第29話「三日目」Vs〝シード〟③ 佳境
「――あのバカ、何やってんだッ!?」
〝ゼロ〟は本気で理解できなかった。予定にないことなのだ。
〝レイア〟の暴走を一刻も早く止めなければならなかった。でなければ、とんでもないことにもなりかねない。
だからこそ、すぐにでも「情報」を手に入れて会場に戻りたかった。こうしていても焦燥は募るばかりだ。
しかし、だからと言って、こちらはこちらで妙なことになっていた。動きたくても動けないのだ。
いま、〝ゼロ〟の眼前では2組のベータ・シープたちが向かい合い、まんじりともせず睨み合っている状況なのだ。
〝ゼロ〟にはそれを見ていることしかできない。第一、コイツ等は何を言いあっているのだろうか?
「ジョーカーを見つけました」
赤ベータは確かにそう言った、その言葉に、三人のベータたちが一斉に緊張の度合いを深めたのが分かった。
なんというか、目に見えて雰囲気が変わった、というか。
しかし、〝ゼロ〟には何が何やらわからない。「ジョーカー」って何のことだ? また後付けのルールとかか?
「……どういうことです?」
白ベータが、何時になく低い声で言った。いつも平静なコイツには珍しいくらいの声色だと〝ゼロ〟には思えた。なんだ? そんな一大事だってのか?
「要するに、筋書きは見えたという事です。よって、ココではリスクを犯さず、その流れに乗るべき、と我々は考えている次第です」
「
「それは、――どうなのでしょうねぇ」
赤ベータは肩をすくめた。これも、いつになく確信犯的で大仰な仕草だった。
「正直なところ、確証は有りません。すべてはわたくしの推測でしかない。――が、皆は賛同してくれました。あなた方もどうです? 確実な勝ち馬に乗りたいのでは?」
白の背後で、黒が金斑のベータに視線を送る。皆にお前は入っているのか、という事だろう。
「私は何も聞いてないわねぇ。あら、ホントよ?」
「この『ゲーム』に、確実なものなど一つもありません」
断言する白に対し、赤ベータは、さらに一歩、踏み込んで力説する。
「で、あるからこそ、ここで番狂わせが起きるのは良くないのです。確実でないなら、確実にしていけばいい。よって、アナタたちにはおとなしくしていていただきたい。それが、お互いのためです」
ここで、オネェ口調の金斑が赤に声を掛ける。
「――ンなんていうか、あなた、何時もつまらないやり方を選ぶわよねぇ。わざとやってるの?」
「そう言うつもりはありませんよ。――ただ、堅実な手段を選んでいるだけす」
「それをぉ、一般的にはつまらないやり方、もっていうんじゃのないかしら?」
「お嫌いですか?」
「えぇ。私は嫌いねぇ」
金斑のベータが、まるで諭すような語調で赤に応える間、白は無言だった。と、そこでそれまで全くと言っていいほど発言の無かった黒ベータが口を開いた。
「よク、わからんガ……」
赤ベータは「おやっ?」とでもいうように、わざとらしく黒を見上げる。
「アナタは賛同いただけ」
「丁度イい機会だ」
と赤の言葉を遮った。赤は分からないとでも言うように首を傾げる。
「お前ハ、前から気ニ喰わん」
――次の瞬間には、黒は巌のような拳を赤に向けて振り下ろしていた。
影さえも置き去りにしそうな速度だった。強化補強された〝ゼロ〟でも目で負えなかったほどの。
しかし、対する赤ベータもさるものだった。目視すらかなわぬそれを危うげもなく、両手で包み込むようにして受け止めていた。
その両の爪先が足元の砂地を波立たせ、波紋のような跡を残している。まるでパイルバンカーでも打ち込んだような衝撃だったのが分かる。相変わらず、どいつもこいつも人間とは思えない。
「――まったく、」
そして、赤はまた、やれやれとでも言うように首を振る。
「相変わらずの猪突猛進ですね。数の理はこちらにあるので――」
――すが、と。それを言いきらせることさえさせず、黒ベータはその場からさらに踏み込み、一度は止められた剛腕を――――強引に振り切った。
赤ベータの身体が冗談のように潰され、バウンドし、そして真上に吹っ飛んだ。
「――少なくトも、お前ノ指示に従うのは虫が好かナい」
ただ唖然と――その現実味のない光景を唖然と見ていたのは〝ゼロ〟だけだった。
途端に、赤以外のベータたちも一斉に動きだし、黒ベータを包囲し始めた。
「お前ラは、どうスる?」
声を掛けられた白と金斑のベータは無言で、黒ベータの背中を守るような体勢を取った。
そして戦闘――いや、乱戦が始まった。まるで、嵐のような。
――――って、何やってんだよお前ら!!
〝ゼロ〟は唖然とその様子を見守っていたのだが、結局その意味はよくわからなかった。
なんでベータ同士でケンカ始めてんだよ?!
今までも、ベータ同士の小競り合いや小さないさかいのようなものはあったが、これは本気で意味が解らない。
と言うか、何よりも、まずは仕事をしてくれよ! ――じゃないと、
と、棒立ちでベータ同士の争いを見守っていた〝ゼロ〟へ向けて、起き上がった「猟犬」たちが血を撒いて迫ってくる。
「ほら、これだぁ!」
〝ゼロ〟は悲鳴交じりに叫びながら、再び走り始めるしかなかった。
――結局のところ、何もわからないまま、さらにベータたちの助成も期待できないという事だけは確からしい。
〝ゼロ〟は走り続けていた。選びえる選択肢がそれしかないのだから仕方がない。ゲームだったらとんでもないクソゲーだぞ、これ!
だいたい、アイツらは何を理由に争っているというのか? わからない。とにかく、今確かなことは、暴力を抑え込む役目を持つハズのベータ達が機能していないという事だ。
つまり、今の〝ゼロ〟は自力で「猟犬」から身を守りつつ、ヒントを探して「情報」を〝レイア〟に伝えなければならないという事だ。
――ふざけんな! なんでゲームの途中で難易度が変更されんだよ!? こんなのってアリなのか??
追いかけっこや失せ物さがしはまだゲームと言えるが、乱闘はゲームとは呼ばないだろうが!
何度も言うが、俺はここにゲームをしに来たんだよ!!
等々、口の中でありったけの愚痴を並べつつ、パニックを起こしていると自覚しつつ、それでもなおかつ走り続ける。
というか、いいかげん、「情報」のヒントとやらを教えてくれよ。どの羊でもいいからさ!
――と、そこで一人のベータが、も疾走する〝ゼロ〟目に入った。
なぜかと言えば、シルクドソレイユ顔負けの大乱闘の真っ最中である他のベータ達とは違い、何故か一人だけ、渦中の輪から外れ、距離を取って状況を俯瞰していたからだ。
「なんだ、あいつ……」
それどころではないと思いながらも視線を向けていた〝ゼロ〟を、振り返ったそのベータは〝ゼロ〟に背を向け一路、在らぬ方へと駆けだした。
妙だ。なぜ一人だけ別行動を取る? しかも〝ゼロ〟に背を向ける必要などまるでないではないか。
奇妙だった。――だからこそ、気付いた。
あいつは誰のベータなのだろうか? 先ほどとは違い、今の〝ゼロ〟の視界は昼間と同じかそれ以上の明度を獲得している。
あのベータのポワ色は青だ。青い色のベータ。そして小柄な女――――そうだ。〝ゼロ〟はあいつを、見たことがある。
昼間、パークからパークへ移動する際、橋の下で一人で佇んでいた。――〝アアアア〟のベータだ!
あいつ、なんでこんなところに居るんだ? 〝シード〟の御付きになってたのか? あの赤ベータの様に?
多分、違う。
改めて考えてもみれば、あの〝シード〟と〝キング〟が従えているベータの総数は現在9人だったはずだ。内1人が、今会場内でゲームを執り行っている。
だから、この場に居るのは8人のハズなのだ。しかし、先ほど白・黒・金斑のベータの前に立ち塞がった数は9人。
数が合わない。つまり、1人、このゲームとは無関係のベータが紛れ込んでいたということになる!
――見れば〝一目瞭然の〟ヒント。〝ゼロ〟の中で、その気付きが確信へと変わる。
「そういう――ことかよッ!」
〝ゼロ〟は全速力で、背中を向けて逃げる青ベータを追い上げはじめた。
「んじゃ。施術も終わりましたんでぇ、ゲーム再開ね。えー、〝さくら〟さん、どれを選びます?」
蹴り飛ばされた椅子をとぼとぼと拾って座りなおした〝さくら〟は、もうやめたいとのメッセージを全身に張り付けていたが、それを
震える声でカードを指定し、〝さくら〟は3枚勝負を提案した。
〝シード〟はもはや〝レイア〟にしか興味が無いのか、さっさとフォールドを選択し、〝レイア〟、〝キング〟もそれに続いた。
次の〝キング〟の「親」も同じような展開だった。もはやこのゲームそのものが〝レイア〟と〝シード〟の一騎打ちの様相を呈してきていた。
――いや、このゲームは最初からそう言うゲームだったのだ。そしてこの二者が対決する以上、この展開は必然だったのだろうか。
しかし「親」になった〝シード〟は1枚勝負を指定。1枚勝負ではランダムで選んだカードのみでの勝負になってしまう。作戦の立てようがないし、何よりも〝シード〟には「シルバー・バレッド」がある。
さすがに勝ち目無しと判断したのか、〝さくら〟、〝キング〟に続いて〝レイア〟もほどなくフォールドを選択した。
そして、再び〝レイア〟の親が回ってきた。
「じゃあ、ここいらでチップを取り戻そうかな」
〝シード〟は首を鳴らして揚々と宣言した。
おそらく、〝レイア〟が逃げられない状況で勝負をするために、敢えて自分の親のターンを飛ばしたという事らしい。
それは確実に〝レイア〟を追いこむという意図から来るものだ。
それが解っているのか、〝レイア〟の貌も一層険しいものとなっていく。
「んで、〝レイア〟さん、何枚形式は?」
「……5枚。アタシのカード指定は1‐1で」
「はいはいっと」
「5枚かぁ……。相変わらずヤル気満々だな、俺もうれしいよ」
「無駄口叩かないで、さっさとセットしたら?」
〝シード〟は柄にもなく、クスクスと笑う。
「そう言うなよ。今日はゆっくりと楽しみたいって言っただろ? ゲームの醍醐味じゃないか。わざわざ5枚セットの大勝負だ。考えさせてくれよ。――さて、お前はどんな
心底楽しそうに考察する〝シード〟は、ぬるぬると、ナメクジが這いまわるような舌づかいで、〝レイア〟に言葉を浴びせ掛けてくる。
「またレベル5かな? だが、レベル4を持ってないお前が5枚勝負で勝つには何枚使わなきゃならないんだ? 現実的じゃないよなぁ?」
「……」
「つーまーりー」
〝レイア〟が、また放り出した足でボックスを蹴った。
「うっさいんだよッ! さっさとしろよ!」
〝シード〟は何も言わず、ただニヤつきながら、カードをセットしていく。
「〝レイア〟さんね。だからね、危ないからそう言うのはね……」
しかし、〝レイア〟をはじめ、誰も聞く気が無いらしい。銀ベータは重ねて溜息を吐く。
「ホンットに危ないんだけどなぁ……。はぁ、整ったね。んじゃ、どうします?」
「レイズ、200だ」
〝シード〟が間髪入れずにレイズを宣言した。表向きにしたカードはレベル1。詳細は「このゲームに勝った者が獲得するチップを10倍にする」というタイプである。
先ほどの種返しのつもりなのだろう。当然それを察している〝レイア〟は、奥歯を軋らせながら、いくらかの逡巡の後「コール」を選択した。
「なんだ? レイズし返さないのか?」
〝レイア〟は何も言わず、視線を切った。
仕方がない。フォールドできない以上、敗北してしまった場合のことを考えないわけにはいかない。
指を犠牲にしてまで得た有利をひっくり返されることを考えれば、これ以上賭け額を吊り上げるわけにはいかないだろう。
「なんだ、つまらないなぁ。――おい、いいぞ」
言って、〝シード〟は視線を銀ベータに向ける。
「んでは、カードオープンね」
開かれたカードセットは以下の通りだった。
〝レイア〟 5 3 3 3 10
対
〝シード〟 4 4 1 10 10
開示済みのレベル1は「ゲームに勝った者の獲得チップを10倍にする」というもの。
そしてレベル5は「カードが勝利した場合、カードの所有者が獲得するチップを180倍にし、尚且つカードの所有者の眼球を一つ、提出する」というものである。(レベル3・4については略)
〝レイア〟のレベル5は、おそらく自分で用意したものではないだろう。
さすがのレイアも目玉を抉り出さ無ければならないようなカードを自分のデッキには入れないはずだ。
ここにきて、よりによって「親」の手番でこんなカードを引いてしまうとは。
〝レイア〟はこのゲームで最も恐るべき状況でゲームに臨まなければならくなってしまったのだ。
「おー、やっぱり使ってきたか。まぁ、レアを手札にするしかないよな。――けどダメ」
それでもなお勝負を仕掛けるつもりだったのだろう。〝レイア〟は虎の子のレベル10「ゴールド・イクリプス」を手札に入れ込んできた。相変わらず強気が過ぎる。
「ゴールド・イクリプス」の特典は基本的にゲーム外でしか使用できないカードだから、ゲーム中はただのレベル10としてしか活用できない。
ここでそのカードを切ってきたのは間違いではない。――しかし、〝シード〟にはこの策は見透かされていたようだ。
〝レイア〟がレベル10のカードを手札に使ってくるのを読んでいた〝シード〟は自分も同じようにレベル10のカードを、それも2枚投入してきたのだ。
ちなみに、〝シード〟が手札に入れ込んできた2枚のレベル10だが、一方は「ブルー・フィルム」これは〝さくら〟から奪ったカードだろう。そしてもう一方は初めて見るカードだ。
カード名は「ブラック・リスト」
「「ブルー・フィルム」は解説するまでもないよな? 当然レベルは10、そして「ブラック・リスト」コイツはレアを含むすべてのカードの効果が全て取得できるって言うレアだ。見ての通り、コイツもレベルは10」
衆目を察したのか、〝シード〟が解説する。
なんてことだ。つまり、ありとあらゆるカードの内容を把握できる破格のレア・カードってことじゃないか。
〝シード〟がカードの「特典」に詳しかったのも、このカードのせいなのだ。
・「闇の機密情報(ブラック・リスト) レベル:10
このカードが対峙するカードに勝利した場合、カードの所有者はレア・カードを含む全てのカードの内容を獲得することができる。データはカードを所持している限り保存することができる。
「ルート検索に、カードの内容。どっちも有益な情報を与えてくれるカードだが、この通り、ゲームではただのレベル10でしかない。――使いどころとしては、こんなところだよな? お前の「ゴールド・イクリプス」と同じだ」
「だから何よ。このままじゃ引き分けじゃん」
そうだ、並び順の妙か、辛うじてこのままなら引き分けとなる。
「引き分けで良いのか? 俺はいいけどな。まだまだカードはある。だが、お前にとってはその「ゴールド・イクリプス」は切り札だよなぁ」
「……ッ」
「とっくに透けてんだよなぁ。お前らの手のうちなんてさ。お前らのレア・カードはお前が持ってる3枚だけだもんなぁ? ここは勝っておきたいところだよなぁ」
次なんてないかもしれないんだからなぁ。――と、図星を突かれて、と言うよりも、揺るがし難い事実を突きつけられて、〝レイア〟は熟考に入った。確かに悩みどころだろう。
「〝レイア〟さんね、どうする?」
銀ベータが問う。それでも言葉を絞り出しかねている〝レイア〟に〝シード〟が揶揄するような軽やかな言葉を投げかける。
「まぁ良いぜ? お前らが縋ってんのはあの「狗」はが持ってくる情報だもんな? 時間稼ぎができればいいわけだ。ま、ほんとに戻ってこれればだけど。――そうだな。ここは「やめてください。おねがいします」と一言言えば、穏便に流してやってもいいぞ?」
〝シード〟がまるで主人が奴隷に宣下でもするかのような口調で言った。〝レイア〟をなぶろうとしているのは傍目には明らかだ。
それにつられてか、〝キング〟が顔を紅潮させ、下卑た笑いを漏らした。
「ふざけんな!! 誰がお前らなんかに――」
さすがに我慢できなかったのだろう、しかし、激昂する〝レイア〟を正面からねじ伏せるようにして、〝シード〟が1枚のカードを〝レイア〟の眼前に突きつけた。
「あっそ。――じゃ、殺すわ」
〝シード〟は自分の手の甲にその側面を滑らせる。
「スキャニングだ。カードは「ブラック・スワン」」
〝シード〟が新たにかざしたのは白色と黒色が奇妙にまじりあった2色混合の色合いを持ったレア・カードだった。
「効果は簡単。「カードセットの再配置」。カードが全て公開されてから、自分のカードを好きな順番で入れ替えられるってカードだ」
・「裏返る黒鳥(ブラック・スワン)」レベル:7
このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーは自らのセットしたカードをオープンしてから、自由に入れ替えることができる。
すると、ボックスのスロットルにしっかりとはまっていたはずの〝シード〟の手札が、一度ボックス内に吸い込まれ、先ほどとは別の配置となって再び現れた。
新しい配置は以下の通りだ。
〝レイア〟 5 3 3 3 10
対
〝シード〟 10 4 4 1 10
これで〝シード〟の3勝が確実となってしまった。と言うか、こんなカード有りかよ?!
「――使う!」
しかし間髪入れず、〝レイア〟が宣言する。
ここで引けば、先ほど指を犠牲にしてまで得たチップは取り返されてしまう。必至にならざるを得ないのだ。
「ハッ――「ブラック・ポータル」か? 遅いぞ」
「違うわよ。使うのは――こっち!」
そう言って、〝レイア〟が持っていた背嚢から取り出したのは、束になった幾枚かの紙切れだった。
「あー、はいはい。「レベルアップチャンス券」ね。よく集めたねぇ」
銀ベータがそれを受け取り、確認して破り捨てた。
「5枚だんね。んじゃね、〝レイア〟さん。コイントスを5回お願いしますね」
言って、銀ベータはポケットから大きめのコインを一枚取り出す。
これもレベル2の特典のひとつだ。券を使用すると2分の1の確率ですきなカードのレベルを1だけ上げることができる。
基本的にレベル2とレベル3のカードしか手に入れることが出来なかった〝ゼロ〟と〝レイア〟が、それを補うためにと意識して集めた特典だった。
集められたのは5枚だけ。それを、〝レイア〟はこの一戦に注ぎ込むつもりらしい。
「――よっしッ!!」
〝レイア〟は声を上げた。コイントスの結果、成功は3回だ。これで、自分のカードのレベルを上げることができる。
「おいおい。なんつーか、せせこましいよなぁ。そんなちっぽけな特典使って一喜一憂しちゃってさ」
〝シード〟は再び豪奢な椅子にふんぞり返り、嘲笑してくる。
「……ッ」
「〝レイア〟さん。そんで、どんな感じにします?」
そして〝レイア〟が手を加えたカードセットが以下のものである。
〝レイア〟 5 4 4 3 11
対
〝シード〟 10 4 4 1 10
これで、〝レイア〟の方が2勝となり、再び〝レイア〟の勝ちとなる――が、
「はいはい。それじゃあ、そうだな……。おい」
と、ここで〝シード〟はここで初めて〝キング〟に声を掛けた。
「クヒヒ。はい。――これですね」
そう言って、それまで赤ら顔を歪めながら〝レイア〟――と言うよりも〝レイア〟が椅子から放り出している剥き出しの足をニタニタと見ていた〝キング〟はデッキから新たなカード、当然レア・カードであろうそれを引き抜く。
「僕もスキャニングをするよ。「グリーン・ピース」。クヒヒ、レベルは低いけど、その分スキャニングはしやすいね」
・「矮小なる緑の徒(グリーン・ピース)」レベル:6
このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーは以下の三つから効果を一つ選び、実行してよい。
1 相手のデッキの中からランダムで2枚のカードを破棄させる。
2 好きな数のカードを選び、それらのカードのレベルを引き上げる。増幅する値は合計2までとする。
3 最大2人まで、相手のプレイヤーがセットしたカードセットを確認する。
こんな変則的なカードもあるのか! 他のレア・カードと異なり、一つのカードで三種類の効果をもち、その中から好きな効果を選んで使用することができるという代物らしい。
その分一つ一つの効果は微力なようにも思えるが、使える場面が多いというのはなかなかに侮れない。
〝キング〟は上記の2の効果を選び、シードの手札のレベルを上昇させると背宣言した。
それが適応されれば、カードセットはさらに、以下のように変化する事になる。
〝レイア〟 5 4 4 3 11
対
〝シード〟 10 5 4 1 11
そうなれば、また元の木阿弥だ。しかも、「グリーン・ピース」は繰り返しスキャニング出来るのに対し、「レベルアップチャンス券」はもうない。
最初から、不利であることは分かり切っていた。しかし、ここまでとは……。
「クソッ――「
そうささせじと、〝レイア〟が宣言した。
「おおー、やっと出したか。――で、も、無駄なんだよなぁ」
しかし、それに対して嘲る――どころか上ずるようにして言い、〝シード〟はさらにデッキからさらにカードを引き抜く。
「こっちも使うぞ! 俺の「ブラック・ポータル」でその「ブラック・ポータル」を打ち消す!」
〝レイア〟がまさか、と言わんばかりに目を見開く。
〝ゼロ〟も同じ気持ちだった。まさか〝シード〟が「ブラック・ポータル」を持っていたとは想定していなかった。――クソ! 「ブラック・ポータル」が複数枚あることは分かってたのに!
「あ? なに呆けてんだよ? どうすんだ、このままなら」
「――――ちょっと待たせといて。コレ、使うから」
〝シード〟ではなく銀ベータに言って、〝レイア〟は昨夜〝ゼロ〟に使った注射の最後の一本を取り出した。
「はいはい。なんならオレッチがやりましょうか?」
先ほど切り落とした痛みもあるのだろう。〝レイア〟は指先が定まっていない。
「……やって!」
「はいはい」
「はぁー、頑張るねぇ」
「ぼっちゃん、ちょっと待ってもらいますね」
「そりゃいいが――、その特典てアレだよな「
「そーだよ、このクソヤロウ!!」
注射が終わるや否や、〝レイア〟は啖呵を切りつつ、もう一度「ブラック・ポータル」をスキャニングした。
これで脳に負荷として刻まれるコストは36。まだ「我慢」で何とかなる数値だが……。
「どっちが、――先に、スキャニング、出来なく、なるか、だッ」
正気か?! 〝レイア〟は、本気でどっちかがぶっ壊れるまで続けるチキンレースに打って出る気だと言うのだろうか!?
「お前――本気かよ」
「さぁねッ! さぁ、やれば!? あんたも、もう一度ッ」
〝レイア〟の血走った目を向けられ、〝シード〟は苦悶するように身を折った。
さすがにこの男をしても、こんなバカげた勝負を仕掛けられては
「プ……くく……」
「クヒヒ、ヒヒ……」
――が、顔を伏せた〝シード〟は、隣の〝キング〟と共に、何かを必至で我慢するように身体を震わせていた。
「――なに、してんの!?」
〝レイア〟が声を上げると、〝シード〟はこらえきれないとばかりに爆笑しながら顔を上げた。
「――ブハッ ハハハハハッ! ――いや、何ホンキにしてんのお前? するわけねぇだろそんなカードの切り合い!」
「クヒヒ、ヒヒヒヒッ」
〝キング〟も丸い身体をぶるぶるふるわせて嗤っている。
だが、〝レイア〟は怒るよりも、ただ呆然として押し黙ってしまった。
「あー、面白かった。――俺は累加スキャニングなんてしねぇよ。使うのはこっちだ。「ピンキー・ウェア」。効果は「いましがた使用されたカードをコピー」すること」
「コピー、って……」
「そーいう訳で、この「ピンキー・ウェア」で「ブラック・ポータル」の効果をコピー。お前の2度目の「ブラック・ポータル」を無効化する」
・「朱に交われば赤くなる(ピンキー・ウェア)」 レベル:8
このカードが対峙するカードに勝利した場合、所有者のプレイヤーはスタックに乗った状態のカードの効果を一つ複製し、使用してよい。
くそ、あんなカードまで持ってたのか!?
〝ゼロ〟の「ホワイト・ポータル」に似た効果だが、「ホワイト・ポータル」が既に使用されスタックから取り除かれたカードの効果を後で再利用するのに対し、「ピンキー・ウェア」はカードが使用され、スタックに乗った状態のカードの効力を複製できるというものだ。
能力としては一長一短だが、この場合は、〝レイア〟にとっては辛いことになる。
コストも安いし、何より相手の「ブラック・ポータル」をコピーし、その場で無力化できるのが強力だ。
「……ッッ!!」
「レ、〝レイア〟はん……」
「最初から言ってあったよな? 戦力が違うってよ!! ――さて、どうする? やってみるか、累加スキャニングの打ち消し合いをッ!」
〝レイア〟は押し黙った。当然だ。出来るハズが無い。〝シード〟は実質「ブラック・ポータル」を2枚使用できるようなものだ。「ブラック・ポータル」1枚で対抗できるはずもない。
「おやぁ? もうないかな? 何もない? じゃあ、俺の勝ちってことでいいのかな?」
〝レイア〟はやはり何も応えなかった。
「じゃあ、最期に「シルバー・バレッド」を使って、レベル11になってる「ブラック・リスト」をレベル1に取り換えておこう。これでさっきの負け分はだいたい取り返したな」
そして、以下が最終的なカードセットがである。
〝レイア〟 3 4 4 5 11
対
〝シード〟 1 5 5 10 1
結果は2-3で〝シード〟の勝ちだ。〝レイア〟が奪われるチップは(15+200×10×10)で21500ポイントにもなる。(注〝レイア〟のレベル5の特典は「カードが勝利した場合」に発生するタイプなので今回は適応されない)
レベル5の勝利で得るチップは桁が違うが、レベル1とレア・カードを組み合わせれば、十分取り戻せる、ということか。
これで、指を犠牲にしてまで得たチップは、ほとんどが回収されてしまったと言うことになる。
「いやぁ、残念だったなぁ? 頑張ったのになぁ? ――さぁ、次だ!」
さんざん笑い転げた〝シード〟は涙さえ浮かべたまま、先を促す。〝レイア〟は何も応えられずに口を噤んだままだった。
「――おい、止まれ!」
会場内でのゲームが激化する一方、〝ゼロ〟はようやく追い続けていた青ベータにが肉薄する事ができていた。
〝ゼロ〟が声をかけると、この青ベータは素直に足を止めた。まったく無駄に走らせやがって。ただ、そのおかげで「猟犬」達はついて来れなかったようだ。
これで少しは落ち着いて話が出来る。息を切らしつつ、〝ゼロ〟はこの青ベータに詰め寄る。しかし、
「予感はありました」
「――はぁ?」
息を乱すこともなく寂然としていたこの青ベータの口から開口一番に飛び出したのは、そんな言葉だった。
なんのことかもわからず〝ゼロ〟はしばしその言葉の意味を求めて逡巡してしまった。
「この島は、我々にとっても神聖な場所なのです。島そのものが、ある種の意思を湛え、そして求めている」
「あ、はい。……いや、何?」
「島は――あなた方を生かしたがっている、という事です。……故に、迷います。私はどのように、その意思に応えるべきなのか……」
「…………」
――おおぅ、マジかよ。〝ゼロ〟は絶句せざるを得いない。
ここにきてなんちゅーアレなやつを放り込んできてんだよ!
そう言えば、あの白と黒のベータがこぞってこの青いのには関わらない方が良いとかと言っていたっけ。
マジかよ……いや、でも何とかしてコイツから情報をもらわないといけないんだ。ゲームの趨勢が掛かってるんだよ!
「いや、とにかく! ……そういうのはいいからッ、「情報」ってのをくれよ。お前は持ってるんだろ?!」
「…………」
するとこの青ベータはどことなく不満そうに、メモのようなものを差し出してきた。
しかし文句があるならもっと具体的に会話する術を身に着けてほしい。どちらかと言えば、現状泣きたいのは〝ゼロ〟の方なのだし。
「……これが伏せカードの配置図です」
「おぉッ――良し!」
しかし、変にごねられなくてよかった。じゃあ、急いで会場に向かわないと……。と、〝ゼロ〟が勢い踵を返そうとすると、青ベータはさらに声を掛けてきた。
「その「情報」は私から〝レイア〟様に送っておきます」
「えっ、いいの!?」
「私の判断です。時間が惜しいでしょう」
そりゃそうだが、なんでかいきなり親切になったなコイツ。まさか〝ゼロ〟の内々の祈りが神にでも通じたのだろうか?
「その代り、少々お時間をいただけますか」
自分のコンソールを手早く弄った青ベータはそんなことを言った。ちゃんとデータを送ったんだろうな?
「え? ――ああ、うん。――それは、まぁ」
けど、会場に戻った方が良いとは思うから、さっさと切り上げてほしいところなんだけど……
「私の考えは、あの赤いベータ達とは違います。この島はあなた方、いえ、あなたを生かしたがっている。私は、そう感じます。……お忘れなきよう」
「……ああ、うん」
つまり、どういうことだってばよ? マジでわからん。
〝ゼロ〟が困惑ついでに生返事を返していると、この青ベータはさらにあるものを差し出してきた。
「これは……」
それは間違いなくレア・カードであった。デッキには入っておらず剥き出しの状態だったが、間違いない。確認するまでもなく、この青ベータのレアなのだろう。
「ですので、私はあなたに賭けることにします。どうぞお持ちください。いつまでもレアを預けたままでは心もとないでしょう」
「え? いや、別に……」
「そうでしょうか? 普通はやりませんよ」
「う、――」
コイツ、知ってるのか? 〝ゼロ〟が保険としていた、最後の奇策のことを。
「……〝レイア〟様もそうですが、アナタも別の意味で捨て身が過ぎますね」
〝ゼロ〟が言葉を失っていると、青ベータは一つ溜息を吐きながら言った。
「……お、俺のは、そんなんじゃない、けど」
「では、お急ぎを。「猟犬」は私が何とかしておきます」
なんだコイツ!? 妙なキャラだけど意外とスゲェ良いヤツだった―――って、簡単な話じゃないんだろうなぁ、このベータ共のことだし。
だが、それでも現状においては願ってもない申し出なのは確かだ。
――なにより、このレア・カードを使えば、〝レイア〟にも勝ち目が出てくるはずだ。
〝ゼロ〟は受け取ったカードの詳細を知り、確信する。
「――それと、お気を付け下さい」
最期に、引き留めるような語調で、青ベータが言った。
「――ああ、解ってるって、「猟犬」は5人もいるんだし」
「そうではありません。この島――その端々が今宵に限り、奇妙なほどに荒ぶっています。ある種の予兆とも言える気配があるのです」
「……」
やっぱわけのわからないヤツだなコイツ。何を言いたいのかがまずわからない。
「重ねて、お気を付け下さい。何か、恐ろしいことが起るハズです。遠からず、身の毛もよだつようなことが……」
「……島がそう言ってるって?」
「はい」
〝ゼロ〟は盛大に嫌そうな顔をした。
なんだよもう、不安になるようなこと言いやがって。スピリチュアルだか何だか知らないが、どうせあてずっぽうなんだろ? そう言うの好きだよな、特に女子はさ。
〝ゼロ〟にはこの青ベータの年頃は分からなかったが、社会人にもなって臆面もなくそんなことを口にするのは問題があるのではなかろうか。
なんにしろ、精神的にも傷だらけといっていい今の〝ゼロ〟にはその手の警告は身に応える。本気でやめてもらいたい。
「分かったよもう。気をつけりゃいいんだろ? 分かったからもう行かせてくれよ」
「はい。――お気をつけて」
言って、青ベータは深々と頭を下げた。
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