第20話「二日目」悔恨
恐怖に圧迫された脳髄は思考を放棄している。
〝ゼロ〟は湿った会場の片隅で、ひたすら悔恨に埋没していた。
思えば、気づくべきだったんだ。
このゲームにおいて、カードは生命線。国にとっての軍事力と一緒だったのだと。
それがなくなれば、あとは丸腰。一度でも丸腰に成れば後は撃たれるだけ。戦う術のない「国」は当たり前に奪われる。
それは、事の是非とか善悪なんてレベルの話じゃなくて、抵抗の出来ない相手がいて、奪えるものがあるなら、国は、人は、それを当然のように行う。
誰も
反則でないと言うだけで、ルール違反ではないと言うだけで、反撃できない相手をいくらでも殴りつけることが出来るのだ。
それが〝人間〟なのだ。それを彼は初めて知った。思い知らされたのだ!
いきなり突きつけられた再起不能、否、明確な狂い死にと言う末路。その事実に狼狽える〝ゼロ〟は、ただただ悔恨を繰り返す。
甘かった。ショートスリーパーなんて意味のない能力だったんだ。
特別な存在になりたいなんて思うべきじゃなかった。そもそも、大それたことだったんだ!
どれくらい時間が経った? 手の平に時刻を映しだし、〝ゼロ〟は悲鳴を漏らした。
そして直下型の大地震にでもひとり見舞われているかのように、全身をぶるぶるとふるわせながら立ち上がる。
嘘だろ? あと五分? ふざけんなよッ。そんなの――ダメに決まってるじゃないか。
「あ――――ああああああああああ、い、ぃぃぃぃぃぃやだぁぁぁぁ。た、頼むよぉ誰かチップを……カードを貸してくれ、頼むよぉ!」
もう時間もない。本当に最後。何とかしなくては。何かをしなくてはならない。
しかし万策は当に尽き果てている。無論。誰も相手にしようとしない。
「ううぅぅぅ―――――あああああああああああああああああああああッッ」
ゼロは嗚咽を漏らしながら空になったデッキを、何度も何度も覗き込む。
黙っていれば死ぬのだ。いや、あの〝ソノダ〟のように、死に損なって――――
「う、う、う――――ぅぅぅうヴぉオえええぇぇッ!」
終わりの時間が迫り、〝ゼロ〟は恐怖で嘔吐した。
だがそんなことに構ってもいられない。泥と反吐に塗れるのも構わず、とにかくデッキを覗き込む。
何の意味もないことだと解ってはいる。しかし何もしない訳にはいかなかった。
それでも、どうしようもないという現実は変わらない。
祈る様に、名も知らぬ神に縋る様に、ゼロは何度もデッキを開けては閉め、中を覗き込み、頭を抱え、しまいにはデッキを放り出し、啜り泣きを始める。
カード、カード。カードカードカードカードカードカードカードカードカードカードカードカードカードカードカードカード……
使い切るんじゃなかった。安易に乗るんじゃなかった。あんなヤツ、信じるんじゃなかった。
もっと慎重に動くべきだった。調子に乗るんじゃなかった。
後悔、悔恨、波のように何度も何度も寄せ返す、圧倒的後悔。
もはや、残り時間はない。
〝ゼロ〟はとうとう頭を抱えて
逃げなければならない。
そうだ、逃げなきゃ。こんな糞みたいな現実から逃げなきゃ。
しかし、人間はそんなに都合よく狂えるようにはできていない。もはや事実としての破滅と、想像だにできない苦痛は不可避なものとして彼の頭上、そのすぐそばにまで迫ってきている。
その生暖かい息づかいを、後ろ髪で感じられてしまうほどに。
「〝ゼロ〟様」
「ひぃッ!」
反射的に顔を上げた。もはや身を震わせるしかない〝ゼロ〟に、もはや死を待つばかりだった彼に、そのとき、歩み寄る影があった。
「……あ?」
「泣いている場合ではありませんよ、ゼロ様。『何か対策を立てなくてよろしいのですか』」
御付きの白いベータ・シープであった。彼女は空のデッキを拾い、それを差し出したのだ。もはや何の意味もない、それを。
「た……対策もくそもあるかぁ、このくそ役立たずぅぅぅぅ!」
何だそれは、なんなんだそれは!
あのときと、〝ソノダ〟の時と同じじゃないか!
白ベータのあまりの悪辣な行動に激昂したゼロは空の、何度確かめても空だったデッキをひったくり、それをもう一度投げ捨てる。
デッキは近くのボックスにぶつかり「ゴツッ」っと、妙に重苦しい音を立てて落ちた。
「こんなんじゃなくて、何かないのか!? 何とか、なんどかじてくれよぉ、なんど、が、…………?」
そして、遮二無二白ベータの細い身体にすがりつこうとして――――、一瞬、ギョッとしてその身を強張らせた。
一瞬。一瞬だが、――そのとき、この会場に居る全てのベータ・シープが彼を、――いや、彼らを〝見ていた〟のだ。
無論プレイヤー達も〝ゼロ〟を遠巻きに見てはいるが、そのような嘲笑うような視線ではない。
もっと、こう。じっと、まるで観察するような。そんな特異な視線だった。
すぐにそれらの視線はあらぬ方に逸らされた。
しかし、もはや敗北し発狂するだけの〝ゼロ〟を、なぜ奴らはじっと観察していた?
――異様だった。故に〝ゼロ〟は再び思考し始めた。――いや、とにかく現実から逃避するためにもそれを思考せざるを得なかった。
それどころではないという絶叫は脳のどこかで轟き続けていたが、そうせざるを得なかった。
何よりも興味があった。
なぜそんな必要がある? そもそも、一人押しやられていた〝ゼロ〟に今の今まで関心を払っているヤツなどいなかった。
プレイヤー達はもちろん、ベータ・シープたちも同様だ。
それもそうだろう。もはや完全な死に体となったプレイヤーに、もはやゲームの趨勢にかかわることのできないモノに、なぜ注視する必要があるというのだ?
なぜベータ達だけが注目を? ――観察? 見守って? いや、そうじゃない。
あえて言うなら、まるで、
――抜け目なく、対戦相手の動向を見守るかのように。
それは言外に、彼――〝ゼロ〟が完全な敗者ではないということを物語っているのではないか。
考察が、感性が、思考が加速していく。
何か――何か、あるのか? ここから這い上がるための手段が、そのための「カード」が?
そして〝ゼロ〟はそれを見る。――見据える。
先ほど、妙に重苦しい音を立てたデッキケース。
何かの連想が働いた。何かがそう囁いた。
ベータたちが注目していたのは、彼の御付きのベータがこの空のデッキケースを彼に渡したから――なのか?
ゼロは四つん這いのまま、何かの力に引かれるようにして自分が放ったデッキケースにたどり着いた。
時間は残っているのか? もはや時計を確認する時間も惜しい。
ためすがめつ、デッキケースをいじる。
考えてみれば空の状態でも、妙に重い。ベルトを通す側の基部になっているこの部分……妙に、厚い。
カリカリと、くまなく触ってみると、めだたない部分に妙な溝が掘ってある。微妙にだが、ここが動く。……別のパーツになっている。
つまり、開く。開くのだ。
つまり――このデッキケースの基部には、もう一枚分、別のカードを収納しておくスペースがあり、そしてそこには、あらかじめ……何かが仕込んであった、とでも言うのか?。
沸き起こるような想像が、あたかも都合のいい妄想のように沸き起こってくる。
つまり、それは特別なカード。『簡単には見つからない』と、最初に聞かされていた、あの「レア・カード」だと言うのか。
そう言えば、コイツ等がデッキを配った時。中はランダムだと言いながら、一人ひとりのベータが大事そうにデッキを手渡していた。
こんなもの、でかい箱にでもまとめて詰めておいて、ランダムに選ばせればよかったはずなのに、そうしなかった。
それらが導く
そして、とうとう基部が、〝ゼロ〟の手の中で、音を立てて口を開けた。中には――
「時間です」
〝ゼロ〟の瞳に光が戻った瞬間のことだった。無情にも日は昇っていた。
「清算を行います」
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