第18話「二日目」ゲーム「蜘蛛の糸」②


「お決まりでしょうか! では、参加するプレイヤー様は2階へご案内いたします!」


「私は棄権を」


「ええぇぇぇーっ?!」


 結局、二階でのゲームを放棄したのは一人だけであった。


 負けた場合の「ペナルティ」が、常ゲームでの敗北程のダメージにならないという点が、皆の背を押したのだろう。


 唯一辞退したのは、チビ黒が担当していたらしい〝カムイ〟と言う女であった。


 どうやら別の「パーク」から一人、この会場に来ていたらしい。


 妙に体温を感じない、端正な顔立ちの女だった。なんというか、存在感が薄いというか。


 何だろう、まるで自分は裏方だと主張するような態度のように、〝ゼロ〟には思えた。


 どちらかと言うと、ベータ・シープ達のそれに近いような、一歩引いた立ち位置に立っているかのようだ。


 背格好は二十代くらいだろうか? 化粧っ気のない、中性的な顔立ちからはその内心を窺わせない。


「……あの人、ゲームしないつもりなのかな」


 リスクを避けたいというのは〝ゼロ〟にも解らなくはなかったが、この空気の中ひとりだけ不参加を貫くというのは奇妙に思えた。


「まぁ、遮二無二ゲームをすればいい、というものでもありませんしね」


 〝アヤト〟が言う。それもそうかと〝ゼロ〟も納得した。そもそもこの場合、対戦相手は少ない方がいいのだし。


「それに、あまり他の人ばかり見ないください。私、そう言うの、嫌です」


「え? ――えええ!? い、いやその、そんなつもりはまったく……」


「冗談ですよ」


 言って、〝アヤト〟は微笑んだ。


 こんな時に何を言っているんだ、と〝ゼロ〟は気が気ではなかったが、一方で気分の悪いものではなかった。


 それに、彼女が物怖じしていないのは、心情的に心強いものだとも思えた。


「はぅ~!(泣) で、では気を取り直していきまっしょう! 参加するプレイヤー様は上に上がっていただき、特殊ルールでゲームを行っていただきます! そして、真っ先に2連勝した1名様がショートカットの権利を得るのです!!」


 結局、今回はこのチビ黒が最後まで音頭を取るらしい。


 担当である〝カムイ〟が降りてしまって残念そうに肩を落としてはいたが、いざ声を上げればさっきまでの調子に戻った。


 切り替えの早いタイプなのか、それとも担当するプレイヤーがいなくてもさほど問題でもないということのか――だとしたら、ますますコイツらが大挙して一人一人のプレイヤーに付く意味が無いように覚えてくる。

 

 ゲームに参加するプレイヤーとベータ達は、らせん状の階段を上り、会場2階に到着した。


 ぬかるむ地肌が剥き出しだった下とは打って変わり、そこは緩やかな曲線で形作られた、いっそSFチックともいえる清潔な空間だった。


 これを演出するために、下が雑なつくりになっていたのだろうか。だとしたら、手の込んだことだ。


 外からの見た目よりも広く感じられるその未来的な空間には、ボックスがきれいに丸く、円環状に並んでいた。据え付けられているようで動かすことはでいないみたいだ。


 プレイヤーたちはその円環の外周を取り囲むような形で、互いに向かい合うように席に着いた。


 ボックスの数にはいくらか空きがあり、プレイヤーたちは皆間隔を開けていたが〝ゼロ〟と〝アヤト〟は隣り合ったボックスに付いた。


 さほどの緊張はない。


 そもそも、どんなペナルティが課せられようが65000ポイント以上ものチップを獲得している〝ゼロ〟が自分の勝利を度外視して〝アヤト〟に協力し、これを勝たせようというのだから、楽観しない方がおかしいとさえ言っても過言ではない状況だ。


 円の内側には3人のシープが並び立つ。


 先ほど積極的に解説をしていたチビ黒、オレンジ、そして〝ゼロ〟の白ベータが背中合わせに立ち、内側からプレイヤー同士のやり取りに対応する構えのようだ。


 プレイヤーは6人だが、シープはその半分だけだ。確かに全員で来るとなると、この二階は窮屈になってしまうことだろう。


 やっぱ多すぎんだよなコイツ等……と、改めて思う〝ゼロ〟を余所に、さっそく小太りのオレンジが声を上げる。


「……では。これよりゲームを開始いたします」


「先ほども申しました通り、勝利条件は「誰よりも先に2勝すること」です」


「フォールドを含む敗北、そして引き分けも勝ちに含まれません! 明確にカードの勝負で2度、勝利することが条件となります!」


 白、チビ黒も説明を続け、さっそくゲームの具体的な解説へと移るようだ。プレイヤーたちも耳を傾ける。


「では、まず最初のフェイズとして「善行」フェイズを行います。「蜘蛛の糸」にすがろうというのですから、それ以前に善行を積んでいただかなければなりません」


「善行? チップか?」


「ノウ! それでは〝ゼロ〟様! あなたのように、裕福な者が余分なものを吐き出すかのごとき所業! それでは善行とは呼べません! 限りあるものを差し出すことに意味があるのです!」


「んだよソレ(べつにいいじゃん)……、じゃあ何を差し出すんだよ」


 このゲームは「睡眠時間というチップ」を奪い合うのが基本なんじゃねぇのかよ。


「カードです」


 また補足するように白ベータが付け加えた。

 

「なに!?」


「その通り! 現状1人1デッキ、1人10枚と言う限りあるカードの中から、好きな数のカードを提出していただき! 残りのカードでゲームをしていただきます!」


「……この行為を「善行を積む」と表現します。……この「善行」をより多く積んだプレイヤー様から、ゲームを優位な条件で進めることが出来るようになります」


 白とオレンジの補足を受けながら、チビ黒は元気に声を張り上げていく。


「その、『善行』の為に差し出したカードはどうなるんだ?」


「善意により集められたものですので、もちろん毎ターン皆様へ還元! つまり再配布することになます!」


「――じゃあ、実際にゲームに使わない限りなくなるわけじゃないってことだな?」


「その通りでございます!」


「『善行』についてはよろしいですね? では次に、この会場の特殊ルールによるゲームの進行を具体的にお教えします」


 白が補足すると、次いでオレンジが半歩、身を乗り出す。


「……よろしいでしょうか。まず、これは常に全員で行うゲームとなります。……事前に払ったカード、すなわちもっとも「善行」が少なかった方から順番に、……行動を選択していただきます」


「――ぅえ? 『善行』が、少ねぇ奴から、先? 後じゃねぇくて?」


「スタックルールってことだろ?」


 のたりとした巨漢〝小松菜〟の言葉に対して〝ゼロ〟がベータに確認する。


「その通りです。スタック、つまりプレイヤー様方全員が選んだ「行動」を順番に〝積み重ねて〟いき、それを後ろから順番に解決していきます。上から取り除くように。です」


「んじゃあ、つまりぃ――?」


「つまり、簡単に言うと後から行動できるヤツが有利ってこと。先に行動したヤツのもくろみを潰すことができるわけだから」


 〝ゼロ〟の解説を聞き、他のプレイヤーたちが感嘆の声を上げる。


 一方の〝ゼロ〟は苦笑いするしかない。まったく素人しかないんだもんな、このゲーム。


 ま、〝ソノダ〟のようなゲーム性を無視してくるような野蛮人相手でなければ、こういう経験と計算力がモノを言うものなのさ。


「実際にやってみれば経過や感覚はつかめるはずです!」


 やれやれと一人余裕の溜息を吐く〝ゼロ〟を余所に、シープたちはどんどんゲームを進めていく。


「取れる行動は1ターンに付き1つとなります。


・ゲームを仕掛ける。


・ゲームを受ける。


・善行により積み上げられたカードプールから、ランダムで一枚カードを補充する。(カードプールにカードが無ければ補充は出来ない)。


 以上から選んでいただきます。行動をパスすることはできません」


「ただし! そのターンの最後に行動するプレイヤー様はカードの補充を選べません! 最後尾を取ったプレイヤー様は必ず、誰かとゲームを行っていただきます!」


「……全員の行動が決まったら勝負。すなわち解決のフェイズに移行します。……これを繰り返して、最初に2勝したプレイヤー様が出た時点でゲームは終了です。……引き分けは無視され、リーチはかかったままです」


「ふむ。ゲームを受ける。とか、カードをもらう。と言う行動を選択しても、1ターン消費されてしまうんだね?」


 〝ツーペア〟が確認した。


「……その通りです」


 ――正直、現時点ではどう考えればいいのか見当がつかないな。初日――昨夜のゲームとはずいぶん勝手が違うぞ、コレ。


 いざゲームの概要を説明されてみて、〝ゼロ〟は少々焦りを感じていた。チップを積んでのゴリ押しが通じないという時点で計算外である。


 ふと〝ソノダ〟のことが脳裏をよぎり〝ゼロ〟は背筋が冷たくなるのを感じた。

しかし、そこで顔を振って弱気を払う。何を迷うのか。あんなことにはならない。成るはずがないのだ。余計なことを考えて、ミスをするわけにはいかない。


 〝ゼロ〟は気を取り直して、解っていることを整理する。


 とにかく早や上がりで〝アヤト〟を真っ先に上がらせるのが目的なのだ。


 まず、自分が先手――この場合もっとも後攻を取って、〝アヤト〟が勝ちあがれるようにゲームをコントロールする必要がある。


「では始めましょう。『善行』のためのカードを提出してください」


 ――なら、ここはケチれない。〝ゼロ〟はデッキから取り出した10枚のカードを両手いっぱいに広げる。



 第一ゲーム。



 ゲームが始まった。〝ゼロ〟を始め、プレイヤーたちは一斉に動く。


・「善行」フェイズ


〝ゼロ〟   〝アヤト〟に目配せしつつ、カードを5枚提出。残り5枚

〝アヤト〟  カードを4枚提出。残り6枚

〝ツーペア〟 3枚提出 残り7枚 

〝小松菜〟  3枚提出 残り7枚

〝バズーカ〟 2枚提出 残り8枚

〝レイア〟  1枚提出 残り9枚


 カードを受け取ったシープたちは、それを余っていたボックスの上に並べ、プレイヤーたちの行動順を示唆する。


 皆ゲームの概要を掴み切れていないからか、出し惜しみをしているようだ。なら、ここで一気に行くべきだ。


 とにかく、まずは主導権を取りたい。その一心で〝ゼロ〟はデッキの半分を「善行」につぎ込んだ。


・行動選択フェイズ


 提出したカードの少ないプレイヤーから順に行動を選択していく。


 この場合、行動順は〝レイア〟→〝バズーカ〟→〝小松菜〟→〝ツーペア〟→〝アヤト〟→〝ゼロ〟となる。


 選択は以下の通りとなった。


〝レイア〟  五枚勝負 → 〝アヤト〟


〝バズーカ〟 一枚勝負 → 〝小松菜〟


〝小松菜〟  受ける  → 〝バズーカ〟


〝ツーペア〟 カード一枚取得


〝アヤト〟  受ける  → 〝ゼロ〟


〝ゼロ〟   一枚勝負  → 〝アヤト〟



・行動解決フェイズ


 そして、行動選択とは逆の順番でそれぞれの行動を解決していくことになる。


 〝ゼロ〟   対  〝アヤト〟 一枚勝負 レベル1 対 レベル4


  →〝アヤト〟一勝。



 〝バズーカ〟 対  〝小松菜〟 一枚勝負 レベル4 対 レベル4


  → 引き分け



 〝ツーペア〟 


  → カード一枚取得



 〝レイア〟  五枚勝負 


  → ゲーム対象無し、宣言無効


 つらつらと羅列された経過に〝レイア〟が憤然と声を上げた。


「――無効?! なにそれ? 受けるって宣言が無くても勝負できるんじゃないの!?」

 

 オレンジのシープが、まず頭を下げてから応える。


「……解説いたします。確かに〝アヤト〟様が何のゲームも行っていない場合は受けるという宣言が無くてもゲームは成立します。しかしこの場合、先に、〝ゼロ〟様の一枚勝負を受けるという〝アヤト〟様の宣言が解決されため、〝ゼロ〟様の宣言が有効となりました」


「このゲーム! 三人以上で同時に対戦することはできますが、それぞれのプレイヤー様が行える勝負そのものは1ゲームに付き一回となります! 全員で同じゲームを行うとは! そう言うことなのです!」


「なんッ、――それじゃ、いくらでも逃げれるじゃんッ」


 食い下がる様に〝レイア〟は声を上げるが、シープたちの対応は至って平素だ。


 それも当然だろう。と〝ゼロ〟は溜息を口内で弄ぶ。


「……故に、『善行』を積んでゲームをコントロールできるポジションを確保することが重要となるのです。……今の場合、〝ゼロ〟様が勝負を宣言しなければ〝アヤト〟様は〝レイア〟様の希望通りの勝負をすることになっていました。……〝アヤト〟様が逃げたというよりも」


「〝ゼロ〟様の行動によって〝レイア〟様の行動が打ち消されたと考えるべきです」


 相変わらずシープたちはリレーでもするように解説をする。


「さ、先に、言ってよ。……そう言うの」


「いやだから、さっき言ってたじゃん。あとから行動できる方が有利なんだって。そのぐらい理解しとけよ」


 流石に我慢できず〝ゼロ〟は悔しそうにぼそぼそと文句を垂れている〝レイア〟へ言葉を投げつけた。


 〝レイア〟は野良猫みたいに視線をひるがえして〝ゼロ〟を睨み付けてくる。だが、はっきり言って怖いもんじゃない。


 〝ゼロ〟も余裕をもってこれを受ける。案の定、苦々しげに眼を逸らしたのは〝レイア〟の方だった。


〝ゼロ〟は静かに勝ち誇る。


 ふん、頭の回転の遅い女だな。もっと早く気付けよ。もう二日目だっていうのにスタックも理解していないのか。だからあの、〝ソノダ〟にも負けたんだろ。


 とにかく「後出しが圧倒的に優位」なんだよ、このゲームは。


 相手に先に行動させ、それに対応するというのがセオリーになる。考えなしに自分から動くのはバカのやることなのだ。


 それが前提にあるからこその「善行」による行動順のルールなのだし。


「さぁ、第一ゲームから〝アヤト〟様がリーチをかけました」


 他のプレイヤーたちもゲームの概要を理解し始めているようである。


「このまま逃げ切りが成るや否や! 第二ゲームです!」




 第二ゲーム


・再配布フェイズ


「さて、第1ゲームの『善行』で提出されたカードは残り17枚!」


「……これを6名様に再配布することになりますので、各自2枚ずつとなります。残りの5枚は「カードの取得」の行動を選ばれたプレイヤー様に再配布するか、もしくは次のゲームに持ち越されます」


・各々のプレイヤーの残りカード枚数(各自2枚ずつ取得)


〝ゼロ〟  6枚

〝アヤト〟 7枚 リーチ

〝レイア〟 6枚

〝小松菜〟 8枚

〝バズーカ〟9枚

〝ツーペア〟10枚


 第一ゲームで提示された「善行」カードが、シャッフルされて再分配された。


 〝ゼロ〟に配られたのはレベル1とレベル4が一枚ずつであった。


 これは仕方のないことだ。普通に考えれば、『善行』で提出されるカードはレベル1になるのが道理だ。


 ゲームで特典を使う意味が無いのだから当然だといえる。


 しかしこれは、ゲームに勝ちたい場合は痛手となるが、〝アヤト〟を勝ちあがらせたい〝ゼロ〟の現状からすれば、ここでレベル1が手に入ったのはむしろ僥倖と言えるだろう。


 あとは、このまま何事もなく進んでくれればいいのだが……。



・第二ゲーム 善行フェイズ


 さて、ここでまたカードを提出しなければならないわけだが……。


 第一ゲームは上手いこと行ったけど、今度は今度で考えものだ。


 〝ゼロ〟は思案する。問題点は残りカードの枚数である。


 彼の残りのカードは6枚。1枚勝負をするだけなら、5枚まで「善行」に張れるが、それをしてしまうと次の第三ゲームでは何もできなくなる。


 ここは1枚だけ出して、カードをもらったほうがいいだろうか……。


〝ゼロ〟   1枚提出 残り5枚

〝アヤト〟  3枚提出 残り4枚

〝レイア〟  4枚提出 残り2枚

〝小松菜〟  4枚提出 残り4枚

〝バズーカ〟 5枚提出 残り4枚

〝ツーペア〟 3枚提出 残り7枚



・第二ゲーム 行動順


 〝ゼロ〟→〝ツーペア〟→〝アヤト〟→〝小松菜〟→〝レイア〟→〝バズーカ〟


 〝アヤト〟と同枚数であった〝ツーペア〟は一回戦の〝小松菜〟の時と同様に〝アヤト〟に順番を譲るとのことだった。「そう言う性分でね」とは本人の談だ。


 相変わらずのお人よしである。大丈夫なのかなこの人。と、〝ゼロ〟は内心でひとりごちたほどだ。


 ――と、少なくともこの時はまだ、そのような些事を気にするだけの余裕が彼には残っていた、ともいえる。



・第二ゲーム 行動選択フェイズ


 〝ゼロ〟   カード取得 

 〝アヤト〟  カード取得 

 〝ツーペア〟 一枚勝負→〝アヤト〟

 〝レイア〟  一枚勝負→〝アヤト〟

 〝小松菜〟  一枚勝負→〝アヤト〟

 〝バズーカ〟 三枚勝負→〝ゼロ〟



・第二ゲーム 行動解決フェイズ


〝バズーカ〟  対  〝ゼロ〟 三枚勝負 


 レベル4・4・4 対 レベル4・4・4 →引き分け



 〝小松菜〟 対 〝レイア〟対〝ツーペア〟対〝アヤト〟 一枚勝負 


 全員がレベル4を提出し、引き分け



 〝アヤト〟カード取得 


 →レベル4



 〝ゼロ〟カード取得


 →レベル4



 〝ゼロ〟はここで「あっ」と言わされることとなった。


 〝バズーカ〟が〝ゼロ〟のカードを枯渇させるつもりで、あえて引き分け狙いの勝負を仕掛けてきたのが察せられたからである。


 一回戦で6枚を使い二回戦で4枚も使わされた!


 このルールではレイズもブラフも意味が無い。他のプレイヤー達も、このルールでならば、圧倒的なチップを有する〝ゼロ〟にゲームを仕掛けられるのだ。


 しかも、〝ゼロ〟は昼間、余裕でふんぞり返ってカード集めも人任せにしていたのだから、当然デッキの中身も見透かされてると考えるべきだろう。


 〝ゼロ〟が持っていた圧倒的なアドバンテージは、とっくに崩壊していたのだ。


 ――クソッ! なんだってんだ! これではこのルールそのものが〝ゼロ〟を狙い撃ちにしているような気になってくる。


 〝ゼロ〟は内心で口汚く愚痴をこぼす。


 行動解決のフェイズでカードを一枚だけ増やしたが、ゲームを強要されて残りの手持ちのカードは3枚だけだ。


 これでは焼け石に水ではないか! なんてことだ!


 〝ゼロ〟は目を皿のようにして、仕掛けてきた小男の〝バズーカ〟を見るが、この男は申し訳なさそうに笑って見せるばかりである。


 しかも、あまりかしこまっている風ではない。


 くそ、結局「ゲームはゲーム」ってことか。あのイカ墨ヤンキーめ、昼間はさんざん言い顔してたくせによ! あとで見てろよ。と、〝ゼロ〟は心に決める。


 しかし、今はそれを言っている場合ではない。ゲームは滞りなく進んでいくのだ。


 〝アヤト〟もまた、〝ツーペア〟〝レイア〟〝小松菜〟に揃って狙われたが、レベル4を使って引き分けている。


 考えても見れば、それはそうだろう。すでに勝利にリーチをかけている〝アヤト〟をほかの連中が見逃すはずがないのだ。


 だが、的にされて平気な訳はないだろう。実害が無くとも気が気ではないはずだ。〝ゼロ〟は視線で〝アヤト〟を案じることしかできない。



・第二ゲーム終了 残りカード枚数 


 〝ゼロ〟  3枚

 〝アヤト〟 4枚 リーチ

 〝レイア〟 1枚 

 〝小松菜〟 3枚 

 〝バズーカ〟1枚 

 〝ツーペア〟6枚 




・第三ゲーム カード再配布フェイズ


「善行のカードプールは23枚! 第二ゲームの「善行」による提出カードが多かったので皆様へのキックバックも多くなります。全員に3枚ずつです!」


「……これ、終んないんじゃないの?」


 と誰に言うでもなく〝レイア〟が呟く。


 〝ゼロ〟にしてみればカードが増えるのはありがたいのだが、しかし、他のプレイヤーの手札も増えるのでは、確かに終わりが見えてこない気がする。


 ――いや、と〝ゼロ〟はここで改めて思案する。ゲームに使われたカードは戻ってこないのだ。


 つまり、確実にカードは減っていく……。ならば問題は――。このゲームを攻略するカギはどこにあるのか――?


 しかし、ゲームの進行は〝ゼロ〟の思考がまとまるのを待ってはくれない。


 ゲームのテンポが留まることなく続くのも、前日の悠長なゲームとは異なる点である。


 〝ゼロ〟はまた、焦りを感じ始めていた。じっくり指差し確認してから行動するのが彼のやり方である。この速いテンポでの進行は望むところではない。


 なんとか、――なんとか出来ないか? 



・カード配布後 カード総数


〝ゼロ〟   6枚

〝アヤト〟  7枚

〝レイア〟  4枚

〝小松菜〟  6枚

〝バズーカ〟 4枚

〝ツーペア〟 9枚



・第三ゲーム 善行フェイズ


「なぁ、善行これ、出さないのもありなの?」


 早いペースで進行するゲームを嫌った〝ゼロ〟は声を上げた。とにかく、この流れを一時でも切りたいという思いからであった。


「申し訳ありませんが、それは『不徳』と見なされます。『不徳』はペナルティの対象となります」


「ペナルティ?」


 ――チッ! またお得意の後出しルールかよ!


「なんなんだよ、それ! そう言うのがあんなら、先に言っとけって、言ったよな、俺、昨日さ!」


 〝ゼロ〟は、特に自分の御付きの白ベータに向けて声を荒げる。しかし、


「申し訳ありませんが、ペナルティについては事前にお教えすることが叶わないのです。ご了承ください」


 やはり〝ゼロ〟の怒気など、どこ吹く風かと言う有様である。


「……それも、ゲームの一部なのだとお考えください」


 オレンジのベータに念押しされるように言われ、〝ゼロ〟もそれ以上は何も言えなかった。


「ッ、……わかったよ」


 それでも、これでゲームの流れを一度断ち切ることはできた。


 深呼吸をした〝ゼロ〟は息が詰まりそうな緊張感から、わずかに解き放たれたような心持ちだった。


「では、再開いたします! カードを提出してください!」


〝ゼロ〟   1枚提出 残り5枚

〝アヤト〟  4枚提出 残り3枚

〝レイア〟  2枚提出 残り2枚

〝小松菜〟  1枚提出 残り5枚

〝バズーカ〟 1枚提出 残り3枚

〝ツーペア〟 1枚提出 残り8枚


 しかし、ここでまた〝ゼロ〟は唸らされることとなった。


 思わず、引きつった顔で他のプレイヤーたちに視線を向けてしまう。彼らは一様に微笑を浮かべてその、〝ゼロ〟の醜態を見据えていた。


 彼らは〝ゼロ〟が提出カードを渋ることを見透かしていたのだ。対して優位を守りたい〝アヤト〟はカードを減らしてしまっている。


 この二人が組んでいることは周知の事実である。それを知っている他のプレイヤーがこぞって〝ゼロ〟と〝アヤト〟の行動を阻もうとするのは当然といえた。


 〝ゼロ〟があてどなく惑わせた視線は、不安げな〝アヤト〟に向けられる。しかし、彼にはどうすることもできない。


 しぼむように、手元のカードに視線を向け、ただ固まるしかない。


・第三ゲーム 行動順


〝ツーペア〟→〝ゼロ〟→〝小松菜〟→〝バズーカ〟→〝レイア〟→〝アヤト〟


 善行が一枚だけのプレイヤーが4人並んだので、この4人の行動準はくじ引きとなった。


 一方〝ゼロ〟はドツボにはまるような思考に陥り始めていた。


 流れを切ることなどできていなかったのだ。これでは緊張をほぐしたのではなく、隙を見せただけではないか。


 どうする? 普通に考えるなら二人でカードを増やして次のゲームにつなげたいところだが……、狙われないようにと最後尾を取った〝アヤト〟はカードを増やすことが出来ない。


 どうする? ここは〝ゼロ〟だけでも後のことを考えてカードを増やしておくべきなのでは……。


 いや、そうじゃない。目的を忘れるな。〝ゼロ〟は再確認する。俺の目的はあくまで〝アヤト〟をショートカットさせること。


 自分だけはこのゲームのセオリーとは逆の行動をとりえる存在なのだ。それを利用しなければならない。


 ――つまり、



・行動選択フェイズ


 〝ツーペア〟 カード取得

 〝ゼロ〟   1枚勝負をという行動を選択。

 〝バズーカ〟 1枚勝負→〝ゼロ〟

 〝小松菜〟  1枚勝負→〝アヤト〟

 〝レイア〟  3枚勝負→〝ゼロ〟

 〝アヤト〟  1枚勝負→〝ツーペア〟


 この第三ゲームの「行動選択フェイズ」経緯は、以下のとおりとなった。


 まず〝ツーペア〟がカード取得を宣言。現在でも最大枚数を持っているのだが、まだカードをため込むつもりだろうか?


 そして次に〝ゼロ〟である。ここで〝ゼロ〟が動いた。


 彼はここで一枚勝負を「受ける」という宣言をし、そしてレベル1のカードを先に出したのである。


 みな一様に怪訝そうな顔をした。粛々とゲームを進行していたお付きの白ベータも、おそらくは仮面の下で同じようにしたはずである。


「〝ゼロ〟様、今回のゲームではレイズは意味がありませんが?」


 と、思わず、と言った体で声を掛けてきたほどだから。


「レイズするつもりはねぇよ。ただオレは一枚勝負をしたいって言うだけの意思表示だ。それで一枚だけ先に出しとくだけ。問題は?」


「カードを開けたままですか」


「問題ある?」


 さしものベータたちもしばし顔を見合わせる。視線を合わせるように、チビ黒は背伸びをしている。


「……ありません」


「このようなブラフも、戦法としては有りです」


「戦法と言えるのかはわかりませんが!」


「あっそ。じゃ、進めて」


 出来るだけ外からは解らないようにほっと息を吐く。


 無論、〝ゼロ〟も解っている。こんなことをしても有利になんてならない。ただ、それでいいのだ。


 〝ゼロ〟は自分が勝つためにここにいる訳ではないのだから。


「では、〝バズーカ〟様、行動選択をどうぞ」


「お、おおぅッ!」


 すると〝バズーカ〟は手元さえ危うくして〝ゼロ〟に一枚勝負を仕掛けてきた。


 それで百パーセント勝てるのだから、それも仕方のない行動なのかもしれない。


 次の〝小松菜〟はこのまま〝バズーカ〟対〝ゼロ〟の勝負に割り込んでも意味が無いと思ったのか、変わらず〝アヤト〟への一枚勝負を選択。


 そして、ここで〝レイア〟が苦々しげに「チッ」と舌打ちをした。


 まるで、他の連中がバカだと言わんばかりに。


 〝レイア〟は三枚勝負を〝ゼロ〟に対して行ったのだ。


 これを受けて、今度は〝ゼロ〟のほうが落胆の舌打ちを漏らすこととなった。


 ――惜しかった。今のは、実に惜しかったのだ。


 続く〝アヤト〟はしばしの逡巡の後、一枚勝負を〝ツーペア〟に仕掛けるにとどまった。


 カードをため込む〝ツーペア〟に、せめてもカードを使わせよういうことなのだろう。


「――クソッ」


 〝ゼロ〟はあまりのやり切れなさに小さく呻いた。


 あの〝レイア〟め、余計なことをしてくれた。


 本当に、今のは惜しかったのだ。



 あのまま〝レイア〟が〝ゼロ〟の三枚勝負を潰さなければ、〝アヤト〟が〝ゼロ〟に三枚勝負を仕掛けて、問題なく二勝目を得ることができたはずなのだ。


 そう。〝ゼロ〟が一枚勝負を受けると宣言しても、後から〝アヤト〟が三枚勝負を仕掛けて来れば〝ゼロ〟と〝バズーカ〟の一枚勝負の上に重ねられ(後だし)た〝アヤト〟と〝ゼロ〟の三枚勝負が優先的に処理され、〝ゼロ〟の一枚勝負はなかったことになり、無事〝アヤト〟が勝利していたはずなのだ。


 しかしそうはならなかった。〝レイア〟がこの三枚勝負に割り込む宣言をしてしまったので、〝アヤト〟が勝つ目が無くなってしまったのだ。


 〝ゼロ〟は既にレベル1を提示しているから〝アヤト〟はレベル4を三枚使って勝負すれば、それで確実に勝てるはずだった。


 しかし〝レイア〟がここに割り込み、〝アヤト〟と同じくレベル4を三枚使って勝負してきたのだ。


 よって、〝アヤト〟が〝ゼロ〟と〝レイア〟の勝負に割り込んでも〝レイア〟と〝アヤト〟の引き分けになってしまい、「勝ち」はなくなるのだ。


 だから〝アヤト〟はカードの消費を抑えつつ他のプレイヤーのカードを減らすことしかできなかった。


 どうやら、あの〝レイア〟を始め、他のプレイヤーもスタックのルールを完全に理解しつつあるようだ。


 〝ゼロ〟は重ねて臍を噛む思いで苦悶を漏らす。


 この第三ゲーム、〝ゼロ〟の所有カードが五枚以上あったなら、五枚勝負が可能だったなら、〝アヤト〟が〝ゼロ〟に五枚勝負を仕掛けて勝つという展開も有り得たのに!


 やはり初戦でカードを減らしてしまったのが間違いだったのだ。カードが足りなくては取れる手段までもが限られてしまう。


 やはりゲームに持ち込めるカード制限と言うのがガンであるように、〝ゼロ〟には思われた。


 何時までもこの制限が彼の足を引っ張っている。


「では行動解決に移ります!」


 しかし、そこで〝ゼロ〟は三度みたび、あっと声を上げさせられることとなった。



・第三ゲーム 行動解決フェイズ


〝アヤト〟  対  〝ツーペア〟 一枚勝負


 レベル4  対  4  → 引き分け

 


〝レイア〟   対  〝ゼロ〟   三枚勝負


 レベル 4・4・1 対 4・4・2 →〝レイア〟の勝利 

 


〝小松菜〟一枚勝負→〝アヤト〟 無効

 

〝バズーカ〟一枚勝負→〝ゼロ〟 無効


〝ツーペア〟カード取得 



「――あッ!?」


 〝レイア〟との勝負のカードが開示されたところで、〝ゼロ〟は思わず今までにないほどの、声どころか顎骨までもが戦慄くような呻きを漏らしていた。


 三枚ともレベル4だと思っていた〝レイア〟のカードセットはなんと4・4・2だったのだ。


 まるで狙いしましたようなやり方だった。


 先ほどから無言で〝ゼロ〟を見ていた〝レイア〟は、カードを見て驚愕し、再び自分に視線を向けてきた〝ゼロ〟に、無言のままスッと微笑んで見せた。


 見れば、〝アヤト〟も苦々しく白い眉根を顰めている。


 つまり今の勝負、〝アヤト〟がオール4のカードセットで〝ゼロ〟対〝レイア〟の勝負に割り込んでいれば、そのまま勝ち越しだったのだ。


 しかし、自分が三枚勝負を仕掛けた時点で〝アヤト〟が引くだろうと予測した〝レイア〟は、まんまと〝ゼロ〟と〝アヤト〟の思惑の隙を狙い撃ちにして見せたのだ。


 どうだと言わんばかりに酷薄な笑みを見せる〝レイア〟に、〝ゼロ〟も〝アヤト〟も言葉がなかった。



第三ゲーム終了 残りカード枚数


〝ゼロ〟   1枚

〝アヤト〟  2枚 リーチ

〝レイア〟  0枚 リーチ

〝小松菜〟  4枚

〝バズーカ〟 2枚 

〝ツーペア〟 8枚 




・第四ゲーム カード再配布 2枚ずつ


〝ゼロ〟   3枚

〝アヤト〟  4枚

〝レイア〟  2枚

〝小松菜〟  6枚

〝バズーカ〟 4枚

〝ツーペア〟 10枚


 そして第四ゲームが始まる。


 しかし、〝ゼロ〟の思考はこのゲームよりも、あの〝レイア〟の所業について、より傾かざるを得ない。


 ……しかし、よくもまぁ都合よく「レベル2」なんて持ってたなあの女。〝ゼロ〟は眼前のゲームも忘れて述懐する。


 このゲームでは、皆基本的にレベル1かレベル4のセットだと思い込んでいたから、なおの事予想外だった。


 ……いや、そうでなくとも、それ以外のカードを持ち込むなど、意味がないと思い込んでいた。


 それが、この結果である。なんてことだ。取り返しがつかない。


 レベル2か……確か、なにがしかのアイテムが特典としてもらえるんだったな。


 どの程度のものなのだろうか? こうしてみると、気になってくる。……かといって、あとで見せてほしいといっても無駄だろうな。


 あの〝レイア〟とは仲違いをしすぎた。〝ゼロ〟に協力などするはずもない。


 よくない展開だ。なにより、今のゲームで〝レイア〟、そして大半のプレイヤーにもこのゲームの定石……のようなものが完全に知られてしまったと見なければならない。


 今のチャンスを活かせなかったのは痛い。ことさらに痛いのだ。


 もはや、他のプレイヤーたちのミスを当てにすることもできないだろう。


 泣きっ面に蜂とはこのことか。〝ゼロ〟はかさねて悔やむように、手持ちのカードをまじまじと見つめた。



・第四ゲーム 善行フェイズ


〝ゼロ〟   1枚提出

〝アヤト〟  1枚提出

〝レイア〟  1枚提出

〝小松菜〟  2枚提出

〝バズーカ〟 1枚提出

〝ツーペア〟 3枚提出


・行動選択フェイズ


 〝ゼロ〝〟→〝レイア〟→〝アヤト〟→〝バズーカ〟→〝小松菜〟→〝ツーペア〟


 今回も大半が善行を出し渋り、一枚に抑えたので再びくじ引きとなった。


 さてそのくじ運が悪かったのか、それとも流れを見失っているからなのか、〝ゼロ〟から行動を選ぶことになってしまった。


 ゼロは一人、まんじりともせず自分のカードを見つめて考える。


 どうする? 普通ならカードを増やすところだが、一枚勝負を仕掛けられるだけでまた0枚だ。じり貧だぞ。どうする?


 どうすればいい? 


〝ゼロ〟は再び手持ちのカードをまじまじと見つめた。そこで、ふと初めて見るレベル4のフレーバーテキストが目に入る。


『血も肉の一部? 否、血は一滴たりとも流してはならぬ』


 これは初めて見るな……これは、「ベニスの商人」だっけ? でもなんか違うような……?


 にしてもまた脈絡のないフレーバーだな……。そういえば、前に〝アヤト〟からフレーバーテキストについて質問されたことがあったっけ。


 ハハ、つい昨日のことなのにな。なんだか、あの時間がもう遠い夜のことのように思えてくる。


 妙に懐かしい。あの時は、本当に楽しかった。


 彼女は、〝アヤト〟は優しかった。


 頼られたのが嬉しくて、思わず余計な知識の披瀝までやらかしてしまった〝ゼロ〟の話を最後まで聞いてくれたのだ。


 そんな相手は今までに一人もいなかった。


 誰もが、自分の好きなゲームやそれに関する知識を懸命に話そうとする〝ゼロ〟の言葉を遮った。


 孤独だった。許せなかった。そんな相手には、二度と心を許せなかった。


 ……そんな言い訳をして、二度とその相手に話しかけられない自分がもっと許せなかった。


 だが、そんな〝ゼロ〟の話を、彼女は聞いてくれたのだ。


 感動した。そして、救われたのだ。独りでないと、そう思わせてくれたのだ。


 だから、〝ゼロ〟は彼女を救わなければならない。この地獄と隣り合わせのゲームから、彼女を守らなければならない。


 絶対に――ぜったい、に…………、


 その時、記憶を反芻していた〝ゼロ〟の脳裏に、〝アヤト〟の、彼女の甘やかな髪の香りと共に蘇った文面があった。


『昇る蜘蛛。なぜ急ぐ? 急いては事を仕損じる』


 と、確か、昨夜〝アヤト〟が意味が解らないと言って尋ねてきたフレーバーテキストの一文だ。


 当然、これは小説の「蜘蛛の糸」から来たものだろう。そして、この二日目の特殊ルールの名前も「蜘蛛の糸」。


 どういうことだ? これって偶然なのか? ――いいや、ありえない。


 同じ人間がゲームデザインをしているなら、この符合には意味があるはずだ。


 どうしてわざわざこんなフレーバーを書き込んだ? それは――、何かの情報、つまりってことじゃないのか?

 

「〝ゼロ〟様、お急ぎください」


 長考している〝ゼロ〟に白ベータの平素な声がかかる。〝ゼロ〟はバネ仕掛けのように視線を跳ね上げた。


「〝ゼロ〟様?」


 そうだ。――「急いではならない」それがこのゲーム攻略のヒントなんだ!


「どうかなさいましたか?」


「……いや、なんでもない。俺はカードの取得で」


 そう告げて、ゼロはゆっくりと、周囲の視線が途切れるのを待って、隣のアヤトを見た。


「どうなさったんです? 〝ゼロ〟さん」


 〝アヤト〟を見る〝ゼロ〟のその顔に、様々と蘇った精気を見て取って、〝アヤト〟が思わず口を開く。


「……いや、思い直しただけだよ。〝急いては事を仕損じる〟からね。じっくり行こう」


 当然、この閉じた空間で密談は難しい。他のプレイヤーたちもこの会話を聞いている。


 だが、〝ゼロ〟と〝アヤト〟に限って、この二人に限って、これだけの会話で通じる意味がある。


 〝ゼロ〟がそれとなく見せるように持っていた無地のレベル4もヒントになったはずだ。


 すると、〝アヤト〟も気づいたように、その大きな眼を見開く。


「……そうですわね。でも落ち着いてばかりでも、上手くありませんわ」


 そう言って反論したように見せて、〝アヤト〟も気付いているのだ。〝ゼロ〟が示したヒントの意味に。


 結局、二人の会話は傍からは意見の食い違いによるチームの瓦解としか見られなかったことだろう。


 しかしそうではなかったのだ。





 第四ゲームからひきつづき回を重ねたゲームだが、その内容は膠着こうちゃくの一言に尽きた。


 まさしく「蜘蛛の糸」の説話の通りである。


 〝ゼロ〟の言葉を聞いた〝アヤト〟は自らゲームを仕掛けることはなく、〝ゼロ〟ともどもカードを取得することに終始した。


 当然狙い撃ちにされはしたが、その都度引き分けに持っていくことでしのいだ。


 一方、同じく一勝を上げている〝レイア〟は逆に、何とか勝とうと勝負を仕掛けるするが、うまくいかず、空回りしてカードを失うばかりであった。


 そう、このゲーム、能動的に動こうとすればするほど、勝ち難くなるという性質のものなのだ。


 誰かが一勝を上げ、なんとか勝ち抜けようとしても、絶対に誰かが足を引っ張るのだ。


 まさしく蜘蛛の糸だ。足を引っ張り合っていては誰も勝ち上がれない。


 さらに、手持ちのカードが枯渇すると、皆一様にカードの取得を行うようになる。


 よって、善行も積めなくなり、単調な作業が繰り返される事になる。


 このまま永遠にゲームが続くのではとプレイヤーたちが思い始めたとき、しかしその意に反して変化は確かに起こっていた。


 誰もがカードを増やそうとする、とは言っても、最後尾をとってしまったプレイヤーはカードを取得できない。


 よって、徐々にだが確実にカードの総数は減っていくのだ。


 すると何が起こるのか? 


 それは「レベル4」の枯渇である。

 

 どの程度であれ、このゲームにはそれ相応のレベル1が紛れ込んでいた。〝ゼロ〟が使った分以外は、誰もがこれを善行の為に提出していたことだろう。


 わざと負けたいと思う〝ゼロ〟以外は誰もゲームにレベル1を使わないはずだ。


 よってゲームが進行していけば、必ずレベル4が先に無くなるはずなのだ。


 これがそもそものこのゲームの全容だったのだ。このゲーム「蜘蛛の糸」ではレベル4が枯渇する終盤まで、如何にレベル4を確保し続けられるかが重要な点だったのだ。


 まさしく「急いては事を仕損じる」の言葉通りだ。このゲームの必勝法は「待つ」こと。


 ――そして終盤。


 〝アヤト〟、〝レイア〟そしてそのあとに〝ツーペア〟が一勝して横並びになっている状態だったのだが、それ以上の進展がなく、ゲームは膠着どころか停滞していた。


 しかし、やはり例外と言えるのが、自分を勝たせる必要のない〝ゼロ〟の存在である。


 それが、〝アヤト〟を勝たせるためだけに、じっとこらえて気をうかがっていたのだ。


「――やった!」


 第八ゲーム。その勝利は必然だったといえるだろう。


 〝ゼロ〟は思わずガッツポーズを取っていた。〝アヤト〟が二勝目を挙げたのだ。


 終盤、カードをため込んでいた〝アヤト〟と〝ゼロ〟が五枚勝負を宣言し、誰もこれに割って入れなかった。そもそも、カードがないのだ。


 〝急がず〟にゲームを俯瞰ふかんした〝アヤト〟と、〝ゼロ〟の勝利だった。


「やりましたね。カードもギリギリ!」


 〝アヤト〟が嬉しそうに笑う。


「ああ、俺もだよ」


 言って、〝ゼロ〟はを、〝アヤト〟に見せた。





「……では敗者にはパークに引き返して、一日休みのペナルティを受けていただくことになります」


「上界でのゲームは終了しましたが、まだ時間は有りますので、よろしければ下界でゲームを続けていただいても構いません」


「勝ち上がりの〝アヤト〟様のみ! この天井から続くショートカット用の出口から出ることが出来ます! どうぞ!!」


 ゾロゾロと降りていくプレイヤー達。


 一様に表情は硬く、言葉もない。よほどショートカットを逃したのが残念なのだろう。しかし、それも仕方がない。


 何かを生かすために、犠牲はつきものなのだ。と〝ゼロ〟は一人大きく頷いた。


 そして、はにかむような〝アヤト〟と目が合う。


「一度、降りることはできませんの?」


「……はい。申し訳ありませんが、ここで降りてしまうと権利が失効してしまいます」


「そうですか」


「ああ、良いよ、良いよ。――最終日に会おう」


 〝アヤト〟は何も言わず、頬を紅潮させ〝ゼロ〟を見つめてくる。


「大丈夫。迎えに行くよ。だから」


「――〝ゼロ〟様、お早く」


「だ、だから、待てって!」


 〝アヤト〟の返答を聞くまでもなく、白のベータに急かされて下に降りることになった。


 もうちょっと名残りを惜しみたかったが、この白ポワの無粋さは今に始まったことではない。


 そして、湿った地面が床代わりの一階、いや、に降りた〝ゼロ〟は、今宵、もはや使われる当てのないボックスに腰を預け、大きく息を吐いた。


 まるで、大きな仕事を成し遂げたかのように。それは堂に入った仕草だった。




 その様を、待ち受けるようにして見入っていたプレイヤーたちが、どんなつもりで見つめていたのかなど、考えもせず。


  


「おっしッ。じゃ、はじめっかッッ」


「うぅ、おぉう」


「いえ、お待ちください」


「主賓がまだだからね。もう少しだけ待とう」


 ――なんだ?


 〝小松菜〟と〝バズーカ〟のコンビに〝ツーペア〟。彼らは、上階でのゲームに参加しなかった〝カムイ〟まで加えて、何やらしきりに話し込んでいる。


 独り――〝ゼロ〟だけが彼らから離れて、会場の隅に孤立している形だ。


 妙だった。


 それは――彼らが、遠巻きに〝ゼロ〟のことをから。


 ちらちらと、濁った夜空に、星が疎らに瞬くように。




 何のつもりだろうか? あいつら、まだゲームするつもりなのか? 


 もうカードなんて残ってないだろうに。〝ゼロ〟のデッキだって、このとおり空なのだ。


 とにかく、妙な空気を察知して、〝ゼロ〟が声を上げようとしたところで、彼らの視線が一点を目指して跳ね上がった。


 なんだ? ――なんなんだ?


 そして〝ゼロ〟は、この場で一番最後に、それに気付く。


「ダ――ダメだよッ! 降りてきちゃッ」


 なぜかを問うよりも先に、〝ゼロ〟は叫んでいた。


 〝アヤト〟である。


 その〝ゼロ〟の声が聞こえていないかのように地を踏んだ〝アヤト〟は、他のプレイヤーたちに目配せするように視線を送り、そして真っ直ぐに〝ゼロ〟の方へ歩いてきたのだ。


「ちょちょ――ちょッ、どうして? だめだよ。君は上に居ていいはずなのに!」


 まるですがりつくようにそれを出迎えた〝ゼロ〟は、無論混迷の極みにある。


 なぜこんなことが起こっているのか、もはや予想することさえできない。


 〝アヤト〟は〝ゼロ〟の問いかけには応えず、会場の隅で冷えているフルーツの中から一つの林檎を手に取った。


 真っ赤な、本当に真っ赤なそれを、そのまま口元に持っていき、ガリ、と音を立てて齧りついた。


 喉を鳴らして、〝ゼロ〟に振り向く。


 微笑んだ。


 ――そして齧り取った林檎から手首の辺りに滴った果汁を啜り、そして、べろり、と、妙に長く、異様に赤い舌で舐め上げた。


 その間、無言で見つめられ、〝ゼロ〟は困惑する。


「その、……あのさ、」


「最後に、やり残したことがありますの……」






 〝アヤト〟は、静かに、そして確かな口調で〝ゼロ〟に告げる。


「ああ、そんなッ。でも、どうして……先に言っててくれれば、俺は後から君を追いかけるから」


「ええ。でも、もっと大事なことがありますから」


「え?」


 半分ほど齧った林檎を、無造作に泥の床へ放り投げ、〝アヤト〟は〝ゼロ〟に向き直る。


「少々悩みましたけれど、やはり、こちらの方が大事です」


 その言葉に何も応えられず、呻きすらあげられず、〝ゼロ〟はただ、一筋の涙をこぼした。――感動の涙である。


「じゃあ、――じゃあ、君は、俺の、為に」


「はい」


 なんてことなのだろう。こんな、こんな人間が存在するのだろうか?


 彼女は、ショートカットの権利を捨ててまで、〝ゼロ〟と一緒にゲームをクリアすることを選んでくれたというのか!


「あ、ありが、どう。――ありがとう。おれ、頑張るよ。絶対に、二人でゲームをクリアしよう!」


 むせび泣きながら、〝ゼロ〟は感謝を述べる。


 人生でこれほどに何かに感謝した事は無かった。こんなにも自分の為に、何かをしてくれた人はいなかった。


 実の両親でさえ、これほどに、じぶんの、心を汲んでくれたことなどなかった。


 だから、もう、迷いも、わだかまりも、逡巡すら、必要なかった。


 〝ゼロ〟は感涙したまま、〝アヤト〟を抱きしめようとして――



 ――――突き飛ばされた。



 〝アヤト〟を守る様に立つ女、〝カムイ〟によって。


「――――――――――はぁ?」


 〝ゼロ〟は泥の上に尻もちを尽き、気の抜けたような声を上げた。


 訳が分からなかった。嘘だろ? なんで今の今までただのモブだった奴が、〝ゼロ〟の、人生最良の瞬間を邪魔しに来るんだ?


「ちょ? ――なんで、え? おま、」


「お断りします」


 ――と。混乱して立ち上がることもできない〝ゼロ〟に追い打ちをかけるようにして、彼をまるで、〝アヤト〟は、それでもにっこりと、満面の笑みを浮かべて、そう言った。


「――――え?」


「お断りします、と申し上げたのですよ。。ゲームは自分で、通常通りの日程でクリアいたしますので」


「――その、ちょっと、――え?」


 何がなんなのか解らず、〝ゼロ〟は硬直することしかできない。


 目の前の彼女が何を言っているのか、本当に理解できない。会話が、思考がかみ合っていない。


 ――いったい、何を言ってるんだ?


「ただ、――チップだけ、くだされば結構ですわ」


 ――何を言ってるんだ? なにを――――何を言ってるんだ、この女は?


「わかりませんか? チップが欲しいと言ったのですよ。あなたそのものに用はないので、今後は気安く近寄らないでもらえますか。――気色悪いので」


「な……に、言って――何言ってんだよ」


 〝ゼロ〟は声を張り上げるが、〝アヤト〟は――もはや、ほんとうにアレが〝アヤト〟なのか定かではないが――とにかく目の前の女は、整った顔をあわや爬虫類の如くまで歪め、ただ、嗤った。

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