第34話「四日目」「狼」攻略戦 縦横無尽


 壁を登り始めて、はや数十分。――いや、体感的な意味で言うなら、すでに数時間はこうしているような気にさえなってくる。


 く、苦しい。先ほどまでの「何とかなるのではないか」、という淡い期待は今にも枯渇しそうになっている。


 どうも、昨夜のレベル3相乗による無敵感の印象が残っていたらしい。


 残念ながら、現実はこんなもんだということだろうか。


 とはいえ、この「オハダペタペタ」の効果、これ自体は大したものなのだ。本当にどこへでも張り付くし、思うだけでパッと離れることができる。


 そう、だから登り始めは良かったのだ。握力が必要ないから、思いのほかサクサク登れてしまった。そして、それがマズかった。


 途中、筋力・体力的にきつくなってきて、これはまずいのではと思いはじめた時には、結構な高さまで昇ってしまった後だったのだ。


 と言うか不用意に下を見るんじゃなかった。マズイことになった。


 あれだ。猫が木に昇って降りられなくなってるやつ。あの状態と同じだ。


 なんてことだ、今更かもしれないが俺はアホなのか!?


 などと憤慨しつつも、しかしここから一度降り、そしてもう一度上を目指すという訳にもいかない。


 時間的体力的なロスが致命的なものになってしまう。


 よって、ここは歯を食いしばり、なおかつ情けない声を上げながらでも、一気に登り切ってしまうしかないかった。


 とはいえ、辛い。とはいえ、キツい。シャレにならない。


 たかが数十分だが、この肉体的苦痛というヤツは、本来なら一瞬だって御免こうむりたいものだ。


 それが数秒でももう辛い。数分なんて拷問だ。数十分なんてありえない。


 本来ならこうなる前にさっさとギブアップするのが〝ゼロ〟のやり方なのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。


 〝ゼロ〟が行かねば、ここに残っているオメガ達は間違いなく皆殺しにされてしまうことだろう。


 だから〝ゼロ〟は行かねばならない。なんとしても。







 そうして、泣き言を叫び続ける己自身を幾度となく叱咤激励し、前向きに励まし、さらに奮い立たせること十数分――〝ゼロ〟はようやく城壁の最上部に手を掛けるに至っていた。


 体力的にはしんどいどころではなかったが、それでも途中からコツのようなものはつかめて来ていた。


 どう手を掛ければいいのか、どう休めばいいのか、少しずつ、少しずつ分かるようになってきた。


 掌だけでなく、腕全体、とにかく密着する皮膚の面積が多い方が身体を固定しやすいので、なんというか、自分自身をこんなふうに形容したくはないのだが、つまり、ナメクジの様にべっったりと全身を張りつかせて、垂直な壁を乗っていく。


 密着するのに邪魔なので、上着も脱ぎ捨て、上半身裸になって、全身で壁に張り付く。


 手や足だけではなく。腕も腹も胸も、或いは顔面もつかって、身体を固定する。


 全身汗だくでまさしくナメクジの様相だったが、なりふり構っている場合ではなかった。


 ――とはいえ、まぁ、ひどい格好だったことだろう。見てるやつが誰もいなかったのがもっけの幸いというところだろうか。


 そして休んで息を整えては、少しずつ、少しずつ上に進み、ようやく、にたどり着いた。


 城壁の上、酸鼻を極める光景が広がるその場所に、〝ゼロ〟は全身を投げだし、汗まみれの身体を横たえる。


 と、とにかく――よかった。何とかなった。


 大見得を切っておいて、結局壁を登れませんでした、という情けない事態だけは何とか避けることが出来た。


「けど、二度と、――二度とやらねぇぞ、こんなこと……」


 仰向けになったまま、曇天に恨み言混じりの、一呼吸半ほどの安堵の息を吐く――が、いつまでも休んでいる場合ではない。


 〝ゼロ〟は年寄りみたいな声を漏らしながら身体を起こした。


 全身が悲鳴を上げているようだ。できることならこのまま、明日の昼過ぎまで寝ていたかった。


 だが、何よりも彼の心が、それを許さなかった。〝ゼロ〟は姿勢を低くして城壁の内部を見下ろす。


 ――まずは、「狼」の居所を確かめなければならない。






 〝ゼロ〟は用心して城壁の中を見下ろす。そこには独特の街並みが広がっていた。

 

 他のパークの様に広間のようなものが無く、通りも狭い。そもそものパークの面積が狭いからかもしれない。


 その四角く区切られた敷地に、これまた四角い小さな建物がびっしりと、ひしめく様にして詰め込まれている印象だ。


「なんか、モザイクみたいな場所だな……」


 まぁ、とりあえず隠れる場所はには困らなそうだ。


 と、一人確認するように呟いた〝ゼロ〟は周囲に何者の眼もないことを確認して、下に降りることにした。


 用心はしなければならないが、時間をかけることも出来ない。


 慎重に、素早く行動するのだ。〝ゼロ〟はさっき「狼」が上がってきたと思われる、城壁に刻み込まれたような形の階段を下りていく。


 とにかく、「狼」に見つかる前にオメガ達と接触を図りたい。







 〝ゼロ〟が先に見つけたのは「狼」だった。このパークの「工房」だろうか? ――デカい工具なんかがゴチャっとした、ガレージみたいな場所で何かをしているらしい。


 開け放たれた出入り口から、歪な影が緩慢な反復運動を繰り返しているのが見える。――なんだ?


 分かった。――「杭」だ。デカイ生木、つーか丸太を何かで、がりがり削って、「杭」を作ってやがるんだ。


 恐らく――いや、間違いなく新しい案山子造りのための杭を!


 ったく、余念のねぇことだなオイッ! 少しは休め! てかサボれっつーの!


 〝ゼロ〟はその光景にゾッとしつつ、一人悪態を吐く。それでも奥歯が鳴るのを止められない。


 だが、――アレを作ってるってことはまだ、大元の材料――つまり、オメガは残っているってことだ。


 どこにいる? おそらくはあいつの居る工房から、そう遠くないところに居るはずだ。


 〝ゼロ〟は「狼」の死角になるように遠回りをして、その工房の近くまで足を運んだ。


 どこだ? オメガ達はどこにいる? 閉じ込められてるのか? そう言えば、檻みたいな場所に閉じ込められてる場合を考えてなかった。


 しまったな。あのサバイバルツールを持って来るんだった。武器にはならなくても檻ぐらいは壊せる代物だったのに。


 一人、物陰で顔をしかめていると、不意に視線を感じた。


「プレイヤー様!? ――ですノン?」







 そこは小さな、納屋のような小屋であった。


 ガレージとは道を挟んで反対側にある建物で、竪穴式住居の様に一段下がった床は薄暗く湿っており、決して居心地の良さそうな場所ではない。


 何かの貯蔵庫のようなところか?


 だが男女関係なく10人余りも押し込められているオメガ達はそこにじっとして、ただうずくまっている。


 そこは決して檻などではなく、扉も粗末なもので出入りも自由だ。しかし、オメガ達はじっとして息をひそめている。


 きっと、逃げようとしても無駄だと悟ってしまっているのだろう。


「――シッ!」


 〝ゼロ〟は、小屋の入り口に近づき、彼を見てさわめき立とうとしたオメガ達を制した。


 そして静かに声を掛ける。みんな傷だらけの血まみれだが生きてる。――ちゃんと、生きている。


「細かいことは後だ。まず、聞かせてくれ。あのロープウェーは動かせるか?」


「出来ます。あそこの――出城のところまで上がっていけば」


 一人のオメガが応えた。出城とはパークの背面後方に突き出しているタレット部分のことだろう。ロープウェーはその最上部に設置されているのだ。


 ――良し! ここまでは「良い」ぞ。〝ゼロ〟は強く頷く。 


「ですが、「券」が無ければ、動かすことはできませんノン」


 申し訳なさそうに、しかし揺るがしようのない鉄則を語るように、脇のオメガが言った。


 他のオメガ達も同じように首肯する。


 この非常時に何を――と、事情を知らなければ激昂していたかもしれない。しかし、〝ゼロ〟にはもう、すべて解っている。


 ゲームのNPCみたいなもんなんだよな、お前ら。


 どれだけ嫌でも、どんな状況でも、が優先されるように、設定されてるんだろ?


 解ってるよ。つらいよな。こんな時に、言いたくもない頓珍漢トンチンカンなセリフ言わされて。


 自分の行動や発言を誰かに捻じ曲げられるなんて。


 辛すぎるよな。


「申し訳ありません」


 叱責を予想してか、オメガ達は揃って首を垂れる。


「良いんだ。それが分かればいい。――安心しろ「券」はある。それに、お前らに嫌なことなんて絶対させないから」


 〝ゼロ〟は、オメガ達を縛っているを押し退けんとするかのような、重く、低く、そして掠れるような声で言った。


 そして思う。やはり自分が、――「狼」を引き付ける役は自分が、一人でやらなければならない。


 すれば彼らは嫌でも付いてきてくれる。


 だが、駄目だ。もしも連れ立っていけば、彼らはその意に反して〝ゼロ〟の盾となって立ち回り、次々と命を落とすことになるだろう。


 だから、駄目だ!


 〝ゼロ〟は不安と不可解さに曇るオメガ達の顔を一人一人、じっと見つめた。


「絶対、お前らを全員助けてやる。あの「狼」からも、も!」





「隠れてください、プレイヤー様!」


 唐突に言われて、そこで初めて、〝ゼロ〟にも近づいてくる足音が聞き取れた。


 「杭」を造り終わった「狼」がこちらに来たのだ。


 〝ゼロ〟はとっさにオメガ達の押し込まれている納屋の奥に身を隠して難を逃れる。


 近づいてきた異形は、呻きも漏らさず、ただ虚ろな視線であらぬ一点を見据えたまま中に入りこんできた。


 自身を覆い隠すように身体を重ねたオメガ達の間から、〝ゼロ〟はそれを間近に盗み見る。


 その「狼」の凶悪な威容は、再び〝ゼロ〟を怖気づかせるのに十分だった。


 ――ったく、何度目だよ! 何度同じものにビビれば気が済むんだお前は!? ――クソ、そうは言っても、やっぱこぇぇ物はこえぇっつーの!


 〝ゼロ〟は何度目かもわからない弱音で口内をいっぱいにして身を震わせる。


 だが、その怖気はひきつるような悲鳴に掻き消された。思考が、もはや慣れ親しんだ感情で真っ白に塗りつぶされていく。


 オメガはひときわ小柄な女のオメガの髪を乱暴に掴み上げ、納屋から引きずり出そうとしているのだ。


 ――また、やる気か! やる気なのか!? アレを!!

 

 とっさに前に出ようとした〝ゼロ〟を前のオメガ達の背中が押し留めた。


 また一人、仲間が連れてかれちまったってのに。それでも、コイツ等は、〝ゼロ〟を、プレイヤーを優先してしまう。それが役目だからだ。


 ――辛いよな。なのに俺が、こんなところでビビってんのは、よな!


「――いいか!」


 「狼」がオメガを引きずるようにして行ってしまうと、〝ゼロ〟はすかさず声を上げた。


 オメガ達へ口早に告げる。


 自分が「狼」をおびき出すから、その間に城門を開けること、そして外に居るプレイヤーの指示に従うこと。


「危ないですノン!」


 と、オメガ達は口々に言って、ならば自分が囮に、とかって出てくるが、


「いいや。俺は――絶対にそんなはしない。言わないし、言わせない!」


 〝ゼロ〟は断固として言い切った。その語調にオメガ達は困惑しながらも反論することはなかった。


 そうだ、これはあくまでも「プレイヤー」の命令なんだ。どれだけ不合理でも、お前たちはそれに従えばいい。


「お前たち、みんな助けてやる。――いいか、俺よりもを優先して動け。すくなくとも、俺の命令を聞いているうちは、だ。良いな!」


 〝ゼロ〟は続けざまに、そして声をひそめるのをやめて言い放った。


「いいか、――言うとおりにしろよ。みんな、助けてやる。――みんな、家に帰してやるからな!」


 そして、〝ゼロ〟は勢いよく納屋から飛びだした。






「止めやがれ、このクソヤロウ!」


 〝ゼロ〟が言い放った時、「狼」は既にオメガの腹部を生きたまま切り開こうとしているところだった。


 その光景が、未だに怯えと恐れに縮こまっていた〝ゼロ〟の心胆を、熱く震わせた。


 ――二度と、俺の前で二度と、そんな事はさせない!


 突如として現れた〝ゼロ〟を見止めた「狼」は捕まえていたオメガを投げだし、目を剥いて絶叫した。


 おーおー、何が言いたいのわかんねーけど、とにかく激怒してんのは良くわかった!


 〝ゼロ〟はすぐに踵を返し、「狼」に背を向けて走り出した。


 ったく、そこまで怒ることないんじゃねーの? ――けど、良い。これであのオメガを助けることが出来た!


 「狼」は絶叫しながら追ってくる。ま、当然だろう。これは予定通り。


 〝ゼロ〟は一度、ロープウェーがある崖側の方へ進路を取った。


 本当ならロープウェーがあるのとは反対側の、正門の方へコイツを誘導したいところだが、今はまず正門を開けて〝レイア〟を中へ入れてもらわなけりゃならない。


 そして〝レイア〟とオメガ達が移動したのを見計らって、今度はコイツを正門の方へ誘導し、その間にロープウェーを動かせるようにしてもらう。


 それからこの「狼」を出し抜いて〝ゼロ〟もロープウェーに拾ってもらい、コイツを置き去りにしたまま向こう岸へ渡る、と。


 ――――うん、無理じゃね?


 いや、改めて、この期に及んでだが、流石に無理じゃないか? この作戦。


 ――しかし、〝ゼロ〟がしくじれば、〝レイア〟はまた、生き残った十名ほどのオメガ達を「足止め」に使い、逃げるだろう。


 そう、公言していたのだからやる。アイツは、当然、それをやるだろう。


 ――こんなところで、出来ないとか言ってる場合ではないのだ!  


 出来なくてもやるしか、成功させるしかないのだ!

  

 考えろ! 自分の持っているすべてを使ってこのミッションを達成するんだ!!


 だが、自分に何がある? 俺なんかに何が出来るっていうんだ!?


 元から、すっからかんだってのは解っている。だが自嘲している暇はない。あるものを使うしかない。


 まず――余り物のレベル3による、中途半端な身体強化。


 他に在るとすれば「ショートスリープ」の能力。あとは? あとは何がある? マンガやゲームの知識か? 他にないのか?


 無いよ! 知ってる。何にもない。だからこの島にきて、こんなことになってんだ!


 何もできない。――知ってる。もうイヤと言うほど、知っている。


 でも、そんなこと言ってられないんだ! ! できるできないじゃない! やるしかない。やるんだ!


 使えるものをかき集めろ。自分には何ができる?


 あるのはマンガやゲームの知識。

 

 ゲームだ。そうだ、ゲームは大好きだ。ずっとやってきた。勉強よりもこっちの方が得意。――なら、この状況をゲームだと思って整理しろ!


 その時、石畳を全力疾走する〝ゼロ〟の顔のすぐ脇を、赤熱する音波の塊のようなモノが通り過ぎて行った。


 目測なんてできなかったが、おそらく、確実に銃弾か何かだろう。


 この「マワリノロノロ」のレベル3をもってしても、迫り来る弾丸を正確に知覚することは難しいようだ。


 今も、ギリギリだった。ギリギリ躱せた――というより、向こうの標準が甘いから外れただけ、と言う事だろうか。


 考えてみれば、向こうだって、射撃のスキルがあるわけじゃないんだ。元はただのプレイヤーなんだから。


 となると、この迷路みたいな街並みの中を、走り回りながら正確に銃弾を当ててくることは出来ないはずだ。


 そうだ、それならこっちにも勝機が……


 ――だが、そんな〝ゼロ〟の淡い期待を裏切るように、


「うあああぁぁぁッ!!」


 今度は単発ではなく、が〝ゼロ〟を追ってきた。

 

 今度はなんだ!? 機関銃? マシンガンか? 詳しくは知らない――って言うか逃げながら銃を向けられてる状況でそんなこと分かるわけねぇよな!


 〝ゼロ〟は建物の間に逃げ込み、とりあえず弾雨の射線を切る。――ダメだ。あんなもんがあるなら射撃の腕なんて関係ない!


 やっぱり、レベル3に頼るだけじゃ対処療法にしかならないんだ。


 このままじゃ逃げることもできない。すぐに捕まる。てか殺される!


 状況を覆すには、――相手を一度、「ハメる」必要がある。そして相手の行動を鈍らせなきゃならない。


 考えろ! 整理しろ! ――状況は一対一。「戦力」の上では相手が圧倒的に有利。


 だから「からめ手」で行くしかない。

 

 ゲームの「勝ち筋」は大きく分けて二つ。「自分のやりたいことをやって勝つ」か「相手のやりたいことをやらせない」か、だ。


 これは以前、〝レイア〟にも教えた通りだ。


 自分のやりたいことを真っ直ぐにやるっていうタイプは、そもそも自分だけの「強み」ってやつを持っていて、それを相手にガンガン「押し付けて勝つ」っていう戦法を使う。「力押し」タイプだ。


 だから、大事なのは「状況」。


 いかに自分の「強み」や「得意な部分」を発揮できる状況を作るか。これが大事になってくる。


 対して、相手のやりたいことをやらせないっていう「絡め手」タイプが最も大事にしなきゃならないのは「情報」だ。


 相手が「押し付けて」こようとする「強み」と、それが最も活きる「状況」を察知して、それを作らせないようにする。


 それが生命線になる。だから、その「情報」をいかにして手に入れるかってことが重要なのだ。


 「情報戦」で優位に立つ、とはそういう事だ。


 同時に、「絡め手」を使う時に大事なもう一つのポイント。それは自分の「情報」を秘匿するってこと。


 知られないことが強みになる。


 相手のことを知り、自分のことは知らせない。


 この「情報」面で優位に立つことで、そもそも優位にいる相手とも互角以上にやり合うことができるんだ。


 いま、俺が重要視するべきはこの「情報」だ。「情報」面で優位に立つこと!


 即ち、俺は相手の何を知っていて、相手は俺の何を知らないのか。


 まずはそれを明確にしていこう!


・俺が知っていること


 まず、あいつの強みが活きる「状況」


 それは当然、圧倒的な暴力だ。取っ組み合いになった時点で俺に勝ち目はない。さらに機関銃まで持ってやがる。


 奴はそれを力任せに「押し付けてこよう」としてる。現在進行形でな!



・俺が知らないこと


 この追いかけっこに対しては、特にないと言っていいだろう。


 強いて言えばアイツが持っている武器――特に銃弾の残りがどのくらいあるのかという事。


 あまり乱発してこないあたり、案外弾切れを警戒しているのかもしれない。だとしたら朗報なのだが――現時点では確信が持てない部分だ。  



・あいつに知られていること


 俺の身体強化がさほどのものでもないってこと。つまり、俺は正面からあいつと戦えるほど強くないってこと。これは両者の共通認識だと言っていいだろう。



・あいつが知らないこと


 ここが一番重要な点だ。


 まずは当然、ロープウェーのことだろう。アイツはロープウェーが動くってことを知らない。


 それまで時間を稼げば俺にってことも、アイツは知らない。


 さらに、俺がどんなレベル3で強化されているかもアイツは知らない。


 弱いってことは知ってるだろうが、詳細については一切知らないはずだ。俺がここに居ることすら気づいてなかったんだからな。



 以上が情報面における俺の「優位」と「不利」だ。


 なら、ここから、どう作戦を立てる?


「――――ッ」


 考えながら走っていたところで、〝ゼロ〟は不意に足を止めてしまっていた。


 道が途切れている。袋小路だ。向かう先の三方の壁が塞がれてしまっているのだ。そして足を止めた〝ゼロ〟を背後から追い詰める形となった「狼」は異形の面相をニタリと歪めた。


 明らかに楽しんでいる。――クソヤロウめ!


 そこで〝ゼロ〟は吐き捨て、――銃を持ったままにじり寄ってくる「狼」に向かって、逆に突貫した。


 ビビるな――ッ。ここで躊躇ちゅうちょすれば終わりだ!


 案の定自分に向かってきた〝ゼロ〟を見て「狼」は眼を剥いたが、すぐに銃を乱射してきた。


 だが遅い。一瞬困惑した分、動作が遅れた。「体感時間」を加速している〝ゼロ〟にはそれが良く見て取れた。


 その隙を逃さず、〝ゼロ〟は「狼」の眼前で進路を変え、すぐ脇の壁に飛び付いた。


 そして、勢いに任せ


 「狼」は唖然とした様子で、銃を下げたまま、ぽかんとそれを見上げていた。


 壁昇りはさっきの一件で習得済みだぜ! 7メートルもある城壁ならいざ知らず、こんな民家程度の高さ石壁なら、目をつぶっても登れるぞ! まるで階段みたいなもんだ!


 そして、〝ゼロ〟はそのまま屋根に上ると、「狼」を一瞥いちべつした。ぽかんとしている「狼」を視線が合う。


 〝ゼロ〟はすぐに視線を切って屋根の上を走り、さらに別の家屋の壁面に飛び付いて、また屋根に登る。


 ここは建物がひしめき合っているし、手掛かりも多い。


 一方の「狼」は一拍の間フリーズした後、大気を揺るがすような怒りの咆哮を張りあげ、鋭利な爪と腕力とに任せて塀を乗り越え〝ゼロ〟追走し始めた。


 だが、片手にデカい機関銃を抱えたままでは、〝ゼロ〟ほどスムーズに屋根の上に駆け上れるわけもない。


 良し! ――ここで一気に引き離す! 〝ゼロ〟はそのまま軒を連ねている建物の屋根の上を飛び回る。


 これで、とりあえずにはなる。


 まとも戦っても勝てない相手が銃器まで持っているのだ。


 そんなヤツにじっくり追い回されたら分が悪い。だからアップダウン有りの鬼ごっこに誘い込んでやったのだ。


 奴は今、面くらって〝ゼロ〟を追いかけることしか頭にないはずだ。これでしばらくは向こうも射撃を止めて〝ゼロ〟を捕まえようとして来る。


 これでアイツの「優位」は消えた。この鬼ごっこなら同じ土俵だ。勝負にはなる!


 だが、油断は出来ない。


 そもそもの体力・筋力は向こうが圧倒的に上なのだ。ただでさえ疲弊していた〝ゼロ〟には後どれだけアイツを引きつけておけるか解らない。


 しかし問題はない。


 そもそも〝ゼロ〟にはあいつに勝つ必要などないのだ。準備が整うまで待てばいい。準備が整えば、後は〝レイア〟の援護がある。それまで耐えるしかない!


 出し尽くせ! もともと大して何も入っていないんんだ、空っぽになっても大して変わらない!









 ――おか、しい。 


 〝ゼロ〟がいぶかり始めたのは、自分の策がハマったと確信した時の「熱」が冷め始めた頃だった。。


 ――おかしい。いくらなんでも、遅すぎないか?


 それまでの攻防で、〝ゼロ〟の身体は鮮血に染められつつあった。


 どのくらいの時間が経ったのかが分からなかった。


 ただ、かなりの回数、捕まえられそこなって、爪や、刃物で皮膚を裂かれたという事。


 アイツもしびれを切らしたのか、銃も弾切れなど関係なくぶっ放してくるようになった。


 当たりはしないが、それでも、その度に身体と精神が痛々しく揺さぶられる。


 ああ、銃なんて、ロクなもんじゃない。こんなロクでもないもん、誰が開発しやがったんだ!?


 おかげで、心も体もボロキレみたいにズタズタだ。――いや、この際そんなことはどうでもいい。問題はそろそろ体力の方が限界に来ているってことだ。


 つ――捕まっちまうって、このままじゃ……。


 腕に、足に、顎にさえ、力がこもらなくなってきている。


 どういうことだ? 


 どうして、〝レイア〟の援護がない?


 確か、俺と同じ格好になって攪乱かくらんしてくれる――ん、だよな?


 にしては、遅くないか? 早くしてくれないと、マズい、事に、なる……。


 そこで、ふと、嫌な予感が〝ゼロ〟の脳裏をよぎった。


 もしかして、〝レイア〟アイツ、来ないつもりなのか?


 いや、確かに、ニュアンス的には出来たらやってみる、的な感じだったけどさ!


 この状況を見れば、手助けが必要なことぐらいわかるだろ? 


 それとも、もはや手助けの余地はないとでも判断して、自分だけでロープウェーを使う気になったのか?!


 ――あり得ない、とは思う。がそれが本当にことも分かる。


 〝レイア〟がいくら自分に厳しくてプライドの高い奴なんだとしても、こんなバケモノ相手に怖気づかない保証なんてないのだから。


〝ゼロ〟だって覚悟を決めてから何度怖気づき、躊躇したことか。


 しかし、じゃ、――じゃあ、それじゃあ本当に、俺は見捨てられたってのか?


 最終的には「そんなはずはない」――と言う希望的観測に基づいて、〝ゼロ〟は己の膝を、五体を、心を叱咤しったした。


 ――だが、心身の限界は、すぐそこに迫りつつあった。






 屋根の上から石畳の上に叩き落とされて、〝ゼロ〟は衝撃で息を止めた。


 どうしてそうなったのか解らなかった。過程がすっ飛んでいる。ミスった? 何をミスったんだ?


 それとも、一瞬、あるいは数瞬の間、ブラックアウトしていたという事だろうか?


 わからないが、多分そうなのだろう。そう思えてしまうほど、その敗北はあまりに唐突だった。


 空が見える。予想以上に綺麗な空。ずっと空を覆っていた曇天に切れ目が入り、見上げた空は青かった。


 そして青い空から赤い雨がぱらぱらと降って〝ゼロ〟の顔を打った。〝ゼロ〟自身の血だ。


 もう、駄目なんだと理解した。


 努力して、頑張って、それでどうにか巻き返せるってラインを、超えてしまったのだと理解した。


 仰向けのまま、動けずに震えている〝ゼロ〟の上に、巨大な質量が降ってきた。


 デカイ爪の生えた、汚らしい足が、〝ゼロ〟の顔を、腹を踏みつけてくる。


 踏まれるがままだった〝ゼロ〟は体中から嫌な音がするのを聞いた。

 

 骨折なんてしたことないけど、多分、したらこういう感じなのだろうという音だった。

 

 〝ソノダ〟から聞こえてきた音と同じだと思った。だが、もう恐怖は感じなかった。


 「狼」は狂ったように〝ゼロ〟を踏みつけてくる。〝ゼロ〟もなんとか抵抗しようとするが、無意味だった。


 そして、とうとう「狼」は手にしていた機関銃の銃口を〝ゼロ〟に突きつけた。


 なるほど、これなら、外しようがないよな。


 まったく、マジかよ――今回も、うまくいくと、思ったんだけど、な。


 仕方がない。絶対に助けに行くとは言っていなかった〝レイア〟を当てにし過ぎた〝ゼロ〟の過失だ。


「ここ、まで、か……」

 

 〝ゼロ〟が自分でも驚くほど凡庸な最後のセリフを吐こうとした――――その瞬間、しかし銃弾の雨は全く別の場所から発射された。


 近くの屋根の上からだった。


 驚くべきは、その銃撃が〝ゼロ〟ではなく、今まさに〝ゼロ〟を殺そうとしていた「狼」へ向けて浴びせかけられたという事であろう。


 まさか、〝レイア〟か?! と思った〝ゼロ〟だったが、その予想は裏切られる。 


 仰臥ぎょうがする〝ゼロ〟のすぐ脇に立っていた四角い屋根の上には、あの〝さくら〟が使っていたのと同じショットガンを手にした、もう一体の「狼」の姿があったのだ。


 な――なんてこった! 〝ゼロ〟は動かぬ身体を震わせて驚愕する。


 やっぱり追って来てやがったのか! それは間違いなく、あの「二日目のパーク」で殺戮のかぎりを繰り返していた「巨体の狼」であった。


 その身体は臭い立つような鮮血で真っ赤に染まっており、〝ゼロ〟達が足止めにしたオメガ達の末路を物語っている。


 奴が追ってきたのは、当然、俺と〝レイア〟だろう。


 〝レイア〟はもうロープウェーの方に行ってるはずだから、いま狙われるのは100%俺だ。


 なんてこった。完全に、もう終わりだ。この状況でもう一匹来ちまうなんて……。


 ――まぁ、どっちにしろ同じことか。一匹だけでも「詰み」だったのだし……。


 〝ゼロ〟はいいかげん諦め、身体から力を抜いた。


 しかし、アイツ、あの巨体でどうやって屋根の上まで上がったんだ? ……いや、もういいか。もう、終わりなんだ。

 

 そして、〝ゼロ〟が出来るだけ穏便な最期を、と願い始めた時だった。


 何故か、屋根の上の「狼」は、〝ゼロ〟達に背を向け、逃げ出したのだ。


 〝ゼロ〟には意味がよくわからなかった。あまりにも慮外な行動だと思えた。追い続けていた標的を前にして、なぜ今度は背を向けるのだ?


 一方、〝ゼロ〟を踏みつけにしていた方の「狼」は押さえつけるのをやめ。やおら、血をまき散らしながらそれを追った。


 〝ゼロ〟には、もう唖然とそれを見ることしかできなかった。


 そう言えばアイツが撃った散弾はこの「狼」に直撃していたのだ。


 大方〝ゼロ〟を狙ったのを遮ってしまったのだろうが、確かに狂気に駆られた「狼」同士、「ゴメンまちがった」で済む間柄でもなさそうだ。


 しかし、という事は、何がどうなっているのだろう?


「仲間、割れ――か?」


 奇跡的に一人、ぽつんと取り残された〝ゼロ〟は痛む身体を起こして、通りを絶走する「狼」を見送った。


 と言うか、俺は助かったのだろうか? わからない。だが、だが今のうちにロープウェーまで行ければ……。


 ――――いや、駄目だ。


 〝ゼロ〟は「狼」の背中を見送りながら、しかし観念するようにその場に倒れ込んでしまった。


 怪我と出血で、何よりも体力の消耗で、もうロープウェーのところまで行ける気がしなかったのだ。


 それに、〝レイア〟が先に行ってしまったのなら、「乗車券」も持って行ってしまったという事になる。


 いや、流石のアイツでも一枚くらいおいて行ってくれるか?


 ――無いな。それで俺が「狼」もろとも向こう岸にたどり着いちまったら元の木阿弥だ。


 それぐらいの計算は誰にでもできるだろう。つまり、今の〝ゼロ〟の状況はあの「狼」のことが無くても「詰み」なのだ。


 なら、無理に逃げ回らず、おとなしくヤツ等の決着を待つべきなのではないだろうか?


 恐怖心はあったが、それはそれとして、気分は晴れやかだった。


 〝レイア〟は、オメガ達を連れて行っただろう。これは確実だ。オメガを残すのも不安要素だからだ。


 置いていく理由が無い。券が無くても万が一がある。だから〝レイア〟がオメガを一人残らず連れて行ったのは間違いない。


 つまり、アイツらは助かったのだ。それは確定した。だから、よかった。


 たった10人ばかりだが、〝ゼロ〟は救うことが出来たのだ。


 生まれて初めてのことだ。誰かを救うなんて、いや、誰かの役に立つなんて、初めてだ。


 だから、よかった。――悪くない、終わりだと思えた。


 悩む必要もなくなって、〝ゼロ〟は真っ直ぐな視線で「狼」を見ていた。


 すると、何時の間にそんなところまで逃げていたのか、開放された正門の辺りにいる巨体の「狼」に、このパークの「狼」が飛び掛かるところだった。


 




 二匹の「狼」の殺し合いは、あまり見栄えのするものではなかった。


 当たらない射撃に、お互い威嚇ばかりして埒が明かない。


 あのベータ同士の格闘の方がずっとすごかった。あれは、とんでもなかったな。


 きっと今が「狼の時間」でなければ、ベータがあの「狼」共なんて、軽く畳んでしまうんだろう。


 本当に、めぐりあわせが悪かったな……。それさえなければ、まだゲームとして面体を保っていられただろうに……。


 〝ゼロ〟は再び仰向けになり、曇り模様に戻ってしまった空を見上げた。


 どっちが勝つの変わらないが、勝った方が〝ゼロ〟を殺すだろう。


 それで終わりだ。〝ゼロ〟のゲームは終ってしまった。


 特に何も浮かんでこなかった。


「プレイヤー様!」


 ただ、オメガ達が助かったんなら、それで……。


「大丈夫ですか! プレイヤー様!」 


 と、そこで空を見上げていた〝ゼロ〟に声を掛けてくる者達があった。


「――ちょ、おま――お前らッ、どうしてまだ、こんなことに……」


「ご命令ですノン!」


「さぁさ、お早く!」


 それは紛れもなく、さっき納屋に押し込められていたオメガ・シープたちだった。


 ――なんてこった。お前ら先に行ったんじゃないのか? 


 担架に乗せられながら、〝ゼロ〟は呟く。だっておかしいだろ? お前ら、何でこんなとこに居るんだ??


「――い、良いんだぞ。嫌なことは、しなくていい。やりたくないことは、しなくていいんだ……」


「そんなことありません!」


「やらせてください!」


 妙に普通の口調で言って、オメガ達は有無を言わさず〝ゼロ〟を担ぎ上げてしまった。


「そうか? ……なら…………」


 それ以上の問答は無理だった。〝ゼロ〟はただぼんやりと痛みに耐えながら、オメガ達にパークの反対側まで運ばれることになった。


 てか、なんだお前ら、やっぱ普通に喋れんじゃん……。






「――ぅおッ!?」


 気が付けば、もうロープウェーが目前にあった。


 〝ゼロ〟は跳ね起きるようにして覚醒した。なにがなんだかわからない。ただ、目の前にでかいゴンドラ(ロープウェーに吊るされている箱状の部分)を見て状況を呑み込んだ。


 しか、自分はどうなっていたのだろう? 気絶? 寝てたのか? いや、チップも使わずに寝れるわけはない――


「応急処置をしましたノン」


 〝ゼロ〟の身体に包帯を巻きならが、一人のオメガが空になった――妙にデカい――注射器を見せてくる。


 あの〝レイア〟にもらった注射アクアドロップはオモチャみたいなやつだったが、これはやたらとゴツくてデカい。


 なんだろ、初めてヘラクレスオオカブトムシを間近に見たときの衝撃と似ている。


 ……中身はなんだ? ステロイドか? いや、なんなのかは知らない方がよさそうだ。


「安静にお願いしますノン」


 反対側から別のオメガが言った。――まぁ、自分でも死を覚悟するぐらいの状態だったからな――いや、てか、俺、もしかして寝てたんじゃなくて、死にかけてたってことなのか!?

 

 改めて自覚すると、途端に体の力が抜けた。マジかよ。


 いや、死ぬんだろうなとは思ってたけど、まさか本当にそんなことになってたなんて。改めてショックだ……。


 っていうか。ったく、何度死にかけりゃ良いんだ。俺はハリウッドスターじゃねぇんだぞ?


 とりあえず、自分がどうして、どういう状況で、どういう経緯でここに居るのかは分かった。


 〝ゼロ〟は、改めてゴンドラを見る。思ったよりもデカい。これなら余裕で全員乗れる。


 オメガ達は治療をしながら〝ゼロ〟を運び、ゴンドラに乗せた。


「ああ、もういい。――それで、〝レイア〟はどこだ?」


 パークの正門は開いていた。〝レイア〟はこの中に入っているはずだ。


 さっきは、あいつが〝ゼロ〟を置いて先に言ったのかと思ったけど、オメガたちを残していくはずはない。


 だとしたら、何やってんだアイツ!


「それが、プレイヤ―様――〝ゼロ〟様を助けるようにと我々に言って、ご自分はお一人で走って行ってしまいまして……」


「はぁ!?」


 なんだそりゃ。アイツ、じゃあ、俺の援護もしないで何してたっつーんだ? てか危ねぇぞ! 今このパークには「狼」が二匹も居るんだ! 


「くそ、だれか、アイツを呼びに――」


「いるわよ」


 と言う声と共に、そこへハシゴの昇降口からヌッと顔を出したのは、血にまみれた「狼」だった。


 〝ゼロ〟をはじめ、オメガ達もみな、驚愕の絶叫を上げたのは言うまでもない。


「っさいなぁ。アタシだっつの」


 が、「狼」は〝ゼロ〟達に襲い掛かるようなことをしなかった。さらに、呆れかえったような女の声を上げた。


「〝レイア〟……か?」


 〝ゼロ〟が恐る恐る問うと、その巨大な「狼」の姿は矢庭に消え失せ、そこには〝レイア〟が立っているだけとなった。


 肉体が変化していたと言う感じではなく、何かホログラムみたいなものに包まれていたように思えた。――いや、ホログラムって。何でも有りかよ。


「――レ、レベル3か!? ――脅かすなよ!」


 〝ゼロ〟は安堵の声を張り上げた。というか、なんでその恰好のままここまで来てんだよ!


「これ、スクショした相手に変身できんだけど、ちょうどあのデカブツが来たからさ、咄嗟にやってみた訳」


 〝レイア〟は両手で自分を扇ぐ様にしながら、平然と応える。


「じゃあ、あの時の「狼」は」


「そ。アタシ」


 〝レイア〟は言って、先ほど屋根の上から「狼」を銃撃したデカいショットガンを掲げて見せた。


 ――そうか。そうかは〝レイア〟だったのか。


「あのデカブツがここに来てるのが分かったから、両方とも潰し合わせてやろうってね。てか、気付いてなかったのアンタ?」


 いや、分かるわけぇだろこんなの。――だが、これなら当然、潰し合わされた「狼」達自身もなぜそうなっているのかを知らない訳だ。


「その銃は?」


「アイツがクソみたいなことやってた倉庫っぽいとこにあった」


 〝レイア〟は若干嬉しそうに、その無骨な兇器を掲げて見せる。


 はぁ、つまりかっぱらってきたのな。ちゃっかりしてんなぁ、お前。


 そこで、2匹の「狼」が争う――と言うよりも殺し合う唸り声が、パーク中に響き渡った。どうやら向こうもいよいよ佳境かきょうらしい。


「スゲぇな。ここにきて、スゲぇファインプレーだ! ――いっ、痛ぇ……」


 とりあえず〝ゼロ〟は〝レイア〟を激励げきれいしたかったが、身体の方がそれを許してくれないらしい。


「いいから。さっさと行くよ。動かして」


 〝レイア〟はスルッとゴンドラに乗りこむと、オメガ達に指示を飛ばした。


 オメガの一人が機器を操作し、ゴンドラが動き始める。


 ゴンドラは一つだけだ。動き出してしまえば、もう誰も追っては来れない。


「良かった――これで」


 これで、これでほんとに、一息つける……。コイツ等にも犠牲を強いずに済んだ……。


「お前ら……みんな、帰してやるからな。みんな家に、かえし、て、――ッ」


「プレイヤー様、お身体に障りますノン」


 全身の痛みにうめく〝ゼロ〟に、オメガ達は甲斐甲斐しく傅いてくれる。


 相変わらず「帰してやる」という言葉の意味は解らないみたいだが、それでもよかった。


 今の〝ゼロ〟には、それが全てだと思えた。


「――これ、アンタ持っときな」


 〝レイア〟がぶっきらぼうに言って、サバイバルキットを投げてよこした。


「あ、ありがとな」


 ありがたい。自分でも信じられないほど喉も乾いて、腹も減っている。〝ゼロ〟は存分に口を湿らせ、携帯食料を噛みしめた。


 しかし、安堵の笑顔を向ける〝ゼロ〟に、〝レイア〟は、ただ眼を細めて見せるだけだった。


 なんだろうか? またよくわからない理由で機嫌でも悪いのか? 今の今まで得意げに笑ってたと思ったのだが?


 さすがに、今ぐらいは喜んでもいいんじゃないか? ようやく安心して休めるってのに…………照れ隠しか? 


 首をかしげる〝ゼロ〟を余所に、ゴンドラはゆっくりと谷間を進んでいく。







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