第41話「五日目」第二ゲーム〝同種〟
〝ゼロ〟が持つレア・カード一覧
ホワイト・ポータル レベル10
シルバー・バレッド レベル7
ブラック・ポータル レベル6
ブラック・スワン レベル7 → 手札として消費
ピンキー・ウェア レベル8
グリーン・ピース レベル6
ブルー・フィルム レベル10
〝レイア〟の持つレア・カードの一覧
ブラック・ポータル レベル6
ディープ・ブルー レベル-
ゴールド・イクリプス レベル10 → 手札として消費
ダーティ・レッド レベル9
サンライト・イエロー レベル8
ブロンズ・スタチュー レベル8
ブラウニー・ブラウニーレベル7
ゴールド・ラッシュ レベル6
席に戻ると、新たに〝レイア〟と打ち合わせをする暇もなく、第二ゲームのドラフトが始まってしまった。
なんとかこの第二ゲームの方針だけは伝えたが、うまく伝わっているだろうか?
返す返すも〝アヤト〟との無駄話で時間を浪費してしまったことが口惜しい。
タイマーがあると「ちょっと待って」と言う訳にもいかない。このタイマー、便利かと思ったけど、有ったら有ったで邪魔なもんだな……。
「――にしても、いきなり話し込むと喉が渇きますね。次は飲み物ぐらい用意しておきましょうか。何がいいです? わたくしとしては紅茶と言いたいところなのですが、なにせ、ここにはろくなものが無くて。……ああ、失礼、紅茶の善し悪しなんてアナタ方にはわかりませんよね(笑)」
〝ゼロ〟が眉を顰めていると、〝アヤト〟が脇からそんなことをつらつらと語り掛けてきた。
何なんだコイツここにきて!? もっとゲームに集中しろっての! おしゃべり好きか! そんなキャラかよお前!!
くそ、付き合ってられるか! 余裕かましやがって。こっちはケツに火がついてんだ!
〝ゼロ〟は無視したまま、ドラフトに集中する。
「ハァ――つれませんねぇ。無駄な足掻きと言うものでしょうに」
〝アヤト〟はつまらなそうに、形の良い唇をとがらせている。
知ったことかよ。つーか、もう勝った気でいるのか? ふざけやがって……。
いや、依然として無視しろ。これ以上コイツのペースに乗せられるな。
今のうちに調子に乗らせておけばいいんだ。
さて、今度のドラフトは、先ほどとはカードを回す方向が逆になる。
〝レイア〟から〝ゼロ〟へ、そして〝ゼロ〟から〝アヤト〟へとカードの束を回す形だ。
この場合、〝ゼロ〟がやらなければならないことは、とにかく〝アヤト〟にレベル5を渡さないことである。
〝アヤト〟は本来捨て牌にしかならないレベル5を、ノーリスクで使用できるのだ。これを繰り返されると一方的にやられることになる。
だから、ドラフトがそもそもの重要性を増すことになる。レベル5は元より、出来るだけ強いカードを取らせないようにして、強いハンドを作らせないようにする。
「エバー・グリーン」は強力な守りのカードだが、自分のハンドを強化する効力はない。
ドラフトで優位に立つことが出来れば、まだこちらにも勝ち目はあるはずなのだ。
よって、〝ゼロ〟はまず、自分に与えられた五枚一組の束から、レベル5のカードをドラフトした。
とにかく、今はこうして全員でレベル5を押さえて〝アヤト〟相手の対策をしければならない……。
しかし、
そうして〝ゼロ〟がドラフトすることになったカードは 5 5 5 5 1。
結果として〝ゼロ〟は第一ゲームの〝アヤト〟とまったく同じドラフトをすることとなってしまった。
なんとなく嫌な予感はしていたのだが、どうにも〝アヤト〟以外のプレイヤーの足並みが揃っていないのだ。
〝レイア〟は実際に〝アヤト〟相手に勝ちに行かなければならないため、これはしかたがない。しかし、残りの〝ツーペア〟と〝キング〟は何を血迷ったのか、レベル5を手放して自分にとって都合のいいカードをドラフトする挙に出たのだ。
コイツ等、何を考えてんだ!? 各自でレベル5を押さえて、〝アヤト〟に有力なカードを回さないように努めなければならないはずなのに。
考えなくても解るレベルの状況判断だったはずだ。
しかし、結果としてこの二人は、レベル5を〝レイア〟に回し、自分の手札を強化するドラフトを行った。
そのレベル5が最終的に〝ゼロ〟の元に回ってきたため、〝ゼロ〟がその分のレベル5を抱え込むことになってしまったのだ。
だが、なぜだ? 確かに何の根回しもできていないが、かと言って、奴らは単身で〝アヤト〟に立ち向かう算段があるというのか?
〝ゼロ〟は男達を見るが、どうにも何を考えているのかが読めない。この第二ゲームはともかく、後半になってもこれを続けられると非常にまずい。
――クソッ! 〝アヤト〟だけでも大変だっていうのに、お前らにまで妙な動きをされると、どうしようもなくなっちまうじゃねぇか!。
「――フォールドだ!」
〝ゼロ〟は大きく息を吐いて、自分を冷静に保つように努めた。いま〝ツーペア〟と〝キング〟を睨んでも仕方がない。
どのみち、このハンドではゲームに参加することなどできない。〝ゼロ〟には無敵の「エバー・グリーン」などないのだ。
しかし、そんな〝ゼロ〟をあざ笑うかのように、〝キング〟は陰湿に笑いながら、〝ツーペア〟は何かを推し量る様にしながら、それぞれにフォールドを宣言したのだ。
「――――なッ」
〝ゼロ〟は思わず喉を引き攣らせた。 なんだそりゃ!? そんなに簡単に降りるくらいなら、〝アヤト〟の妨害ぐらい手伝ってくれよ!
解ってんのか? 全員でかからないと今夜のゲームはこのまま、〝アヤト〟の一人勝ちになっちまうんだぞ?
――いや、まて。〝ゼロ〟はここで考え直す。
もしかしたらこの二人は、このままフォールドを続けて、〝アヤト〟を勝ち上がらせてしまえばいいと考えているのかもしれない。
確かに、それも選択肢のひとつではある。第一ゲームからレア・カードを積極的に活用していた〝ゼロ〟達とは違い、奴らは未だにレア・カードをゲームに使用していない。
このゲームをボイコットしたとしても、失うものは何もないってことか。
しかし、〝ゼロ〟も〝レイア〟も、すでにレア・カードを使用してしまっている。
レア・カードは例え一枚でもゲームの趨勢を傾けかねない代物だ。
このまま〝アヤト〟の一人勝ちを許せば、それらのカードは全て〝アヤト〟に奪われることになる。
ただでさえ攻略法が見えないってのに、さらにレア・カードを集められたんじゃ、残り二日間のゲームで挽回することなんてできなくなる。
最善は、今夜のこのゲームで〝アヤト〟を止めることなのだ。
だが、今それを〝キング〟、そして〝ツーペア〟に訴えても意味がないだろう。
今は、〝ゼロ〟と〝レイア〟の二人で、何とか〝アヤト〟を押し留めなければならない。
〝ゼロ〟は〝レイア〟を見た。勝負すべきだろうか? 一騎打ちをして勝ち目はあるのか?
対して、〝レイア〟は変わらず強い視線を返してくる。
そこに迷いは見られない。〝レイア〟は勝負に出るつもりだ。
――やるしかない。と、〝ゼロ〟も心を決める。
「……では、各々カードを提出してください」
ドラフトし終わったカードを、いざボックスにはめ込んでいく段になって、〝アヤト〟が声を上げた。
「――ちょっと、待ってもらってよろしいですか?」
めずらしく、〝アヤト〟がカードの提出でもたついている。
どうも、一度カードをはめ込もうとしてから、考え直したらしい。カードデッキの中から取り出したカードを入れ替えているのが分かった。
見る限り、一枚だけ、何らかのレア・カードを手札に加えたようだ。
妙だな。どうも〝アヤト〟らしくない……。レベル5が手に入らなかったからと手札を補強するつもりなのだろうか?
……この第二ゲームも〝アヤト〟は勝負を仕掛けてくるつもりでいるというのだろうか?
だが、実際のところ、その可能性は低い、と〝ゼロ〟は見ていた。
なぜなら、実際の所、このゲームで〝アヤト〟が「エバー・グリーン」を使用する可能性は低かったからだ。
そうして、カードの提出は終了した。
前回のゲームではこの時点で幾つかの星が付いたのだが、今回は誰にも星が付くことはなかった。
〝ゼロ〟はホッと胸をなでおろしたが、反面、「タブー」の詳細については余計に解らなくなってしまった。
いったい、何が違うっていうんだ?
「……レイズされる方はおりませんね? ではカードオープン」
オレンジのベータが宣言した。開示された二人の手札は以下のようなものだ。
〝レイア〟 8 3 2 4 -
(二枚のレベル1をそれぞれ ブロンズ・スタチュー レベル:8 と ディープブルー レベル:- とに入れ替えている)
対
〝アヤト〟 5 4 3 2 6
(レベル1を グリーン・ピース レベル:6 に入れ替えている)
使用レア・カード詳細
・「或いは銅像の如く(ブロンズ・スタチュー)」 レベル:8
このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーは一人のプレイヤーを選んでもよい。そのプレイヤー及びその所有するカードは、次のゲーム・フェイズが開始されるまで一切の行動ができず、また他者から干渉されることもない。
・「藍より出でて藍より青し(ディープ・ブルー)」 レベル:-
このカードのレベルは常に対峙するカードのレベルの倍に相当する。
・「矮小なるな緑の徒(グリーン・ピース)」 レベル:6
このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーは以下の三つから効果を一つ選び、実行してよい。
1 相手のデッキの中からランダムで2枚のカードを破棄させる。
2 好きな数のカードを選び、それらのカードのレベルを引き上げる。増幅する値は合計2までとする。
3 最大2人まで、相手のプレイヤーがセットしたカードセットを確認する。
〝レイア〟は限りあるレア・カードを2枚、ハンドにつぎ込んだ。かなりの大盤振る舞いだ。
特に「ディープ・ブルー」はどんな数値のカードにも勝利する絶対勝利のレア・カード。
必勝を期すからこその布陣と言える。
実は、〝レイア〟がここで攻勢に出たのは〝ゼロ〟の示唆によるところが大きい。
この第二ゲームを取ること自体はさほど難しくないことだと、〝ゼロ〟は見ていた。
なぜならこのゲーム、おそらく〝アヤト〟は「エバー・グリーン」を使用しないからだ。
あの「エバー・グリーン」がどれだけ無体な絶対防御のカードだとしても、レア・カードである以上、それをスキャニングし続けるには累積していくコストを払わなければならない。
あのカードの基本コストは10。二度目の使用で100ポイントものコストを払わなければならない。
〝アヤト〟にしても簡単に使える手段ではないはずなのだ。
「……では、各自宣言をお願いいたします。何もなければ、このままゲームセットとなります」
オレンジのベータがいたって冷淡に告げる。迷いを振り切った〝ゼロ〟は、その視線を〝アヤト〟へと向ける。
このまま行けば3‐2で〝レイア〟の勝ちだ。――無論、〝アヤト〟がこのまま終わるとも思えない。
さぁ、〝アヤト〟はどう出るか――
「では――スキャニングいたします。「ダーティ・レッド」」
・「卑劣な革命児(ダーティ・レッド)」レベル:9
このカードが対峙するカードに勝利した場合、このゲームフェイズにおけるレベルの強弱を反転させる。
やはり、受けて立つか。「エバー・グリーン」が使えないからって、ゲームを降りる必要はないわけだからな。
〝アヤト〟が使用したのは以前にも見たことがあるカードだった。
あの〝シード〟が使用していたカードだ。どうやら、コイツも複数あるレア・カードだったようだな。
その効果はレベルの強弱を反転させること。つまり、このままなら、このゲームの勝敗も3‐2で〝アヤト〟の勝利となってしまう。
「対応して打ち消すぞ! 「ブラック・ポータル」!」
〝ゼロ〟が声を上げた。当然、それを看過するはずもない。〝レイア〟のサポートは〝ゼロ〟の役目だ。
さぁ、どう出てくる? スキャニング合戦なら望むところだが――
「対応いたします――「エバー・グリーン(累積2)」をスキャニング」
――――なッ!?
静かに意気込んでいた〝ゼロ〟は、――いや、この場に居たすべての人間が目を剥いた。
つ、――使った!? そんな、バカな! 当たり前みたいに?! 解ってるのか? 二度目だぞ? ここで使ったらもう使えないんだぞ!?
そんな制約を忘れてしまったかのように、〝アヤト〟はまるで当然の如く、「エバー・グリーン」のカードをスキャニングした。
事の是非は置くとして、これで、このゲーム・フェイズの間、〝アヤト〟の持つすべてのカードは治外法権が適応されたがごとく、無謬の庇護を得ることになる。
しかも「ブラック・ポータル」に対応しての使用だったため、スタック・ルールによって先にスキャニングされた〝ゼロ〟の「ブラック・ポータル」も無力化されてしまう。
慮外の事態だった。誰もが、〝アヤト〟は「エバ・グリーン」を終盤まで温存するものと思っていたはずだからだ。
――だが。
だがこれはむしろチャンスだ。〝ゼロ〟は呆けていた
このままフォールドしてやれば、〝アヤト〟にとっては「エバー・グリーン」の二度目のスキャニングコストを無駄にすることになる。
その累積コストは100ポイント、つまり20時間分の脳への負荷に相当する。
チップでの補填が可能とは言っても、過度のスキャニングは確実に脳の機能を削っていく。
ここで使うのはどう考えても悪手だ。さすがの〝アヤト〟もカードの強力さに眼がくらんで判断を違えたということか。
たしかに、トレーディングカードゲームなんかでも、強力なカードを手に入れたからと言って慢心し、それに頼りきになった挙句に墓穴を掘ることになるなんて話は多い。
故に〝ゼロ〟は〝レイア〟に問うような視線を向ける。口には出せないが、ここはフォールドでも十分な場面だ。どうする?
だが、応える眼光がそれを良しとはしない。
――やっぱりやる気か。ここで、仕掛けるんだな!?
だろうな、とは思っていた。〝レイア〟の性格上、アドバンテージを確保したからそれでよし、という戦法には納得しないだろう。
〝ゼロ〟は〝レイア〟の決断を悟り、身を引き締めた。早くもこの「ハングド・ペンタゴン」のゲームは分水嶺に突入した。
「〝ゼロ〟様、対応成されますか?」
白ベータの言葉に、〝ゼロ〟は無言のままかぶりを振る。
「〝レイア〟様はいかがです?」
直接〝アヤト〟と対峙している〝レイア〟に赤ベータが水を向けた。
「しない。進めて」
「で、では、〝アヤト〟様の「エバー・グリーン」の効果が適応され、〝ゼロ〟様の「ブラック・ポータル」の効果が無効化されます」
「……そして、〝アヤト〟様の「ダーティ・レッド」の効果により、レベルの強弱が反転いたします」
緑とオレンジが、リレーをするように結果を確認した。
これで
無論、それを良しとする〝レイア〟ではない。
「――なら、もう一回ひっくり返す!!!」
ここで、〝レイア〟が新たにスキャニングをした。
そう、〝レイア〟にもかつて〝シード〟が使用していた「ダーティ・レッド」のカードが与えられているのだ。
反転に対する反転だ。これで、ゲームを通常の形態に戻すことが出来る。
「ダーティ・レッド」の効果はゲームそのものを対象とするため、「エバー・グリーン」の効果で排除されることはないのだ。
――が、
「解っていませんわね」
言って、〝アヤト〟は黒いレア・カードを取り出し、滑らかにスキャニングする。
「対応しますわ」
それは〝ゼロ〟達もよく見知ったカード、「ブラック・ポータル」だった。
「レ〝レイア〟様。どうなさいますか? 対応なさいますか?」
「――しない!」
「……では、〝レイア〟様の「ダーティ・レッド」は無効化されます」
〝レイア〟の「ダーティ・レッド」はあえなく打ち消されてしまった。
――クソ、アイツも持ってやがったのか!?
〝ゼロ〟は臍を噛む。ある意味予想はしていた。というか、出来れば当たってほしくはない予想だった。
「エバー・グリーン」と「ブラック・ポータル」の組み合わせは、これ以上ないぐらいに凶悪なコンボなのだ。
「エバー・グリーン」というカードは自分と自分のカードが何らかの効果に干渉されることを禁じるカードだが、にもかかわらず、そのカードが他者のカードに干渉することを禁じはしないのだ。
つまり、やられるのはダメだが、自分がやるのは構わない。というジャイアニズムを真面目に実現化できてしまう理不尽なコンボが完成する、と言う訳である。
〝レイア〟も〝ゼロ〟も、この〝アヤト〟の「ブラック・ポータル」をさらに「ブラック・ポータル」で打ち消すことはできない。
一方的なゲーム展だ。
〝レイア〟は対応する意思を見せなかった。「ダーティ・レッド(累積2)」を使ってもう一度反転するにはコストが掛かりすぎる。
「さ、て。それでは――どうされます?」
〝アヤト〟は
――――だが、これはある意味で、望外の展開だともいえる事態だ。
ここまでやったのだ。〝アヤト〟にも勢いがついていることだろう。
それこそが〝レイア〟がフォールドを選ばなかった理由だ。
〝レイア〟の視線がわずかに〝ゼロ〟を見る。〝ゼロ〟は頷いた。緊張が喉を焼くようだ。
それも仕方がない。これが、〝ゼロ〟が現状で唯一考え出せた、「エバー・グリーン」への対抗手段なのだから。
「新しくスキャニングする。カードは「サンライト・イエロー」!」
・「払暁の陽光(サンライト・イエロー)」 レベル:8
このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーはゲームフェイズのリセットを行い、全てを初期状態に戻してもよい。
ただし「金環日食(ゴールド・イクリプス)」が同じゲームで使用された場合、いかな状況であってもこのカードは永久的に特典の効果を失う。
これが「エバー・グリーン」に対して〝ゼロ〟が絞り出せた唯一の対抗策である。
「サンライト・イエロー」は「ダーティレッド」と同様、特定のプレイヤーではなくゲームそのものを対象としてリセットするカードだ。「エバー・グリーン」の効果でもこれを防ぐことは出来ない。
そしてゲームをリセットしてしても、スキャニングのコストは変わらずに累積していく。
単一のカードに頼った戦略を立てている相手には良く効く手だと言えるだろう。これが〝ゼロ〟がひねり出した苦肉の策だった。
唯一の欠点として、このカードを目の敵にするような強弱関係の設定されているカード、「金環日食(ゴールド・イクリプス)」が怖いところだが、幸いにもこのカードは〝レイア〟が既に手札として使用している。
さらに、「金環日食(ゴールド・イクリプス)」がゲームに一枚しか存在しないカードであることは既にベータに確認を取ってある。
よって、〝アヤト〟がこれに対応する手段は限られるわけだ。
「対応します」
予想通りだ。〝アヤト〟はもう一度「ブラック・ポータル」を使用した。だが、先ほど使用したものとは別のカードだった。
同じカードを、「ブラック・ポータル」を二枚持ってたのか。全体では四枚目だ。……一体ブラック・ポータルは何枚あるのか……。
確かに予想外だ。――――だが、それがどうした? こっちも同じようなことが出来るカードがあるんだぜ!?
「俺も対応してスキャニングをする。「ピンキー・ウェア」だ!! 効果は使用されてスタックに乗っているカードのコピーッ」
〝ゼロ〟が声を上げる。僅かに〝アヤト〟の表情が揺れたのが分かる。当然、〝アヤト〟の「ブラック・ポータル」をコピーすることは出来ない。
そう、俺がコピーするのは〝レイア〟の「サンライト・イエロー」の方だ。
・「朱に交われば赤くなる(ピンキー・ウェア)」 レベル:8
このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーはスタックに乗った状態のレア・カードの効果を一つ複製し、使用してよい。
〝アヤト〟の動きが止まった。
このリセット戦法が通れば、もはや〝アヤト〟は累積した「エバー・グリーン」のコストを払うことが出来ない。〝ゼロ〟の援護が有れば〝レイア〟が第二ゲームを取ることは十分に可能なのだ。
「……」
「……どうされます? 〝アヤト〟様? 対応なさりますか?」
当然、〝アヤト〟にはこの複製された「サンライト・イエロー」を累積2の「ブラック・ポータル」で打ち消すことが可能だ。
だが、〝ゼロ〟には「ピンキー・ウェア」の他に、まだ「ホワイト・ポータル」もある。当然、〝レイア〟も累積2の「サンライト・イエロー」を使用する用意があるだろう。
〝アヤト〟がこのカードを知っているかはわからないが、〝ゼロ〟と〝レイア〟が何度でも「サンライト・イエロー」をリピートする気でいるのは伝わっているはずだ。
ここが分水嶺なのだ。だから、もはや行けるところまで行く。その意思が〝ゼロ〟と〝レイア〟の二人にはあったのだ。
「――良いでしょう。リセットに付き合います」
〝アヤト〟が受け入れるや否や、ボックスにはめ込まれていたカードが裏返り、音を立てて外れた。
良し! 〝ゼロ〟は思わず声を出しそうになった。まさかこんなに序盤で「エバー・グリーン」を攻略できるとは思っていなかった。
現時点でこのカードを使い切らせたことは大きい。後は、「タブー」の謎を解き明かし、残りのゲームをどう乗り越えるか、だ。
「では、ゲームがリセットされます。もう一度ハンドを吟味したうえで、カードをご提出ください」
白ベータが言った。
「レイズ。2000」
カードの再セットが終わると〝レイア〟は間髪を置かずにレイズした。勝ちに行く気だ!
もはや「エバー・グリーン」は使用できない。
この無敵の「エバー・グリーン」を温存されたままゲームが終盤を迎えるというのが最悪の展開だった。
この二回戦目で虎の子の「エバー・グリーン」を使用させられ、尚且つ、それを無駄にされた〝アヤト〟の胸中は如何ばかりのものだろうか?
「……コールします……」
〝アヤト〟は静かに、思案するかのように間を置いて応えた。おいおい、今更考え込んでも遅いんだぜ?
〝レイア〟がレイズの対価として開けたのは「デイープ・ブルー」だ。あくまで強気で攻めるつもりか。
〝ゼロ〟も自らのデッキを握りしめる。――ここで、決める。持てる力を注ぎ込むんだ。
「こ、これ以上は有りませんね。ではカードオープンです」
緑ベータの宣言とともに、カードが開示されていく。
〝レイア〟 8 3 2 4 ‐
(種類・並び共にリセット前と同じ。「ディープ・ブルー」を開示してレイズしている)
対
〝アヤト〟 5 9 3 2 4
(グリーン・ピース レベル6 をダーティ・レッド レベル9 に入れ替え、並びを変更している)
――勝った。盤面を見て〝ゼロ〟は確信した。
結果は依然として3‐2で〝レイア〟の勝利だ。
〝アヤト〟はなぜか先ほどの「ダーティ・レッド」をハンドに入れ込んできた。
無論、このままではその「ダーティ・レッド」の効果のせいでレベルの強弱が反転し〝アヤト〟の勝ちになってしまう。
しかし、そんなものは〝レイア〟の「ダーティ・レッド(累積2)」でひっくり返すことができる。
馬鹿なヤツだ。ハンドに使ってしまえば、もうスキャニングすることも出来ないというのに。〝アヤト〟の奴、ここにきて血迷ったとでもいうのか?
なんにしろ、もはや勝ちは確定だ。レイズのこともある。ここでチップを稼いだなら、後はフォールドを連発して勝ち逃げすることが出来る。
――しかし、そんな、〝ゼロ〟にとって都合のいい結末は、泡沫の如く霧散することとなる。
「スキャニングします。カードは「エバー・グリーン(累積3)」」
――――――――――はぁ??
「効果のほどは、説明するまでもありませんわね?」
あまりのことに、〝アヤト〟との応答を自粛していた〝ゼロ〟も声を上げてしまう。
「バ――何やってんだバカ!?」
「まぁ、バカだなんて。ひどいですね。言っていいことと悪いことが有りますよ? よりによってわたくしに」
〝アヤト〟はいかにも年相応に、ぷりぷりと頬を膨らませて見せるのだが、あいにく、〝ゼロ〟にまともな対応を返す余裕はない。
混乱が舌を、思考をもつれさせる。理解が追い着かなかった。だって、そんな事はあり得ないのだ。
〝ゼロ〟は指摘せずにはいられなかった。――あの〝ソノダ〟の最期が喉の辺りまでせり上がってくる。いやだ、あんなものを見るのだけは、二度と……。
「死んじまうんだぞ!?」
累積3の「エバー・グリーン」。そのコストは1000ポイント。実に200時間分の負荷に相当する。〝ソノダ〟の語った人間の限界である50時間というリミットを大幅に超えてしまっている。
「あら、何故です? ――そんなふうに見えまして?」
しかし、にもかかわらず、〝アヤト〟は平時と変わらずに小首を傾げ、きょとんと目を丸くして、本気で解らないとでも言うように応ずる。
なんだ!? ――噛み合っていない。何かが、両者の間で何かが根本的に噛み合っていない。
「何故って――スキャニングの効果は一夜のゲーム・フェイズが続く限り累積してくんだぞ? スキャニング出来るのは二回までだ!」
そこで、〝アヤト〟は、おかしそうに。――心底おかしそうに、声まで上げてカラカラと、笑った。
まるで呆れたと言わんばかりに、目じりに涙まで溜めて。朝露に濡れるダリアの花みたいに。
〝ゼロ〟は呆気にとられて無いも言えない。なぜだ? 何も間違えてはいないはずだ。どうして〝アヤト〟はそんな顔をするのか。
「あーもう、なんと言いましょうか。ここまで気付かれないと、バレない様にと気を張っていた自分が、そう、それこそバカみたいに思えてきます」
「どういう、……意味だ?」
「コストが払えなくなる? そんな事は有りません。なぜなら、私はこのゲームの最後まで「エバー・グリーン」を連続使用できるからです」
「あ、有りえねぇだろ。それこそ――」
慮外の回答に、〝ゼロ〟は閉口するしかない。
そんなわけがないだろう。そんなことは、それこそ、〝ゼロ〟にだって出来ないのだ。ショートスリーパーの〝ゼロ〟にだって……。
――――――あ。
〝ゼロ〟が思考を超えて、それに気づいたのを悠然と見止めてから、〝アヤト〟は、牙を剥くみたいに口角を歪めた。
「それこそ? ――それこそなんです? それこそ自分のようなショートスリーパーでもないのに、ですか?」
〝アヤト〟は〝ゼロ〟を真っ直ぐに見つめて、言った。〝ゼロ〟は自らの頭で理解するより前に、致命的なミスを犯したのだと、悟ってしまっていた。
――まさか、
「言ってはいませんでしたが、わたくしにもあなたと似た特異体質と言うものがあるんですよ」
〝アヤト〟はそう言うと、一転、幼子が耳打ちでもするかのように、悪戯っぽい笑顔まで浮かべた。
信じたくなかった。すべてを完全に理解してから、なおもそう、心から願った。
だが、現実は非情だ。動かしがたい事実として、通常なら慮外である「累積3のスキャニング」を行っておきながら、〝アヤト〟は、まったく消耗していないように見える。
「要するにですね。わたくし、寝だめが効くんです。貴方のそれになぞらえるなら「チャージスリープ」とでも言いましょうか?」
そして〝アヤト〟は告げる。まるですべてを見透かしていたと言わんばかりに。
「わたくし、いつ眠るのかを自在に決められるんです。眠くなるというのがほとんどないと言いますか。……事前に寝だめをしておけば、何か月でも起きつづけられます。もちろん副作用などありません」
同じだ。自分と――〝ゼロ〟は、もはや疑いようもないほどに、それを確信してしまっていた。
間違いない。この女は、〝アヤト〟は、〝ゼロ〟が初めて対面した「同種」なのだ。
「まぁ、日常生活においては、さして役には立ちません。ですが、このゲームでは値千金と言えますね。あなたと同じですよ。ただ、容量には大分差があるようですが」
〝ゼロ〟は肩を落とした。何も言えなかった。まるではしごを外されてしまったかのようだった。
己が最も縋るべき、拠り所であった強みが、いま明確に凌駕されてしまったのだ。
「事実、私はこのゲームが始まってからいままで睡眠にチップを一切使用していません。――必要が無いんです」
確かに同じ。――いや、いうなれば完全な上位互換だ。
コストを節約できる〝ゼロ〟に対して、コストを無視することが出来る〝アヤト〟。似てはいるが、この差は殊更に大きい。
当然、その差はチップの温存よりも、このスキャニングというルールにおいて如実に表れる。
〝ゼロ〟は驚きながら、――いや、本能的に負けを認めながらも、全てのことに合点が行っていた。
どうして、この女があのとき〝ゼロ〟がショートスリーパーであることを的確に言い当てることが出来たのか。
全部を推理したわけではなかったのだ。自分も同種だからこそ〝ゼロ〟の特異性に気づけたのだ。
クソ! 俺はアホか!? なんでそのことに思い至らなかったんだ。
「では、再開と行きましょう。もう一度反転してみますか?」
何も言えず悔恨を噛みしめるしかない〝ゼロ〟を余所に、〝アヤト〟は真正面から〝レイア〟に向き直る。
「――――上等だよッ! それならもう、一回、リセット、して………………」
と、そこで〝レイア〟が、スキャニングしようとした動きを止めた。
〝ゼロ〟が窺うと、〝レイア〟は顔を真っ青にして、大粒の汗を浮かべている。
そのまま、口元を押さえながら、椅子から崩れ落ちた。
「――――ッ」
そして、こらえきれずに嘔吐してしまう。
――――限界だったんだ!
「おい、誰か! ――介抱してくれ!」
〝ゼロ〟は声を上げた。〝ソノダ〟の、そして自分が過剰な負荷で死にかかったときの記憶が、悪寒となって総身を包み込む。
すぐに、身体を起こすこともできない〝レイア〟を黒ベータが支え、仰向けにする。その背後では残りのベータたちが大挙して姿を現す。
「大丈夫なのか? おい!?」
「――スキャニングの「不全」だナ。上手くコストを払えずに機能不全を起こしてイる。チップを使えバ問題ないだろう」
「なら、後で俺が説明するから、必要な分だけ使ってやってくれ!」
「おや、それはどうでしょうねぇ? チップの譲渡はともかく、実際の使用まで他のプレイヤー様の事後承諾と言うのは」
赤ベータが背後から声を掛けてくる。――ふざけるんじゃねぇ! 本人が判断できる状態じゃねぇから……。
「黙っテいろ」
〝ゼロ〟の言葉を代弁するかのように、重低音を響かせて黒ベータが言った。赤ベータは押し黙る。
そうしてその他のベータたちが運んできた担架に〝レイア〟を乗せる。黒ベータは〝レイア〟の腕に浮かび上がらせたコンソールを使用し、チップを消費させた。
「これデ、すぐに起きるだロう」
「あ、ありがとな」
見る見るうちに、顔色は戻っていく。――よかった。
「無用ダ。こちらの判断ダ」
「あらあら、いよいよ決着というところでこれですか。凡人というのは、これだからつまりませんね」
〝アヤト〟の声が聞こえて、〝ゼロ〟は睨み返した。
だが、〝アヤト〟はそれを涼風のように受け流してみせる。さらに継ぐ声色はいかにも明朗であった。
「なにか? 貴方も、そう考えてこのゲームに来たのですよね?」
図星、ではあった。確かにそうだ。自分が優位に立てると、そう思ったから来た。それは事実だ。
なんなら、立場が逆なら、お前みたいに、誰かを「凡人」呼ばわりしてそう言って悦に入っていた可能性だってあるさ。
けどな、だからと言って今の言葉を流せるほど、俺は殊勝な人間じゃない。
論破すれば相手がおとなしくなると思ってるなら、ガキの発想だぜ。
言葉に気を付けろよ? 凡人を怒らせて良いことなんて何もないって、教えてやるぜ。
「で、では、〝レイア〟様は一時的にゲームを離れられましたので、フォールドとして扱わせていただきます」
「……なにか、異論のある方はいらっしゃいますか?」
「何でしたら、もう一度ゲームをカードセットからやり直すという、場合もありえるかもしれませんよ?」
ベータたちがそれぞれに声を上げて進行するが、声を上げるものは一人もいなかった。
〝ゼロ〟も何も言えない。どれだけ〝アヤト〟を睨み付けてみても、たった一人で、こんな反則みたいなカードと体質を併せ持つ奴に立ち向かうことなどできなかった。
「では、〝アヤト〟様の勝利と言うことで、ゲームを終了いたします。移動するチップは2015ですね。――そして、」
白ベータがまとめ、そして〝レイア〟のボックスの上に、星を一つ置いた。
同じように、緑のベータが〝アヤト〟にも、新たに一つの星を付けている。
「…………」
〝ゼロ〟は泥を噛みしめるような思いでそれを見つめていた。
諦めるつもりは毛頭ない。――だが、実際問題どうするのだ? もはや万策は尽きた。パートナーの〝レイア〟はもう限界だ。さらに、「タブー」の法則さえ解らない。
こんな状態で、どうしろと言うのだ?
・現在つけられている星の数
〝ゼロ〟 ★ ★ ★
〝レイア〟 ★ ★
〝ツーペア〟 ★ ★
〝キング〟 ★
〝アヤト〟 ★ ★ ★
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