第37話「五日目」ゲーム会場へ

 

 この島は、このゲームは、そして俺たち二人は五日目の朝を迎えた。


 だが、今回ばかりはその日の出の瞬間に立ち会うことが出来なかった。


 昨夜、ゲーム会場にたどり着いた俺と〝レイア〟はすぐに本格的な治療と療養に入っていたからだ。


 そして真夜が終わり、現在滞在しているパークに移動して、こうして正午の日が昇るまでの時間を、ひどく曖昧な状態で過ごすこととなった。


 その間は不思議な感覚の中に居た。


 寝ていた訳ではないのだが、なんだかとてもフワフワした感じで、微睡むような瞬間が断続的に続いているような具合だった。


 そこは狭くて薄暗く、それでいて柔らかく温かいものに包まれているかのような場所だった。


 そこで、体中に打ち込まれた、錆びた釘みたいな苦痛を丁寧に抜いてもらっているような、そんな感じだった。


 まるで、何日もの間そうしていたかのようだった。


 そしてその羊膜に包まれたような時間から覚醒すると、俺たちはロープウェーの先にあったパークで、一日ぶりにあのオメガ達に再開することとなった。


 俺たちが唯一、あの地獄から救い出すことが出来たオメガ達だ。


 彼らはボロ雑巾のようになった俺たちを、今の今まで献身的に介護してくれたらしい。


 彼らは目覚めた俺に口々に感謝を述べてくれた。どこまでが彼らの意思だったのかはわからないけど、俺も自然とありがとうと返してた。


 お互いにありがとうってなんか間抜けだったけど。悪い気はしなかったよ。


 そして夢見心地のまま食卓に招かれた。

 

 正午の陽光に染まった白いテラスだった。それまでずっと曖昧な感じが続いていたせいで、気が付いたらそこに居たように感じられた。


 確かに自分の足でこの食卓に着いたはずだったんだけど、それが何だか他人事だったような気さえしてくる。


 この光景は現実なのだろうか? 昨日のことは本当の事実だったのだろうか? 記憶をたどるのが億劫だった。


 疲労や疲弊が問題なのではなく、この空間そのものと、感じとる事の出来る全てから、あの惨劇は隔絶し過ぎている。


 〝ゼロ〟が席に着くと、オメガ達は次々と料理を運んできた。


 それらはまるで日の光に彩られるような、煌めいているようにも見えた。


 この島で振るわれる食い物はどれも贅を凝らしたものばかりだったが、今日のこれは殊更に特別に見えてくる。


 何せ丸一日半ほどの間、ろくなものを食っていなかったわけだから、それも当然だろう。


 だが、〝ゼロ〟はしばらく料理に手を付けなかった。


 嫌と言うほど腹は減っているのだが、流石にひとりで食える量じゃない。つまり、これは一人分の食事ではない。


 だから、〝ゼロ〟は待つことにした。ここにあるのは二人分の飢えた人間用の料理だ。


 どうせなら、二人で食べたい。


 自然とそう思えた。


 すると、間もなく〝ゼロ〟と同様にガウンのようなものを羽織った〝レイア〟が姿を現した。


 視線が合ったが何を言うでもなく〝レイア〟は席に着いた。


 〝レイア〟も何かまぶしい物でも見つめるような視線をテーブルに落す。


「なによ」


 それを、「わかるわかる」と、目を細めてみていた〝ゼロ〟に、〝レイア〟はすねるような声で言った。


 言い方は以前と変わらなかったが、その語調はずっと柔らかくて、嫌みの無いモノだった。


「何でもない。食おうか」


 〝ゼロ〟は言った。しかし、まだ〝レイア〟を見ていた。精神を苛むような記憶が消えていく気がした。


 一緒の食卓に着く〝レイア〟の姿に、何とも言えない安堵を感じていたのだ。


 自然と微笑んだ。


「食べないの?」


「一緒に食うのって久しぶりだからさ」


「アタシは、覚えてない」


 そっか。


「いいから、食べな」


「うん。食おう」


 ゆっくりと、そして噛みしめるように、俺たちは食事を楽しんだ。






 話題はないわけではない。ゲームのこと、オメガ達のこと、これからのこと。話すことはいくらでもあったが、そういう事は話題に上がらなかった。


「なんで、ここに来てからずっと一人で飯食ってたんだ?」


「ここに来てからじゃなくて、もうずっと。……誰かと食べんのが嫌だったから」


 それとなく聞いてみると、〝レイア〟はそんな事を言った。


 なんでだよ? ぼっち飯ってのは、陰キャにとっても過酷な環境なんだぜ? なにせ、俺でさえ、学校では別に仲もよくない連中と一緒に飯食ってたぐらいだし。


「見張られながら食べたくないだけ」


「なんだよ、それ……」


 〝ゼロ〟が漏らすと、〝レイア〟は押し黙った。


 見たところ、別にへんな食べ方してるわけでもない。というか、むしろ昔はにモノ食うやつだったのにな……


が気にらないんだってさ。うちの親」


「……そっか」


 それで、家を出たとか言ってたもんな、お前。

 

 それからどうしていたのか。


 十代の女子が、一人でどうやって生きてきたのか。いろんな想像が頭の中を駆け巡ったが、〝ゼロ〟は何も言わなかった。 


「だから、久しぶりかも。――誰かと食べんの」


 沈黙を破ったのは〝レイア〟の方だった。


「美味い?」


「うん」


「そっか」


 なら、いいよ。余計なことまで言わなくてもさ。

  

 そのまま、俺たちは静かに食事を終えた。







 夜は更け、真夜の時間となった。


 俺たちはベータを従え、ゲーム会場へ向かうこととなった。 


 準備は万端と言ってよかった。なんなら、初日よりも気力・体力的に充溢していると言っていいくらいだ。

 

 何より、今の俺たちには15人程度のベータ・シープが付き従っている。


 それは同時に、所有するレア・カードの数をも表す。このゲームにおけるレアの約半分を、俺と〝レイア〟が占有している状態だ。


 そして本来〝シード〟戦での勝利から獲得できるはずだったチップも〝レイア〟に加算されている。


 あのゲームは結局中断されてしまったわけだが、これらの判断はベータたちの話し合いで決まったことらしい。


 生き残ったことへのご褒美、温情ってとこなのかな。案外〝ゼロ〟たちに同情してくれたベータが多かったということなのかもしれない。


 まぁ、多少胡散臭くもあるが、経緯はともかくとして心強かった。


 これは追い風だ。もはやチップの過多が絶対の要素とは言えないが、それでもあった方が良いには違いない。


 レア・カードとチップは俺と〝レイア〟で折半し、半々に分けることとした。


 二人で協力できるかもわからないし、何があるかわからない。


 なので、お互いのプレイスタイルに合ったカードを選ぶこととしたのだ。


 さらには今回も、「ゴールド・イクリプス」で出来る限りレベル2・レベル3の特典も得られるだけ得ておいた。


 引き続き、これを使って優位に立とうというのが〝ゼロ〟と〝レイア〟の基本となる戦略だ。


 今夜のゲームがどんなものになるかはわからない。できるだけ万全の状態で臨むしかない。 


 そして。真夜の時間となり、ベータ達に連れられた俺たちはロープウェーで五日目のゲーム会場まで向かう事となった。


 とはえいえ、残りのプレイヤーの人数から言って、今夜ゲームができるかどうかも怪しい。


 実はこの時点でゲームにに残っているプレイヤーは俺たちを含め、なんと5人だけとなっていたのだ。


 脱落者は随時確認することが出来るから、二日目と同様に昼間の内に確認したのだが、この五日目の時点での脱落者の数はなんと26名。

 

 正直、もはや実感が湧かない。この26という数は何を意味していると言うのだろう?


 本当に、これが脱落した人間の数なのか? いや、死んだとは限らないんだったな。狗やオメガになってしまっているだけなのかもしれない。


 だが、それが何の慰めになろうか。


 自由意志を奪われオメガとして存在を捻じ曲げられることは、ある意味死よりも恐ろしいことと言える。


 そんなこと、これ以上やらせてたまるか!  


 みんな解放して、家に帰してやらないと……。


 ひとり、握りしめた拳と胸の内を震わせながら〝ゼロ〟は〝レイア〟を見る。


 なによりも、〝レイア〟をオメガに変えさせることはあってはならない。――無論俺もだ。


 〝レイア〟もそう言うだろうし。どっちかを見捨ててってのは違う。


 俺たちは二人でこのゲームを勝ち上がる。こんな状況だからこそ、妥協は無しだ。


 俺と〝レイア〟とそしてオメガ達全員。――俺は誰の命も、人生も、何一つ諦めるつもりはない。





 気持ちがはやる〝ゼロ〟はロープウェーの中で白ベータに質すような声を掛けた。


「この先の会場って、どんなところなんだ?」


「……と言いますか、このロープウェー自体が、今から向かうゲーム会場の設備の一部、なのだとお考え下さい」


「一部?」


「はい。それから、ちょうど良いとも思いまして、他のベータとも連絡を取り、残った全てのプレイヤー様を、これから向かう会場に集めてあります」


 白ベータが事もなげにそんなことを言った。おい、初耳だぞそんなの。


「はぁ?」 


「ちょうどいい、ってなんだよ?」


 〝レイア〟と〝ゼロ〟が続けて不満げな声を上げた。だからさ、そういう事はもっと前に言っとけっつーのッ。


「残りのプレイヤー様がちょうど5名でいらしたので、ある会場をピックアップいたしました」


「すなわチ、今宵の内ニ「決着」が付ク可能性もあル、という事ダ」


 背後にヌッと立っていた黒ベータが続けて言った。


「……ッ」


 〝ゼロ〟は何事かを問いかけたが、それ以上は何も言わなかった。


 いきなりのことで少し動揺したが、それ自体はむしろ良いことかもしれない。幸か不幸か、俺たちは今万全と言っていいコンディションだ。


 傍らの〝レイア〟を見る。〝レイア〟は〝ゼロ〟の動揺を知ってか知らずか、それでも揺るがぬ覚悟の視線を向けてくる。


 構わない。むしろ好都合だとでも言うように。


 対して、〝ゼロ〟も確信を秘めた視線でそれに応える。


 そうだな。難題に立ち向かうなら、行き先不透明な明日ではなく、今こそが最善。〝ゼロ〟もまたそう結論付けた。


「このロープウェーの先、終着地点にある会場こそ、この「5」をキーワードとした特殊ルールを持った会場なのです」


「特殊ルール、ねぇ?」


 にしても、また、厄介な展開が用意されてるみたいだな……。


「キーワードって何?」


 〝ゼロ〟が固い声でいい、〝レイア〟が率直に問うた。


「まず、単純に「参加するプレイヤーがきっちり5名」でなければゲーム自体が成立しない作りとなっております」


 なんだよソレ。それで、ちょうどいいから俺らを其処に集めたってわけか。


 〝ゼロ〟は黙したままの喉を強張らせた。やはりコイツ等は俺たちを人間として扱う気はないらしい。――もっと前から、わかっていたことではあるが。


 〝ゼロ〟は改めてこのベータ達が、何か自分たちとは別種の思惑を持って動いているのだという薄気味の悪さを感じていた。


 コイツ等は決して味方ではない。敢えて突きは成す必要はないが、決して信頼を預けられる手合いではないのだ。


 白ベータの細い背中を睨み据えていた〝ゼロ〟の手が、その時何かに捕まえられた。


 〝レイア〟だった。〝レイア〟の細く、そして熱い血の通う手だった。それがしっかりと自分の手を握っている。


 〝ゼロ〟は〝レイア〟を見る。熱い鼓動が、脈打つ命が、叱咤するかのように伝わってくる。


 「――勝つよ」


 〝レイア〟が言う。強い、と言うよりも熱い言葉で。


 〝ゼロ〟も決意を込めて、〝レイア〟の手を握り返す。


 「ああ、勝とう」





 夜に沈むような終着にたどり着いた。誰も、何も言わなかった。ゴンドラを降り、俺たちはその会場へ踏み入った。


 仕切りや壁のない、広く明るい空間には大きな五角形のテーブルが置かれており、そこにはすでに3人のプレイヤーが会場入りしていた。


 五角形のテーブルに備わる五つの角には見知ったボックスが据え付けてあり、そこに五人のプレイヤーが陣取る形になっている。


 〝ゼロ〟と〝レイア〟は手を取り合ったまま、無言で空いている角のボックスの前に移動した。


 そして〝ゼロ〟は同じくテーブルを囲むプレイヤー達の顔を見眇める。


 喉が、戦慄くように震える。――正直、心穏やかでいられる自信はなかった。


 なぜなら、この会場内で彼らを待ち受けていたのは〝キング〟〝ツーペア〟、そして〝ゼロ〟にとっては二日目の夜以来の邂逅となるプレイヤー〝アヤト〟だったからだ。


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