第23話「三日目」リターン
「ホウ――元、
「おなクラって……あんたに日本語教えたヤツ、絶対悪乗りしてるって」
ゼロ〟はなんとなく、横目で白ベータを見た。するとこの白いのは「私ではありません」とでもいうように首を振る。
「まーぁ、ね。コイツは気づいてなかったみたいだけど」
「……気づけって方が無理だろ」
なにせ、昔の面影はまるでないと言っていい。いつの間にこんなにか細くなっちまったんだろうか? と、〝ゼロ〟は改めて我が目を疑ったほどだ。
「ま、イジめてた方はそんなもんだよねぇ。――このクズ野郎」
「いや、おまえすげぇ、なんつーか……肥満児? だったし」
すると〝レイア〟は無言のまま〝ゼロ〟のケツを蹴りつけてきた。
〝ゼロ〟は思わず情けない悲鳴をかみ殺してつんのめった。何とか無様に転がるのは避けたが、加減のようなものが一切ない、体重の乗った蹴りだった。
大人にはまだ結構いるが、俺たちの世代だと肥満児と言うのは珍しくなっていて、一学年に一人か二人いれば多いという状況だった。
それで、まぁ安直だがそれを珍しがられてコイツはおもちゃにされていたという訳だ。
字は違うが苗字がおなじ「きづき」だったせいで、俺もからかわれた。
だから、自分が巻き込まれないようにしてたし、いざと成ったらイジメにも加担していた。仕方ないだろ。どうしようもなかった。
それで、中学に上がる前ぐらいからコイツは学校にも来なくなって、それっきりだった。
「ソレがこんなとコろで再開とは――奇縁ナり」
「……うっさい」
〝レイア〟は後ろにいる巨木のような黒ベータにも蹴りを入れるが、枯れ枝で巨木をひっぱたくようなもので、まるで意味が無いらしい。
〝ゼロ〟はこれ以上蹴られないためにも(この黒ベータと違って、満身創痍と言っても過言ではない〝ゼロ〟には耐えがたいものがある)、何とかおべっかを使おうと考えるが、彼はおせじの類が大の苦手であった。
というか、面と向かって人を褒めたことなど、おそらく一度もない。
しかし、やらなければならない。そうだ、自分を持ち上げておだてあげて見せた〝アヤト〟の手管を思い出せ。
「……で、でも、痩せたよな。スゴい癒せた。頑張ったんだなぁ」
「――――殺すぞ」
ただ一言だけ、肉を削ぐような冷たい声色でそう言って、再び蹴りが見舞われた。
上手くいかなかったらしい。
「ゴメン。マジですんません。謝るから、――とにかくゲームのこと考えようホントに」
考えてもみれば、その〝アヤト〟の勧誘さえ蹴って見せたのがこの女であった。
つまり、〝ゼロ〟に〝アヤト〟以上の交渉術があっても、この女を
はっきり言って無理ゲーだ。こんな理不尽な難易度は神の法に反してさえいる。
「それで、御二方とも、これからどうなさるおつもりですか」
そこで、音頭を取るように白ベータが言った。たしかに、何時までもここでしゃべくっていても仕方がない。
「と、とにかく、昨日のパークに戻らなきゃならないんだよな?」
「……」
〝ゼロ〟は再び、出来るだけにこやかに〝レイア〟へ語りかけるが、〝レイア〟は無言無反応を貫く。
「――そレが、ペナルティであるかラな」
応えたのは黒ベータだ。何とも気まずい空気があたりに漂う。
「一日、足止め、か。……そうだった」
「んじゃ、行くわよ」
〝レイア〟は〝ゼロ〟を見ることもせずに言って、踵を返した。
〝ゼロ〟は既に落ちようのない肩をさらに取り落さんばかりに落して〝レイア〟の後に着いていくしかなかった。
それでも、一応は同盟を組むということに賛成はしてくれている……ということでいいのだろうか?
口では何も言わないが、こうして歩調を合わせてくれてはいるわけだし……
石造りの街は、晴れ渡った空の下で、無機質な伽藍堂のように〝ゼロ〟と〝レイア〟を出迎える。
「……何人か、先に戻ってるはずなんだけどな」
兎角、二人で協力して勝ちに行くと決めたはいいが、当面どうするべきなのかと言うアイデアを〝ゼロ〟は持っていなかった。
「とにかく、着替えて休もじゃないの。むちゃくちゃ疲れたし」
あんたもさっさと着替えな。と、未だ泥まみれの〝ゼロ〟へ一方的に言って、〝レイア〟は勝手知ったようにズカズカと進んでいく。
相変わらず〝ゼロ〟の方を見向きもしない。
〝レイア〟はよほど腹に据えかねているらしい。――〝ゼロ〟と組むということに対して。
確かに疲れは有るが、今やこの気疲れこそが〝ゼロ〟を苛む最大の要因になりつつある。
そのせいなのか、とても休むような気になれない。いやむしろ、なんだか、心がはやっているような気さえしてくる。
さっきまで死に掛けていたというのに妙な気分だった。
「では、我々は
と、決まり文句のように言って白黒のベータたちは姿を消した。二人のプレイヤーはつかず離れずで、勝手知った街を進んでいく。
二日目の真夜に行われたゲーム「蜘蛛の糸」に敗北したプレイヤーは、先のパークに進むことが出来ず、前日に逗留したこのパークに再度、足止めされることとなる。
これは「蜘蛛の糸」のショートカットを掛けたゲームに参加しなかった〝カムイ〟と、ショートカットの権利を得ながら、これを辞退して〝カムイ〟と共に三日目以降のパークに進んだ〝アヤト〟以外のプレイヤーは皆同じである。
つまり、ここに居る〝ゼロ〟と〝レイア〟以外にも、〝ツーペア〟・〝バズーカ〟・〝小松菜〟の三人もまた、この場所でペナルティとして一日足止めを食らうことになっているはずだ。
正直、〝ゼロ〟としては彼らと再び相まみえたとしても、心穏やかでいられるとは思えない。
しかし、昨日のように人目を避けるようなこともしたくなかった。今度は、彼が逃げる理由は何もないのだから。
予想に反して、街並みには何者の姿もなかった。
門をくぐって幾分か経つが、しかしその道中、出迎えも何もない。
もしかしたら、もうプレイヤーが来ることもないと思ってオメガ達も移動してしまったのだろうか?
「プレイヤー様! ご無事でしたノン!」
うなだれるというほどでもないが、少しばかり落胆していた〝ゼロ〟に、その時聞き覚えのある声が聞こえた。
「ああ、あんたか。――ごらんのとおりの有り様だけど、とりあえずはなんとかなってるよ」
文字通り駆け付けてきたのは、もはやお馴染みとなっている感のある、あの胸元の豊かなオメガである。
「ノン達にはゲームのことは何もわかりませんが、とにかくお喜び申し上げますノン。せっかくお戻りになられたのですから、何か御用は有りませんか? ノンは誠心誠意・乾坤一擲のおもてなしをいたしますノン!!」
相も変わらぬ元気いっぱいといった対応に、〝ゼロ〟も思わず肩の力を抜いていた。――相変わらず、いい仕事するよなこいつらは。
「ありがと。んじゃ、とりあえず、着替えと、飯と――二人分……」
「おセックスはどうなさいますかノン」
オメガはいよいよかと言うような、小型犬よろしく目を爛々と煌めかせながら訊いてくる。
「あ、いや」
今の今までまるで念頭に上がらなかったが、確かに今の〝ゼロ〟には、もはやおセックスを忌避するような理由はないのだ。
――が、おもむろに振り返ると、そこには心底見下げ果てるような顔の〝レイア〟の視線があった。
「なに? すれば? 好きに」
「……とりあえず、それはいいや」
「……了解いたしましたノン」
確かに忌避する理由はない。――が、それでも元とはいえ、同級生の前でそう言うことを堂々と宣言するのは、なんか嫌だった。
「あ、〝レイア〟様。お待ちくださいノン。オメガが同行いたしますノン」
この巨乳のオメガに同伴していたオメガ達が〝レイア〟に続こうとするのだが、〝レイア〟はこれを射るような視線で切って落とした。
「要らない。食事も風呂も。アタシは一人が好き。付いてこないで」
そして、オメガ達に向けてまで「お前らは嫌いだ」とでもいうような空気をむんむんと放出しつつ、何かを掻き切るような勢いで踵を返した。
なんでそんな全方位に敵意を振りまいて生きなきゃならないんだよ、お前は……。
〝ゼロ〟としては溜息をつくしかない。何でこんなふうになっちゃったのか……。
そりゃあ、昔いろいろあったのだから、今になって仲睦まじくとは行くまいが、それでも協力関係になったのだから、もう少し何か、こう、互いをいたわるようなそぶりぐらいは見せてもいいのではないだろうか?
いや、こうなった原因は〝ゼロ〟にも少ならずあるのだろうが……。
――が、そこで〝レイア〟は猫のように足を止めた。
「ど――どうした?」
〝ゼロ〟はまた自分が何かしたかと思って少々キョドったが、そうではないらしい。
〝レイア〟はどこか遠くを見るようにして、何かに耳を傾けている。
「なにか、――聞こえる」
〝ゼロ〟も耳を澄ます。たしかに、なにか――喧騒のようなものが、かすかに聞こえてくる。街の中心部の辺りだろうか?
「なんかあったのか?」
〝ゼロ〟はオメガに問うた。そう言えば、普通はてきぱきと応答するコイツらが、この時ばかりはどうにも浮足立っていたように見える。
「お騒がせしまして申し訳ありませんノン。……実は、街中に
〝ゼロ〟の脇で、オメガが申し訳なさそうに身を縮める。
「い、いぬぅ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます