第28話「三日目」Vs〝シード〟② 「死んだっていい」〝レイア〟の覚悟

 いよいよゲームが始まった。


 4人のプレイヤーは、それぞれにテーブルの上の25枚のカードから1枚を選んで手札に加えた。


 この時点では情報もなにもないので、ランダムにカードを選ぶしかない。基本的には「チキン・ラン」と変わらないという事になる。


 このゲームでもっと危険なのは、ランダムで引いたカードがレベル5で、それを周囲に悟られてしまう事である。


 なので、プレイヤーたちは基本的になんのカードを引いたのかを秘め隠さなければならない。


 流石に、顔色でそれを漏らす奴はいないらしい。――怯えきっている〝さくら〟に限っては何を引いても同じだったかもしれないが。


「んじゃ、まずはどーします?」


「面倒だ。俺からでいい。さっさと始めよう」


 押し黙る一同を前に、敢えて、なのだろうか、〝シード〟は淡々と自分が「親」で構わないと宣言した。


 流石の〝レイア〟でさえも、わずかだが額に汗を滲ませているのと言うのに。


「……てか、何? あんたの狗ども、アイツのこと追いかけ回してんじゃん。いいの? あれ」


 スクリーンを見た〝レイア〟が言う。


「んー、明確に危害を加えたってわけでもないしねぇ。まぁ、外のことは外のベータの人らが判断することになるよね、うん」


「……」    


 銀ベータが告げると、〝シード〟はこの上なく楽しそうに、くっくとしゃくりあげるような忍び笑いを漏らす。


「だ、と、さ。――で、どうするんだ。俺が親でいいんだな」


 〝レイア〟は〝シード〟を見据え、ハッ、と掠れたような笑いを漏らした。


「……あんたのレア・カード、後からカードを入れ替えられんでしょ? 「親」のプレッシャーもクソもないもんね」


 このゲーム、いざ「親」になったらゲームを降りることが出来ない。


 自分で選んだレベル5を抱えたまま自爆もあり得るのだ。しかし、それを後から回避できるレアがあるなら、恐れるようなものでもないのだろう。


 残念ながら〝ゼロ〟達のパーティにそんなレアは無い。


「ああー、そう言えば。裏切り者がいたんだっけなぁ? 場違いな」


 と、〝シード〟は一転、脇で静かに震えているだけだった〝さくら〟にプレッシャーをかけてくる。


「今日のゲームさ、ホントなら〝さくら〟おまえがあの猟犬どもに追い回されるハズだったんだよなぁ。見たかったなぁ。当てが外れて残念だなぁ、マジでさ」


 〝さくら〟は再び押し黙り、脂汗を滲ませている。文字通りの蛇に睨まれた蛙のようだ。


「――で? セットは何枚なのよ?」


 〝レイア〟は断じるように言う。


「だな。脱線してばっかりじゃゲームが進まない。3枚にしとこうか」


「逃げんの?」


 〝レイア〟が挑むように言うが、〝シード〟は、いいや、と鷹揚に応える。


「昨日が昨日だったからさ――今夜は出来るだけ長くゲームを楽しみたいんだ。5枚ずつじゃ、すぐに終わっちまう」


 言って、〝シード〟は先ほど自分が選んだものと、自分のデッキから迷わず引き抜いたカードをボックスにセットした。


「さ、お前らもセットするんだな。もっとも、さっきお前が言った通り、俺には『シルバー・バレッド』がある。仮にこれがレベル5でも、俺は後からカードを入れ替えられる」


 眼を細めながら言う〝シード〟に対して〝レイア〟は何も言わず、デッキから取り出したカードを吟味し、〝さくら〟を見る。


 〝さくら〟は何も言わず目を伏せたまま萎れるような手つきでカードをセットした。


「それだけじゃない。俺が持っているレアが何枚だか分かるか? 9枚だ。分かってるか? つまり、なんとでもなるんだよッ」


 かまわず、〝シード〟はBGMよろしく滔々と語り続ける。


「もっとも、まっとうなゲームで俺に勝てるとは思ってないよなぁ? じゃあどうするのか。お前らの勝ち筋は、何とかして俺にレベル5を押し付けて自爆させることだ。違うか?」


 〝レイア〟は応えない。それでも〝シード〟は構わず語り掛けてくる。湿っぽく、ぬらつくような語調が、なんとも癇に障る。〝レイア〟でなくてもいいかげんキレそうになるだろう。


「狙いはそれだろ? それしかないもんなぁ。用意してきてるんだろ? そのためのレベル5を」


 わかっちゃうんだよなぁ、そういうの! と自画自賛するように〝シード〟は続ける。

 

「俺の『シルバー・バレッド』を打ち消して、だよな。「ブラック・ポータル」。お前らの切り札だ。けど、無理。――お前が俺のレアを知ってるように、俺もお前のレアを知ってるんだからな」


 〝レイア〟は僅かに視線を上げた。


 昼間の〝キング〟とのゲームのせいだ。無論〝ゼロ〟も〝レイア〟もそれについては承知の上である。


 自分の告げ口が功を奏したとでも言いたいのか、呼応するように顔を腫らした〝キング〟が忍び笑いを漏らした。


「なぁ? その上で、おまえ今、どうやって勝つつもりでいるんだ? 情報が有ろうが無かろうが、どうやったって勝ち目なんかないと思わないか?」


「ん。出そろったね。んじゃ、お好きな方から何かしらの宣言をどんぞ、レイズでもフォールドでも、レアでも!」


 ようやくゲームが正しい進行に戻ったのが嬉しいのか、銀ベータも少々上ずった声を上げる。 


「あたしは降りる」


 そこで、〝シード〟の言葉を無視して〝レイア〟は断じた。〝さくら〟も降り、〝キング〟も静かにフォールドを宣言する。第一ゲームは親の一人勝ちだ。


「あれぇ? いいのかなぁ?」


 湿った尾を引くような声で言いながら〝シード〟が開けた手札には、レベル5は無かった。


「チャンスはどんどんなく無くなるぞぉ? 時間が経てば経つほど、お前の勝ち目はなくなるんだぞ? 何せデッキの数が違う。ゲームに持ち込めるカードの数がそもそも違うんだからな」


 この上なく嬉しそうに煽る〝シード〟と意気消沈したように蒼ざめた貌で押し黙る〝レイア〟。――状態は最悪のそれにさえ思える。






 ――しかし、それでいい。ここまでは、――少なくとも会場内の展開は〝ゼロ〟の予測通りだ。


 〝ゼロ〟はなぜか彼を執拗に追ってくる「猟犬」どもを置き去りにするようにジグザグに駆け回りながら、独り闇の中で嘯いた。


 〝シード〟が調子に乗り、〝レイア〟たちが追い詰められているかのような状況は手を叩きたいほどに〝ゼロ〟の思惑にハマった展開なのだ。


 そうして自分の勝利を疑いもしないヤツがさらに増長したなら、いよいよ足元がお留守になるというもの。


 後は〝ゼロ〟が情報を手に入れるまで、待つ事が重要なのだだ。一方的に情報を手に入れられれば、優位に立てる。終盤でこそ活きる策も授けてある! だから、それまで時間を稼ぐんだ!


 〝レイア〟達の方は、とりあえずこのままでいい。――むしろ問題は〝ゼロ〟の方だった。


 幸い、あの「猟犬」どもを引き離すことはできてはいるが肝心の情報、そのヒントさえ、まるで見つからないのだ。


 逃げながら、ずっと下を見てはいるのだが、地面に何かのヒントが描かれている様子もない。


 ――なら、ヒントってのはどこにあるんだ?


 〝一目瞭然〟なんじゃないのかよ!? ――いや、もしかしたらレア・カードの時と同じように、何かを見落としているのかもしれない。


 そう言うの好きだもんな、あのベータ共はさ!


 ――なら、一度スタート地点まで戻ってみるか?


 と、〝ゼロ〟が反転しようとしたところで、何か――、巨大なものが〝ゼロ〟の眼前に

 

 まさしく慮外のことだった。もうちょっとで直撃していただろう。


 人間大のそれは、〝ゼロ〟の脇を掠めるようにして地面をえぐり、しかし自分でブレーキをかけるようにして、急停止した。


 血に塗れた爪を突き立て、四足で地に這いながら、〝ゼロ〟を見上げてくる、ソレ。


 いうまでもなく「猟犬」である。しかし今の真上から降るような「落下」はジャンプして飛び上がった、などという程度のものではありえない。


 何をしたのかと訝る間もあらず、続いて第二弾が、今度こそ〝ゼロ〟目掛けてまっすぐに「飛んで」来る。


 間一髪、身を投げ出してそれを避けながら〝ゼロ〟は理解する。「飛んできた」んじゃない。こいつらは「投げつけられてきた」のだ!

 

 手足をたたんだ「猟犬」を他の「猟犬」達が総出で持ち上げ、投げつけていたのだ。


 フザケンなよ! そんなことしてタダで済むのか? ――いいや、よく見れば、飛んできた連中は手足が折れ曲がり、血を吐いてさえいる。


 だが、それさえも意に介さず、彼らは〝ゼロ〟めがけてじりじりと距離を詰めてくる。


 明確な――殺意を持って。


 ――って、いやいや、おかしいだろ!? なんで向かってくるんだ? しかもこんな危険な事までして!

 

 だいたい、なんで殺人おにごっこみたいになってるんだよ!? これって、「ドッグ・ラン」って、走り回って情報を探すゲームだよな?! なんでこんなことになってんだ!?


 本当なら、そう言葉で間違いを指摘したいところだが、五体から血をまき散らしてにじり寄ってくる彼らの様相がそれを許さない。

  

 投げ飛ばされ、前に回った2人が〝ゼロ〟の行く手を阻み、さらには、彼らを投げ飛ばしたと思われる3人が背後を固め、〝ゼロ〟は前後から挟み込まれる形になってしまった。


 「猟犬」達は等間隔に広がりながら、ゼロの退路を断つように分散して間合いを詰めてくる。


 どうする? 逃げられない。いや、逃げられたとしても、接触は避けられない。


 〝ゼロ〟はいよいよどうしようもなくなり、声を上げた。


「あ、あんたら、正気かよ!」


 それも意に介さず、異形となった「猟犬」達はじりじりと〝ゼロ〟を包囲するように距離を詰めてくる。


「――って、見るからに正気じゃありませんってかッ? ――クソ!」


 てゆーか、ダメだろこれ! 明確な違反行為だろ!? あのベータ共は何やってんだ!?


 だが、ここにいない連中を当てにしても意味がない。今、〝ゼロ〟にできるのは意思の疎通を図ることだけである。


 〝ゼロ〟は正面に居た頭の薄い中年の男――と思われるソレに、声を掛けた。解りやすいように、大きな声でゆっくりと。


 ソレは一切の表情を変えず、ぎょろりとした目でじっと〝ゼロ〟を見据えてくる。


 もはや人間と言うよりは、本当に野生の獣、それも哺乳類ですらなく、爬虫類か両生類か、兎角、そう言う、互いの意識の通い合う余地のない、隔絶した生命を想わせた。


「ちょ、ちょっと待って! 待って待って!!」


「――」


「ねぇ、ちょっと! おねがいしますって!」


「――」


 だ、ダメだ。声を掛けてもまるで反応が無い。それどころか、無言のままじっと眼を見開き、じりじりと距離を詰めてくる。


「あ、そうだ。――アンタ、なんだっけ? なんて名前だったっけ? とにかくやめよう! やめましょう」


「――――な、――ま、――え?」


 〝ゼロ〟の絞り出した言葉に、ソレは幾ばくかのタイムラグを持って応えた。〝ゼロ〟はここぞとばかりに声を張り上げる。


「そう、名前! なにさんだっけ? えーと、コードネームっていうか」


「――わから、な――い? 名前――名前、思い出せ――ない」


「えっ。――じゃ、じゃあ、……っと、なんだっけ? あ、そうだ、あんた〝ヤマト〟さんだっけ? そうだよ〝ヤマト〟さんだよ!」


 〝ゼロ〟は脳をあらん限りに振り絞り、レクリエーションで最初に名前を決めくれと言われて狼狽えていた、頭の薄い中年を思い出していた。


 いまとなってはその確証も何もないのだが、とにかく会話の突破口になればそれでいい。


「わから、ない……」


「いや、たしかにそうだったって。……ええと、いいっスか、〝ヤマト〟さん。これは探し物のゲームであって……」


「……ガ、う」


「はい? なんです?」


「――チガう!!」


 ソレ――異形と成り果てた中年〝ヤマト〟は、一転、明らかに怒気を孕んだ唸りまで交えて、咆えた。


「や、違うって言っても……」


「チガう。そうジゃ、ない――名前、ナマエが解らな――いッ」


「だから、」


「チガう。違う! ちがうッ。俺の、本、当の――俺のホントウ、名前、本当のナマエ、ワ、わからなぃぃいぃぃぃぃぃッッ!」


「本当の、って……」


 〝ヤマト〟は骨ばって捻じ曲がった両腕で頭を抱えてしまった。長く太く歪に伸びた爪が自身の皮膚をバリバリと切り裂き引き剥がしていく。


 それも構わず、〝ヤマト〟は苦しそうに身体を振るわせ、今はガラスのようになってしまった両眼からは元栓が壊れてしまったかのような滂沱の涙を流す。


 〝ゼロ〟も納得せざるを得なかった。意思の疎通など不可能なのだ。――延々チップを吸い上げられ続けて、あげくにこの仕打ち。

 

 〝ソノダ〟と同じだ。〝ソノダ〟ほどでなくとも、彼らはもはやまともな人間として行動することさえできなくなってるのだ。


 そして〝ソノダ〟と同様、彼らがもう二度と元には戻れないのではないかと言ううすら寒い予感が〝ゼロ〟の首筋をゾッと撫でていく。


 ――クソ、クソクソクソ!! なんなんだあの〝シード〟ってヤツは!! こんなことを、なんで平気できるんだッ!


「か……え、せッ」


 り切れない思いに〝ゼロ〟は拳を握るが、それが〝シード〟に届くことはない。


 とにかく、ここは逃げなければならない。説得は無理なのだ。どうしようもない。


 そうして〝ゼロ〟が身を翻そうとしたのと、同時だった。


「返せ、ナマエを――カエせぇぇぇぇ!!」


「ヒィッ」


 それまで苦悶していた〝ヤマト〟が己の口腔を引き裂かんばかりに咆えた。


 轟くようなそれに呼応するように、〝ヤマト〟以外の4人の猟犬もまた、血を、涙を流しながら、一斉に四肢を振り乱して〝ゼロ〟に襲い掛かってきた。


 〝ゼロ〟は掛け値なしの悲鳴を上げ、身を強張らせることしかできなかった。駆け比べなら余裕で逃げられるが、掴みかかられるとなると話は別だ。


 ――いや、今の〝ゼロ〟なら力づくで引き剥がすこともできるだろうが……それは出来ない。


 今の〝ゼロ〟には加減が出来ない。全力で彼らに反撃したら、間違いなく殺してしまう。――ダメだ。


 〝ゼロ〟の脳裏にあの〝ソノダ〟の最期がよぎる。出来ない。それは、ダメだ!!


 反撃もできず、〝ゼロ〟は手足を畳んで防御の姿勢を取る事しかできない。


 そこへ遠慮のない暴力が降りそそいだ。獣のようにかぎじれ、肥大化したた牙が、爪が〝ゼロ〟の身体を掻きむしる。


 ――大丈夫だ。多分だが、このままでも自分は死にはしない。だが、それでは情報を得ることなどできない。


 クソッ! どうしたら、


「――〝ゼロ〟様」


 と、その声を聞き止めるより先に、今の今まで〝ゼロ〟に覆いかぶさっていた猟犬たちは木っ端の様に宙を舞っていた。


 見上げた視界の先には、――三者三様の影が並び立つ。


「それは、優しさでも何でもありませんよ」


「然リ。――自衛できるナら、まずはそうすべキだ」


 白ベータが言い、巨漢の黒ベータが声を掛けてきた。


 ――た、助かった、のか? 〝ゼロ〟は現状を把握しきれず、ぼんやりと頭を上げた。

 

「ンにしても、やんなっちゃうわねぇ。スマートじゃないわ↑ぁ。ねぇ?」


 金斑のベータがを作りながら言った。三人のベータは〝ゼロ〟を守るようにその周囲を囲んでいる。


「……」


「とはいえ――流石にやりすぎですよ、みなさん?」


 丁寧なのは語調だけで、白ベータは痙攣しながら地面に転がっている「猟犬」達を蹴り飛ばしつつ言った。


 どうやら、本当に助かったらしい。――けどさ、そりゃありがたいけどさ、来るならもっと早く来てくれよ……お前ら。


「ご無事で?」


「み、見ての通りだよ。……どうなってるんだ?」


 白いのが手を差し出してきたので、〝ゼロ〟もそれにつかまった。もはや過去のことがどうと言っている場合ではなかった。


「それも見ての通りとしか。どうも〝シード〟様は最初から情報を探すつもりはなかったようですね」


 だろうな。んなこったろうとは思ってたよッ。アイツは、〝シード〟は最初から「猟犬」達に、情報を探せ。じゃなくてどんな手を使っても俺を邪魔しろ、とでも命令してたんだろう。


 いまさらだが、どうしてこんな簡単なルールが守れねぇんだろうなぁ、クソヤロウが!


 こっちは出来るだけフェアなゲームをするつもりでいるってのにさ!


「で、どうすんだよ? これをほっとく気か!?」


「流石にそんなことはしません。我々の権限により、は即刻拘束し、〝シード〟様にもペナルティを課すのが妥当でしょう」

  

 おお……、何時になく頼もしいなお前ら。


 〝ゼロ〟がほっと息を吐こうとした、しかしその時、――――新たに複数の人影が彼らを囲むようにして姿を現した。


 「猟犬」ではない。奴らは未だにそこいらに転がっている。


「……何のつもりです?」


 白が声を掛ける。そこに居並ぶのは、先ほどスタート地点にたむろしていた9名のベータ達である。


 何時の間にこんなところにまで来ていたのだろうか?


「あっ、アイツは――」


 赤に青に緑、白黒のストライプ柄にピンク色のまで、色とりどりのベータを見回して、〝ゼロ〟は思わず声を上げた。


 立ち塞がったベータたちの中から、総意を代表するかのように一歩踏み出してきたのは、あの〝ソノダ〟の御付きだった赤ベータだったのだ。


 アイツ、どうしてこんなところに居るんだ!?


「ご機嫌麗しゅうございます。〝ゼロ〟様とは初日の夜以来ですね」


「――ッ」


「答えてください。これはなんの真似ですか?」


 ひとり前に出て洒脱な礼を取った赤ベータに、白ベータが改めて声を掛ける。次第に凝固していくかのような声に対し、赤ベータは初日と同じように肩を竦めつつ、簡潔に応えた。


を見つけました」





「なんだ、またフォールドか。ヤル気あるのかお前ら?」


 親が一巡しても、一度もまともなゲームは行われなかった。


 それを受けてか、いましがた二回目の「親」をやった〝シード〟は欠伸をしつつ声を上げる。


「つまらねぇ展開だな。昨日みたいにすぐ終わるのもアレだけど、だらだら続けるのもだるいよな」


「そ、そうですよね、フヒッ」


「……」


 何も言わない〝レイア〟と、何も言えない〝さくら〟が沈黙で応える。


「そうだ。このままじゃああれだからさ」


「――つぎ、5‐3」


 次の親である〝レイア〟は、〝シード〟の言葉を無視して伏せカードを指定する。


「聞けよ」


 〝シード〟が無遠慮に〝レイア〟の腕を掴み取った。


 眼光がかち合う。火花を散らすような視線が交錯する。


「――放せ」


「まぁ、聞けよ。次のゲーム、俺は『シルバー・バレッド』を使う」


 〝シード〟の言葉に、ヒィ、と小さな悲鳴が聞こえた。おそらく〝さくら〟のものだろう。


「そろそろいいだろ? レア・カードの解禁と行こうじゃないか」


「すれば? 勝手に」


 当の〝レイア〟は〝シード〟の手を力任せに振り払う。しかし〝シード〟の顔は下卑たような笑みに歪んだままだ。


「どんぞ」


 と、選んだカードが〝レイア〟に手渡される。


「どこまで、ポーカーフェイスその顔が続くかねぇ?」


 無表情を貫いてはいるが、〝レイア〟の額にもさすがに汗が滲んでいる。 


 どれだけ表情を押し殺しても、内面まではそうはいかない。〝アアアア〟をあんな末路に陥れたという〝シード〟のレア・カード。それが自分に牙を剥こうとしている。


 その結末を流石の〝レイア〟も想像せざるを得まい。


 想像力こそは恐怖の根源である。想像するが故に、予期するが故に、恐怖はまざまざと我々の眼前にその姿を現す。


 まるで、その四肢を、臓腑を絡め取るように。

 

 わかっていても、素知らぬ顔で通すのは難しい。ただ金を賭けるだけのギャンブルでさえ、ポーカーフェイスを通すのは容易なことではないのだ。


 ましてや、実際に自らの血肉を賭けてのゲームである。稚拙なゆさぶりであっても動揺を隠し通すことは不可能に近い。


 実際に、脇で二人のやり取りを見ているだけの〝さくら〟は真っ青な顔で百面相の真っただ中だ。


 ――しかし、〝レイア〟は違った。


 彼女はそこで、手渡されたばかりのカードを自分でも確認しないまま、そのままボックスにセットしたのだ。

 

 これに対し、真っ先に悲鳴を上げたのは〝さくら〟だった。これは打ち合わせにもないことだ。


 外からカメラの画像でこれを見ているだけの〝ゼロ〟も同様に言葉を失い、息を呑む。


 なんてことだ。嫌な予感が当たってしまった。さんざん「序盤では無理をするな」と言いつけてあったのに。


 〝ゼロ〟が情報を得て優位に立つまでは、それまでは無理をするなと言ってあったハズのに。


 この場合だって、どれだけ挑発されたにしろ、時間稼ぎをして待つのが上策。誰が考えてもそうだろう。


 しかし、〝レイア〟はそうしなかった。一人特製の椅子にふんぞり返っている〝シード〟を睨み付けながら、自分でも未確認のカードで勝負に出たのだ。


 慌てふためく〝さくら〟。無言の〝キング〟。そして射抜くような、挑むような視線を向けられている〝シード〟は静かに口を開く。


「……わかってんのか? それがもしもレベル5で、俺がそのゲームを受けて、お前が勝ったとしたら……」


 ぬるり、と〝レイア〟にささやきかける。


「お前は死ぬんだぞぉ」


 しかし、それを真っ直ぐに見据え、〝レイア〟は断固として言葉を吐き出す。


「勝負形式は5枚勝負」


 言って、ボックスの上の残りのスロットにデッキから迷わず取り出したカードをセットしていく。


 〝シード〟は一転、椅子に踏ん反り返り、「あー、そっかぁ」と嘲るような声を漏らす。


「あー、もしかしてレア・カードがあるから平気だとか思ってる? 『ブラック・ポータル』だっけ? たしかに強力なカードだよなぁ。けどさぁ? お前のチップ量じゃ精々使えて2回だろ。こんなところで使うのは」


 その時、再び〝レイア〟がボックスを蹴り上げた。鈍い残響が、〝シード〟の浮ついたような言葉を遮った。


「ねぇんだよ。使うつもりなんて!」


 〝レイア〟のあまりの剣呑さに、〝シード〟もさすがに言葉を切った。


「あたしはもうセットした。もう取り消せないし、取り消す気もない! あんたたちはどうすんのよ?」


「……」


 ここにきて、初めて〝シード〟が言葉に詰まり、押し黙った。


「なにほざいてもアンタの勝手だけどさ。コッチはあんたの思い通りに動いてやる気なんてないんだよ!」


「――言ったんだよなぁ、昼間に」 


 これ以上ないほどの啖呵を切った〝レイア〟に対して、〝シード〟は顔を伏せながら静かに漏らした。


「あ?」


「俺は、に抵抗されるのがムカつくんだ! ムカつく! ムカつくんだ!!」


 そして悲痛な悲鳴でも上げるみたいに声を荒げ、乱雑にばら撒くようにしてカードをセットした。


「――なぁ? あんまり、俺を怒らせるなよ?」


 そう言って、先ほどの様に喜悦を噛み殺しながらではなく、全く無表情な、それこそ情緒を知らぬ白蛇みたいな顔で〝レイア〟を見据える。






「あのバカ――ッ、まだ理解してないのかよ!!」


 〝ゼロ〟は舌打ち混じりに漏らした。


 リソースの潤沢な相手に、真正面からぶつかっても潰される。


 だからこそ自分の戦略を通すのではなく、相手の戦略を挫くことで最終的に優位に立つ、と言う戦術を取るべきだという〝ゼロ〟のゲーム論を、〝レイア〟はこの期に及んで覆す挙に出ているのだ。


 〝さくら〟は青い顔のままおろおろと〝レイア〟に向けて視線を惑わせていたが、当の〝レイア〟に完無視されて成す術なくフォールドを宣言した。


 〝キング〟も〝シード〟と目配せをしつつフォールドを宣言。


 今宵初めての直接対決は、大方の予想通り〝レイア〟と〝シード〟の一騎打ちと言う形になった。


「でわ、どなたかレイズされる方は――」 


「レイズ、200」


 すると〝レイア〟はすかさず、レイズした。ほぼノータイムであった。


「なんで――なんでや?!」


 だからこそ――というべきか、オープンされたカードを見て誰よりも先に、〝さくら〟が驚愕の声を上げた。


 〝レイア〟はボード上から選んだ未知のカードではなく、自分でセットしたカードを開いた。――なのに、それは紛うことなきレベル5のカードだったのだ。


「え~、特典は「指を斬りおとす。獲得するチップが110倍になる」だんね」


「……どういうつもりだ?」


 さすがの〝シード〟も、これには動揺を隠せない。


 どう考えても、ここで、しかも自分の意思でレベル5を持ち込むなど、あり得ないことだからだ。


「何が? それよりどうすんのよ? 乗るの? それとも降りるの?」


 なぜ平然としていられる? なぜそんなに当然のことのように振る舞える? 〝ゼロ〟も〝レイア〟の正気を疑わざるを得ない。


「……俺が受ければ、お前は指を失うかもしれないんだぞ?」


「知ってるっつの。で、どうすんの?」


「俺を消耗させるつもりなのか? 「シルバー・バレッド」でレベル5を持ってきて、お前のレベル5を相殺するとでも?」


「はぁ? ――思ってるわけないじゃん」


 流石に唖然としていた〝シード〟だったが、そこで改めてニィと笑い。


「受ける。――俺の負けだ」


 と宣言した。〝さくら〟が悲鳴を上げる。引き絞るような悲鳴が、残響の尾を引きつつ伽藍堂の客席に木霊した。




 開示されたカードセットは以下の通りであった。



 〝レイア〟 4・2・2・2・5 


 対 


 〝シード〟 1・1・1・4・4 




 勝敗は4‐1で〝レイア〟の勝ちとなった。


 〝シード〟は最初から勝つ気が無かったようで、レベル1のカード、しかも本来は「奇襲」にしか使えないクズカードばかりを並べていた。


 おそらく、自分の負けが確定してからレベル5を入れ替えて、〝レイア〟に特典を押し付ける気だったのだろう。


 しかし、〝レイア〟が自分からレベル5を持ち込んできたために、その必要が無くなったという所だろうか。


「手間が省けたな」


 案の定、〝シード〟が言う。流石にその表情も、にやけるというよりも呆れているというのが正しい顔に見える。 


「はい。んでわ、このゲームは〝レイア〟様の勝利となります。〝レイア〟様は23650(15+200×110)のチップを獲得だんね。――それから」


 と言って、銀ベータはまた小さな台車を舞台の袖にあたるところから引っ張り出してきた。


 その台車の上に乗っていた、小さなギロチンのような装置。それを見ていた全ての者が、一瞬でその用途を理解した。


 一枚の長細い板のようなソレ。下の部分に、ちょうど――指が入るくらいの、穴が空いている。


「んじゃ、手首を固定しますねっと」


「要らないけど?」


「いざっちゅうときに抜こうとしたりすっと、危ないんでね。逆にね、逆に」


「しないし」


 〝レイア〟は当然のように左手の小指をその穴に差し入れた。そしてされるがままに細い手首をベルトで固定されていく。


「後は――この上のところをガシャってやればいいの?」


「そそ。バネ仕掛けになってて一瞬でズバッてね。どーします? 自分でしますか? それともオレッチが?」


「まッ――まってんか!」


 それまでひたすら目を見開いているばかりだった〝さくら〟が、そこで絞り出すような声を上げた。


「こんな――こんなのはおかしいやないかッ。いくらなんでも、こんなッ……あんまりやろッ。――おかしいわ。いくら何でも、おかしい! やっていいことと悪いことがあるわッ。そうは思わんか? あんさん、人の心があるなら」


「んぇー、悪いんスけどぉ――」


 と、銀ベータが気怠そうに首をひねりつつ応えようとした、その時、ガ、――シャン。という、いかにも機械的な音が会場に響き渡った。


「あらら」


「あぁ――――あああぁぁぁぁぁッ!!」


 悲鳴は、当の〝レイア〟ではなく、〝さくら〟の口からこぼれ出ていた。


「はいはい。いまさら無駄なことわめいて足引っ張らないでくれる? 負け犬のおじさんさぁ」


 〝レイア〟は自分でそれを行ったのだ。


 台車の上には、見る見るうちに真っ赤な血だまりが出来ていく。


 〝レイア〟の言葉に応えることもできず。〝さくら〟は嗚咽を漏らして椅子からずり落ち、床にへたり込んだ。


「んじゃ、あとヨロ」


「オケ。ちょっとまってね~。いや~〝レイア〟さん気風きっぷがいいねぇ」


 銀ベータが異様なほどによどみのない動きで傷口の処置を行っていく。


 一方〝レイア〟は、コチラはいかにも平気そうに振る舞っているが、額に玉のような汗を浮かべ、声も、そして眼も背けたくなるほどに赤い血を滴らせる左手も、ぶるぶると、こらえきれないように震えている。


「そー言うのいいから。……あと、今貰ったチップ使うわ。40ポイント」


「んー、もちっと後のほうがえんでねぇの? 頭がはっきりすっとよけぇ痛ぇよ」


「別にいいし。使う」


 ここで、床に這いつくばりながら歯を鳴らしていた〝さくら〟が、引きつるような声を上げる。


「ゆ――指は、その指はどうすんねん! 繋げなアカンやろ? どうすんねんッ」


 斬りおとされた指は、未だ台車の上に転がったままだ。


 まるで今の今まで生物の一部だったとは思えないほどに無機質な、いっそキレイな作り物の様に、〝ゼロ〟には思えた。


 カメラ越しだったからでは、おそらくないだろう。あまりにも現実離れし過ぎているからだ。


「んー、一応は取っときますね。この場で繋げたりはしねぇ感じだね。カードには「提出する」ってあるんでねぇ」


「なにをッ――なにをいっとるんや!!」


「や、別にどっちでもいいし。てか次のゲームのこと考えれば? あんたが「親」なんだけど?」


 〝レイア〟の処置を終えた銀ベータは指を回収し、「はー忙し忙し」とこぼしつつ一度袖に引っ込んだ。


 他人事のような〝レイア〟の言葉に〝さくら〟は、流石に我慢できないと言わんばかりに、憤然と声を上げた。


「何がどっちでもいいやッ! 自分の身体やろ?! それをむげに傷つけて――、何を――なんで、なんでこないなゲームなんかッ」


 対して、〝レイア〟はまるで爆ぜるかのような勢いで、空になっていた〝さくら〟の椅子を蹴り飛ばした。


 また、伽藍堂のような会場に痛々しい音波が木霊する。


「っせーんだよ! ぬるいこと言ってんじゃねぇ!!」


「ひぃッ!」


 自らが上げた声に倍するほどの勢いで一喝された〝さくら〟は、先ほどとは一転、か細い悲鳴を上げ、身体を丸めた。


「あーもう、だから蹴っちゃだめだってぇ」


 パタパタと戻ってきた銀ベータの言葉を例によって無視した〝レイア〟は、身を竦め、再び無様に尻もちをついた〝さくら〟をさらに大喝する。


「こんなゲーム? こんな? あんたみたいなグズが! 何様? 舐んなよカス野郎? ――アタシはゲームで勝つ為にここに居るんだよ! 勝って、糞みたいな人生にケリをつける。そのためにここに居るんだ!! そのためなら、勝つ為なら死んだって良いし、――何人でも殺してやる」


 誰もが無言だった。会場外の〝ゼロ〟ですらもが言葉を失っていた。


「人生掛けて、命を懸けて戦うってのは、何時だってそう言うもんだろうがッッ!!」


 〝さくら〟は何も言えず、言葉を失ったまま何事かを乞うように口を動かすばかりである。


「――アタシは、ハナっから無傷で勝とうなんて思ってないんだ。レベル5でも何でも使ってやる!」


 今度は〝さくら〟ではなく、先ほどから白い顔をして〝レイア〟を見ていた〝シード〟へ向けて〝レイア〟は吐き捨てるように大喝する。


「……お前、サイッコーだな」


 すると拍手さえ交えて、〝シード〟はまるで心からそうしているかのような顔つきと言葉で、〝レイア〟に賞賛を送った。


「――てか、あんたこそ自分の心配した方が良いんじゃないの? なんだっけ? 「死ぬんだぞぉ」だっけ? アタシが死んでるように見えんのかよ、ああ?」   

 

 そして、一転、悪魔のようなに顔を歪めた〝シード〟は、低く唸るような声で〝レイア〟に問いかける。掛け値なしの愉悦を交えて。 


「……いいんだな? をしても? それでも、お前は最後まで逃げねぇってことなんだよな? 最期まで!」


「このゲームはアタシの勝ち。さっさと次行ってくれる?」


 〝シード〟の言葉には取り合わず、〝レイア〟は先を促すが、〝シード〟は構わず続ける。


「勝ち、ねぇ? ――昨日はさ、失敗したんだ。最初のゲームで死ぬようなカードを使っちまったからさ。……ククク、まさかいきなり「全摘出」なんて引くと思うか? ルーレットだったんだぜ? 爪とか髪とかもあったのにさぁ」


「聞いてないんだけど?」


「お前は、簡単に死なないってことだよな? いま言ったよな? 逃げないんだろ? そうなんだろッ?!」


 もはや会話になっていないのも構わず、心底から嬉しそうに喋りつづける〝シード〟に、〝レイア〟もいよいよ嫌悪の表情を隠さなくなってきた。


 ポーカーフェイスなど止めだと言わんばかりに、狂犬のように牙を剥き出して〝シード〟を睨み付ける。


「……ッ」


「いいぞ。ここからが本番だ。俺も気を付けるからさ、簡単には死なないでくれよ? 最期まで、最後まで俺に見せてくれるんだよなぁ!!」


「狂っとる……、みんな、みんな狂っとるぅッ」


 床にへたり込んだままだった〝さくら〟が、そのやりとりを見ながら漏らした泣き言のような残響が〝ゼロ〟の耳にもこびりついて離れなかった。

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