第5話「一日目」〝ソノダ〟の来訪

 その後――〝ゼロ〟はついて来ようとするオメガを涙目で追っ払い、一人で味もよくわからない塩味の食事を済ませてから、ひたすら、しょっぱい「クエスト」を繰り返していた。


 あまりにもバツが悪く、とてもそんな気分になれなかったというものあるが、何よりもベータの語った「レアなカード」というものが気がかりであったからだ。


 今必要なのはゲームに勝つことである。それは変わらない。優先順位は変わらない。だなどと言っている場合ではないのだ。


 ――と、幾度となく己に言い聞かせ、ゼロは足しげく、幾つかに分かれているクエスト用の小屋を渡り歩いた。


 しかしこの「クエスト」、先ほどしょっぱいと言ったが、たとえ彼がしとどにむせび泣いていなかったとしても、確かにしょっぱいものであった。

 

 クエスト(RPGなどにおける「達成目標・課題」)などと言うからどんなものかと思えば、拍子抜けするような内容のものばかりである。


 縁日の屋台のような、的当てやバランスゲームなど、子供でもしくじらないようなものばかり。


 完全にしょっぱい暇つぶしでしかない。


 これで好きなだけカードが手に入るというのなら、確かにもっと別の、例えばおセックスなどの楽しいことで時間を潰したいと思うのもわからなくもない。


 ――が、ここは慎重を期すべきだ。出来るだけ理想に沿う形でのカードを集めたい〝ゼロ〟は、入念にクエストを繰り返した。


 簡単なゲームとは言っても、繰り返すとなれば意外と時間のかかるものもあった。


 一度のクエストで手に入るカードはランダムで、たいてい1枚か2枚。多くても3枚だった。


 あたりが薄暗くなるまでに、〝ゼロ〟は元の5枚と合わせて、30枚近い数のカードを獲得していた。


 しかし、その中に「レア」だと思われるような代物はなかった。


「そう簡単にはいかない、か……。そんな強力な特典が付いてんなら、間違いなくレベル1か、レベル2のクエストだと思ったんだけどな。……そういうのとは関係なくランダムなのか?」


 ぶつぶつと呟きつつ、大量のカードを抱えたゼロは再び食堂の隅で休憩を取っていた。


 日はもうだいぶ傾いており、驚くほどに朱い夕日の色が石造りのパークを照らしている。


 しかし色鮮やかなはずのそれを〝ゼロ〟はまったく無感動に――否、むしろ不吉なものとさえ感じていた。


 まるで別の世界に迷い込んだような感覚が襲ってくるのだ。


 場違い――とも、また違う。言うなれば、まるで己を異物だと責め立てるかのように、この奇妙な景観は彼の精神をさいなんでくる。


「――チッ、なに弱気になってんだ! 今回は勝てる勝負だろ。不安になる必要がどこにあんだよ?」


 あえて口に出し、自分に言い聞かせる。


 スタート地点からすでに圧倒的優位に立っている。と言うまぎれもない事実にすがって、〝ゼロ〟は己を叱咤する。


 真夜のゲーム本戦まで、あと4時間と言ったところか。


 この会場が島であることを考えれば本戦の会場への移動は、そう何時間もかかるものではないだろう。あと2時間ぐらいは自由にできるはずだ。


 つまり、本来なら――気を落ち着かせるためにも、遊楽施設で過ごしても構わないのでは?


 と、再びな考えが浮かび、ゼロは三度懊悩する。


 いくらゲームに対してナーバスになっていようが、後ろ髪を引かれるのは避けられない。


 いや、は明日でいい。今日のゲームにしっかりと勝利した後で楽しめばいいだけのことだ。


 まずは勝つこと。まずは一勝。


 そう区切りを付けなければ、〝ゼロ〟は自分を保てる気がしなかった。だが、ゲームそっちのけでそんなものに溺れていては、敗北は確実なのだ。それは考えるまでもないことだ。


 石橋を叩いて渡るくらいの気持ちでなければダメなんだ!


「良しッ」


 もう一度クエストに行こう。と、気付けに熱いコーヒーをすすり、席を立とうとする。


「いよぅ。んだぁ、おめぇもこっち来たか!」


 そこで、唐突に声を掛けられた。


 上背のある中年男、〝ソノダ〟がこの上なく上機嫌そうな声を上げて、食堂の隅に居た〝ゼロ〟にズカズカと近づいてくるのだ。


 その手には、と言った酒瓶が握られている。


 突然の来訪に〝ゼロ〟は顔を顰めた。


 向こうは今気づいたのかも知れないが、〝ゼロ〟の方は早い段階でこのオヤジが何処にいたのかを知っていた。


 と言うか、解らないはずが無かった。


 この男はしばらく前から酒を片手に、パークの真ん中にある石畳と噴水のある広場でキャンプファイヤーよろしく焚火を燃やしてオメガ・シープたちとバカ騒ぎしていたのである。


「どしたどしたぁ、あんちゃんよぉッ! 辛気くせぇ顔すんなよ。ここはさいっこうだぜ! もう行ったんだろォ? 風呂屋にはよぉ!」


 浜辺でのピリピリした気配は無く、この中年は妙に機嫌が良かった。


 にしても異様な匂いがして、〝ゼロ〟は思わず身を引いた。


 煙と酒と、妙にキツイ香水? というのか、というのか、あるいは石鹸のような匂い。どんだけ呑んでるんだ? そしてどんだけ風呂びたりだったんだよこのオヤジは!!


「なぁんだよ、楽しくやろうぜぇ? おぉ、さっきは悪かったなぁ。何せ酒が持ち込めねぇなんて言われてよぉ。イライラしっぱなしでよ。それが、なんだ? ここに来たら好きなだけ呑めるって言うじゃねぇか! しかも女も選び放題! それも一切金はかからねぇ。と来てる。王様みてぇなもんだぜ。『ゲーム』様々だぁ、なぁ?」


 内心イラついている〝ゼロ〟を知ってか知らずか、そう言ってこの中年はゲラゲラと笑う。


 ――チッ、解かってんのか? この後大事なゲームがあるってのに、こんな泥酔してて大丈夫なのかよ……ッ。


「おめぇだってそうなんだろ? おれァ、ずっとあの辛気臭せぇ病院みてぇな場所に押し込められてたからよぉ」


「病院?」


 しかしそこで、慮外な言葉が憤慨する〝ゼロ〟の興味を引いた。


「あぁ? なんだぁ、知らねぇのか」


「俺は……その、掴まって、気が付いたら船に居たから……」


 〝ソノダ〟はドカリと〝ゼロ〟の隣に腰をおろし、勢いに任せて酒瓶を煽る。口の端から盛大に酒がこぼれ、すでに酒浸しだった襟を濡らしていく。


 どういう種類の酒なのかは〝ゼロ〟にはわからないが、こんな吞み方をしていいものとはともて思えなかった。


「プハァッ! ――あー、そらぁ運が良かったなぁ。おれァ、捕まって3か月もよぉ、つっまんねーところによぉ。つらかったぜェ~。飯は味気ねぇし、酒も女も煙草も無しと来たもんだ」


 そして、あとひと月いたら死んでたぜ。と嘯いた。


「3か月……」


 〝ゼロ〟のつぶやきに、ソノダは無遠慮に酒臭い顔を近づけてくる。


「おうよ。けっこう人が居てよぉ。船に居た連中も何人かは顔見知りよ」


「……どんな人なのかって言うのは解りますか?」


「ああ? あー、いや、顔だけだな。なにせあそこじゃみんな独房みてぇなとこに入れられてたからなぁ。これが! また! 狭っっっっ苦しいところでよぉー」


 そう言って〝ソノダ〟は盛大なゲップをしてみせた。


 本心ではさっさと逃げたいところだったが、〝ゼロ〟はそうしなかった。この男の語る内容は自分には知らされていない情報だ。


 知っておいて損はない。何人かは、ということはその施設か何かに居なかった人間も多いということだろうか。


「それによぉ、もっとヒデェ話じゃ。ああ、これは船の中で聞いたんだがな。1年近くもずっとってぇヤツもいたぜ。捕まって、気が付いたら1年後ってぇことだ。ヒデェ話じゃねぇか。ったく、人の人生なんだと思ってんだろうなぁあの〝企業〟の連中はよぉッ」


「その人の名前――ゲームでの呼び名ってわかります? 本名じゃなくて」


「ああ? 覚えてるわけねーだろそンなの。わかンのは、アレだ。顔だけだ」


「そうスか……」


「てか、アレだな。オメぇやっぱつまんねぇな。いちいち暗えんだよ。もっと騒げよ。ここじゃ、俺ら王様なんだぜ? 楽しまなきゃウソだろ。なぁッ」


「……」


 沈黙する〝ゼロ〟を余所に言いたいことを言いたいように言った〝ソノダ〟は、最後に何故か高笑いを残し、天国の階段でも昇るような足取りで食堂を後にした。


 しばらくしてから「最後にもうひとっ風呂だぁ!」という音量調整をしくじったようなダミ声が聞こえた。


 …………他人事ではある。他人事ではある、の――だが、あのオヤジはここで何をしなければいけないか、本当のほんとうにわかっているのだろうか? 


 〝ゼロ〟は苦虫を噛み潰したような顔――どころか噛み潰された苦虫そのもののようなくしゃくしゃの顔を晒しながら、あくまで他人事だから、と己に言い聞かせつつ存分に憤慨した。


 ――が、今の話には覚えておくべき個所があったように思われた。


 要するに、今回のゲームのためのプレイヤーを確保しておく施設と言うのがいくつか有り、其処では数か月から1年もの間拘束されている場合がある。ということだ。


〝ソノダ〟は3か月も詰まらない生活をさせられた、と言った。さらには1年近くもどこかで閉じ込められていた人が居たとも。


 つまり、この1年……少なくとも3か月はゲームが行われなかったということになる。


 なぜだろう? 〝ゼロ〟が聞き知るだけでも「夜更かし」を犯す人間は、未だに多いという。少なくとも1年で30人などと言う数ではないはずだ。


 ゲームの日にちが決まっているから? いや、単に人を選んでいるということだろうか?


 しかし、〝ソノダ〟の話だと他にもゲームの候補者や、眠らせてある囚人を含めれば、もっとたくさんゲームを開催できそうなものだが……。


 そう言えばネットの噂にも「ゲームは年に1度」と言うような記述を1度ならず読んだ覚えがある。


 そんなものは何の確証にもつながらない、と言ってしまえばそれまでなのだが、――やはり気になった。


 本当に年に1度だというのなら、どうして「年に1度」なのだろうか?


 よしんば、ゲームの開催地がこの島だけでないのだとしても、人間をわざわざ1年近くも確保しておく必要があるのだろうか?


 その、眠らされていた、というプレイヤーになにかの問題があったということだろうか? 


 できればどんな人相の相手なのかだけでも聞いておければ、と思うが、あの〝ソノダ〟の様子だとなかなか難しそうだ。


 今回の参加者を見る限り、ゲームには老若男女の区別は無いように思える。


 それなら人数が確保でき次第ゲームをやった方が、としては自然な気がする。


 結局、よくわからなかった。何かヒントになるかと思ったのだが、良いアイデアは浮かんでこない。


「余計なこと考えるより、ゲームに集中すべき、かな……」


 ひとりごちた〝ゼロ〟は、再びゲームに持ち込むカードの選定に集中し始めた。

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