第40話「五日目」休憩時間①「お話ししましょう」

「あんた、何やったのよ?」


「それを今考えてんだよ……」


 テーブルから壁際に移動し、孤独に頭を抱えていた〝ゼロ〟に〝レイア〟が声をかけてくる。


 まるで〝ゼロ〟が何かのヘマをやらかしたような口ぶりだが、当の〝ゼロ〟にはまったく身に覚えがない。


 なぜ〝ゼロ〟だけが三つもの星を付けられてしまったのか?


「はやく何が「タブー」なのかを調べないと……」


 頭を抱えていても仕方がない。とにかくなにが「タブー」に当たるのか考えなければ……。


「でも、このままあのガキ調子に乗せていいの?!」

 

 〝レイア〟は焦りを含む――というより、むしろ〝ゼロ〟焦燥を煽るような声で言った。もしかしたら〝ゼロ〟の方でそう聞こえてしまっただけかもしれない。


 〝ゼロ〟は無言でかぶりを振る。


 分かっている。当然ダメだ。俺たちが生き残るのには、早急にこの二つの問題(タブーの謎と〝アヤト〟のチート)を何とかしなけりゃならない。


 どうする? どちらを優先して解決していけばいい? そもそも、解決できるのか? 


「だいたい、なんなのあのカード。反則じゃん一人だけ」


 頭を抱える〝ゼロ〟を余所に、腕を組んだ〝レイア〟は唸るような声を上げた。


 ごもっともな意見だ。


 あからさまな特別仕様のチート・カード。どう考えてもランダムに割り振られたカードじゃない。


 あの〝シード〟よりもよっぽど優遇されているといっていい。だいたい、勢いに任せて言ったが、「特別枠」ってなんだよ。


 本当にそんなものがあるのだろうか? あの〝シード〟の言う所には……いや、アイツのはただの誇大妄想だったけど、〝企業〟へのプラチナチケットとか言ってやがったな。


 だが、〝アヤト〟はまだ中学生ぐらいだ。いくらエリートでも就職の為にこんなゲームに乗り込んでくるか?


 ……絶対にない、とは言い切れないが、どうもその線は薄そうに思える。



 そもそも、〝アヤト〟はなぜこんなゲームに来たんだ?


 前は学校の先輩にそそのかされて「夜更かし」をした、なんて言ってたけど、アレはウソだったという事になる。


 ……まー、その辺はお互い様だった訳だけどさ。


 とにかく情報が欲しかった。考えてもみれば、〝ゼロ〟は〝アヤト〟のことを何一つ知らないのだ。


 こうなると、今からでも〝アヤト〟自身の素性に切り込まなければならないのではないか。


「アタシは嫌」


 しかし、〝ゼロ〟が提案すると開口一番、〝レイア〟は言い放った。お前さぁ……。


「俺だって嫌だっつーの。騙されて殺されかけてんだぞ?」


「なら、なんでそもそもになんのよ? またアレとお近づきになりたいとか思ってんじゃないでしょうね」


「馬鹿言うなよ!」


 そんなことはあり得ない。今はもうアイツを美少女だなどとは思えない。あれは人間じゃない。悪魔だ。それが何で……


 しかし、〝レイア〟は一変、けらけらと笑う。


「じょ―だんだし」


「……ッ、…………あ、そう」


 ですよねー。ってこのバカ! こんな時に言っていいことと……。


 と、ここで溜息を吐こうとした〝ゼロ〟の、眼前、さらには眼窩の奥底までをものぞき込まんとするかのように、〝レイア〟は真顔でゼロに肉薄してきた。


「ふぁッ!?」


「一応聞くけど。ほんとになんもないんでしょうね?」


「……ななないです。はい。いやマジで」


「なら、いーけど。――で、時間ないけど、本気でやんの? その、じょうほー収集っての」


 〝レイア〟は素知らぬ風に言葉をつづけた。


 っていうか、なんだよ今の圧力は。今までに感じたことのない種類の恐怖だったぞ。


「……ああ、行くしかない」


 よくわからんが、じっとしてても状況は良くならないんだ。今は、とにかく、「今」を動くしかない。


 いよいよ意を決した〝ゼロ〟は壁際から、自分の席に着いたままの〝アヤト〟の元へ向かって歩き出した。


 その後ろを、妙に神妙な顔つきで〝レイア〟が付いてくる。


 何のかんの言ってお前も来んのな。……喧嘩しなきゃいいけど。


 正直一人で行くよりは有りがたいのだが、それはそれとして〝ゼロ〟は別の心配も抱え込まざるを得ない。


 いざとなると手、と言うか足が出るからなぁコイツの場合。






 しかし、〝アヤト〟の周囲にはすでに幾人かの人だかりができていた。ベータたちが集まっているのだ。


 その渦中にいるのは無論〝アヤト〟と、それに向かって熱心に話しかけている〝キング〟だった。


 〝キング〟はベータを間に挟みながら、しきりに何かを言っている。


「いいなぁ~。凄く、すごくいいよ。改めて見ると、ほんとに綺麗だよぉ。その髪も、肌も、すごくいいよぉ。今までで一番だよぉ」


 口内でふやけさせてから発するような〝キング〟の声は聞き取りにくい。かなり近づくまで、何を言っているのかが解らなかった。


 ――が、分かったとしても要領を得ない。何の話だ? 情報収取にしては〝キング〟が一方的に喋ってるだけだし……。


「お、お下がりください」


 〝アヤト〟を背に負った緑のベータが〝キング〟を押し留めている。その背後で席に着いたままの〝アヤト〟は〝キング〟の方を見ようともしてない。


 これは、〝キング〟が〝アヤト〟に詰め寄っているという事なのか。


 しかしまた、なんでそんなことになる? こいつらはほぼ初対面で因縁も何もないはずだけど……。


「まー、まー。これはまだ、我々がでしゃばるような段階ではないでしょう? プレイヤー様同士の交流を阻む理由はないのではないですか」


 そんな〝キング〟を庇うように緑と相対しているのは赤ベータだ。


 この赤は〝キング〟の行動は情報を得るための行為として、ベータが介入すべきではないと主張している。……のか?


 いや、流石にそれは無理があるんじゃね―の?


 交流っていうかただの勘違いしたストーカーにしか見えねぇぞ〝キング〟コイツ


 ……ああ、そういやコイツ、〝アヤト〟のことを執拗に知りたがってたんだっけ。それで、ようやくご対面がかなって浮足立っちゃってるってことか。


 〝ゼロ〟はあの〝シード〟のパークでのことを思い出していた。なんだかずいぶん前のことのようにも思える。


 そういや、あそこで〝ゼロ〟も何やら不名誉な目にあったような、あわなかったような気がしてくるのだが……。


「そうだよぉ。僕はね、話がしたかっただけなんだ。感激だなぁ。ずっと君を見たかったんだ。初日に見たときから。君はお人形さんみたいで。あ、僕ね。子供の頃、君みたいな人形を持ってたんだよぉ。友達のね、女の子がくれたんだ。……もう、お別れだからって。……だから、すごく。君とおしゃべりがしたかったんだよぉ。感激だぁ……」


 〝キング〟はベータ達を挟んだまま、息せき切って喋りつづけている。対する〝アヤト〟は喋らず、視線を向けようともしない。


「あーらら。――お仲間?」


 〝レイア〟が諸手で〝ゼロ〟を指さしながら言う。


「違うっつーのッ」


 〝ゼロ〟は顔をしかめざるを得ない。


 そうだよ思い出したよ。ていうか知ってたよ。


 こいつのご執心具合が、まだ〝アヤト〟の本性を知らなかった頃の〝ゼロ〟と瓜二つだと、〝レイア〟に爆笑されたのだった。


 なんだよもう、忘れかけてたのにさぁ。まだ言うのかよソレ。だいたい、それじゃ俺もストーカーになるじゃねぇか。そこまでじゃねぇよ、ザッケンなよ。

 

 だが、〝レイア〟は煩悶する〝ゼロ〟を見ては、コロコロと笑うばかりだ。――まったく機嫌が戻ったようで何よりだよ!


 何がそんなに面白いんだか――まぁ、これはこれでいい。俺一人だとどうも悪い方に考えがちだからな。

 

 とはいえ、どうするか。いつまでもここに〝キング〟が居たんじゃ情報を聞き出すも何もないよな、〝キング〟コイツにも聞かれちまうわけだし……。


 というか、この阿呆はホント、何をしに来たんだ?


「どうすっかな……」


「どうも何もないでしょ」


 言って、ひとしきりニヤついた〝レイア〟は〝ゼロ〟の前に進み出た。


「何度も申し上げますが、ア、〝アヤト〟様は気分がよろしくないようです。お、お引き取り下さい」


「んん~ッッ! どけよぉぉ! ヒツジの癖に、ボクの邪魔するなよ! あとで後悔するぞぉ……」


 と、その時、イキり立っていた〝キング〟の、まるまるとした肥満体がぐるりと、縦に一回転する。


 次いで、鈍い音が響き渡った。


 〝レイア〟が〝キング〟の背後からキレのいいローキックと言うか、足払いのようなものを仕掛けたのだ。


 ……オマエ、その足癖の悪さはどこで何がどうしてそうなったんだよホントに。


 そのままもんどり打ちながら床をゴロゴロと転がった〝キング〟は、今まさに〆られるブタのような鳴き声を上げている。


 おまえ、何やってんだよいきなり!!


 〝ゼロ〟はあまりのことに身をすくませるが、当の〝レイア〟は涼しい顔をしたままふんぞり返っている。


「おや、これはこれは」


「あーら、ごめんねぇ―? 足が引っかかっちゃった」


「いけませんよ、〝レイア〟様」


 〝キング〟の御付きである赤ベータが、〝レイア〟の前に乗りだし、叱責を始める。


 ――が、そのトーンにはまるで真剣味と言うものが感じられなかった。


 明らかに他のプレイヤーに危害を加えたにもかかわらず、その生ぬるい対応に異を唱えるベータはいない。


 どうやら、〝キング〟の行動に迷惑していたのは〝アヤト〟だけではなかったらしい。


 今も横倒しになったままの〝キング〟を助け起こそうとするベータが居ないのがその証拠だろう。


「事故よ。じ・こ。――で、ウチら話していい。時間無いからさ」


 〝レイア〟は笑顔のまま、武様に転がっている〝キング〟を見下ろした。


 一方〝ゼロ〟は気が気ではない。ペナルティでも喰らったらどうすんだよ。なんなら、星を付けられちまうかもしれねぇんだぞ?


 そう思いつつ、〝ゼロ〟も転がったままの〝キング〟を見下ろす。


 しかし、床に這いつくばったままの〝キング〟は、〝レイア〟を見上げながら、怒るでもなく、――ある種の、壮絶な笑みを作って見せた。


 何かをこらえるような。それがたまらない喜悦であるとでも言うような。とにかく醜く、また形容しがたい貌だった。


 〝ゼロ〟はゾッとする。――コイツ、何を考えてる?


 しかし、〝レイア〟は一向に取り合うつもりがないらしい。ふてぶてしい態度のまま背筋を伸ばしてベータ達を押しのける。


「……何やってんだ。ペナルティでも喰らったらどうすんだ?」


「事故だっつってんじゃん」


 この調子だ。まったくハラハラさせてくれる。――だが、確かに強引ではあるが、目的を果たすためには効果のあることだった。


 〝アヤト〟はもう目の前だ。





 そして〝キング〟は何も言わずに席に戻り、ベータたちも離れた。〝アヤト〟が示唆したので緑のベータも〝ゼロ〟達に一礼して退がる。


「――お礼を、言うべきでしょうかね? この場合は」


 人払いをした後で、〝アヤト〟はゆっくりと口を開いた。憂いたような目元に疲れが見える。心労もさぞやってところか。


「いいわよ別に。気持ち悪い」


 対して、〝レイア〟は剥き出しの言葉を返す。相変わらず空気は最悪だ。


 〝アヤト〟は足を組み、肘をついて〝レイア〟と、そして〝ゼロ〟を横目で流し見る。


「同感です。親切心で来たわけではないのでしょう? 何の御用で?」


 すると、〝レイア〟は〝ゼロ〟の後ろに下がった。


 あとはお前の役目だと言わんばかりだ。そっか、ありがとよ。ヒヤヒヤ物の強行軍で場を整えてもらって、俺もやりやすいっつーの!


「――今のは、じゃないってことでいいのかな」


 〝アヤト〟は目を伏せ、〝ゼロ〟を見ようともしない。


「理解できません。この期に及んでわたくしに近づいてくるなんて……」


 言いたいことは痛いほどにわかるし、自分でもそう思うが、今はそんなことにかかずらってる場合じゃねぇんだよ。


「今も〝ツーペア〟さんと組んでんの?」


 〝ゼロ〟は、あえてぶっきらぼうに語る。嫌悪感や遺恨は、この際切り離せ。


「応える義務がありまして?」


「――そっか。じゃあ、アイツに変わろうか。まだこっち見てるけど?」


「――――ッ?!」


 自分の席に戻っている〝キング〟だったが、しかし先ほどと同じく、まるでプラムみたいな顔色のまま、憤激しているような、同時にこの上なく悦に入っているような顔で、ひたすらに〝アヤト〟を、或いは〝ゼロ〟達を見ている。


 〝アヤト〟が傍からも分かるほどに身を震わせた。しかも口元を押さええずきながら。……言っちゃなんだけど、あんまりっちゃあんまりな反応だよな。


 一方、〝ゼロ〟の背後では〝レイア〟がまた、背中をバシバシ叩きながら無言で爆笑している。――オマエ、チョット、ヤメロヨ、マジデ。


「わかりました。……少しですが、お話ししましょう」


 〝アヤト〟はそう言って、一転、にこやかに膝をそろえて向き直る。


 そして、真正面から〝ゼロ〟達に向かい、小首をかしげ、目を真ん丸にして上目づかいに見上げてくる。


 ……なんつー変わり身だ。一瞬にして年相応の人懐こい後輩みたいになってしまった。


 くそ、ここだけ見るとやっぱり可愛いじゃねーか! これがあの蛇みたいな女だとはとても思えない。


「アハハハハッ、気っ色悪いわねアンタ。でもいいんだ? アンタのことストーカーしてたのはコイツもじゃん?」


 誰がストーカーだ! いいかげんにしろよ!! ――なんだよ、お前俺のこと嫌いなんだっけ?


「ん~、流石にと比べるとマシですわね。……ちょびっとだけですけど」


 一方〝アヤト〟もにこやかに返す。


 ――いや、ちょびっとってなんだよ! と言うかなんなんだお前ら、反駁はんばくしあいながら意気投合すんじゃねぇよ!


「――といいますか、今の眼つきとか、本気で気持ち悪いのでやめていただけます?」


「そうね。今のはマジできしょいわ。アンタ顔に出過ぎ」


 えぇ……。マジかよ。いま一瞬だけ可愛いと思ってときめいちゃったのがダメってこと?


 なんだよもう、咄嗟とっさのことじゃん。知らねーよ俺じゃねぇよ本能だよソレはもう。


 〝ゼロ〟が羞恥と自責に苛まれ立ちすくむと、女たちはなぜかケラケラと声をそろえる。


 人を嘲弄してる時に限り仲いいなぁお前ら! さっきまで殺し合いでも始めそうなほど睨み合ってたとは思えねぇなぁ!


「――で? なにをお聞きになりたいんです? なぶってほしいとでもいうなら御免です。他を当たってくださいな」


 〝アヤト〟は視線を切り、そして〝レイア〟はさっさとしろと言わんばかりに〝ゼロ〟睨みつけた。ちょっと待て、俺はお前らの口撃で傷ついてんだよ!


「……〝特別枠〟がなんなのかってことさ」


 〝ゼロ〟はそれでも使命の為に切り出した。心理的に満身創痍だが構ってはいられない。


 すると〝アヤト〟は何事かを言おうと、唇を開こうとして止まり、そしていまだにじっとこちらを見ている〝キング〟をみて、溜息を吐いた。そこまで嫌か、アイツが。


「……漠然としてますわね。何を言えと?」


 来といてなんだが、まさか答えてもらえるとは思わなかった。なんだかんだ言って、あの〝キング〟がここにきてスゲェ役に立ってるな。……アイツにしちゃ不本意なんだろうけど。


「ならまずは、このゲームに勝って、お前が何を得るのかってことかな。どうせ、夜更かしでここに来たんじゃないだろ?」


「……そう言うなら、まずはご自分のことを語っては? あと、『お前』はやめてください。あり得ません」


 めんどくせぇな。俺らは敵同士だろーがよ。なんだ「〝アヤト〟様」とでも呼べばいいのか? ふざけんな!


「じゃあ、「アンタ」とでも呼べって?」


「前のように「君」と呼んで下さればよろしいですわ。あなたごとき呼ばせるのは不相応ですが、それが一番マシですので」


 …………このガキ、マジでどうにかしてやろうか。


「アタシらが欲しいのは自由」


 背後の〝レイア〟が言った。


「ああ。そうだ。俺たちの、自由だ」


 〝ゼロ〟も強く断言する。〝レイア〟の言葉に自らの心を添えるように。


 すると、これを嘲るかと思われた〝アヤト〟はしかし、真顔のまま、視線をとろりと脇にこぼした。


「……同じ、ではないですけれど。わたくしも、似たようなものです」


 意外だな。嘲笑の一つでも返ってくるかと思ってたのに。


 ――てか、同じ? なんでだよ? 特別待遇まで受けてるお前が欲しがるのが――『自由』だってのか?


「――だからこそ、負けられないんですよ」


 断じるように、〝アヤト〟は言った。


 なるほど、俺らが思ってた以上に、おまえもシリアスだったってことね。けどな、

 

「アタシらだって、そうだよ」


 〝レイア〟が〝ゼロ〟の心を代弁してくれる。

 

「――となると、もう話し合いの必要など、ないんじゃありません?」


 バカらしいとでも言うように〝アヤト〟は息を吐く。


「じゃあ、就職活動リクルートじゃないんだな?」


 〝ゼロ〟が言うと、〝アヤト〟は首をかしげる。


「何の話です?」


「いや、そう言ってる奴がいたんだよ。このゲームに勝ったんなら、誰だって〝企業〟の一員になりたがるってさ」


「冗談じゃありません!!」


 〝アヤト〟はここに来て初めて弾けるように声を上げた。そして、言ってから静かに身を正す。


「……いえ、そんなの、嫌です。――ありえません。私は、〝企業〟が嫌いですから」


 どこか、掛け値なしの本音のように、〝ゼロ〟には聞こえた。


 しかし、〝ゼロ〟には解らない。ならば、なぜ特別待遇まで受けてこのゲームに参加しているのか?


「ま、アタシらも嫌いだしね」


「それは別にどーでもいいですが……」


 分かる分かる。っと、賛同した〝レイア〟をバッサリと切り捨てつつ、〝アヤト〟は小首をかしげる。――キレるなよ? おい、キレるなよ?!


 〝レイア〟は〝アヤト〟ではなく、〝ゼロ〟の方を力任せに引き寄せる。


「ちょっと、何時までやんのよコレ!」


 そしてその憤慨を直に打ち込まんばかりに耳打ちして来る。――しかし、いまだに有益な情報など引き出せていない。


 …………そして、それからも〝ゼロ〟はいろいろと気になるワードをぶつけてみたのだが、〝アヤト〟は一向に動揺らしい動揺を見せはしなかった。


 むしろ――話し込めば込むほどに、機嫌が良くなっていくようにさえ見える。いや、なんでだよ。






 そうこうするうちに、時間が来てしまった。休憩時間はもう終わりだ


「席にお戻りください」


 ベータの声が聞こえる。――クソッ! 本当におしゃべりしてるだけで終わっちまった。


「ご愁傷様ですわね。欲しい情報ものは見つかりまして? ……あぁ、でも話し相手がいるというのは悪くありませんね。足手まといでもいないよりはマシという事でしょうか。よい教訓になりました」


 〝アヤト〟は心なしか、スッキリした顔で、朗らかな笑みまで加えてそんなを言った。


 おい、俺らホントに体の良い暇つぶしにされてんぞ。


「で? ――なんか分かったの?」


 〝レイア〟が耳打ちしてくる。確かに、情報を引き出しに来たんだから、このまま帰ったらバカみたいだ。しかし、


「――いや、ぜんぜんだ」


 〝レイア〟の溜息が耳朶をなぶる。


 しかし、いくら考えたところで〝アヤト〟攻略のヒントになりそうな事柄は見つからないのだ。むしろ謎が増えるばかりだ。


 おそらくだが、〝アヤト〟はすべてわかった上でそう仕向けていたのだろう。


 話術一つとっても、まったく向こうのほうが上手なのだ。


 そもからして、対するこちらは日常会話にも事欠く陰キャなのである。少々荷が勝ちすぎたといわざるを得ない。


「残念でしたわねぇ。――あ、でも、よろしければまた来ていただけます? 次の休憩時間もお話ししましょう」


 〝アヤト〟は〝キング〟をチラ見しつつも、〝ゼロ〟たちに対して、こちょこちょとにこやかに手招きまでしている。――余裕か!


 だが、〝ゼロ〟も〝レイア〟も何も言わずに背を向ける事しかできない。


「……舐められてるわよ、アンタ」


「俺たちが、な」


 解っている。〝キング〟を避けるための、体のいい防波堤のように扱われているわけだ。俺たちの脅威度なんて、その程度ってことか。


 くそ、駄目だ。このままじゃ攻略もくそもあったもんじゃない!

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