第25話「三日目」道中~〝シード〟の街へ~「発見」
恐怖によって萎えていた足に活を入れたのは、希望などではなく、もう一つの恐怖だった。
いくらオメガ達に問い質しても、彼らは事情を知らず、口々に解らないと言うばかりだった。
隠しているとか、知らないとかではなく、そもそもそれについて思考することができないようだった。
それでもなお〝ゼロ〟は半信半疑だった。――だが、〝レイア〟の説を否定もできず、結局は見たものを見たままに受け入れるしかない。
だからこそ、居てもたってもいられなかった。取るもの取らず、彼らは逃げるようにしてパークを後にした。
今まで移動に使っていたバス等は真夜のゲームに合わせてしか移動しないとのことなので、それ以外の場合は徒歩で移動しなければならなかった。
木々の間を縫って進む道のりは均されており、決して険しいものではなかったが、一同は皆疲労の色が濃く、ちょくちょく休みながら進むしかなかった。
それでも、長く休むこともできない。
率先して前を歩く〝レイア〟をはじめ、〝ゼロ〟も〝さくら〟も何かに追い立てられるようにして忙しなく腰を上げ、道を急がねばならなかった。
「…………なんとか、もう一度考えなおされへんやろうか?」
どれほど歩いただろうか。道すがら、〝さくら〟はぼちぼち口を開くようになったのだが、口をついて出てくるのは、決まってそんなセリフだった。
「わいは、他のパークへの行き方も知っとる。――お願いや。わいはもうあの男に会いたない……」
最初こそ、〝さくら〟が延々とこぼす弱音に一々喝を入れていた〝レイア〟も、切りがないと思ったのか、すぐ聞き流すことに決めたようだった。
〝ゼロ〟としても、同様にするしかない。
今更、〝さくら〟の意見を聞き入れて行き先を変えることなどないからだ。明日まで待つという余裕は彼らにはないのだ。
「~~ッ! いっっっつまでぐちぐち言ってんの!? いい加減黙れよ!!」
それでもなお
〝さくら〟はまた、ヒッと悲鳴を上げるが、それでも口を閉じようとはしなかった。
「せ、せやけど……。いくら考えても、これは自殺行為や。……あの男が、カードも、チップも昨日一日でどれだけため込んどるか……」
「だからこそ、なんじゃないの!? 聞いてなかった? そういう相手だから狙い目なんだってッ」
「せやけど……せやけど無茶や……いくら何でも……」
「あ゛~~~ッ! むっっっかつく!!」
「その男……〝シード〟ってヤツは、どうやってゴールするつもりなんですか?」
もはや抑えきれないとばかりに激高した〝レイア〟は、いよいよ〝さくら〟に対して実力行使に訴えようとした。
――が、それまで無言だった〝ゼロ〟のつぶやきに、手――というより足を止めた。
「……どーいうことよ?」
「だからさ、〝さくら〟さんの話だと、ソイツはずっとそこの二日目のパークにいるつもりなんだろ? でも結局は最終日までに山頂の会場にたどり着かないと、そもそもプレイヤーは全員失格なんだから」
道すがら〝ゼロ〟が考えていたのは、それを含む、〝シード〟という男の戦略についてだった。
なにせ、戦意喪失状態の〝さくら〟には頼れないし、〝レイア〟に至っては、どうせ戦略も戦術も何も〝ゼロ〟に丸投げにするつもりなのに違いない。
今は感情的なことで言い争うっている場合ではない。恐怖も憤慨も、今は脇に除けておくべき事柄だ。
「ああ、それは――そう言う特典があるんや」
「特典? どういう?」
「さっきも言った、わいのレア・カードや。「ブルー・フィルム」っちゅーんやけど。それには道順だけでなく、どういうルートで街を移動すれば最短でゴールまで行けるかっちゅうガイドまでついとったんや。中には、スタート地点からロープウェーでいきなりゴールまで行けるような街もあるっちゅう話や」
「はぁ? なにそれ? じゃあ、昨日のショートカット云々はなんだったのよ!」
意味ないじゃん! と吐き捨てる〝レイア〟に、しかし、〝ゼロ〟は静かな、そして確信的な言葉で応える。――そう、無意味ではないのだ。
「多分そんな事は無い、と思う。少なくともあのままのルートでは、意味があったんだ」
「……意味?」
「あの「蜘蛛の糸」のゲームでショートカットして進めば、おそらくほんとにゲーム無しで進めるんだと思う。でも、もしかしたら、あのショートカットはそれ自体が罠だったのかもしれない」
「罠ぁ? あー、マジで意味わかんないんだけど?」
ちょっとは考えろよ、と〝ゼロ〟は内心でげんなりしつつ思う。
「実際、昨日先へ進んだ〝アヤト〟はチップを獲得したけど、最後まで自分のレアの事には気づいてなかっただろ。もしもそのままゲームをやらずに最終日まで進んだら……」
そこまで聞いてようやく察したのか、〝レイア〟はにやりと笑った。
「……なぁるほど。そりゃあいいカモよね。レアを使えなきゃ、いくらチップがあっても意味ないンだから」
「ああ。多分、レアにはレアじゃないと対抗できない」
「せやな。確かにルート表でも一度ルートが決定すると、なかなか横の移動は難しいようになっとんねん、この島は」
横に動けるのは序盤のパークだけや、と〝さくら〟は続ける。
「ちゃんと勝ち進まないとデッキを強化出来ない。そんな状態で最終ゲームに進んでも勝ち目なんかないんだ」
「なんや、つくづく悪辣やなぁ……」
「アハっ。なぁんだ、いい気味じゃん。あのガキ、あんたをハメて勝ったつもりでいたのに、最終日でどんなツラ晒すンだろうねぇ」
普段は張りつめたような仏頂面の癖に、こういうときだけ年相応にケラケラと笑う〝レイア〟に〝ゼロ〟は辟易してしまう。
他人の不幸を語る時だけ活き活きしてるのって、どうかと思うぜ?
「でも、そのブルーなんとかってカード、ゲームの途中で一々ルートの確認とかされる方は面倒よね。相手は待ってなきゃなんないんだし」
〝レイア〟は途端に上機嫌で喋り出した。
なんつーかマイペースと言うか、空気読まないとこあるよなコイツ。むしろ、あえて読もうとしてないっていうか。
「まぁ、それくらいはな。……ルールなんだし」
「いや、そない面倒なことはせんでええわ」
何の気なしに言った〝ゼロ〟の言葉を、しかし、〝さくら〟が否定した。
「なんでよ。カードの特典ってゲームでしか発生しないんだから、ゲーム中に確認するしかないじゃないの」
「そりゃ、「スキャニング」すればええ。コストは余計にかかるが、そらしかたない」
「スキャ……なに?」
「スキャニングってなんですか?」
当惑する二人に、ああ、と〝さくら〟は頷いた。
「せやったな。まだレアを使ったことはないんやったな。ええと、つまり」
「――それについては我々が解説いたします」
と、そこで唐突な声が掛かった。
一同は振り返ったが、〝ゼロ〟にしてみれば驚きもしないほどに馴染みの声だった。
白と黒のベータ・シープである。オメガの正体についてのことで頭がいっぱいだったから、コイツ等のことを失念していた。
まぁ、呼ばなくても来るだろうとは、どこかで思っていたけれど。
しかし、こうして声を掛けられても、〝ゼロ〟の内心は複雑だった。敗北したプレイヤーの末路について、コイツ等が知らないはずはないのだから。
「〝ゼロ〟様、お元気そうで何よりです」
〝ゼロ〟は何も応えなかった。事情も何も全部知っているだろうに、白々しい。
「〝レイア〟殿ハそうでもなさそうダな。今日ハまず休むとのことだっタが」
「うっさい。予定が変わったのよ」
そういわれてみれば、いつものように機嫌が悪いだけかと思っていた〝レイア〟は少々具合が悪そうに見える。
常々、不機嫌&不健康そうな顔をしているもんだから、こうして観るまで気が付かなかったのだ。
「チップ使わないのか」
と言う〝ゼロ〟に「うっさいっつーのッ」と応え〝レイア〟は逆に、怪訝そうに、
「てか、何であんたそんな平気そうなのよ」
と言った。そう言えば〝ゼロ〟は今現在、得体の知れない薬で脳への負荷を一時的に麻痺させている状態なのだ。
しかしそれを忘れてしまうほど、今の〝ゼロ〟は平素と変わりのない思考と振る舞いが出来ている。
「そうか。そう言えば……。大した薬なんだな、これ」
手には〝レイア〟からもらった、もう一本(二本目)の注射器があった。
これをゲーム前に使用して今日の分のチップも温存するというのが今の〝ゼロ〟が持つ、か細い戦略の一端である。
しかし、これに対して白ベータはかぶりを振った。
「いいえ、本来そこまでの効果はありません。……〝ゼロ〟様だけでしょう」
「え?」
すると、〝ゼロ〟が何事かを言うよりも早く〝レイア〟が声を上げる。
「あーッ、やだやだ、チートってやだぁ」
この上なく
つーか、んなこと言われても知らねーって。生まれ付きなんだから……。
「ま、まーまー。よ―わからんが、なんや味方なんやし。むしろ頼もしいやないか」
〝さくら〟の言葉に〝ゼロ〟は苦笑いしてみせたが、〝レイア〟は無言で顔を
「――で、いいかげん、そのなんとかってのに付いて教えてよ」
「スキャニング、な」
白ベータは背後で畏まったように頷いた。これは重要な情報です、と、暗に指し示すかのように。
「スキャニングとは、レア・カードのもう一つの使い方になります」
「もう一つの使い方?」
「はい。レア・カードは通常、ゲームの『手札』として使用するのとは別に、もう一つの使い方があるのです」
皆、声を発さず、白ベータの言葉を追った。
「使い方は、スキャニングするとの意思表示をしてから、身体のどこかにレア、カードの側面を滑らせるように押し当ててください。それで、レア・カード各種の、特典のみをゲーム時、或いはゲーム外を問わず使用することができるのです」
「わいの「ブルー・フィルム」みたいに、ゲーム中でなくても役に立つ特典もあるさかい。重宝すんねん」
「無論、ゲーム中においてこそ強力、と言うよりも凶悪な効果を発揮しうるカードも多く存在します。お二方の「ブラック・ポータル」ならびに「ホワイト・ポータル」はその筆頭格と言えます。特に――」
といって、コイツにはかなり珍しく、得意げに声を張る。
「「ホワイト・ポータル」はゲーム内に一枚しか存在しない、レアの中のレアと言えます」
そういや、前にそんなこと言ってたなコイツ。
「なによ、じゃあやっぱりコイツのカードの方が良いんじゃんッ」
「そんなことハない。――「ブラック・ポータル」の方が使い勝手は良い。なにしろコストが安い」
「だから、なにそれ」
そういえば、さっき〝さくら〟もそんなことを言っていた。
「コストはともかく、俺も単体ならブラック・ポータルの方が強力だと思う。――けど、その口ぶりだと「ブラック・ポータル」は何枚もあるってことだな?」
「…………はい。そうなります」
「まタ、余計ナことを……」
黒ベータがぼそりと言い、白ベータはわずかに無貌の顔を逸らした。
コイツ……また口を滑らせたな? それもあってか〝ゼロ〟は少々
「なら、「ホワイト・ポータル」が強力ってのも納得だ。良いこと教えてくれたな」
「……」
〝ゼロ〟が率直に言うと、白は心なしかバツが悪そうに視線を逸らした。
なぜだろう、とても気分がよくなってきた。
「……どういうことよ? 全然わかんないんだけど」
他方、〝レイア〟はもとより、〝さくら〟も、このやり取りの意味が解っていないようだ。
この手のゲームに明るい〝ゼロ〟だけが、この二枚のレア・カードの強力さを理解している。
「それについては後で教える。かなりめんどくさい話になるし」
「んだよ、それ」
「勝ち目はあるってことだよ。俺たちのレアはかなり相性がいいってことだ」
「キッモ!」
〝レイア〟は本気の嫌悪感で顔をゆがめて見せる。
しかし、〝ゼロ〟は気にしない。努めて気にしない。解らない方がアホなのだ。この高揚を理解できないとはかわいそうに。
「で、コストについても教えてくれ」
「……」
白は解説をパスしたげに黒を見たが、黒は重苦しくかぶりを振った。おい、横着しようとすんなよ、仕事だろ。
「……コストとは、スキャニングを行う場合に支払われる対価です。そのカードのレベルに等しいチップを「負荷」として支払っていただきます」
「負荷としてっていうのは?」
チップを支払うってのは予想できたが、負荷として払うっていうのはなんなんだ?
「チップに余裕がある場合でも、一度は脳へのマイナスの負荷として払わなければならない、と言う意味ですね」
「……その後でチップを使用するなら、同じじゃないのか?」
「そうとも言えないのです。ここがスキャニングのリスクであり、同時に
「――つまり、どゆこと?」
解説を理解する気が無かったらしい〝レイア〟が〝ゼロ〟をせっついてくる。だから、ちょっとは頑張って理解しようとしろよ、お前。
「つまり、……お前の「ブラック・ポータルなら」チップ6枚分の負荷を引き受ければ、いつでも任意のカードの特典を「消す」ことができるってこと。俺の「ホワイト・ポータル」ならチップ10枚分だから、お前のカードのほうが「コストが安い」って話になるんだな」
「ふーん」
わかってない……のか? ここはもっとアガるとこだろ!?
「カードのレベルが高けりゃいいってもんでもないってことだな。何気にバランスとろうとしてんだな、こんなゲームなのに」
「ワンサイドゲームになっては、元も子もありませんからね」
「そうなのか?」
刑罰であるならワンサイドゲームでも別に問題なさそうだが……。このゲームが見世物としても機能してるから、ってことか? 悪趣味な話だが、まぁ、こっちとしてはありがたいともいえる。
ゲームとして成立しているからこそ、一発逆転もあり得るのだから。
「…………スキャニングは、何度でモ使用できルが、ゲーム中は別の制限ガ着ク」
〝ゼロ〟の思考を断つようにして、黒ベータのが真上から声を掛けてきた。
「別の――って、なに?」
「『ゲーム』の間、レア・カードのコストは累積していくのです。一度目は6でも、二度目は二乗の36、三度目は三乗の216となります」
〝ゼロ〟は目を剥いた。さすがに慮外のルールではないか?!
「マジかよ……。そんなことするくらいなら最初から一回しか使えない、ってことにしとけばいいだろッ」
「初日の〝ゼロ〟様の様に、数千、数万単位のチップを得ることもあり得ますので」
「……けど、それを一度は「負荷」として受け取らなきゃならないってことだな?」
「はい」
「――クソッ!」
なんだよそれは! つまるところ、無理をしたプレイヤーを破滅させるための罠みたいなもんじゃねーか! やっぱただの悪趣味な見世物だ、このゲームは!
〝レイア〟は何も言わずに〝ゼロ〟と白のやり取りを聞いてた。
「――あー、だからさ、」
「や、だいたい分かった。――無理しようとすれば、かなり無理できる。ってことでしょ?」
解ってねぇじゃん、このバカ!
「何回も使えるってのはいいじゃん。一回「負荷」でってのもいい。我慢すればチップ減らさなくてもいいんだし」
「バカかよ! 死んじまうぞ!」
しかし無情にも返答代わりの蹴りが〝ゼロ〟の
「そのためのこれじゃん」
〝レイア〟は最後(三本目)の注射器を手に取って見せる。
本気で言ってんのかこの女? ――
「ちなみにですが、レア・カードといえども通常の手札として使用された場合は、一夜のゲームの内に使用できる回数は一度だけです。また、一度手札として使用されたなら、スキャニングも不可能となります」
「ああ。――あとは模擬戦でもして練習するさ」
〝ゼロ〟は蹴り上げられたところをさすりながら言った。
「そろそろ……やな」
出発してから2時間といったところだろうか? 細い道はより細くなって、二人で並んで歩くのも辛くなってきた。
「てか、何でこんなに狭いの?」
「この道は、途中にある他のパークを素通りして例の、……〝シード〟のパークへ行くための通路なんや、あんまり頻繁に使うもんでもないっちゅうことやろな。ワイも「ブルー・フィルム」の詳細地図が無けりゃ、こんな道見つけられんかったと思うわ」
話しながら曲がりくねった石道を進むと、何か見えてきた。出口だろうか?
「川――か?」
しかし、見えてきたのは山の斜面を抉るようにして流れる小川と、その流れが行き着く小さな滝つぼのようなものだった。
小川には道筋に倣うような細い橋が架かっていたが、これも古びた石材であったため、〝ゼロ〟は少々訝りながら歩を進めた。
「問題はないはずです」
後ろで白ベータが言うが、鵜呑みにしてケガなどしても面白くない。
〝ゼロ〟は用心深く橋を、そしてそこから見下ろすことのできる滝つぼを観察した。
見ろした先には澄んだ水に没した奇妙なオブジェがあった。
これまでパークで見たようなものとは違い、苔むして半ば森に埋もれたような印象の代物だった。
それを取り囲むように立ち並ぶ四角いプールのような土台の縁が水を湛えていたため、滝つぼのよう見えるのだ。
それはまるで本当の遺跡――あるいは何かのオリエンタルな祭壇のようにも見える。
ほんとにRPGゲームに出てきそうな具合だ。
妙に幻想的で、率直に言って綺麗な場所だが……これ、わざわざ造ったのだろうか? 〝ゼロ〟にはとてもそんな風には見えなかった。
「〝さくら〟さん、ここは何なんですか?」
「わいにも分からんわ。「
「ね、誰かいるんだけど」
すると水が零れ落ちていく先――滝つぼを覗き込んでいた〝レイア〟が言った。
一同がそろって下を見ると、そこには確かに人影があった。一人。女だ。
水しぶく苔むした水べりに、しかし危げもなく一人佇むのは、青いぽわぽわを頭にのせたベータ・シープだった。
そのベータは一人、何をするでもなく滝つぼに流れ込む幾筋かの水を、ただ見つめていた。
言うまでもなく妙なやつだが、しかし〝ゼロ〟にはこの女ベータに見覚えがあった。
「あいつは……確か」
「〝ゼロ〟はん、知っとるんか?」
会話が聞こえたのか、青色のベータの方も〝ゼロ〟たちを見つけたようで、無貌の顔を上げると、ぺこりを頭を下げた。
やはり、向こうも〝ゼロ〟を見知っている。
間違いない。最初の砂浜に居た、あの〝アアアア〟の御付きだったベータだ。
しかし、こんなトコでなにをしているのだろうか? 〝アアアア〟も近くにいるのかな?
「おーい、」
「お待ちください」
とにかく声を掛けてみようとした〝ゼロ〟のそれを遮るようにして、白ベータが妙に固い声をあげた。
「ぅえ、――なに?」
「止めておきましょう。アレには――関わらない方が良い」
「然リ。あレは居ても面倒なだケだ」
なんだお前ら、目の色変えて……。
「――ま、時間もないしね。アタシもさっさと先行くのに賛成」
すると、〝レイア〟までもがそんなことを言い出した。
確かに、時間は無駄にできないし、ゲームの時間までにやることはいくらでもある。
とはいえ、この三者の言いようが〝ゼロ〟には奇異に思えた。
あの青ベータ、どんな奴だったっけ? と思い返してはみたが〝ゼロ〟にはよくわからなかった。
そもそも初日は影が薄かった印象しかないし、あの浜辺で分かれてそれきりだったのだ。
「ま、いいか。――行こう」
しかし、確かにここでそれに拘泥するような理由もなかった。時間の重要性は誰よりも〝ゼロ〟が分かっている。
〝ゼロ〟は視線を切って先を急ぐことにした。
そんな〝ゼロ〟達一行を、その青ベータは何も言わず、じっと見上げたままだった。
狭い山道から出ると、一気に視界が広がった。
「おお、出たで。あれが入口や」
先ほどまでのパークほどではないが、かなり頑強そうな塀に囲まれた街が見えた。
ほど近い所に開け放たれた門も見える。本当にすぐそこだ。
「よし、さっさと行こう。まずはカードの補充」
「……ねぇ、あれ何よ」
〝ゼロ〟が言いさした間際、〝レイア〟が何かを指差した。
門の脇に、何か、案山子? のようなものが立っている。
「なにって………………ッ?!」
〝ゼロ〟は、いや、その場の一同が全員、足を止めた。
それは、在るプレイヤーの死体だった。
もはや耳慣れた悲鳴が轟いた。
腰を抜かして尻もちをついた〝さくら〟は、長く、ひたすらに長く、声が声にならなくなってもなお悲鳴を上げ続けた。
誰もそれを咎められない。〝レイア〟も、無論〝ゼロ〟も言葉が無かった。
見覚えのあるその死体は〝アアアア〟のものだった。
その顔には傷などはついておらず、そこだけを見るなら綺麗なものだと言えた。
だが、誰もがそれを一目見て死体だと確認せざるを得なかったのは、その腹腔が大きく切り開かれ、胴の中が
こんなものをいきなり見せられて、平素の通りに行動できるヤツなどいるはずもない。
「やりおった……、うぅううッ、また、――――またやりおったぁッ!!」
〝さくら〟は
話には聞いていた。理解もしているつもりだった。
――だが、だが、本当にこんなことを実行する人間が居るだなんて。
流石の〝レイアも〟言葉を失っている。
道中、〝シード〟がどんな男なのか、〝さくら〟と共に語り聞かせてはいたのだが、流石にこんなモノを見せられては……
しかし、その意に反して、〝レイア〟はなんのリアクションも取ろうとはせず、そのまま真っ直ぐに門を目指し始めた。
歯を食いしばり、細い肩を怒らせて、しかし揺るぎなく進んでいく。
「――な、何しとんねんッ!?」
「お前……」
〝さくら〟が声を上げ、〝ゼロ〟も言葉尻を掠らせる。
「なによ。行くんでしょ? 時間ないんだから、いつまでもこんなとこに居らん無いでしょ」
〝さくら〟はもとより、〝ゼロ〟も返す言葉を失う。
「どうしますか?」
白ベータが〝ゼロ〟と〝さくら〟に尋ねる。
それは、戻るのか、それとも前に進むのか、と言う意味か?
「……い、嫌や。わいは嫌や! ――もう、こんな」
「――行くよ」
〝ゼロ〟の返答に〝さくら〟がまた引き攣るような悲鳴を上げた。
「なんでやッ。あんさんら、二人とも頭がおかしなっとるんか!?」
「――俺たちに、退路なんてないんですよ。行くしかない。今あいつと別れたら、俺たちの勝利の確率はどんどん減ってくんです」
それから、〝ゼロ〟がいくら言い聞かせても、〝さくら〟は首を縦に振らなかった。
気持ちはよくわかる。〝ゼロ〟だって、先に九死に一生とでもいうような体験を経ていなければ、全速力で踵を返していたことだろう。
だが、今の〝ゼロ〟には、その選択肢はない。
すでに破滅は彼の頭上にセットされている。逃げて、逃げ切れるものではないのだ。
勝つしかない。――そして今、彼にとっての勝利の試金石となりうるのは〝レイア〟と〝さくら〟の協力を得ることだけなのだ。
ここでパーティを分散させることは出来ない。だが、それでもこの状態の〝さくら〟に無理強いをすることなど不可能だった。
「――悪ぃんだけど、〝さくら〟さんを見ててやってくれないか? ゲームに必用なことなんだ」
〝ゼロ〟は白ベータに言った。
兎角、今は〝レイア〟を追わなければならない。独りにしておいては何をするかわかったものではないからだ。
「パークに入るまでは、我々の管轄――と言えなくもないですね。解りました。動向は把握しておきます」
へぇ? たまにはコイツも素直にいう事を聞くんだな。
と、〝ゼロ〟は一度礼を言うべきか迷ったが、結局何も言わずに〝レイア〟を追うことにした。
〝さくら〟は顔を上げて心細そうに〝ゼロ〟を見上げていたが、〝ゼロ〟は先を急いだ。少々
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