第26話「三日目」〝シード〟の街 新たなるレア・カード

 〝ゼロ〟は門をくぐり、パークの中へ入る。


 景観に想いを馳せるような余裕も暇もない。しばらく速足で歩き、一度は見失った〝レイア〟を見つけた。


 ――ったく。独りで先行きすぎなんだよ。


 〝レイア〟は付いてきた〝ゼロ〟を一瞥したが、何も言わずに歩くのもやめなかった。


「――〝さくら〟さんは、多分後からくると思う」


「どうでもいい。どうせ狗なんだし。それより、さっさとカード集めるわよ」


 どうでもいい――って。


「なによ」


 横から顔をじっと窺ってくる〝ゼロ〟に、目も向けずに〝レイア〟が言う。


「いや、見たことあんのかなって。――死体とか」


「はぁ? あるわけないじゃん。なに言ってんの?」


「なら、――なら、もうちょっとさッ」


 もうちょっと、人間らしい反応があってもいいではないか。――いや、それが無いことが〝ゼロ〟を不安にさせているのだ。


「いまさらあそこでぎゃーぎゃー喚いて何になんのよ。時間の無駄」


 そんなことは解っている。――〝ゼロ〟が解らないのは、なぜ〝レイア〟がそこまで頑なな人間になったのかという事だ。


 そりゃ昔ひどい目にあったんだってのはわかる。


 だとしても、だからと言ってあんなものを素通りできるほどの――なんというのか、胆力とでもいうか、どうして、どんな経験を積めばそんなふうになるのかが分からなかった。


「いいから、さっさとカード集めてきてよ。あっちの方にレベル4の小屋あったから」


「いや、一緒に行こう」


「――はぁ?」


 そんな顔すんなよ。別にへんな意味で言ったんじゃない。


「ここは、〝シード〟の街なんだろ? なにがあってもおかしくない。あの死体

の意味を考えろって」


「意味? ――ただの悪趣味でしょ」


 どういう神経してんだよ。んなわけねーだろ。


「俺は〝威嚇〟だと思う。お前らもこうなるぞって意味のさ」


「なんでそんなことすんのよ」


「さぁ――これ以上ゲームをする気が無い、とか?」


「それって変じゃない? はカード集めるために狗を放ってたんでしょ?」


「〝アアアア〟が、――ああなったってことは、そうやって集められたプレイヤーがそれなりに居て、そのプレイヤーたちはんだとしたら?」


「……もうレア・カードは十分だと思ってるってこと?」


「多分――な。おそらくは10枚近く、もしかしたらそれ以上溜め込んでるってこともあり得る」


「――あんた、それでどうやって勝つ気でいるのよ」


 むしろそれを聞きたいのは俺の方なんだけど……。と思いつつ、〝ゼロ〟は自分の秘める勝算を語る。


「さっきも少し言ったけど。対戦型ゲームの戦術には主に「二種類」ある」


「あー、……なんだっけ?」


 おいおいッ、しっかりしてくれよ。お前のカードがカギなんだからさ!


「まず、ひとつは「自分のやりたいことをやって、相手を倒す」。攻撃は最大の防御なり、って考え方だな。で、もうひとつは「相手のしたいことをさせない」だ。相手の攻撃の要所を見抜いてガードすれば、少ない労力で相手の攻撃を無効化できるって考え方だ」


「つまり――攻めるか、守るかってこと?」


「普通は「両方」やるんだ。大事なのは、その上でいかに自分の戦法を全うするかって点だと、俺は思ってる」


 講義でもするように〝ゼロ〟が語ると、〝レイア〟はこの上なくいやそうな顔をした。


 〝アヤト〟は褒めてくれたんだけどなぁ……。まぁ、いきなり蹴られないだけマシになってきたと考えるべきか……。


「――何言いたいのかわかんないんだけど?」


「物量で勝ってる相手に、正面からぶち当たったら、普通に負けるって話だよ。だから、自分よりもでかい相手に先手必勝は現実的じゃない」


「守りに入っても同じじゃない」


「ただ守るんじゃない。相手の攻撃を予測して、空振りさせ、足元を掬うんだ。――俺たちの勝ち目はこの一点しかない」


「……」


「で、その要になるのが、お前のカードってわけだ」

 

 〝レイア〟は無言で〝ゼロ〟を見る。


「で、もう一つの要が、相手の情報。相手が何を狙って何をしようとしてるのかが解らないと、この戦法は機能しない」

 

 だから、〝シード〟の情報を持つ〝さくら〟が必要不可欠なのだ。


「……言いたいことは分かった。ムカつくけど、べつに反対はしない」


 別にムカつくとことか無かったんじゃないですかねぇ。


「んじゃ、なおのことさっさとカード集めないとね。やること多いんだから」


 いや、お前がどうやって勝つ気でいたのかをまだ聞いていないんだけど。






 話を切り上げ、二人はレベル4のクエスト小屋に踏み込んだ。


 いつものことだが、内部は薄暗い。


 だが――中には常駐しているのであろうオメガ達が数人と、それらを侍らせるようにして、独り、何者かの姿があった。


 入口に立つ〝ゼロ〟達に背を向けたまま、椅子に座り、手元で何かを弄っているようだった。


 ――先客、か? 〝ゼロ〟はわずかに足を止めたが、〝レイア〟は構わず進んでいく。

 

 なんというか、ある意味頼りになるやつだよな。ある意味。


 薄影に沈んだ背中は中肉中背で、おそらく男であるという以上の事が解らない。


 〝ゼロ〟が〝レイア〟に遅れて、一度止めた足をもう一度踏み出そうとしたところで、唐突にその男が言葉を発した。


「こういうのが嫌いなんだ」


 誰に向けての言葉のかを判じきれず、〝ゼロ〟は動きを止め、〝レイア〟も足を止める。


 二人で、その男の背中に視線を向ける。


「本当に、ムカつく」


 男は独り言でも呟くように言って、今度は何かを床に捨て、踏み潰した。


「悪いね、食事中で」


「あんたは……」


「ムカつくんだよな。――ほら、こういうの」


 言って、振り向いた男が闇間から差し出したのは、何の変哲もないゆで卵だった。


 〝ゼロ〟も〝レイア〟も首をかしげる。この男は何を言っているんだ?


「上手く、スルッとさ、殻が外れない。――ムカつくんだよなぁ。で、無性に腹が立つんだ。――そういう時ってない? が、何を勘違いしてんのか、じたばた足掻きはじめんの。――みっともないったらないよなぁ」


 男はそう言って椅子から立ち上がり、〝ゼロ〟を真っ直ぐに見た。


 撫でつけた真っ赤な髪が目についた。ぬるりとした、凡庸な容姿の男だった。


 背は〝ゼロ〟よりも多少高いが、身体の線はやわくたるみ、何とも頼りなさ気だった。


「ようこそ――〝俺の街〟へ」


 半ば予想はついていたことだったが――やはり、この男が〝シード〟だったか。


 しかし聞いていた、或いは予想していたのとは少々印象が異なる。


 あの〝ソノダ〟や〝アヤト〟に輪をかけて残忍な狂気を抱く男なのだと思っていたが、どうにもめん向かった印象からはのようなものが感じられなかった。


 真っ赤な髪はともかく、それ以外の部分はなんというか、何処にでもいそうないじめられっこ、或いは気弱なもやしにしか見えなかった。


 だが――今は、それが逆に奇異であり、また空恐ろしかった。


 こんな無害そうな男が、本当に〝アアアア〟にあんな仕打ちをしたというのだろうか?


「あ、……っと」


 何か言うべきだとは思うが、〝ゼロ〟は言葉がでなかった。


 この街に居るのだとは思っていたが、まさかこんなところで鉢合わせるとは思わなかったのだ。


「なんだ? 自己紹介くらい無いのか? ――俺のことはもう知ってるか? 〝シード〟だ」


「知ったこっちゃないわよ。クエストやるから退いて。ジャマ」


  一方で〝ゼロ〟の前に居た〝レイア〟は冷然と断じた。


 〝シード〟ははにかむように〝レイア〟を見た。


「ああ、好きにすればいいんじゃないか? ただ、先に言っとこうかと思ってさ」


「何を?」


「お前らも俺の狗なれよ」


 ゆるい顎をしゃくりながら、〝シード〟は言った。まるでそれが当然のことであるかのように。


「そうすれば殺さないでおいてやるよ。詳しくはアレだが、このゲーム、最終的には人手が必要になるんだ」

 

 人手? 何のことだ? 〝ゼロ〟はその情報に食いつこうとしたが、


「ふざけんな!」


 〝レイア〟は爆ぜるように言って、ずかすかと小屋の奥へ進んだ。そしてかまわずクエストを申請しようとした。


「ハァ……、仕方ねぇなぁ」


 そう、胡乱うろんげに言うと〝シード〟はおもむろに近くにあった酒瓶のようなものを逆手に握った。


 ――まるで、それで何かを叩き壊そうとでもいうかのように。


 コイツッ、何かするつもりか!? 〝ゼロ〟も、無論〝レイア〟も咄嗟に身構えた。


「おい、何する気だ!」


「カァンちがい、すんなよ?」


 声を上げた〝ゼロ〟に対し、〝シード〟は柔和に、しかし気色の悪い顔で微笑んだ。


「プレイヤーへの暴力行為は厳禁だ。お前らに何かするわけないだろ?」


「じゃあ、何をどうすんのよッ」

 

 〝レイア〟が刺々しくがなる。すると〝シード〟は口角を嬉々として歪め、言った。


「どうって? ――こうだよッ!」

 

 〝シード〟はおもむろに、近くに居たオメガの頭にその鈍器を振り下ろした。

 

 何事かと判じ難い嫌な音が鳴り、棒立ちでそれを受けたオメガは崩れ落ちるように膝をついた。


 目を剥く〝ゼロ〟の前で、〝シード〟は間髪を置かず、別の、今度は女のオメガへ向けて、横なぎに酒瓶を振り抜いた。


 オメガは小さな悲鳴を上げたが、それでもそれを避けようとはしなかった。鈍器が再び鈍い音を立てた。


 来るのが解っていたからか、今度は膝をつくようなこともなく、華奢な背格好のそのオメガは身を強張らせて立ち尽くしていた。


 その足元に、ばたばたと夕立みたいな血のしずくが滴った。


「動くなよ。上手く当たんないだろ」


「……申し訳ありませんノン」


 女のオメガは子供がしゃくりあげるように泣いていたが、それでも逃げようともせず、命乞いもしなかった。


 ――なんなんだこの異常な光景は!

 

 呆気にとられていた〝ゼロ〟も、これにはさすがに、――さすがに拳を握りしめずにはいられなかった。


「止めろ! このキチガイ野郎!! 何をやってんのかわかってんのか!!」


 〝ゼロ〟は全身をぶつけてでもこの男の行いを止めさせるつもりだったが、しかし、それは阻まれた。


 誰あろう、〝シード〟の暴虐に晒されていたオメガ達によって。


 最初に殴られ、膝をついて蹲っていたオメガも顔の半分を真っ赤な流血に染めながら〝ゼロ〟を止めに来るのだ。


「いけません……。プレイヤー様」


「何言ってんだ。お前ら死んじまうぞ! 暴力行為は禁止じゃないのかよ」

 

 〝ゼロ〟が叫ぶと、〝シード〟は血の流し身体を震わす先ほどのオメガを二度三度、無遠慮に小突きながら、呵々かかと笑う。


「何言ってんだ? それはプレイヤーとベータの話だ。コイツ等は数に入っていない」


 〝ゼロ〟は身体の芯が戦慄くのを感じた。


 息を吸うのも忘れて、嫌悪感と怒りに全身が焦げ付くようだ。

 

 邪悪には触れてきた、悪意にも晒されてきた。嫌と云うほど戦慄し、不条理を味あわされてきた。――が、これは違う。


 もっと原始的な、思考よりも本能に訴えかけてくる悪逆に、〝ゼロ〟は自分でも感じたことのない衝動がせり上がってくるのを感じていた。


「ふざけんなぁぁッ! だからって、――なんでッ! なんでこんなことする必要があるんだよ!!」 


 〝ゼロ〟は喉を裂かんばかりに叫ぶ。しかし、〝シード〟はニヤニヤと白い顔を歪めるばかりだ。


「だから――俺の言うことを聞いて、狗になれよ。そしたらやめてやる」


 平然と、――この男は平然と言い切った。つまりは、人質だとでもいうのか? 

 

 このオメガ達は決して〝ゼロ〟の身内でも、友人でもない。だが、目の前でこんな理不尽な暴力にさらされるのを、見過ごすことも出来ない。


「やめろ! ――コイツ等は元プレイヤーなんだ! 前のゲームで敗退したプレイヤーの成れの果てなんだよ!」


 この男はオメガがなんなのか解っていなかったのかもしれない。


 その可能性に一途の祈りこめて、〝ゼロ〟は叫ぶ。同じプレイヤーなのだと知ったら、止めてくれるかもしれないと。――しかし、


「へぇ? ――――じゃあ、こうなってるのはアンカーの効果ってことか? それはすごいな」


 一瞬きょとんとして目を丸くした〝シード〟はそんな声を上げた。


「そうだよッ。だから、そんな事は」


「――じゃあ、コイツ等は死んだらどうなるんだ? このまま死ぬのか? 死んだらもとに戻ったりするのか?」


 〝ゼロ〟の淡い期待を蹴散らすようにして、〝シード〟はそう、子供のように嬉々として語った。


 血を流し震えるオメガを、舐めるようにして観察しながら。


 もはや、それ以上確認するまでもなかった。コイツはおかしい。


「今度は動くなよ?」


 理科の実験でも始めようかと言うような無邪気さで、三度重苦しい酒瓶を振り上げた〝シード〟から〝ゼロ〟が思わず目を背けた、その時――


「どうでもいい。――クエストやらせてよ」


 〝レイア〟が、いたって平素な声で言った。


 〝ゼロ〟は元より〝シード〟さえもが、手を止めて唖然と〝レイア〟を見た。


「へぇ、――気にしないんだな?」


「知ったことじゃないし。


 すると〝シード〟は白蛇のようにニタァと笑った。


「良いなぁ、見どころあるなぁお前。――ハッタリじゃないなら、だけど」


 言って、〝シード〟は無抵抗のオメガの頭に、いよいよ全力で鈍器を振り下ろした。


「やめろ! もう止めろ!!」


 ――が、それを差し止めるように〝ゼロ〟が、今度こそあらん限りの声で吠えて、――そして、同時に〝レイア〟の腕を掴みとった。


「俺たちはクエストをやらない! テメェも、そんなことする意味ねーだろ! だからやめろ!!」


 大喝して、返答も聞かず、〝ゼロ〟はそのまま〝レイア〟を引きずって出口に向かう。


「ちょ、やめ――」


 〝レイア〟は抵抗したが、〝ゼロ〟も加減が出来なかった。


 力任せに引きずり、表の石畳に転び出る。


「そうか、――残念だ。俺は何時もここに居るんでな。狗になりたくなったらまた来てくれ!」


 快哉を叫ぶような〝シード〟の嘲笑が、蛇のように耳へ絡みつき、〝ゼロ〟は足を速めた。






「放、し、――放せッ!」


 しばらく当て所もなく突き進んだところで、〝レイア〟は〝ゼロ〟の手を振り払った。


 これ以上、掴んでいる必要も無かったので、〝ゼロ〟も手を離す。


 〝レイア〟の腕にはわずかにアザが付いていた。


「ごめん。――――けどッ、けどもう、うんざりなんだよッ! もうあんなもの見たくない。……お前だって……」


 〝ゼロ〟は正午の日差しを受けてまばらにきらめく石畳を睨みつけながら、言った。


 本心だった。本当に、もううんざりだった。まともにゲームなんて出来やしない!


 〝レイア〟はうつむくようにして〝ゼロ〟から距離をとった。〝ゼロ〟もそれを追うことはしなかった。


 どうせまた、〝ゼロ〟の意気地の無さをなじりながら、蹴りなりなんなり見舞ってくるのだろう。


 それでもよかった。あんな所にいるよりはよっぽどましだと思えた。


 だがいつまでたって、蹴りは飛んでこない。〝レイア〟は〝ゼロ〟になにもせず、言葉も発しなかった。


 怪訝けげんに思って〝ゼロ〟が顔を上げると――〝レイア〟は泣いていた。


 ボロボロと、歯を食いしばって、顔を歪めて涙をこぼしていた。


「お前――」


 〝ゼロ〟は、棒立ちで涙をこぼす〝レイア〟に近づいた。


 この泣き顔には見覚えがあった。本当に傷ついた時の顔。昔と変わらない顔だった。


「ごめん。――痛かったよな」


 しかし、そう言うと、〝レイア〟は今度こそ思いきり弓を引いて、〝ゼロ〟に殴り掛かった。


 そして顔を真っ赤にして叫ぶ。


「そんなんじゃないッ!!」


 そして、細い腕を振り回す。さすがに正面から殴られはしないが、そもそも、〝レイア〟の方も、それを当てるつもりはないように見えた。

 

 力の無い空振りは長く続かず、次第に萎えて、また〝レイア〟は棒立ちになった。


 そして自分の全身を握りしめるように、拳を握って身体を強張らせた。


「そんなんじゃない――そんなんじゃないッ! ――逃げて、妥協して、――それで安心してる自分がムカつくんだよ!!」


 痛かったのじゃない。――恐かったのだ。そしてそれに屈したことを、彼女は最も悔いていた。


 そうだった。昔から、どんなに無様で、どんなに無知で、無力でも、コイツは、こういう気高さみたいなものを持ったヤツだった。


 悔しさで泣くことのできる奴だった。


 いまだから思えるけど、自分は、何処かでそれに嫉妬していたような気がする。

 ――イジメていい理由になんて、ならないけれど。






 街の大通りに備え付けられているベンチのような長椅子に〝レイア〟を座らせ、〝ゼロ〟は一人、他のクエスト小屋を回ってみることにした。


 街はそこまで大きくはない。ざっと一回りしてみてから、〝ゼロ〟は〝レイア〟の元に戻った。


「――落ち着いたか」


「最初から落ち着いてるし」


 ああ、そうですか。


「回ってみたけど、青と緑はオメガしかない。けど赤には誰かいるっぽい」


「黒は?」


 黒のクエスト小屋、それはつまりレベル5の入手場所であることを意味する。


「――誰もいない。……けど、関係ないだろ?」


「関係なく無いでしょ。レベル4が使えないならレベル5しかないじゃん」


 〝ゼロ〟は、ありえねぇよ……、と漏らす。


 〝レイア〟は顔をゆがめて舌打ちした。


「あたしの勝算てのはそれよ。最初からね。――レベル5でもなんでも、使って勝ってやる――勝つんだ!」


「ちょっと待てよ――いくらなんでも」


「じゃあ、他にどうすんのよ?」


 言われて〝ゼロ〟も考え込む。


 無論、それも考えなかったわけではない。だが、やはりそんなものは戦法とは呼べない。


 自分にできるとは思えなかったし、〝レイア〟にもさせるわけにはいかなかった。


 かと言って、いまさら別のパークに移動して戻ってくる時間などはあり得ない。


 こんなことなら、カードの補充をやってからパークを出るべきだった。


「――だいたい、そのレベル1の小屋に居んのって誰よ? どんな奴?」


「どんなって――いや、そんなまじまじ中を覗き込んだわけじゃないから……」


「じゃあダメ元でも、行ってみたらいいんじゃないの?」


「いや、――それでまたオメガが殴られたら嫌だろ?」

 

 〝レイア〟は苛立たしげに、舌打ちをする。


「ムカつくッ! ムカつく! ムカつく!! あの〝シードクソ〟も、その狗ヤロウもッ! んなことに使われやがって!!」


 小屋に居るはずのヤツに言っているのだろうか? しかしそんなはずはない。


「いや、多分違う。――〝シード〟と同じ理由で小屋に張り付いてるなら、狗じゃないはずだ。狗相手ならオメガ達も抵抗するだろうし」


 〝レイア〟はいらだたしげに首を傾げる。


「じゃあ、なんだっつーのよ」


「つまり、あそこにいるのは〝シード〟の「協力者」ってことになるな。プレイヤーだ」


「……やっぱ、どんな奴かってだけでも見に行くべきなんじゃない?」


 ずっとここに居ても意味なんてないし。――と〝レイア〟は続けた。


 〝ゼロ〟は〝さくら〟なら何か知っているかもと考えたが、〝レイア〟は反対した。そんなのは後でいいと。


 とにかく、なんでもいいから事を進めたいのだろう。


 それは〝ゼロ〟にもよくわかる。今の二人には『止まっていること』が、一番つらいことだった。


 そして二人は、赤い印の付いているレベル1のクエスト小屋へ向かい、中を覗き込んだ。


 視線が合った。


 待ち構えるようにしてそこに居たのはブヨブヨと太り、吹き出物だらけの顔をした、およそ醜い男だった。


「やぁ――お客さんかな」





〝キング〟と、男はそう名乗った。


〝ゼロ〟としてもこんなことを言いたくはないが、正直直視したいと思えない、グロテスクな容姿の男だった。


 確か最初のレクリエイションで〝シード〟のすぐ前に居た男だ。――まさかこの男だったとは。


「――グヒッ、ヒヒ……」


「……んだよ」


 二人が戸口で立ちすくんでいると〝キング〟は、ぶよぶよとした動きで二人に、というよりも〝レイア〟に近づき、じぃっ、とその肢体を見据えてくる。


 額をじっとりと汗でぬらし、顔色を不健康そうに上気させて。


「キミ――かわいいねぇ」


「はぁ?」


「綺麗な足だねぇ。真っ白で引き締まってて、――スゴク好きだよ。フヒヒ。凄く好みだ」


「な!? き――気持ちわりぃんだよッ!」


「……」


 まぁ、ここだけの話、そんなカッコしてっからかもしれないけどな。足とか出しすぎなんだよオマエ。


 〝ゼロ〟は一人内心で嘆息する。

 

 とはいえ、それを初対面で、面と向かって相手に言うこの男も大概である。

 

 〝レイア〟は案の定、激昂してこの〝キング〟に蹴りを見舞おうとするが、オメガ達に止められる。


 ――しかし、かわいそうに、そのオメガ達も傷だらけなのだ。


「おおっと、プレイヤー同士の暴力はご法度だよ?」


「おまえ、――お前も……」


「お前『も』? ああ、〝シード〟さんのところにはもう行ったんだね。クヒヒッ。あそこは街の入り口にも近いからね。じゃあ、言わなくても分かるよね。そういう事、この店でクエストをやるのはやめておいた方がいいね。じゃないと」


 そう言うと、〝キング〟は〝シード〟と同様、手にしていた酒瓶のようなものを振りかぶった。


「分かったから止めろ、このクソヤロウ!!」 


「ふぅん。――クヒヒッ、わからないなぁ」


 言って、この男は一度振りかぶった鈍器を止め、しかし身をすくめるオメガを無遠慮に小突いた。


「おい!」


「なんでこんなことで、止めちゃうんだろうねぇ。〝シード〟さんは頭がいいなぁ。クヒヒ」


 なぜ〝ゼロ〟たちが躊躇ちゅうちょしているのか、本気で解らないかのように言って、〝キング〟は笑う。


 その時、額に青筋を浮かべた〝レイア〟は無言のまま、〝キング〟に向かって踏み出した。


「あれぇ? 良いの? やっちゃうよ?」


「やってみろよ。――その前にお前をブッ殺」


 しかし、〝ゼロ〟はそれを、身体を張って押し留めた。〝キング〟に向かって静かに、そして重苦しく告げる。


をお前みたいなのと一緒にするな!」


 〝ゼロ〟を押し退けようとしてた〝レイア〟も、その言葉を聞いて、前進するのを止めた。


「ふうん? ――まぁ、いいや」


 と言って言葉を切った〝キング〟はそこで、〝ゼロ〟と〝レイア〟を交互に、じろじろと眺めまわした。


 豆粒のように小さな目をこまめにしばたたかせるのが、目に見えて不快だった。


「なんだよッ」


 〝ゼロ〟は声で〝キング〟を打ち据えるぐらいの気持ちで不快感を露わにしたが、この醜い男は気にする様子もなく、


「――思い出した。君らと一緒にいた、金髪の娘も可愛かったねぇ。どこにいるかしってるかい?」


 脂ぎった顔全体を卑屈に歪めて、そんな事を言う。口の中で何かを舐り、弄ぶように。


「――知るかよ。もう行こうぜ。ここに居ても意味が無い」


 比喩でもなんでもなく、吐き気がした。


 〝ゼロ〟は〝レイア〟の手を引く。〝レイア〟は〝キング〟を睨み付けているが、何も言わず、引かれるがままについてきた。


 忸怩じくじたるものがあった。


 振り払いようのない重苦しいものが、二人の四肢に絡みついているようだった。


 来るんじゃなかった。こんな、〝シード〟に輪を掛けたゲス野郎が居るとはさすがに予想できなかった。


「おい、――待ちたまえよ。質問に答えるんだ!」

 

 背後からは未練がましい声が聞こえたが、知ったことではない。


 いまさら〝アヤト〟に義理立てするつもりもなかったが、かと言ってコイツに何かを教えてやるような気にもならない。


「待てェ!」


 しかし、この男は小屋の外にまで、短い足を必死にバタつかせて付いてくる。息せき切って油まみれになったその顔は、先ほどにも増して気色の悪いことになっている。


 ――よほど、あの〝アヤト〟にご執心らしい。

 

 まぁ、見た目だけならわからなくもないけどな。知らないってことは幸せだよな。


「ったく、みっともないヤツだな。中学生相手に……」


「――――ブハッッ」


 〝ゼロ〟がうんざりしてそう漏らすと、唐突に〝レイア〟が、噴き出した。まるで失笑をこらえきれないという具合に。


「――え、なに?」


「――や、だって、同じじゃんアイツ、あんたと」


「うぇ? ――いや、――いや、違うだろ!? さすがにあんな」


 と狼狽しつつ足を止めた〝ゼロ〟は〝レイア〟に向き直るが、〝レイア〟は引き続き失笑――と言うか最後には我慢しきれないとばかりに大笑いして見せた。


「なのにさ、あんた、どの口で言ってんのよ? マジで! あのガキにのぼせてた時のアンタとぜんぜん一緒じゃん? なのに――あ~もう、ヤバいってェ!」


 〝レイア〟は本気で爆笑している。


 ――しかも、いつのような皮肉気な作為のようなものが感じられない。ようするに、本気で、まったく素直な気持ちでそう思っているという事らしい。


 うっそだろ、おい? いや、だって〝キングアイツ〟は歳だってずっと上っぽいしさ。俺とは状況が違くない? 


 ――などという〝ゼロ〟の自己弁護はまったく通じないらしい。


 〝レイア〟はもうやめてと言わんばかりに笑い続けるばかりだ。


 なんてことなのだろう。〝ゼロ〟は絶賛自己嫌悪に陥った。まさか、あんなと同種に見られてしまうだなんて――


「――――笑ったな?」


 先ほどとは打って変わって、低くような声が、思ったよりも近くから聞こえた。


「はぁ?」


 〝ゼロ〟と〝レイア〟はそろって困惑の声を上げた。いや、笑ってはいたが、笑われていたのはどちらかと言うと〝ゼロ〟のほうなのだが、


「わ、わかるぞ。聞こえたぞ。――今、僕のことをバカにしてたな?」


「あ、いや、そうじゃなくて」


 しかしいつの間にこんな近くにいたのか、〝キング〟は小さくもぶくぶく膨れ上がった身体をぶるぶるとふるわせて、肩で息をしながら壊れたような声を張り上げる。


「許さない――許さない許さない許さない許さない!!!!」


「――なんなのコイツ……」


 いきなり癇癪かんしゃくを爆発させ始めた〝キング〟に、いましがたまで爆笑していた〝レイア〟もドン引きしている。


 それほど、異様と言うべき豹変だった。


「許さない――絶対に、だ。……クヒヒ、僕を怒らせるからだよ。真夜よるまで待つ必要もない。ここで、君たちをにしてあげるよ!!」


 そんな怖いものでも見るような〝ゼロ〟達の視線を知ってか知らずか、〝キング〟は己に酔いしれるかのように、高らかに宣言する。


「残念だが、誰も拒否はできない。君たちの命運は、ここに尽きた! クヒッ。なぜなら――このカードを使う!「金冠日蝕ゴールド・イクリプス!」


 何事かと目を見張る〝ゼロ〟の前で、〝キング〟は一枚だけポケットから取り出した奇妙な色合いのカードを、腕に押し当てスライドさせる。


「――ねぇ、あれって」


「ああ、多分そうだ」


 スキャニング。俺たち自身は初めて見る、レア・カードのもう一つの使い方。

しかし、今は真夜ではない。


 ゲーム外で効果を発揮するカードもあるとは聞くが……。


「ふひッ。――このカードの効果は、『真夜以外のいかなる時間であっても、ゲームを始めることを可能とする』というもの!」



・「金冠日蝕(ゴールド・イクリプス)」レベル:10 


 このカードが対峙するカードに勝利し、同時に現在が真夜でなかった場合、ゲームを新たに開始する事が出来る。


  

 〝ゼロ〟は息を呑む。そ、そんなレアもあるのかよ!?


「クヒヒ、君たちカードが無いんだろう? デッキが空なんだよね? クヒヒ……知ってるよ。だから「奇襲」を行う。もう一度、この「ゴールド・イクリプス」で、〝君〟に一枚勝負を仕掛ける!」


 〝キング〟がえたような視線を向ける先、それは〝レイア〟であった。


「――ッ」


 いきなりゲームを始めるっていうのか? この場所で? だがどうやって? 勝負を仕掛けるって言っても、ここはパークの中の往来だ。そもそも進行役のベータもいないってのに。


 と、〝ゼロ〟達が反応に困っていたところへ、何処からともなく――というか、近くの家屋の上から颯爽とひとりのベータが降り立った。


「――ンフフフ↑ッ! ご免あさぁ↑あせ!」


 抜けるようなバリトンボイスの哄笑と共に。


「ンゲーム開始の報を聞いて馳せ参じました。このイレギュラーなゲーム、仕切らせていただきまぁ↑す」


 黒髪だが毛先だけが金髪のような具合にグラデーションしている、妙な具合のポワポワだった。


 ――はっきり言って妙だ。いまさらだけど。


 上背はあの赤ベータ以上〝レイア〟の黒ベータ以下と言ったところか。十分堂々たる体格の男である。


 なぜオネェ口調なのか知らないが、それにいろいろとリアクション出来るほど〝ゼロ〟達には余裕が無かった。


 なんの用意もないまま、しかも昼間の内にゲームを仕掛けられるなど予想しようがない。


「ンはァじめま↑して。〝キング〟ちゃん。それに〝ゼロ〟ちゃんに〝レイア〟ちゃんね」


 なぜかプレイヤーをちゃん付けしてくるこのベータは、〝キング〟に対しても「初めまして」とあいさつをしていた。


「にぃしても、忙しないわねぇ。まるで私が尻軽みたいじゃなぁい?」


 どうやら、あの〝キング〟のカード、「ゴールド・イクリプス」だったか、あれは〝キング〟が最初から持っていたレアと言う訳ではないらしい。


 しかも、デッキを持たずにアレを単品で持ち歩いていたという事は……、いや、まさか、……考えにくいが……、


「……クヒヒッ。そう言う訳で、ゲームを仕掛けるよ。さぁ、君はどうする? いや、君らは自分のレアで勝負を受けるしかない! そうだろ? だが、ゴールド・イクリプスのレベルは最大値の10! 最悪でも僕の負けはない」


「――クソッ」

 

 〝レイア〟は唇を噛んでいる。実際レイアが持っているのはブラック・ポータルだけだ。


 そのレベルは6、このまま行けば確かに〝レイア〟は虎の子のレア・カードを失うことになる。


 ――もっとも、それは〝キング〟の思惑通りに事が運べば、のことであるが。


「いや、別にいいじゃん」


 場が緊迫していく中――〝ゼロ〟は空気を無視して率直に発言した。


「え?」


 と〝レイア〟が振り向き、〝キング〟も同様に「え?」と声を上げる。


「こんなゲーム、受けなきゃいいんだよ。普通にチップをやればいいさ。『2ポイント』」


「2ポイント?」


「な、何を言ってるんだい……」


 〝キング〟はせせら笑おうとするが〝ゼロ〟は取り合わず、毅然と声を上げる。


「レア・カードだって、ゲームに使用されなきゃ所有権の移動は起きないんだ。そうだろ?」


「ええ、もちろんですわ。――〝キング〟ちゃん、他のカードは?」


「な、ない……」


「あらー」


 ベータも困ったように声を上げた。処置なしとでも言うように。


「それに、ゴールド・イクリプスにはチップの量を増加させる機能はない」


「――そっか。コイツが「奇襲」なんて言うもんだから、その気になってたわ」


 というか、カードが無いわけじゃないんだから、「交渉」だってできるはずなのだだ。


 交渉してゲームを拒否すればそれで問題ない。――しかし、ゼロはこれについては何も言わなかった。


 〝ゼロ〟としてはむしろ、これが何かの伏線では、と訝っていたのだ。


 ――が、〝キング〟は明らかに「しまった」というカオをしている。


 つまり、コイツはこんな簡単なミスにも気付かず、ノリノリで優位を取ったような顔をしていたのだ。


 しかも、そのためにスキャニングによるコストで10ポイントも使用している。


 想像の上を行くアホである。というか、レア・カードを使う前に通常のゲームについてよく勉強し直して来いと言いたいくらいだ。


「そんなぁ、……んぐぅ……」


 当の〝キング〟は吹き出物だらけのブヨブヨとした顔を真っ赤にして、何やら唸っている。


 しかし、いまさら何をしたところでミスを返上することなど出来まい。


「じゃあ、あげるわ。2ポイント」


「いや、それよりもさ……」


 〝レイア〟も、呆れたような声でゲームを終わらそうとする。――が、〝ゼロ〟はそれに待ったをかけた。


 いいアイデアがあるのだ。むしろ、このミス――利用させてもらおう。


「――こうしよう……。ちょうどいいから……」


 〝ゼロ〟が耳打ちすると〝レイア〟はきょとんとした顔で〝ゼロ〟を見、そして〝キング〟を見てから、にぃ、と笑った。


「――なぁるほどォ。じゃあ、やってみよっか」


「え? ……え?」 


 〝レイア〟は〝キング〟を見下ろしながらに歩み寄る。


「な、なんだよぉ」


「受けたげるつってんの。そのゲーム」


「え、ホントに?」


 やおら子供のように応対する〝キング〟対して、〝レイア〟はこの上なく邪悪に微笑んだ。


「〝レイア〟ちゃん、よろしいの?」


 ベータの言葉に、〝レイア〟は頷く。


「じゃあ、ゲームを受けた上で、――アタシも「ブラック・ポータル」を「スキャニング」して、アンタのカードの効果を!」


「うぇえ?」


 〝キング〟は頓狂な声を上げた。


 〝ゼロ〟はほくそ笑む。お前の最大の間違いは「奇襲」を理解していなかったことよりも、俺たちにも「レア・カード」があるってことを失念していたことだ!!


 〝レイア〟の「ブラック・ポータル」により、この真昼のゲーム自体がご破算になった。


 しかし、この攻防そのものはまだ終わらない!


「――さらに、そこで俺のカード「ホワイト・ポータル」をスキャニングする!」


 〝ゼロ〟もまた宣言し、自らのカードをスキャニングする。


 同時に、精神――というか脳そのものが頭蓋の中で圧迫されるような感覚が襲ってくる。これがコストとして支払われる「負荷」というやつか。


 たかがチップ10枚分とはいえ、今の自分には辛いものがあるようだ。


「うぇぇぇ!? そ、それって……」


「そうだ。このカードの能力で、今しがた「ブラック・ポータル」で打ち消された「ゴールド・イクリプス」の効力――つまり「昼間のゲーム」を俺が「再開」する。そして、今度は、俺からお前に「奇襲」を仕掛ける。手札はこのホワイト・ポータル。レベルは10!」


「な、何の! こっちもレベルは10だ!」


 〝キング〟は「ゴールド・イクリプス」でそれを受ける。


「――ク、クヒ。どうだ。これで互角だ。引き分けだ!」


 だろうな。


 そんだけテンパってたら「受ける」と思ってたよ。〝レイア〟のときとおなじで、素直に2ポイント払っときゃいいものを。


「そうだな――引き分けだ」

 

〝ゼロ〟は微笑んだ。


「え?」


「じゃあ、――」


 間髪入れず、〝レイア〟がブラック・ポータルを掲げて宣言する。


「今度はアタシがあんたに「奇襲」を仕掛けるわ」


「え? え? え?」


 〝キング〟は訳が分からないとばかりに頭を抱える。


「あたしのカードはまだ手札として使えるってこと。さぁ、どうすんのよアンタ!」


「え――え、あ? えあ? う、受ける」


 言って、〝キング〟はもう一度「ゴールド・イクリプス」のカードを掲げるが、


「あぁ↑ん、〝キング〟ちゃん。それはダメよぉ? レア・カードと言えども、手札として使用できるのは、一ゲーム中一度だけ、なんだから」


「う、あ、ああぁ」


 〝キング〟はようやく〝ゼロ〟の思惑に思い至ったのか、肉にうずもれた小さな目を、目いっぱいに見開いて狼狽える。


「ンでは、サクサク行くわね? 〝キング〟ちゃんにはゲームを受けるためのカードがないわぁ。よって、〝レイア〟ちゃんに2ポイントのチップとレア・カード『ゴールド・イクリプス』の所有権が移動しまぁ↑す」


「あは、やった。なにこれってラッキー?」


「ラッキーっつーか……」


 〝レイア〟は笑顔とともにガッツポーズをとる。


 〝ゼロ〟も苦笑いしながら言葉に詰まった。この場合、相手があまりにもバカすぎたというべきではないだろうか?


「ち――――違う。違う。こんなの違う!!」


 幼児のように涙や鼻水で顔をどろどろにして、グズグズと泣き喚いていた〝キング〟は、ついに『ゴールド・イクリプス』を投げ捨て、逃げ出した。


 〝ゼロ〟と〝レイア〟は唖然とそれを見送るしかない。


「あぁ↑ん、もぉっと優しく扱ってほしいわねぇ」


 金斑のベータは颯爽とそれを拾い上げ、体格に見合わぬ瀟洒しょうしゃなハンカチで拭ってから次の所持者である〝レイア〟に手渡す。

 

 にしても、ガチ泣きしてたな。まさしく恥も外聞もないとはこのことかと思われるほどの見事な泣きっぷりだった。


 結構年上だと思うんだけどな、〝キングあいつ〟。歳、幾つぐらいなんだろうか? 見た目からすると40代でも通じそうだけど、実はもっと若いとか?


 まぁ、考えるだけムダ、かな。


「で、どう? 『ブラック・ポータル』は」


「いんじゃない? 使えるわ、コレ」


 ようやくわかってもらえたか。「打ち消す」ってはとにかく最強なんだよ。ごちゃごちゃ説明しようとしたのが間違いだったかな。



「でぇ↑は、〝ゼロ〟ちゃんに〝レイア〟ちゃん。改めまして。そのカード付きのベータ・シープです。以後、お見知りおきを」


「ああ、ど、どうも」


「てか、「ちゃん」とかやめてほしいんだけど」


 〝レイア〟は他のシープ同様に剣呑な態度をとったが、このベータの鷹揚な態度にはいまいち通用しないらしい。


「そぉ↑んな、つんけんしないのぉ。可愛いのが台無しよ〝レイア〟ちゃん?」


「……あたし、コイツちょっと苦手かも」


 〝レイア〟が、らしくもなく萎れたようなこえで耳打ちしてくる。


 〝ゼロ〟に至っては、思考停止状態だ。どうリアクションして良いのかわからない。この手のタイプとは付き合った経験などありはしない。


 なんでこの羊共はいちいちキャラが濃いんだろうか?


「で、どうなさいますぅ? 何もないならこのままひかえておきますけど? なにかお聞きになりたいことなどありまして?」


「別にないんじゃない」


「いや」


 〝ゼロ〟はかぶりを振った。実は少し前から、このカードの、もっと有用な活用法を考えていたのだ。


 おそらく、このカードの本当の使い方は、「昼間にゲームを仕掛ける奇襲戦法」なんてものじゃない。


「――このカードを使ってちょっとやってみたいことあるんだけど」


「ンなんなりと」


 オネェのベータはうやうやしく頭を下げた。






「で、どうすんのよ?」


「レベル2の特典を使おうと思う」


 一段落ついたところで、〝ゼロ〟と〝レイア〟そして金斑のベータは青のクエスト小屋、すなわちレベル2のカード小屋に腰を落ち着けていた。


 無論、ここへ誘導したのは〝ゼロ〟である。


「特典?」


「お前が手に入れた「注射」もそうだけど、この特典て言うのは、かなり強力な代物だ。それを大量に手に入れて、次のゲームに活かすってことさ」


「たいりょうにって、どうすんのよ?」


「その『ゴールド・イクリプス』を使う。それで俺とオマエ、二人でお互いにレベル2で相手を奇襲し合うってことだ」


「――そっか。交互にレベル2を使うならチップがなくなるってこともない……」


「そういう事。――ていうか、このカードの正しい使い方ってこういう事なんじゃないのか?」


 〝ゼロ〟は金斑のベータに言うが、ベータはかぶりを振る。


「ンー、そう言う使い方もある、と言うだけのことよぉ↑。カードをどう使うかはプレイヤーちゃんたち次第。どう使わなければならないなんて決まりはないわぁ」


「そっか。――ま、とにかくそれで特典を手に入れて、後はチップも増やそう」


「増やす?」


「レベル2じゃチップは移動するだけだけど、レベル3なら少しだけだけどチップは増えるんだ」


「そうだっけ? でも増えるっても、2とか3とかじゃなかった?」


「塵も積もれば、ってやつだ。10枚、20枚使えば、スキャニングのコスト分くらいはカバーできる」


「確かに――無いよりはだいぶマシかもね」


「正直、確実に勝てる策なんて見えてこないけど、何かできるかもしれない。とにかくいまは動くしかないと思う」


 〝シード〟攻略の策は見えておらず、この『ゴールド・イクリプス』の活用も、はっきり言って対処療法でしかない。


 それでも、ゲームに参加すら出来そうもなかった先ほどよりはだいぶマシな状況だと言える。


「オッケ。――アタシはレベル3のほうに行ってくるわ」


「ああ、俺はここでレベル2を集める。あんたはここにいてくれ」


「はぁい。よしなに」


 金斑のベータの返答も待たず、〝レイア〟は走り出していた。〝ゼロ〟もすぐさまクエストに取り掛かる。


 時間的に見ても、これがこの状況で取れる最善の策だと言える。後は動くだけだ。







 そして日は暮れ、周囲は闇に包まれ始めている。


 二人はまた食堂に集合し、テーブルを挟んで額を突き合わせていた。


「……なんか、どう使っていいかわからないものも多いな……」


 とにかく、ありったけのレベル2を使用し、貰える限りの特典をそろえていた〝ゼロ〟と〝レイア〟はそれらの物品をテーブルの上に並べ、互いに頭を突き合わせていた。

 

 集めたレベル2の特典だが、なんというか、思った以上にバラエティーにとんだラインナップだったとだけ言っておこう。


「あ、これなんてどうよ。いい感じ」

 

 〝レイア〟がそのうちの一つ。ペラペラの紙きれのようなものをつかみ取る。


「――はぁ!? いや、無い無い。だって、……最終手段じゃん、こんなの」


「だから、最終手段としていいじゃん、って言ってんの」


 改めて思うが、ホントに正気か、この女?


「……わりぃけど、そんなやり方認める気にはなれねぇよ」


「もっといいやり方があんならいいわよ、それでも。でも、無いなら手段は選んでられないでしょ」


 限度があるって話なんだよなぁ……。


 相変わらずだの調子だったが、しかし両者の声は軽かった。


 大方の方針は決まりかけていたからだ。


 レベル2とレベル3の特典を大量に取得して優位に立とうという戦略、――今のところ五分にも満たないが、それでも勝ち目が出てきた。


 なによりも、が大きい。これを活用できれば、優位に立つことだって夢ではない。


「〝ゼロ〟様――お待たせいたしました」


「ああ、〝さくら〟さん」


 その時、白ベータが俯く〝さくら〟を伴って姿を現した。


 先ほど白ベータを呼びつけ、〝さくら〟を呼んできてくれるように頼んであったのだ。


「話は通しておきました」


「コチラも、だ」


 さらに、別の方角から黒のベータも姿を現す。視線が集まる。


「『提案』ハ受け入れらレた」


「――良し!」


 〝ゼロ〟は言った。実は今宵のゲーム対して、あるルールを加えるという提案を行っていたのだ。


 提案が通るだろうとは思っていた。このゲームが見世物になっているというなら、これはなかなか魅力的な提案だと言えることだろう。


 ――それは同時に、彼の提案がこれ以上なく、露悪的な提案だったとうことなのかもしれないが。


「〝ゼロ〟はん……」


「大丈夫ですよ」


 その提案についての不安を隠しきれない様子の〝さくら〟が、か細い声を上げる。


「じゃあ、用意してください。――俺たちも行こう」

 

 〝ゼロ〟は手に入れた特典の数々を、用意してもらった背嚢はいのうに納める。


 〝レイア〟も頷く。やれるだけのことはやった。


 三人のチームワークと、集めた特典の力を最大限に使えば、勝つことだって――決して不可能ではないはずだ。


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