第17話「二日目」ゲーム『蜘蛛の糸』①
陽はとうに落ち、またゲームの時間――「真夜」が訪れようとしていた。
〝ゼロ〟を含むプレイヤーたちはいちばん近い会場へ向かうこととなった。
パークから近い会場を選んだのは、時間ぎりぎりまで宴会をして過ごしたかったためである。
せっかくの楽しい時間を終わらせたくなかった〝ゼロ〟が自分から提案したことだった。
無論みんな、賛同してくれた。反対する者など在ろうはずもない。
正直な話、この時の〝ゼロ〟の頭には「ゲーム」についての考えがほとんどなかったといっていい。
ただ、ひたすらに宴会――というか、自分を「主役」として扱ってくれる「仲間」と過ごす時間が心地よくて仕方なかったのだ。
もはや彼には何の不足もなかった。
当初の不安も解消され、こんなにも満ち足りているのに、なぜこんな陰惨なゲームに参加しなければならないのか、とさえ思ったほどだ。
行程は昨夜と同様、マイクロバスで会場まで向かうというものだった。しかし、下車した先は昨夜とは打って変わって切り立った岩場だった。
どうやら、会場入りするのに少々歩かなければならないらしい
「今宵の会場はこの先となります」
「……場所が場所ですので、少々歩きます。ご了承ください」
「足元に、お、お気を付け下さい」
毎度のようにシープたちがリレーするように言葉を続ける。
〝ゼロ〟は〝アヤト〟と寄り添って妙に荒涼とした岩場を進んだ。
誰かと歩調を合わせて歩くという習慣が無いせいか、こうして女子と手を取り合って歩くというのが難しい。
加えて、この足場では歩きにくくて仕方がない。
剥き出しの岩場には灯がほとんどなく。か細く夢幻のような照明が、周囲の闇と入り混じるような、ぼやけた輪郭の光で足元を照らしているばかりであった。
「なんだよもー、なんでこんなとこに会場作ったんだよ」
なので、意図せずとも口をついて愚痴が出てしまう。
昨夜の綺麗に整地された会場周りとは大違いだ。
「そうですわね。岩場とは聞いていましたけど、これはちょっと……」
隣の〝アヤト〟も同調してくれる。
そこで「だよねー」と、〝ゼロ〟が相槌を打つと、彼女はまた笑顔を見せてくれる。
互いに笑顔を交わし、機嫌のよくなった〝ゼロ〟は白ベータを呼びつけた。
「なぁ、どのくらい歩くんだよ」
「申し訳ありません。本当にすぐですので」
そう言って頭を下げ、白は前を向くが、坂を先導するベータたちの背中に遮られて、会場が見えない。
そもそも道も狭いのだ。返す返す、なんでこんな会場に連れてこられねばならないのかと、不満が口を突く。
「つーか、あのデカいのって誰の担当? 邪魔だよ。あんなの昨日居たっけ?」
特に、やたらに目立つ黒くてでかいシープが視界を塞いでいるのが目に付いたので少々尊大に問い質す。
やはり大した興味があるわけではなく――緊張しているのせいなのは否めない。
「〝レイア〟様の担当の者ですね」
白ベータが応える。この無味乾燥な対応も、〝ゼロ〟の喉をひり付かせる要因なのだ。だから落ち着かない。
無理もないのだ。
いくら数字の上で圧倒的優位に立ち、皆に賞賛されても、いざ再びゲームに臨むするとなれば、昨夜のあの惨劇が、その名残りが〝ゼロ〟の心身から消えるはずもない。
本当は逃げ出したい心境だった。
チップは有るのだから、このままゲームなどしないで逃げてしまいたいと、〝ゼロ〟の心胆は爪の先ほどに縮み上がっている。
しかし、自分を持ち上げてくれる相手、特に〝アヤト〟の前で心の
だから、ついつい白ベータにも突っかかるようにして声を掛けてしまうのだ。見栄を張りたくても、そう言う経験がそもそもない〝ゼロ〟には、これが精いっぱいの虚勢だったわけである。
それを察してか、はたまた想いもせぬのかも判然としない態度で、この白ベータはマイペースに対応する。
それが〝ゼロ〟の不安を煽り、さらに彼の態度を尊大に空回りさせるわけなのだが、今のところ彼のこの虚勢を諌める者はこの場に皆無であった。
「なんか全然喋んねぇし、置物みたいだよな。なんか不気味なやつだ」
「……正直、私も苦手ではあります」
すると、この白いのが珍しく声のトーンを落とした。
〝ゼロ〟も少々感心する。へぇ。やっぱコイツ等にも相性と言うか、よくない組み合わせみたいなものがあるんだなぁ、と。
そう言えば、昨日も緑とオレンジのが言い合いになってたし、いまいち一枚岩に見えない、――と言うか、足並みがそろってないんだよな、こいつら。
「そうですね。それも、ある意味で仕様なのです」
そこで、なんとなしにそのことを指摘してみると、この白いのは即答した。いつになく人間的な態度のように思える。
「我々も、それぞれ独自の判断を持って動くように定められているのです。それがこのゲームの目的をより明確なものにするとの意図からです」
〝ゼロ〟には、とにかくそれが新鮮だった。
「ふぅん。あのアルファ(シープ)の?」
「――そうです。ええ、その通りです。すべてはアルファの指示であり、意図によるもの」
なんだろうか、ゲームのプログラムにわざと変数を組み込んでおくみたいな? イレギュラーを推奨するみたいな話だな。
まぁ、どうでもいいか。
兎角、このベータが珍しく柔らかい態度で会話に応じたので、〝ゼロ〟は安心して機嫌を取り戻した。
そうそう。もともと勝てるゲームなんだ。それをわざわざ自分で悲観して自滅、なんて馬鹿のすることさ。
そう自分に言い聞かせて、己を奮い立たせていく。
意気が揚々と上向けば、そこで頭を持ち上げてくるのは意地の悪いむらっ気というやつである。
さしあたっては、やはりあの女――〝レイア〟の事であろう。
そこで〝ゼロ〟は先を行く黒くてデカいベータを見上げ、さらにその脇に居る〝レイア〟の細い背中に視線を向けて、苦々しく口を歪めた。
昼間の口論の後、〝ゼロ〟は寄せて返すような具合に幾度も悪態をついていた。
あの女の心底見下げ果てるような態度が忘れられない。
こんな彼にも、やはりプライドは有るのだ。
しかも、妙な言いぐさで〝ゼロ〟に突っかかっておきながら、こうして一緒の会場を選ぶとは。
あの女が何を考えているのか〝ゼロ〟にはわからなかった。
「どうかしまして?」
〝レイア〟の薄い背中を睨みつけていた〝ゼロ〟に〝アヤト〟が声を掛けてくる。
「――や、なんでもないよ」
ま、どうでもいいか。と、〝ゼロ〟は重ねて憮然としつつ、意識を切り替えた。
所詮、〝ソノダ〟相手に逃げ出したようなヤツだ。脅威になるような存在ではないのだから、と。
――と、ここで改めて、件の長身のベータを見ていた〝ゼロ〟は奇妙なことに気づいた。
「……そういや、なんかお前ら黒いのが多くないか?」
ぞろぞろとプレイヤーを先導して歩く羊共の中の黒いポワポワが目に付くのである。
改めて見てみれば、前を歩く7匹のベータの内、3匹が黒いのである。他には色のかぶっているベータはいない。
「なんで黒ばっか? なんかお前ら色が偏ってない? 普通はお前にみたいに白がスタンダードになりそうなもんだけど」
すると白ベータは、この無感動な羊にしては珍しく、何か持って回ったように、細い首をめぐらせてから、〝ゼロ〟を見た。
「――言ってしまえば「仕様」でしかありませんが、そこにお気付きになるとはお目が高いですね」
「はぁ?」
「白は、レアです」
――いやいや、お前ら羊ごときにレアもくそもあるかよ。
これも声には出さなかったが、顔には出ていたかもしれない。
「……」
「あ、いや、――」
そのせいなのかは定かでないが、無貌の仮面の向こうで無機物がごとく沈黙した白ベータを前に〝ゼロ〟は声を引き攣らせ、無理に話題を変える。
そもそも、この羊共のバリエーションになど、大して興味あるわけではないのだ。
「ま、まぁいいや。にしても、昨日はあの赤いのがいろいろ前に出てきて目立ってたんでよくわかんなかったな」
そう言って、〝ゼロ〟はまた、ふと気づく――というよりも思い出した。いま、あの赤い色のベータ・シープはどうしているのだろうか?
「そういや――〝ソノダ〟のおっさんは、その、……リタイヤ、したけど、あの赤い奴はどうしてんの。アイツも一緒にリタイヤしたってこと?」
そう言って尋ねると、白ベータは妙に威圧的な沈黙をとりやめ、この羊にしては珍しく朗らかな口調で、まるで微笑むかのような口調で応える。
「一時は気落ちされていたようでしたが、ずいぶんと持ち直された様ですね」
「はぁ?」
――チッ、いつの話してんだよこの羊はよー。
まー、一応心配はしてくれてんのかな? それとも意趣返しのつもりか? とにかくいちいち意図が見えなくて不気味なんだよな、その赤いのとか、あとオレンジの奴とか、結構普通にしてる奴らも多いのにさ。
なんでこんな腹の内が読め無さそうなコミュ障が担当についちゃったんだろうなぁ。
「そういうのはいいって。で、どうなん?」
「――担当のプレイヤーが再起不能になった場合は、ベータはフリーの状態になります」
「フリー?」
「つまり……次の担当のプレイヤーに付くか、もしくは単独でどこかのゲーム会場へ向かうかということになります」
「へぇ? そのままお役御免じゃないんだ?」
「そうですね。担当のプレイヤーがいなかったとしても、我々の使命はあくまでこのゲームの進行です。プレイヤーが減ってもベータの数が減ることは基本的に有りません」
「てか、『次の担当』ってのは?」
〝アヤト〟を含め、他のプレイヤーやベータたちも自然と白ベータと〝ゼロ〟の会話に耳を傾けているのが分かった。
「どこかのプレイヤー様専属の「二人目」のベータと言う扱いで付くということですね」
「……それって意味あんの? 要するにお前らって審判兼司会進行みたいなもんだろ?」
司会や審判がプレイヤーよりも多かったら、逆に進行が滞りそうだぜ。船頭多くしてなんとやらだ。
「仕方がありません。我々は単独でいることを好みませんので」
「はぁ? なんだそれ……。前も思ったけど、なんか妙な世界観と言うか、ルールみたいなのがあるよなお前ら。管轄がどうのととか」
「ルールではありません。しいて言えば、習性です。我々は
いや、それはどっちかっていうと設定だろう。
はんッ。なんつーか
そこで〝ゼロ〟は少々唇を尖らせ、揶揄するように声を上げる。
「習性、ね。なに? 他にも何かのあんの? 朝に成ったらメーメー鳴くとか」
〝アヤト〟を含め周囲のプレイヤー達からお世辞代わりとでも言うような小さな笑いが漏れる。
しかし、ベータ一同は至ってノーリアクションだ。
〝ゼロ〟は、ただ、『コイツ等ノリが悪い連中だよな』とだけ思い、少し落胆した。
「…………鳴きはしませんが、少々あります。先にも言いましたが、我々はあまり単独でいることを好みません。そして、狼が大嫌いです」
少し間をおいて、白ベータが、ゆっくりと、そう告げた。
「なんだそりゃ」
「ただの習性です。それ以上でも以下でも、ありません」
まるで決まり文句のように、意味ありげなことを言ったシープに、ゼロが言葉を無くしていると、ヒツジたちはそろって背筋を正した。
「到着です」
一同が行き着いたしたゲーム会場は、昨夜のそれと比べると何とも珍妙な造りの代物であった。
今朝方に〝ゼロ〟が偶然行き会った崖にもほど近いと思われる、まさしく
なるほど、ここもいわゆるピラミッドの断面、つまり「島の背中側」なわけだ。
道理であのパークから近いわけだな。と、〝ゼロ〟は口には出さずひとりごちる。
他方、初めて切り立った崖を見知った他のプレイヤーたちは、また自分のシープたちと口々に話し込んでいる。そろそろ風物詩めいた光景だった。
そして、少々ザワつきながら実際にその会場に入ってみると、その奇怪さは一層度合いを増した。
初日の会場とは打って変わって、申し訳程度の薄い壁に粗雑な照明、雑草が疎らに生えた、しかも昨夜の雨のせいか妙にぬかるみ、水たまりまでできている地面を床として、そこに武骨な柱を乱雑に立ててあるような具合だ。
昨夜同様に酒器の類やフルーツの盛り合わせなども置いてあり、ゲームに必用な機材はちゃんと用意してあるのだが……、それでも全体の様相が貧相極まりないと思えてしまう。
昨夜の、いやに値の張りそうな、まるで調度品の中に居るような非現実的な雰囲気というものが欠けていた。
「なんだコレ……。いや、別に知ったことじゃねぇけどさ……。なんか昨日に比べて雑じゃないか?」
薄暗く湿った空気に、プレイヤーたちは総じて口をつぐんだ。
その沈黙を代表するように声を上げた〝ゼロ〟の背後で、そのとき妙にハツラツとした声が上がった。
「よくぞ聞いてくださいました!」
返答は、〝ゼロ〟が問いかけたお付きの白シープではなく、彼の背後に居たシープの一人から勢いよく返ってきたのだ。
「うお?!」
〝ゼロ〟は思わず声を上げて仰天した。その威勢の良さもあったが、それが思ったよりも低い位置から聞こえてきたのも一因だった。
「この会場の作りは確かに粗雑です。しかし、それには理由があるのです! なぜなら、この会場の本命は「上」だからです!」
先ほども言及していた黒いシープの一人であった。
その低い位置から威勢のいい声が弾けるように聞こえてきたものだから、〝ゼロ〟は思わず声を上げて仰け反ってしまっていた。
「う――、上?」
「……その通り、本命の会場はこの「上の」部分なのです」
今度はその脇から、〝ツーペア〟の御付きである、仕切り屋のオレンジがぬっとあらわれ、解説に参加してくる。
つまり、この斜めったマッシュルームの上部、丸く膨らんだ傘に相当する部分が本命のゲーム会場ということなのだろうか?
「じゃあ、早くそこに連れてってくれよ。こんな地べたに突っ立ってゲームってのもさ」
雨を吸って湿り水っけの多い地面は、昨夜のような
〝ゼロ〟は隣り合う〝アヤト〟と視線を交わしながら声を上げる。
傍から見れば相変わらず虚勢を張ったクレーマーのような具合だったが、しかし彼女の為にこうして身体を、声を張っているのが、本人には妙に心地よくもあった。
「お待ちください。この会場の本命である2階に上がるには、ある条件があるのです!」
「条件?」
「この会場には、出口が二つあるのです!」
「出口?」
「そうです!」
「――順を追って説明いたしましょう。要するに、この一階でゲームをし、通常通りにゲームを行い、そのまま三日目のゲーム会場を目指す出口とは、別のルートが備わっているのが、この会場の特性なのです」
この元気っ子の説明だけでは不足だと思ったのか、白ベータが補足を始める。なんだかんだとそういう役回りなんだな、お前って。
「だから、その『もう一つの出口』ってのはなんなのさ」
「それは――」
「それは!」
重ねて問う〝ゼロ〟の言葉に応えようとした白ベータの言葉を、そのとき、間に割り込んだチビ黒のベータがバッと諸手を挙げて遮った。
しかし、そうまでして注目を掻っ攫ったチビ黒は、そこでなぜが一度、口をつぐんだ。
「上です!」
鼻白む〝ゼロ〟の態度も何するものぞ、とばかりにチビ黒のベータは一喝する。
「上?」
「そうです! このゲーム会場の名は『給わされし蜘蛛の糸』! 運が良ければこの中から一人だけ上の、もう一つの出口から出ることが出来るのです」
「名前なんてあんのぉ?」
「蜘蛛の糸ってなんだッ?」
「どういうことでしょう?」
訳のわからない演出めいた言葉に、他のプレイヤー達からも困惑の声が上がる。
蜘蛛の糸……ってあれか? 小説の? 流石に〝ゼロ〟でもすぐに気付いた。しかし、それがなんだというのだろうか?
「――つまりはショートカットです」
すかさず、白シープが補足を入れる。その言葉に、プレイヤーたちが皆目を剥いた。
「はい! つまりはこの上の会場でゲームをし、そして勝利したプレイヤーは別のルート、即ち、本来は三日目のゲームを経てこそたどり着くはずの四日目のゲーム会場へ、一足先に辿りつくことが! 可能となるのです!!」
姿勢を正したチビ黒が元気に吠える。
夜の草むらを湿った風が波打たせるように、無言だったプレイヤーたちに緊張が走った。
「――ぅうぅん? んんじゃあぁ、いっかいゲーム無しで、休める――っつーことかぁ?」
「ちっげーよバカッ! そうじゃなくてよぉ、つまりはッ……えーと?」
巨漢の〝小松菜〟が言い、相棒の〝バズーカ〟がツッコむ。
「そのまま、……四日目も、五日目も」
〝アヤト〟が呟くのを、白シープが肯定する。
「そのとおりです。確実とは言えませんが、もしも単独でのショートカットに成功すれば最終日までゲームを回避し、無傷のまま最終日を迎えることも可能となるのです」
その言葉に、プレイヤーたちの眼の色が変わった。
当然だ。昨夜の顛末を知る者なら、ゲームをエスケープできる、という事の意味が解らぬはずはない。
無論、〝ゼロ〟もこの事態に心穏やかではないられない。
「ただし、上がれるのは一人だけ――ってことね」
そこで、一人集団の最後尾に居た〝レイア〟が皮肉気な声を上げた。プレイヤーたちは皆はっとして押し黙る。
この時点で全てのプレイヤーが察していたはずだ。今宵の、このゲームの趣旨を。
「なるほどねぇ。僕たちは地獄に居る「罪人」なわけだ」
〝ツーペア〟が、それでも変わらぬ柔らかな物腰で呟く。
誰もが息を呑む。
これがその名の通り「蜘蛛の糸」を廻るゲームならば、登れるのは一人だけ、つまり、他のプレイヤーを蹴落とさねばならないということ。
〝ゼロ〟もつい半日前の自らの醜態を思い出さずにはいられなかった。
あの時は自分も心の底から、もうゲームなどやらずに済ませたいと、このゲームから逃げ出したいと、そう思っていたのだから。
「この会場の趣旨は理解しましたわ。ですが、だとしたらこの1階にまでボックスがあるのは、なぜなのでしょうか」
〝アヤト〟が言う。思わず一歩あとずさろうとしていた〝ゼロ〟もその声を聴いて思いとどまった。
重ねて、確実な事実を反芻する。65000ポイント以上もチップがある状態なら、この先負けるはずもないのだ。
「ご察しの通り! この会場で通常通りのゲームを行う場合はこの一階で行っていただきます! ショートカットを目論むならそれ相応のリスクを背負う必要があるからです!!」
「リスク……」
誰となく、声が呟く。
「そう! 2階でのゲームを望まれる場合は、よりディープで、より過酷なゲームに挑んでいただくこととなります!」
「その、2階でのゲームに負けたら、対価が発生するってことか?」
〝ゼロ〟のセリフに、チビ黒は待ってましたといわんばかりに躍り上がり、両手で大きくバッテンを作った。
――男子小学生かお前は。
「ノウ! それは間違いです! ――対価とは、成果に対して支払われるものではありません! 機会――即ちチャンスに対して払われるべきものなのです! そのチャンスを活かせれば良し! たとえ活かせなくても、対価はきっちり払われなければなりません!!」
つまり、参加するだけでリスクが発生する。チャンスが不意になったからと言って払い戻しなど、元来有りえないってことか。
「さぁ! 皆さま、どうされますか! ますかッ!!」
「具体的にはどうなるんだい?」
〝ツーペア〟が問う。確かに
「簡単に言うと、上でのゲームに負けた場合、負けたら元々居たパークに戻って一日待機していただきます」
白が言った。一日分のショートカットの対価はその真逆。一日分の遅延というわけか。
「もし、それで一日遅れたらどうなる?」
「当然! 最終日の会場にたどり着けなくなる可能性は、高くなります!!」
「不可能なのですか? これで負ければ、ゲームは終わりということに?」
〝アヤト〟の言葉にオレンジが執成すように応える。
「……いいえ。それほどのリスクがあっては誰も此度のゲームに挑戦はできませんでしょう。……たとえ敗北したとしても、後れを取り戻す手段は必ずあります。……無論、機会は多くない、とも申し上げておきます」
「なるほど……そういう意味でのリスク、か」
「ショートカットと言うのは、あくまで『権利』なのですね? それは誰かに譲り渡すこともできるということでしょうか?」
〝ゼロ〟を含めプレイヤーたちがそれぞれ思案に浸る中、再び〝アヤト〟が続けて質問する。
「いいえ認められません! 『権利』と言ったのは拒否することも可能だという意味であって、それを融通することは出来ないのです!」
チビ黒はまたオーバーリアクションでバッテンを作って見せる。
いまさらだが、なんというか子供みたいなやつだ。――幾つぐらいなんだろうか? なんなら、ゼロよりも年下にさえ思える。ほんとに社会人なのか?
一方〝アヤト〟は思い悩むように自らのふっくりとした唇に指を添え、
「……たとえ勝てても、2人で一緒に上がるという訳にはいきませんのね」
隣にいた〝ゼロ〟を真っ直ぐに見つめ、不安げに言う。
「私たちには不要でしょうか?」
「いや、やろう」
その視線を受け止め、しかし〝ゼロ〟は毅然と言い放った。
「ですけど……」
〝ゼロ〟は〝アヤト〟の言葉を押しのけるようにして、台詞を続ける。強い意志を言葉に乗せて。
「いや、俺じゃなくてさ。君にショートカットしてほしいんだ」
「私に? ですか」
「そう。それで、出来れば最終日までショートカットし続けてほしい」
「でも、それでは……」
「俺は大丈夫だよ。チップにもだいぶ余裕があるし、自力で最終日まで生き延びられる」
「でも、それでは……私達、離れ離れに」
「――か、構わない。大事なのは二人とも無事にゲームをクリアすることだからッ」
「ですけど……」
「お願いだ」
真剣な〝ゼロ〟に、〝アヤト〟は顔を薄く蒼ざめさせたまま、静かにうなずいてくれた。
〝ゼロ〟にしてもこれは苦肉の策だった。
これから最終日まで彼女と離れ離れになるのは身を裂かれるほど辛いことだと、確かに思えた。
しかし、それでも彼女がゲームによって〝ソノダ〟の二の舞になることだけは避けなければならなかった。
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