第31話「四日目」惨夜、明けて
闇の只中。
〝ゼロ〟と〝レイア〟の二人はゲーム会場から逃げ出したあと、〝さくら〟に先導されて来た道を辿って闇が
ゲーム会場の「出口」は閉ざされたままだったため、「入り口」から逃げ戻るしかなかったのだ。
かといって〝シード〟のパークに逃げ込むのは論外だったし、他に隠れられる当てなどなかった。
「レッド・パージ」の使用と共にレベル3の効果は消え、二人は数時間の間、こうして真っ暗な森の中で、ひたすら息を殺して日の出を待つしかなかった。
今にも背後の闇を裂いて、あの異形と化した「狼」たちが姿を現すのでは、と思うと気が気でなかった。
どれほどの間、そうして闇の中でうずくまっていたのだろう。
不意に空が白み、頭上の枝々の間を縫うようにして、細い日の光が差し込んできた。
〝ゼロ〟は周囲を警戒しながら立ち上がり、そして朝日を満身に浴びる。しみじみと、自分でも驚くほど大粒の涙がこぼれた。
チクショウ! チクショウ涙が出てくる……ッ!
この島に来てから、朝日ってものが、ありがたくて仕方がない。ほんとに身に染みる。毎度毎度…………ッ。
「――大丈夫だッ。近くには、誰もいない」
だが問題はこれからだ。
暴力の解禁は今日、四日目の真夜まで続くとされている。それまで、逃げ回らなければならないのだ。
「それより、アンタ血ぃ出てる」
「ウェェッ!?」
〝ゼロ〟が
〝レイア〟だ。周囲が闇に包まれている間は、お互い周囲を警戒してほとんど言葉も交わしていなかった。
〝レイア〟が指差すのは背中と脇腹の間の辺りだ。
暗い時は分からなかったが、言われてみると、途端に痛みが湧いてくる気がした。
「嘘だろ……血、血がッ」
気を張っていて、それどころじゃなかったのも大きいのだろう。しかし、一度意識してしまうと、もうダメだった。
患部の辺りに手を伸ばすと、生乾きの絵具がパレットの上で筆先に逆らうような、実に嫌な感触がした。赤黒い血が掌にこびり付いてくる。
さらに、改めて日の下に照らして見てれば、気が付かなかっただけで〝ゼロ〟の
急に体の力が抜けて、へたり込みそうになった。マズイ、このままじゃ死んじまうって!
「かすり傷だっての。カタくなってたせいで弾も中に入ってないみたいだし。――ちょっと待ってて」
〝ゼロ〟一瞬はパニックを起こしかけたが、傷口を覗き込んだ〝レイア〟はぴしゃりと冷や水を浴びせてくる。
よくもまぁ他人事のように言ってくれるものだ。だが、まぁ、とにかくこの際は頼りになるというべきか。
〝レイア〟は背嚢に手を入れ何かを探している。
しかし、そこに入っているのはゲームのための特典だったはずだ。
ゲームと言う「枠」そのものがひっくり返されてしまった今、こんな事態の助けになるようなものが、果たしてあっただろうか?
〝ゼロ〟が縋るように見つめる先で〝レイア〟が取り出したのは掌大の、制汗スプレーのようなものであった。
――あ、思い出した。「サバイバルキット」だっけか。
その特典のことは〝ゼロ〟も見知っている。
ただ、そもそもサバイバルの必要などないと最初から聞いていたものだから、明らかなハズレ特典だと思い込んで忘れていたのだ。
それが、まさかこんな展開になって活用の機会が巡ってこようとは!
――いや、正直そんな機会なんてこの世の果てまで巡ってきてほしくは無かったけれど。
とはいえ、この際、助かるならなんでも御の字だ。サバイバルキットならば傷口を塞ぐような用途もあるかもしれない。
よし、頼むぜ。――――って、いやしかし、待てよ?
と、〝ゼロ〟はふと思い至る。キズ口を塞ぐって、具体的にはどうやるんだ?
そこで瞬間的に嫌なモノを連想して、〝ゼロ〟は顔を蒼ざめさせた。
なぜなら、こういう時、少なくとも映画などを見た限りのつたない知識では、敗れた皮膚を、その、針と糸で縫い合わせたりする、ってことじゃあないか?
冗談じゃない! こんなところで針でぶすぶすと縫われるなんて! そして、さらに思い出したくもないのに思い出してしまう。
あるいは血を止めるために、患部を火で炙ったりする、まるで拷問のようなやり方だってあるじゃないか!
や、止めてくれ! そう言うのは俺には向いてないんだ!
「や、やっぱいい! いらない! そういうのはッ」
「なに逃げてんの? いいから、じっとしてな」
首根っこを掴まれ、〝ゼロ〟はいよいよ身を強張らせる。
恐怖のせいで目も開けていられない。
「止めて、ちょっとッ! 縫うとか焼くとかッ、そう言うのホント……」
しかし〝レイア〟は〝ゼロ〟の切なる哀願に耳を傾ける気はないようで、迷いなくキットの底部を〝ゼロ〟の腕、その肘の辺りに強く押しつけてきた。
何事かと思う間に〝ゼロ〟の腕一面に何かの文様が浮かび上がる。どうやら、キットそのものに「押し付けろ」と言う指示が書いてあったようだ。
それをざっと流し見た〝レイア〟は、手にしていたキットの側面から、なにか、――ウェットティッシュ、と言うよりも、濡れたラップのようなものを引き出した。
棒状の柄の部分をクルっと回してカットするあたり、ホントにラップのようである。
そして切り取ったそれを、喉を引き攣らせておののく〝ゼロ〟の傷口に冷やりと被せてから、今度はキットをスプレーみたいに使って何かを噴射した。
するとその濡れラップのようなものは一気に凝結して固くなり、傷口が完全に覆われてしまった。触ってみても、カチカチで剥がそうとしても簡単には剥がれなさそうだ。
「なにこれ!? いいのこれ!?」
「これでいい。――って描いてあったし、大ジョブでしょ。そもそも対した怪我じゃないっての」
〝レイア〟は、今度は自分の腕にキットを押し付けつつ、事もなげに言う。
えーっ? けどさぁ、いくらキズが小さいって言っても一応銃創ってやつだぜ、これ?
〝ゼロ〟は身体を捻って見えずらい位置にある傷を確かめる。
見た感じ、隙間から新しい血が溢れてくるようなことはない。とりあえず、キズ口はしっかり塞がっている。――としか言いようがない状態のようだ。
ずいぶん簡単に済まされてしまったので不安は残るが、これはこれで良しとするしかないみたいだ。
ああ、それにしても銃創だなんて。
まさか自分が銃を突きつけられる日がこようとは想ってもみなかった。〝ゼロ〟は改めて、昨夜自分の身に起ったことが信じられなかった。
「あと、これ」
と言って、〝レイア〟は
「何?」
「痛み止めだって。好きなとこに貼れってさ」
貼るぅ? なんだよソレ。
「いや、シップじゃねぇんだから……」
「今更じゃん? 〝企業〟が言うなら効くわよどーせ」
実も蓋もない言いぐさだが、正直〝ゼロ〟も「確かに」――としか言いようがない。
言いながら、〝レイア〟は自分も指を斬り落とした側の肩の辺りに同じものを貼っている。
そうだった。自分でやったとはいえ、お前の方がずっと重症だったんだよな。
痛かっただろうに。と、〝ゼロ〟が剥き出しになっている〝レイア〟の腕を見ていると、このシールのようなものはたちまち色合いを肌の色に合わせて変質させた。
うぉッ、スゲェな! いまさらだけど、〝企業〟の技術ってホントどうなってんだ?
「……なに見てんの?」
血に汚れて蒼ざめた彼女の肩口を見て、ただ痛々しいなと思っていただけなのだが、下手なことを言ってもあれなので、〝ゼロ〟は言葉を濁す。
「いや、そうじゃなくて! ……ハイテクだな、ってさ」
自分でもそれを確認した〝レイア〟は、嫌そうに顔を
〝ゼロ〟も気を取り直して銃創の近く、わき腹のあたりにそれを張り付ける。これで痛みが引いてくれればいいのだが。
「それと、これも。一個で一食分だって」
そう言って投げてよこされたのは黒い――何だろう?
板チョコを細かく、ちょうどシムカード程度に割ったようなものだった。
触感としては妙に硬い。完全にプラスチックだ。これ、と言われてもすぐには何なのか分らない。
「なんだ、これ?」
「〝携帯食料〟だって。二日分あるみたいだから、2人だと一日分」
〝レイア〟がそれを口に放り込みながら言う。迷いなく口に入れるな、おい。
警戒心が強そうなわりに、一度信じ込むと
一方、それよりは少々、だいぶ、いささかにではあるが神経が繊細に出来ている〝ゼロ〟としては、いろいろ
ためすがめす、それを観察してみる。
触感といい、見た目と言い、正直食べ物とは思えない。
しかし、〝レイア〟はそのまま飴でも噛むようにしてモゴモゴと頬を膨らませている。
噛もうとして噛めないような、手こずっているような空気はあるが、別に吐き出すような様子もない。
一応は食える、という事だろうか?
〝ゼロ〟も、いよいよ意を決して、それを口に入れてみる。
もとより、こんなことで迷っている場合ではないのだ。真夜まで何があるかわからないのだから。
やはり硬い。何とも言えないプラスチック感だ。
しかし、しばらく歯でゴリゴリとやっているうちに味のようなものはしっかりと感じられるようになり、何かモノを喰っているような気にはなってくる。
正直、甘いのか辛いのかもよくわからないが、とにかくえづくような嫌な刺激は感じない。
しかしプラスチックのような食感は相変わらずで、正直噛み砕くことも噛み切ることもできない。
仕方がないので、〝レイア〟共々、もごもごとそれを噛みながら話を続ける事になった。
「……つまり、こんな特典があるってことは、こういうことが普通にあり得るって、最初から想定されてたってことだな」
「だろーね。あんなカードあるなら、何処かで誰かが使うだろうってことなんじゃない」
あんなカード――「レッド・パージ」だったか。
そうだ。あのカードのせいで、このゲームのタガが外れてしまった。
もはや、この島で行われるのはゲームなどと呼べるものではなくなってしまった。
何とかして今日、四日目の真夜12時まで、本物のサバイバル――いや、殺し合いから命を拾うために逃げなければならない。
それが直視したくもない現状というヤツだった。
〝ゼロ〟は正直、改めて頭を抱えたい心境だった。安全を確保してくれるベータはいない。自分達で何とかするしかないのだ。
「……くそ、こんなことに、……こんなことになるなんて」
〝ゼロ〟は沈鬱な呻きを漏らした。
四方上下さえをも闇に囲まれ、声も出せなかった昨夜から、内心で何度も、何度も繰り返した。しかしいくら繰り返しても足りなかった悔恨の呻きだった。
「全くね。……こんなことなら無理にでも何か持ってくるんだった!! これがあるから、丸腰にさせたんだ。あのクソデカブツッッッ」
「や、ルール違反だろ。それはふつうに」
〝レイア〟も同じく憤激をまき散らすが、どうやらその宛先は〝ゼロ〟が思っているのとは少々違っているようだ。
察するに、〝レイア〟は当初からこのゲームに何かしらの防犯グッズ(程度であってほしい)を持ち込もうとしていたらしく、それがベータに取り上げられたのを憤っているようだ。
〝ゼロ〟は辟易した目で〝レイア〟を見る。
重ね重ね、呆れたヤツだな。そもそも、なんでゲームすんのにスタンガンや催涙スプレーが居るんだよ。
しかし、対する〝レイア〟は顎を突き出して、刺すような具合で言葉を浴びせてくる。
「――ハッ。いまさら何言ってんの? 普通? ルール? そのルールが守られるっ、て保証は誰がしてくれんのよ? 〝企業〟? どんだけ信用してんのよ。世の中こんなにして、アタシらをこんな目に合わせてんのが誰だかわかってる?」
〝ゼロ〟は黙り込んだ。そう言われると言い返しようがない。
確かに〝企業〟がこのゲームで行っていることは、あまりにも法外で、常軌を逸している。
営利目的で運営されている普通のアミューズメントパークやソーシャルゲームの延長として考えていいはずがなかった。
だが、しかたがないのだ。〝ゼロ〟は〝企業〟の思惑など、正直考えたこともなかったのだから。
それは自分になどどうにもできないことだし、考えてもしかたがないことだった。
ただ、自分にとっての都合のいい場所を期待して、何も考えずにこの場に来ただけなのだ。
浅はかだったと何度思い返したことだろう? いまもそうだ。こんな場所に来てしまったことを、心底から悔やんでいる。
もはや〝ゼロ〟にも、このゲームが自分の期待したようなものではなく、ろくでもないものだと判断はついているのだ。
ただただ、悪辣で、残酷なだけの見世物。そんなものに信を置くことなど出来るハズが無い。
〝レイア〟の言う事はもっともだった。だから、これ以上の罵倒も甘んじて受けるべきだと思い直して口を噤んだ。
「……」
しかし、悄然と黙り込んだ〝ゼロ〟に〝レイア〟はそれ以上何も言わなかった。
「そろそろ、行くよ。とにかく、ずっとここに居るわけにもいかないでしょ」
二人とも、しばらく無言で口を動かしていた。上天に昇る太陽がその位置を僅かに変えるほどの、しばしの後、〝レイア〟が言って膝を伸ばした。
「……ああ。そうだな」
立ちあがろうとする〝ゼロ〟に、〝レイア〟は先ほどのサバイバルキットを投げてよこした。
「なに?」
「そのまえに、アンタも水」
「水ぅ?」
水? ――が、飲める、ってことか? 〝レイア〟がさっきから、なんかサバイバルキットを覗き込んだり仰いでみたいしているとは思ってたけど……。
〝ゼロ〟は首を捻るが、〝レイア〟は、見てなかったの? とでもいうように目を眇める。
いや、だってさ、じっと見てるとまたおまえが機嫌損ねかねないじゃねーか。
なので、〝ゼロ〟は出来るだけ彼女の、無駄に肌色の多い
やたらと自己主張の強い格好をしてるくせに、いざじっと見られるとキレるってのは、なんなんだろうな。
にしても水? いや、いくらこのサバイバルキットがハイテクだったとしても、水なんて入ってるわけないだろう、さすがに。
訳が分からん。仕方ないので、訝りつつも自分で説明文を読むことにする。
さっきやられたのと同じようにして、キットの底部を掌に押し付ける。
するとまた下腕部に何事かのパターンが浮かび上がってきた。
この辺りは、もう慣れたものだ。ただし、今回は文言じゃなくて、文様――つまり絵で説明されている。
たしか、ピクトグラムって奴か? 字だと説明が難しいってことなのかな?
絵にはキットをペットボトルの様に手に握り、口にかざしてボタンを押せ、と表示されている。
この掌大の制汗スプレーほどのキットに飲料水なんて入っていないのは、持ってみれば分かるのだが、とにかく喉が渇いているのは確かだ。
キットを皮膚から離すとピクトグラムはすっと消えていく。
こういう仕様だから絵で説明されてるってことか? なんだかハイテクなわりに使いづらいような……。
いろいろ謎だったが、まぁいい。とにかく絵のように口を開けて、指定のボタンをクリックする。
すると、プシュっと冷たい霧のようなものが口内に噴出された。
う、美味い! 〝ゼロ〟は思わず喉を鳴らした。
一瞬で乾きは癒えてしまった。
ほとんど飲んだとも言えず、口内を湿らせた程度のものだったはずなのだが、感覚的にはたっぷり水を飲んだような具合だ。
なるほど、これなら一日くらいは持つ気がするな。
いまさらだが、〝企業〟のオーバーテクノロジーっぷりには驚かされる。〝ゼロ〟はさらに表示されたキットの説明文を舐めるように確認した。
「ええと、鎮痛剤、にさっきのラップみたいなバンソーコー、携帯食料、それとカッターナイフにワイヤー・ソウにライター? に浮き袋? ……なんか十徳ナイフみたいにいろいろ出てくるみたいだな」
しかしどこから何が出てくるのか見当がつかんな。〝ゼロ〟がキットをいろいろと弄っていると、〝レイア〟も怪訝な声を上げる。
「使えんの? なんかオモチャみたいだけど?」
「〝企業〟のだから、多分な」
お互いに呆れたような声で応酬し、〝ゼロ〟はサバイバルキットを〝レイア〟に返した。
しかし助かった。延々あの硬い携帯食料を噛みながらだったので、水が飲めたのは心底ありがたい。さっきから喉が詰まりそうになって困っていたのだ。
――ん? 喉に詰まる? いや、おかしいぞ。あの爪ぐらいの大きさのもんが、なんでのどに詰まりそうなほどに口の中を席巻してんだ!?
錯覚ではない。確かに、先ほどから噛んでいたあの板切れのようなものがデカくなっている。
弾力は有るが、先ほどに比べてかなり柔らかくなっている。
サクサクと簡単に噛み切れる。と、同時にいつまでも心地よく噛み続けることもできる。
口がいっぱいになったので、一部を呑み込む。全部は飲めないのでいくらかを残して呑み込み、後は再び噛み続ける。すると、また口の中がいっぱいになってきて、また呑み込む、と言う具合にエンドレスに続くのだ。
しかも、驚いたことに、噛めば噛むほど味や風味も変わっていくのだ。最初は餅のように滑らかな食感だったが、次にはパンの様にサクサクした歯応えになり、そうかと思うと野菜や、或いは弾力のある肉のようにもなり、今は甘く香ばしいチョコバーみたいなテイストとフレーバーが口の中に広がっていくのだ。
信じられん。なんだこの食い物は!?
「けっこう、……ガッツリ食えるんだな。……コレ」
〝ゼロ〟はもごもごと、満面の笑みで頬張りながら言う。
なんだかんだと美味い物を喰えば、人間精神的にも落ち着く様にできているらしい。
好きなだけ食べれるという点で、この携帯食料はありがたかった。
「何時までやってんのよ」
一方、さっさと呑み込んでしまったらしい〝レイア〟は呆れたような顔でそんな事を言う。
もったいない奴だな。もうちょっと食事を楽しもうぜ? こんな時なら、なおさらさぁ。
「てか、ナイフとかはともかく、浮き袋なんてどこで使えっての?」
〝レイア〟も再び説明文を確認している。なぜか妙にイラただしげな声で。――お前はなんにでも文句をつけたがるクレイマーかよ。
「海を泳いで渡る……ってのは現実的じゃないよな? 川に落ちたときとか?」
しかし、無視されると熱くなるのがクレイマー気質の人間だと、なにかで読んだ覚えがある。
〝ゼロ〟は無意味な発言にも丁寧に相槌を打つよう心掛けることにした。
とはいえ、思えば、昨日から比べて〝レイア〟の〝ゼロ〟に対する態度は柔らかいものになっているような気がする。こうして会話が成立しているのだし。
――多分。気のせいじゃなければ、だが。
「川ぁ? (道の)途中にあったヤツ? あんなとこにわざわざハマるバカいる?」
「どうかな……」
「どうかな、って何?」
少々の間をおいて、〝レイア〟が言った。
「え、いや、ごめん。……なくはないんじゃないかなって」
「…………アタシは無理だと思うけど?」
「無理? ――なにが?」
「だから、あの川を昇って先に行くってハナシ」
「いや、無理に決まってんじゃん」
下るならともかく、そんなのは不可能だ。何を言ってんだ、アホか?
と言うか、だから、ってなんなんだよ。お前のハナシはいつも途中から始まるから、こっちが困るんだよ。もっと順を追って話してくれ。
「……、」
「あ、いや、ごめん……」
「……」
アホか? 以下のくだりは声には出ていなかったはずだが、〝レイア〟は盛大に機嫌を損ねたというサインを出しつつ押し黙っている。
作戦は失敗だ。相槌が適当すぎた。そう言えば〝ゼロ〟は相槌が苦手だったのだ。
しかし、あの川を昇る、か。実際どうなのだろうか?
――いや、たとえ身体強化があっても無理だろう。小川程度ならともかく、あれは小さな滝と言ってもいい代物だった。
仮に可能だったとしてもリスクが高すぎる。
昨日から思ってたけど、お前の発想はいちいち
――そう言えば、その危険な
〝ゼロ〟は今自分が唯一所持しているレア・カード「ディープ・ブルー」を手に取ってみる。
アイツ、ホントに何であんなところに居たんだ? ベータなら川に落ちても平気なんだろうか? いや、アイツらを基準に考えちゃだめだ。
そもそも会話の成立しないやつだったし、不吉なことばっかり言われたしな。てか、あんなの予言でも何でもなく、〝シード〟が
やっぱあのベータ羊共にはロクなやつがいない。
「なに?」
静かに憤慨する〝ゼロ〟に、〝レイア〟が文句でもあんのか!?
と言わんばかりに問うてくる。〝ゼロ〟はめっそうもないという冷静なメッセージを全身で送りつつ、背筋を伸ばした。
「いや、川とか浮き袋とかのことは、一旦置いとこう」
「……良いけど。じゃあ、この後どうすんのよ?」
何故かまた、〝ゼロ〟に罵声を浴びせることはしなかった〝レイア〟だが、その語調はいかにも刺々しい。
川登りがダメならお前が対案を出せと言いたげだ。しかし、残念ながら、〝ゼロ〟にもそんな冴えたアイデアは浮かんでこない。
〝ゼロ〟は改めて熟考する。現状、〝ゼロ〟はデッキすら持っておらず、この、裸の「ディープ・ブルー」しか持っていない。
〝レイア〟は〝レイア〟で「ブラック・ポータル」と「ゴールド・イクリプス」に、少々のレベル2と3があるだけだ。
「レベル2、いま、何がある?」
「――だめ。レベルアップの券のやつとかしか無いし、レベル3もろくなの無い」
仕方がない。まさかゲームそのものが中断されるなんて、誰が想像できるものか。
さらに、〝シード〟とのゲームで得られるはずだったチップやレア・カードを回収できなかったのも致命的だ。
あれほどのリスクを払って臨んだゲームだったというのに……。
〝ゼロ〟は改めて肩を落とした。返す返すも口惜しい、とはことことだ。
「しょげてても仕方ないっしょ? とにかくチップ使って、ここから立て直すこと考えないと」
「そうだな」
そう言って両者は必要な分のチップを消費した。
幸い、頭をはっきりさせられるだけのチップは〝レイア〟が獲得していたので、脳がダメになるという事はなくなった。
ただ、〝レイア〟も〝ゼロ〟も「
食事とチップで体力は回復したはずだが、まだまだ全快には程遠い状態だ。このまま真夜まで動き続け、逃げ回るというのは現実的ではない。
逃げるのではなく、生き残るための「策」が必要になる。そのためには、現状を正確に把握しておかなければならない。
「でも、やっぱり、もう一回「ゴールド・イクリプス」でレベル3を使うっていうのが良いと思う。俺たちだけの強みだし、あと一日逃げ延びるには必要だ」
しかし、これに〝レイア〟は分かりやすく難色を示した。
「それだけ? レベル3を取りに行くってのは良いけど、それよりも、アタシらも武器見つけてさ、戦うこと考えないとでしょ? レベル3より、そっちの方が確実じゃん。武器さえあればあの「狼」相手でも勝ち目あると思うし」
〝レイア〟の発言に、〝ゼロ〟は無言で目を剥いた。ホンキで言ってんのか?
「――いいじゃん。最終日までなんて言ってないで、他のヤツラ皆殺しにしてやればいい!」
そう、薄く笑みさえ浮かべて、〝レイア〟は言う。
「――バカなこと言うなよ!」
〝ゼロ〟の絞り出した言葉に、〝レイア〟は冷然と応対する。
「あ? 馬鹿って何? この期に及んでまだそんなこと言ってんの? もうやるしかないんだよ!」
「こ、――殺し合いなんて、やりに来たんじゃない。――これはゲームの筈だろ?」
〝ゼロ〟は縋るような目で、精一杯〝レイア〟に訴えかける。
昨夜の、あの壮絶と言ってもいい経験を経てなお、どうしてお前はそんな判断が出来るんだよ!?
「……」
そんな〝ゼロ〟に対して、しかし〝レイア〟は正気を疑うような視線を向けてくる。
どうして、――どうして俺がそんな目で見られなきゃんらないんだ? 俺はそんな変なこと言ってるのかよ!?
しかし、〝レイア〟がそれきり言葉を切ったので、〝ゼロ〟もその思いを吐き出すことは出来なくなってしまった。
なんだコイツ。今日に限って妙なところで黙り込むな。いつもならここぞとばかりに罵倒してきそうなものなんだが……。
「……とにかく、行こう。ここで話し合ってても何にもならない」
〝ゼロ〟が言った。
生き残ることは元より、次のゲームのことも考えなければならないのだ。止まっていられる時間は多くない。
「で、結局どこ行くのよ?」
「元来た道を戻るしかない。前には進めないし、他の道は知らないからな」
「……」
「それに、近くのパークに行ったんじゃ、あの「狼」どもと鉢合わせになっちまう。だから遠回りするしかない。あの、二日目のデカいパークなら遠いし、多分誰もいないだろうしさ」
さすがに、あの〝バズーカ〟と〝小松菜〟の凸凹コンビも先に進んでいることだろう。誰にも会わずに済むハズだ。
「まぁね、「狼」でなくても、他のプレイヤー相手に殺し合いになんない保証なんてないんだし」
「〝さくら〟さんの時みたいに、か」
ほとんど反射的にこぼしてから、〝ゼロ〟は〝レイア〟を見る。
視線が合う。怒りでも焦燥でもイラつきでもなく、ただ、ただ驚いたような顔をした〝レイア〟がそこにいた。
しばらくそうしてから〝レイア〟は視線を振るようにして、顔をそむけた。
「……そうよ」
色のない声だけが、そう答えた。
「……そうだな」
〝ゼロ〟もそれ以上言葉を紡ぐことができなかった。
それ以上の会話は続かず、どちらからという事もなく言葉を切って、二人は歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます