第9話「一日目」最初のゲーム Vs〝ツーペア〟

 ゲームが開催されてから30分ほどが経ったが、誰もゲームを始めようとしなかった。


 会場がサークル状なためか、この状態で誰かがゲームを始めるとなると、どうしてもギャラリーに囲まれてしまう。


 想像しなくてもやりにくい。何よりも〝ゼロ〟にしてみればそこでのゲームの進行具合をあまり余人に見られたいとは思えない。


 強気な態度でレイズをする〝ゼロ〟の姿に懐疑を抱く者が必ずいるだろう。


 無論、ショートスリープの能力がばれるということはないだろうが、それでも疑いを掛けられて村八分のような状態にされるのは願い下げだ。


 できれば個室のような場所で一対一という会場が望ましいのだが……。


 いや、無い物ねだりは意味が無い。ここは一つ、勝負をするのなら誰と構えるべきなのか、を念頭に考察してみるべきだろう。

 


 初めて直に顔を合わせるプレイヤーも居るので、ちょいちょい会話をしているのが解る。


 意外なのは、ベータどもの挙動もいろいろだということ。


 担当のプレイヤーそっちのけで円い会場の中央に陣取り、我こそ主審だと言わんばかりのヤツ、自分の担当するプレイヤーに陰みたいについて歩くヤツ、逆にプレイヤーとの間に入って談笑しているヤツまでいる。


 そしてこの〝ゼロ〟の御付きの白い奴のように、主人の脇で延々ぼーっと突っ立ってるだけのヤツも居たりする。


 なんかいちいち無反応っていうか、こっちに興味なさ気なんだよなこの女。


 別に反抗的ってわけでもないけど、たまにいきなり笑い出したりするし、なんかひねくれてるような態度が嫌なんだよな。


 ……あーあ、他のと取り換えて貰えないかなー。


 ま、こんな雑用羊どものことは、とりあえずどうでもいい。


 問題なのはプレイヤーだ。相手と成り得るプレイヤーについて考えてみよう。


 まず〝アヤト〟とはあまり構えたくない。


 理由は言わずもがな。彼女の敵にはならないと最初から決めているのだ。むしろ苦境にある彼女を救いたい。救える男でありたいとさえ、思う。


 一方〝レイア〟もやめた方がいいだろう。さっきはおとなしくしていたが、〝ゼロ〟自身が「レベル5」に腰を抜かしていたのを見られている(仕方なかったとはいえ、アレは失態だった。次の会場からはあの女と一緒にならないように気を付けるべきだろう)。


 ある意味最もハッタリに効きにくい相手だと言える。


 何より、思惑も読めないし不気味だ。


 〝ツーペア〟はどうだろう? あまり「凄み」はないが、ギャンブルの知識や経験は豊富なようで「場慣れ」しているような感じはある。


 自称だが〝寝る間を惜しんで〟ギャンブルばかりやっていて捕まった金持ち。とのことだ。〝ソノダ〟とちらほらそんな会話をしているのを聞いた。


 この手の経験があるというのはなかなか怖い。できれば初戦で当たるのは避けるべきだろう。


 ならば、と考えるなら、やはり昼間のこともあるし、あの〝ソノダ〟だろうか。


 あの男ならば、負かしてやっても大して心は痛まない気もする。


 しかし、当の〝ソノダ〟はゲーム開始から終始、会場の隅で用意してあった酒を吟味するのに夢中だ。


 やる気が感じられない。そもそも勝負をするつもりが無いのだろうか?


 あと新顔の男二人、コイツ等は最初の命名で、自分に〝小松菜こまつな〟とか〝バズーカ〟とか、ふざけた名前を付けてた奴らだ。


 そもそもそれ以上の情報が無いし、両方ともよくわからないゴロツキみたいな連中だ。


 特に片割れの〝小松菜〟のほうは縦にも横にもやたらとかさが張った巨漢である。


 いきなり対戦したい相手とはとても思えない。


 というか、暴力禁止がどうのと謳ってはいるが、もしもあんなのが暴れはじめたら、この羊共で止められるのだろうか?


 とにかく、ああいうタイプも遠慮しておきたいし……どうしたらいい? どうしたら勝てる?


 〝ゼロ〟は目を血走らせながら、しばらく頭を抱えていたが、やはり気兼ねなく勝負できる相手と言えば〝ソノダ〟だろう。とあたりを付けた。


 何とかしてあのオヤジをその気にさせないと。この際なんだっていい。なんならケンカを売ってでも勝負に引きずり込んでやる! やれば勝てるんだ! とにかく動かないと「真夜」が、ゲームが終わっちまう!


 と、そこで憤然と鼻息荒く立ち上がった〝ゼロ〟の背中に、そのとき、何か軽いものが飛びついてきた。


「え?」


「――助けて。お願い、助けてくださいッ」


 それは今にも泣き出しそうな顔の〝アヤト〟だった。


「ど――」


 どうしたの? と訊き返すよりも先に近づいてくる人影を見止めて、〝ゼロ〟はそちらへと振り向く。


 そこにはなんと少女を追い回す件の暴漢の影が――ということはなく、この上なく困り果て、悲壮な顔に玉のような汗を浮かべている〝ツーペア〟がいた。


「……困ったなぁ。そんなつもりじゃなかったんだよ。ねぇ?」


 わかるだろう? とでもいうように彼は脇に従えている御付きのオレンジ色のベータに弁明でもするかのようにふにゃふにゃとした声を掛けている。


 ベータは無言だった。


 〝アヤト〟の方は〝ゼロ〟を盾にするようにして背中に回ってしまった。


 そしてどこから現れたのか、彼女の緑ベータが唖然とするばかりの〝ゼロ〟の前に歩み出し、〝ツーペア〟と対峙する。


「こ、困りますね。ゲームの序盤から狼藉ろうぜきとは」


「何を言ってるんだッ。ゲームをしようと言っただけでそのが逃げ出したんだよ!」


 訳が分からない。と、怒るというよりも心底困り果てたというように〝ツーペア〟が身振り手振りを交えて情けない声を上げる。


「……〝ツーペア〟様の主張に不備は有りません。何かあるとすればそちら、……〝アヤト〟様の方ではないかと」


 オレンジ色の羊も〝ツーペア〟の前に立ち、ベータ二人がそれぞれに担当するプレイヤーを背に、にらみ合う形となった。


 どちらも中背だが、オレンジのほうはマスコットのように丸っこく、対して緑は猫背で骨ばっており、枯れ木の集合体のような印象がある。


 なんだかハンプティ・ダンプティとミノムシがにらみ合っているようで、剣呑な雰囲気のわりに、妙にユーモラスな趣がある。


 そして、何故かそこに居る〝ゼロ〟は一人衝立ついたてのように佇むしかない。


 ただ、背中にしっかと触れている少女の存在と漂ってくるいい匂いに酔いしれることしかできない。


 状況はよくわからないが、なんだか得をしたような気がしてくる。


「ほんとに、……頼むよ。ゲームをしたくないならそう言ってくれればいいのに、ただ逃げられても困るし、傷つくしで……もう、ねぇ。ゲームの進行としてもおかしいんじゃないのかい?」


 もはやいい年して泣きそうになっている〝ツーペア〟の進言に、オレンジのベータは頷く。


「確かにその通りです。ゲームを仕掛けられたなら、一度は受けてもらい、「交渉」で拒否するべきです。ルールは遵守していただきたい」


「ぼ、暴力的な行為があったのではないですか?」


 しかし、〝ゼロ〟の背中に張り付くようにして何も答えようとしない〝アヤト〟に詰め寄ろうとしたオレンジのベータに、〝アヤト〟の緑色のベータが負けじと応戦する。


「あ、――あるわけがない! い、言いがかりだぞ、それは、君!」


「…………そうは見えませんでしたが」


「わ、私は見ておりませんでした。証言がそちら側のものだけでは、しょ、証明に成りません」


 緑のベータはそれでも毅然とした対応を崩さない。無貌の視線を〝ゼロ〟とその背後にいる少女に向け、


「こ、この通り、〝アヤト〟様は怯えておられるご様子。何もなかったでは通らないのでは」


「……そちらの「見ていなかった」もまた証明のしようがない。我々は〝ゲームを円滑に進めるため〟に居るのです。過度の肩入れは、」


 オレンジの言葉を緑が遮り、毅然と言い返す。


「そ、それならばなおの事、我々はゲームのため、第一に取り締まるべきは暴力的行為であるはず!」


 2人のベータの主張はどこまでも平行線だった。確かに、この問題は〝アヤト〟がなぜ沈黙しているかが解らないとどうしようもないだろう。


 そして、〝ゼロ〟には彼女がなぜ〝ツーペア〟を蛇蝎だかつの如く嫌悪して逃げようとしたのかが察せられた。


 要するに、この〝ツーペア〟も昼間にさんざん「スパ」に入り浸っていたということなのだろう。


 〝アヤト〟自身が「〝ゼロ〟以外の(多分、男の)プレイヤーは皆」と言っていたのだからそう言うことなのだろう。


 確かに〝アヤト〟自身がそれを説明することははばかられるのだろう。


 何せ女子中学生。しかもいいとこのお嬢様のようだし、仲間内ならともかく、おっさん相手にそんな会話をしたくないというのは、〝ゼロ〟にもなんとなく分かる。


 なんというか、カテゴリーの違う相手に余所よそ行きでない自分を見られるのは苦痛とでもいうか。


 言葉にさえ出したくないからこそ、彼女は無言で逃げだしたのだろうし。


 それに思い至らず女子中学生にゲームを仕掛ける〝ツーペア〟も大概だが、一番間抜けなのはこの場合〝ゼロ〟だろう。


 ゲームの戦術とレベル5カードの事ばかり気にかけて彼女のことを気にかけていなかったのだ。なんという間抜けか。


 仕方がない。ここは、この場で唯一と言っていい、1人だけ事の次第を察することのできる〝ゼロ〟が動いて何とかするしかないということだろう。


「あの――それなら俺が相手をしましょうか」


 〝ゼロ〟の言葉に2人のベータと「えっ」っと頓狂な声を上げた〝ツーペア〟が視線を向けた。


「その――俺が代わりにゲームを受ければ問題ないって、この娘も言ってますし」


 背中の気配が驚いたように少し揺れたが、〝ゼロ〟は続ける。


「どうです? それなら〝ツーペア〟さんもゲームが出来るし、誤解も解けますよ」


「ア、〝アヤト〟様――それでよろしいのですか」


 緑のベータが音もなく跪き、〝アヤト〟の様子を窺う。


 〝ゼロ〟にも背後で彼女の長いふわりとした髪とティアラのようなアンカーが頷くのが分かった。


「……〝ツーペア〟様はどうです」


「いや、どうもこうも。僕はそもそもゲームに拘ってたわけじゃないし――いや、良いよ。とにかくそれでいいッ」


 オレンジのベータに水を向けられた〝ツーペア〟も盛大に頷いて見せる。とにかく「示談」にできるのなら何でもいいという心境なのだろう。


 なんとなくだが、痴漢冤罪で騒いでる光景ってこういう感じなのかもしれない、と〝ゼロ〟は他人事のように感心していた。


「では、〝ゼロ〟様、こちらへ」


 兎角、これは〝ゼロ〟にとっても僥倖である。


 計算とは違ったが、いよいよか。――と、気合を入れ直し、〝ツーペア〟と一緒にテーブルに向かおうとした〝ゼロ〟の上着の裾がその時、つつと小さく引っ張られた。


「――――あの、――ありがとうございます」


 そこには案の定、華奢な身体をさらに小さく縮めている〝アヤト〟の姿があった。


「あ、いや、なんとなく事情は解ったっていうか」


「本当にごめんなさい。――その、でも私、どうしても」


「だ、大丈夫だから。うん、話しは後で聞くし」


 振り返れば、彼我の距離は思いのほか間近であった。ゼロは思わず息を呑む。


 ど、どうしよう。距離的にはもう手を伸ばさなくても届いてしまうのだ。なんという距離感だろうか。


 香りだけはなく、もはや体温すら感じられる、伝わってくる距離。


 はっきり言って未体験の領域。想像さえしなかった状況である。なんだろう、不思議とひきつけられる。


 なんだかこのまま抱きしめてしまいたいような。――しかしそれはおかしいだろうさすがに。


 だが本能は静止を許さない。な、ならばせめて肩に手を置いて、その、安心させてあげなければいけないのではないか……、そう、この小鳥のように震えている少女の為に。あくまで彼女のために、


「――――ゼロ〟様」


「おわぁ!」


 いざ、とばかりに両手を強張らせていた、との時であった。


 いきなり在らぬ背後から声が掛かり〝ゼロ〟はもう少しで〝アヤト〟ごと床につんのめるところだった。


「なん、……なん、なんだよッ」


 千鳥足でよたよたと、滑稽なダンスでも披露するかのように振り向く。無論、そこに居たのは〝ゼロ〟の御付きの白いベータ・シープであった。


「ゲームを受けると仰ったなら、お早くお願いいたします」


 ……と言うか、今までどこにいたのか知らないが、お前さん、ちょいと来るのが遅いのじゃあないのか? 


「じゃ、じゃあまた後で――――って」


 兎角こんな羊よりも〝アヤト〟に声を掛けるべきだと判じた〝ゼロ〟だったが、その時〝アヤト〟は既に緑のベータにエスコートされて壁際の椅子に腰を下ろしていた。


「…………」


 別に立てついてきたってわけじゃないし、別に何が不満という訳でもない。


 ――――が、今のは無いのではないだろうか?


 すごくいい感じだったのに! すごくいいところだったのに! 今までの人生で、いくら求めても廻ってこなかった〝いいシーン〟だったのにッ!


〝ゼロ〟は無言のまま、憤然とこの白い奴を睨み付ける。


 いやむしろ目を皿のようにして『何してくれてんだよッ』と血走らせた視線を送るのだが、


「〝ゼロ〟様「ゲーム」ですので」


「わかったよ!」


 この羊、どこ吹く風である。どれだけ空気を読めない鈍感ならあんな真似が出来るというのだろうか。


 と言うか、もうちょっとご主人様に興味を持てよ!


 なんでトラブルにまきこまれていた俺を助けにも来なかったくせに、今になってしゃしゃってくんだよ!


 ゲームの進行にしか興味が無いのかよ、あの緑のヤツを見習えよッ。


 〝ゼロ〟は口内に思い浮かぶ限りの不満を詰め込み咀嚼しながら、ぷりぷりとゲーム用のボックスに向かう。


 しかし、――そのわりには意外なほど、足取りは軽かった。


 彼はどれだけ不満があろうと、それを口外にぶちまけて鬱憤を晴らすというタイプではなかったし、実を言えば――邪魔されたとはいえ、生涯で初めて困っている美少女を助けて感謝されるというシークエンスを経たことは、どう考えても彼を落胆させるには足らなかったからだ。


 よってテーブルで対戦相手の〝ツーペア〟と向かい合う頃には、彼は不満などまるで喰ったこともないという顔で佇む別人のようであった。


 上機嫌。あまりにも上機嫌なのである。


「あ、すいません。お待たせして」


 余裕たっぷりに、燦然と輝くように――言うなればこの上なく優雅に言葉を口ずさむ〝ゼロ〟に対して、〝ツーペア〟はひたすらに疲弊した様子で何時もの愛想笑いを浮かべている。


「いや、良いんだよ。むしろ感謝してるよ。まったくどうなることかと……僕は、ほんの軽く肩に手を置い、いや、置こうとこうとしただけなんだよ。それが何で……まったくまいったよ」


 言い訳がましく、呟くように〝ツーペア〟が愚痴をこぼす。


 〝ゼロ〟は呆れた。声掛けだけでなく、接触があったのか。だとしたら〝アヤト〟がパニックを起こしたのも仕方ないのかもしれない。


「あははは……で、勝負なんですけど、5枚でお願いしたいんですけど」


 自嘲気味に笑う〝ツーペア〟に対し〝ゼロ〟も愛想笑いを交えながら、切り出す。


「ああ、いいよ。君に合わせるよ。君のおかげで助かったしね」


 諸々の思惑を口には出さず、〝ゼロ〟は努めて平静を装った。今はどんな言葉を重ねても意味はない。


 そして始まる。最初のインソムニア・ゲームが。


「〝ゼロ〟様、まずはカードを提示してゲームを受けてください。交渉は宣言が済んでからです」


「……〝ツーペア〟様も一応カードを提示してください。両者がカードを提示することに意味がありますので」


「はいはい。〝ツーペア〟さんの挑戦を受けます」


 〝ゼロ〟と〝ツーペア〟はともに裏向きのカードを掲げて、相手に見せる。


「これでいいね。しかし君たちはこの様式に拘るんだねぇ」


 ハハ、とまた力なく笑って、〝ツーペア〟はカードをセットしていく。


 初めて目にする「公式」のゲームボックスには、きっちり5枚分のインソムニア・カードをはめ込むスロットが2セットあった。


 〝ゼロ〟も同じように、カードの配置を確認しながらセットしていく。これでは間違いが起こりようもないし、イカサマや小細工も確かに無理だと思えた。


 元よりそのつもりもないので問題はないのだが……この厳重さが少なからず不安を掻き立てるのも確かだ。

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