第7話「一日目」レベル5の真実
「なん……だよ。……なんだよコレぇ!」
そこにあったのは、眼球を提出――つまり抉り出すという、異常としか思えない文面。しかも負けた方ではなく、ゲームに勝った方が‼
〝ゼロ〟は思わず手にしたカードを取り落した。そしてしばしの間、カラカラと転がったそれを見つめることしかできない。
まるで、それこそが切り取られた本物の人体の一部であるかのように、ただ、無言で、何が起こったのかを
「んだよ……なっ……だよっ、なんなんだよぉコレェ!」
吸うばかりだった息をまとめて吐きだし、えづき、誰となく当てどなく、喚く。
「なにって、見ての通りだけど?」
問い質さねば、と掌に映し出される映像を弄り、自分のベータを呼び出すコールサインを探す。
それがうまくいかずに
自分でも何を言っているのか定かでない声を張り上げながら、とうとうゼロは床に転がった。尻もちをついたまま、声の方を見上げる。
「あんたの羊とか呼ばなくていいから。アタシがもう確認したし」
暗がりに入り混じる様に、薄い影が其処に居た。そこに居たのは女だった。たしか、〝レイア〟とか言う、〝ゼロ〟と同年代の女だった。
腰が抜けて起き上がれず、〝ゼロ〟はそのままの姿勢で、喚くように声にならない声を漏らす。
「だ、……だって、ルールには一切の暴力も、危害を加える行為も許されないって!」
どうして、いつからそこに居たのかと質すより先に、吐き出さずにはいられぬ疑問を、〝ゼロ〟は彼女にぶつけた。
「そのルールにあったでしょ。『カードはルールに優先する』って。「もしもそのカードが使用されたナら、そのカードの効果にハ厳粛に従っていただク」――だってさ」
いきなり向けられた問いを、彼女は当然のように切って落とす。それが当然だとでもいうかのように。
「そんな、そんな……バカな、こと」
「いやー、選り取り見取りだよ? 爪にぃ? 歯に指。あと手足だとか、目玉だとか腎臓だとか、肉を抉るとか。ま、別に信じなくてもいいけどね。アタシはもういいから少し休むわ」
脇に積んであったカード、もしかしなくてもレベル5の束であろうそれを手に取りながら〝レイア〟は言う。
「つ……ッ」
〝ゼロ〟が上げた、ひきつるような声に〝レイア〟が振り向く。
「あによ」
「つ、使う気なのかよ!? あんたっ、その、レベル……5を」
「はぁ? 言う訳ないじゃん、そんなの。勝負の前にさ」
「そう、じゃ、なくて、」
言いたいことを言えずむずがる幼子のように、俯いて立ち尽くすゼロに、細い背中をむけて女――〝レイア〟は鼻を鳴らす。
「別にぃ、ヒマだからゲームしてただけだし。ここ、他にやることないじゃん?」
狼狽えるゼロを
〝ゼロ〟はこんな場所に一人いることが恐ろしくなって、転がるように後を追った。
こんなカード、絶対に使えない。
……だが、もしも相手が使ってきたら、どうなるんだ?
そんなの、確実に負ける。――いや、こんなモノを使ったら、それはもう勝ち負けなんて次元の話じゃなくなる……。
使えない。……こんなモノ、絶対に……ッ。
「――でも、みんな一枚ぐらいは持ってるんじゃないですか?」
時間になると、ベータ達が〝ゼロ〟達プレイヤーを先導して送迎用のバスに乗せた。運転もベータの一人が行うとのことだった。
ここから先はベータ・シープの、つまり「ゲーム」の領域だということだろうか。
見送りに勢揃いしていたオメガ・シープたちまでもが、打って変わって人形のようにしずしずと行動するのが一層不気味に思えた。
バスは
しばらく、車内は無言だった。
〝アヤト〟とあの〝レイア〟がベータを挟んで距離を開けるように座り、食堂では全身酒びたしと言った有様だった〝ソノダ〟は、今は随分値段の張りそうなジャケットに着替えていた。どうやら衣料品も普通に支給されるようだ。
本人なりにゲームに対する意気込みを現しているつもりなのか、かなりフォーマルな格好をしているように見える。しかしそれも、再び酒瓶片手では意味が無いように思えた。
送迎用のバスの中は、まるで金持ちが使うリムジンのように意味もなく快適で瀟洒な空間となっていた。
しかしどうにも装飾華美なように見えて、ゼロはなんだかラブホテルみたいだなと思った。
高級リムジン同様、彼はラブホテルに入ったことなどないのだが。
車内には五人のプレイヤーが居た。〝ゼロ〟と一緒の地点から来た3人と、別のスタート視点から1人だけ浜辺のパークに来た〝ツーペア〟と言う名前のふくよかなオジサンだ。
なんというか、妙に屈託のない人で、人あたりのよさそうな印象の人だった。そのせいか〝ソノダ〟につき合わされて一緒に酒を飲んでいたのをちらっとだけ見ていた。
「――いや、でもですよ?」
ぽつぽつと降るような、それとなしの話題は、当然のようにレベル5に及んだ。――仕向けたのは〝ゼロ〟だった。
「それでも、一枚ぐらいは持ってきてるんじゃないですか? お守りっていうか」
「いやいや、とんでもないよ」
〝ゼロ〟が発した言葉にその〝ツーペア〟が困ったような笑顔を向けた。
「あんなものは、僕らの胆を冷やしてやろうっていう、ただのブラックジョークさ。真に受ける方がどうかしてるよ」
一見だらしなさそうに見えるのに、それでいてなお下品さや貧相な印象と言ったものが見当たらない。
なんというか、とにかく根本的に育ちが違うとでもいうようなおじさんだった。
このメンツの中では、見るからに上流階級のご令嬢と言う感じの〝アヤト〟にいちばん近い人種なのかもしれない。
〝ツーペア〟は穏和に微笑む。しかし、その額には隠しようのない冷や汗が、照明の乏しく薄暗い車内にちらちらと光っている。
赤ら顔の中年は周囲に同意を求めるように視線をめぐらせた。彼も少し酒が入っているのだろう。ただ、〝ソノダ〟と違って、なんだか高い酒が似合いそうなひとだ、と〝ゼロ〟は思っていた。
反応は様々で、ただ人形のように愛想笑いを浮かべる者。我関せずを貫く者、マイペースに酒を煽っている者と様々だった。
最後に水を向けられた、彼のお付きらしいオレンジ色のベータ・シープは何も言わずに、小さく首肯した。『それは確かに事実です』とでもいうかのように。
「ほらね? こんなのは僕らの胆を冷やそうというだけの、くだらないジョークなのさ。誰も使わなければいいだけの話なんだから」
我が意を得たと言わんばかりに繰り返し〝ツーペア〟は〝ゼロ〟にウィンクして見せた。
中年がやっているわりに気色悪さや嫌味が無いのは、やはり育ちの良さがあるせいかと思われた。
「いえ、もちろんそうですけど。それでも最強のカードじゃないですか。だから――そう思わせておいて一枚くらいって、みんなも考えるんじゃないかな、なんて」
アハハと、媚びたような笑いを交えて、ゼロは茶化すように、それでもその場にいる全員に聞こえるように注意して、用意してあった台詞を述べた。
車内の視線がちらちらと瞬くようにして〝ゼロ〟に向けられるのが分かった。盗み見るようなそれに〝ゼロ〟は確かな手ごたえを感じる。
困ったような顔で笑いを返した〝ツーペア〟も、他の誰もそれ以上追及してはこなかったが、それでもある種の懸念が生まれたことだろう。
この〝ゼロ〟が、あのおぞましい「レベル5」をゲームに持ち込んでいるのではないか、と言う懸念が。
それでいい。
そもそも〝ゼロ〟の基本戦略は相手をフォールド、つまり勝負から降ろすことで勝利するというものなのだ。
相手の不安を煽って、もしかしたら本当に使ってくるのでは? と思わせることに意味がある。
そして、当然だが――〝ゼロ〟のデッキに「レベル5」など入っていない。
たとえお守りだろうとなんだろうと、あんなものは持ち歩くことさえごめんだった。
それでも、それはどのプレイヤーにとっても同じことだと考え直した彼は、全てを踏まえ直した上で、この場で他のプレイヤーを煽る挙に出たのだ。
当然、この〝ツーペア〟も含め本当に〝ゼロ〟の稚拙なブラフを本気で信じ込んでいるヤツなど誰もいないだろう。
しかし、それでいいのだ。
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