第21話「二日目」敗北・とろける脳

「決済を行います」


「待っ――」


 て、と叫ぶよりも先に、風景が滅形した。


 ただ、痛みや、苦痛と言ったものは感じなかった。


 何も感じない。と言うより、あらゆる感覚が異質なものに切り替わったような感じだった。


 まるで見知らぬ異様な空間にいきなり放り出されたような。


 なにも見えない。――というより、見えてはいるが


 ただ、何かがアゴを伝ってこぼれ落ちていく感覚に驚く。


 まさか、血? 血液――鼻血か? いやだ、血はいやだ。 


 だが掌にこぼれ落ちたそれは血液と言うには、妙にクリーミーで、赤が入り混じってはいるが、とても流血とは言えない代物だった。


 しかし、それはとろとろと、どろどろと、まるで絞り出されるように、次々とこぼれ落ちてくる。


 十分に、手ですくえてしまうほどの、なんというか、マーブル模様の液体だった。

 

 なんだ? なんだこれは?

 

 それは〝ゼロ〟の鼻の穴から、それはどんどん溢れてきて、手の上にうず高く積もっていく。


 それが、両手から溢れるほどになってようやく、気付く。


 え? ――これって、「脳みそ」?


 まさか、と思う。思いつきにしても、気の迷いにしても馬鹿馬鹿しい。


 ――が、昨夜の〝ソノダ〟の有り様が、それを切って落とすことを〝ゼロ〟の意識に許さない。


 そうだ。ここは「現実」じゃない。


 何が起ってもおかしくないゲームだ。何があっても、身体にどんな変化があっても、おかしくないんじゃないか?


 いや、でも、それでもこれは、――これはウソだろ? いや、ウソかどうかなんてどうでもいい。事実として、それは目の前にある。


 とにかく、マズイ! マズイマズイマズイ!


 戻さなきゃ戻さなきゃ戻さなきゃ。


 〝ゼロ〟はとにかく。掌いっぱいの「それ」を戻そうとする。しかし、口――からは入れられない。喰っても意味はない。


 上に、頭の中に、頭蓋骨の中に戻さないと意味が無い。


 やはり、鼻だ。


 どろりとしたそれに鼻面をつっこむ。ちゃぷり、と音がする。水たまりに頭から突っ込んだみたいな音。


 そしてすする。


 ハナから、とにかく啜る。学校のプールで、海で、ときには風呂場で、とにかく幾度となく経験してきた鼻から水が入ってむせる、と言う、あののっぴきならない感覚が襲ってくる――が、しかし、やらなければならない。


 手の平にあったのはなんとか戻した。いくらか喉の方に行ってしまったが仕方がない。


 脳の分量が足りなくて、舌も手も、喉の奥も上手くい動かないのだ。


 マズイマズイマズイ。


 ちゃんと元に戻さないと、元に詰め戻さないと。


 手で受け止める前にこぼれてしまった分も。


 足下の、泥水に入り混じってしまった分も戻さないと、泥も混じっちゃうけど、しかたがない、出来るだけもとに、戻さないと。


 掬って、


 戻さないと、


 啜って、


 戻さないと、


 とにかく、


 もどさないと、


 すくって、すすって、


 何度も、なんども、ナンドモ、なん、ドモ。


 も、ど、さ、ない、と………………

 

 モドサ・ナイと…………


 ジャナイと、

 

 意識が、


 イ、シ、キ、……が、


 こぼれて、――――――――――モウ、


 もどら、ない。


 も、


 モドラ、ない。


 ないないないないないやいやいあやいやいあやいあやぁあ。


 イ。ヤ、ダ。


 嫌、ダ――――――――――






 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る