツそうだったし」
溜め息こそ付くものの、〝レイア〟の反応はいたってカラリと渇いたものだった。
何が「いいけど」なのかはまるで分らないが、とにかく〝ゼロ〟の方も胸をなでおろす。
――というか、キツそう? ってなんだ? いや、それよりも、お前にしてはずいぶん弱気なこと言うじゃねーか。
「――何言ってんだよ。もうアイツの勝ちだってか? そんな事ねーだろ」
何諦めようとしてんだよ! と、〝ゼロ〟は一転、〝レイア〟に対しても語気を荒げるが、
「違うっての! さびしいって言ってたとこよ」
〝レイア〟は耳打ちするように、そう言った。
「何だそれ?」
〝ゼロ〟には本気で意味が解らなかった。だって、アレは――正直認めたくはないが――未だに〝アヤト〟に対しての恋慕の名残りのようなものを抱く〝ゼロ〟を、つまりは、玩弄してやろうという悪意そのものの、いわば演出じゃねーか。
「どこがだよ? お前、メモにも書いてたけどさ。アイツ、全然キツそうじゃないだろ」
いや、お前のせいでかなりブチキレてはいたけど、キツそうとは違くない?
だって、実際にはアイツ、かなり余裕じゃねーか。
チートにチート重ねてさ。そのうえでゲームの合間に、わざわざ俺らのことおちょくりに来てたんだぞ?!
〝ゼロ〟がそう言うと、〝レイア〟は言葉を選ぶ――と言うよりも言葉を探すようにして唸り、
「……ホントに余裕なら、わざわざこっちまで来てアタシら絡んできたりしないって。多分、一人だとマジでキツいから機嫌がいいフリしてたんだと思う」
と言った。さらに、
「こう、風邪とかでキツいのがヤバい感じになるとさ、妙にハイになったり、なんか人恋しくなって、誰かにくっつきたくなったりさ」
と、〝レイア〟は続けて言うのだが、〝ゼロ〟にはよくわからない。
「そういうときってさ、とにかく、一人でいるのが、――辛いんだよ」
そうなのか? ずっと一人なのが当たり前だった、フラットで起伏の無い人生を歩んできた〝ゼロ〟には解らない。
――が、もしそれが本当なら、
「で、今ためしに突っついてみたらさ、案の定ってこと」
今のは、そういう事だったのか? 確かに、圧倒的優位に立っている割には、ずいぶんと過剰な反応だとは思ったけど。
「人間、余裕ある時は多少のことでキレたりしないんだよ。キレるってことは、最初からキレる準備が整ってたってこと」
――アイツは多分、もうずっと前からギリギリだったんだ。
〝レイア〟はそう付け加えた。――事の真偽はともかくとして、お前が言うとなんだか問答無用の説得力があるな。
「……そこに、「つけ込める」かもってことか」
とりあえず、〝ゼロ〟も話には乗ってみる。
「あの、なんとかっていうのがあるから、ソレは分かんないけどね。でも、余裕がないのはマジだと思う。アイツ常につくってたからさ、たしかに分りづらかったんだよね」
「チャージスリープ」な。つまり、常に擬態してて本音をださねーから、いままではホントのところが解らなかった、ってことか。
「確かに、さっきの
〝ゼロ〟が言うと、〝レイア〟は静かに頷いた。
正直、〝ゼロ〟にはまったく思いつかない発想だが、考えてもみればあの「暴力の解禁」を生き残ってきたのだ。
協力者であった〝カムイ〟が既に脱落している点からみても、〝アヤト〟のここまでの道中が平坦なものであったとは思えない。
脳への負荷を差し置いても、精神的にまいっている可能性は高い。
それを隠すために、今夜のゲームでは硬軟織り交ぜて俺たちを過剰に煽ってきていた、と考えれば、なんだかつじつまが合うような気にもなってくる。
そもそもが女子中学生。このゲームの中でもおそらくは最年少だ。単純に体力と言う面で
アイツも、万全ではないってことか。
「――なら、もうちょっと追い込んでやれば、もっとボロを出すかもしれない、ってことだな」
〝ゼロ〟は呟くように言った。かなり頼りない方策だが、無いよりは万倍もマシだ。
今や難攻不落の布陣を敷く〝アヤト〟を攻略するには、ここに縋るしかない。
…………というか、お前、それが全部わかった上で、淹れてもらったお茶をぶっかけたってのか?
意図は分かったが、それでも良く実行できるものだと、〝ゼロ〟は呆れと羨望の入り混じるような視線を〝レイア〟に向けざるを得ない。
この場合、――〝ゼロ〟の方が甘いという事なのかもしれないが。
「そういう事。もっと、とことんね」
「盤外戦術も有りで、な」
〝レイア〟の言葉に、〝ゼロ〟も強く応えた。正直あまり気の進むやり方ではないが、しかたがない。精神的にゆさぶりをかけるつもりでいかなければ。
「オッケ。そう言うの得意」
未だ秘めたる〝ゼロ〟の迷いを余所に、〝レイア〟はニッと口角を上げてそんなことを言う。
楽しそうだねぇお前。ネズミを前にした猫みたいな顔しやがって。
なんかますます猫に見えてきたんですけど?
「――猫、好き?」
ふと思ったので、なんとなく訊いてみた。
「は? 何いきなり。……まぁ? 犬よりは猫かな」
だろーなー。お前はそれっぽいよなぁ。でも俺って犬派なんだよなぁ。
「そーいうアンタは犬っぽいよね。でも、あんなことあったのにまだ犬好きとか言ってんの?」
すると〝レイア〟は話に乗ってくる。いや、話しを脱線させたかったわけじぇねーんだけどさ。
「そうじゃねぇっつーの」
てか、あの、「狗」とか「狼」とかは例えじゃんかよ、例え。
「どのみち、なんだろーと首輪付けんのも付けられんのも、アタシは嫌い」
ああ、そうですか。とことん趣味とか思考が合わねぇよな俺ら。いまさらだけど……。
「まぁ、いいや。それより……」
〝ゼロ〟は忘れてくれ、と手を振って次の話を行こうとしたのだが、〝レイア〟はじっと〝ゼロ〟を見つめてくる。つーか、お前たまに距離感がおかしいんだよ。
「……そういやアンタって犬っぽいかもね。マジで。さっきのもアレだし。……首輪とか、好きだったり?」
「ねぇーよ!」
真顔で何言ってんだお前は。てか、別に犬っぽいとか言われた事ねぇし。まぁ、余所でこんな話したことないからかもしれないけど……。
しっかし、いまさらだけど正反対だよな、オレらって。何やるにしても真逆のことやってるっていうか……。
ほんとに、――正反対。真逆だ。
ん? 真逆。――逆。逆転……。
逆さ――逆さ吊り、の?
「――――ぅあ!!」
そこで、〝ゼロ〟は思わず声を上げた。
「なによ。アンタいきなり」
〝レイア〟が胡乱な声を上げ、衆目が〝ゼロ〟に集まる。しかし、〝ゼロ〟としてはそれどころではない。
「お前、サイコーだよ!」
〝ゼロ〟は〝レイア〟の手を取り、飛び上がらんばかりに言った。もっとも言われた方の〝レイア〟は怪訝な顔をするばかりだが。
「え、――――首輪?!」
「違う!」
それは無ぇよ!!
「じゃ、何よ?」
「――解ったことがある」
〝ゼロ〟は集まってしまった衆目から身を隠すように、〝レイア〟に耳打ちする。
「……はぁ? ……まぁいいけど」
自分の何が、何の役に立ったのかが分からないようで、〝レイア〟は首を捻っていたが、結局わからなかったようで、
「で、どうすんの?」
と率直に聞いてきた。切り替えが早いのは何よりだ。〝ゼロ〟は人目を避けつつ解説をする。
「上手くいけば――〝アヤト〟を一方的に失格にできるかもしれない」
そうだ。この「ハングド・ペンタゴン」にはゲームの決着以外にも勝敗を分ける要素があったんだ。
「〝アヤト〟に星を付けて、失格にする」
「じゃあ、アンタ……」
「ああ。「タブー」の法則が分かった!」
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