第4話「一日目」最初の「パーク」へ オメガ・シープ登場
弧を描く白い浜辺を時計回りに進んでいくと、見えてきたのは南国風のコテージだった。
ヤシの木のような疎らな木立がなびくのを見て、〝ゼロ〟は意外と潮風が強かったのだということを知った。
コテージの脇を通り過ぎて進んでいくと、石の柱でできた十棟ほどの平屋のような建物が、いかにもと言った感じの噴水を囲んでストーンヘッジのように丸く、規則的に並んでいる広場に出た。
見た目こそ確かに地方の遊園地みたいな具合(と言うかなんだか古いギリシャ風の建物? みたいだ。良くは知らないけど……)だが、遊園地というにはずいぶん寂しい光景だ。
「最初のパークなのでこんなものですが、ゲームが進むと次第に大きなパークに滞在できるようになりますよ」
「ふうん」
察してか、後に音も無くついてくるベータが言う。
だが、〝ゼロ〟の関心はあくまでゲームの趨勢にある。ハードのディテールにそこまでの興味はないのだ。
どちらかといえば、気になるのは人影が無いことだ。ここには、先に少なくとも3人のプレイヤーが到着しているはずだ。
〝ソノダ〟
〝アヤト〟
〝レイア〟
皆、どこかの建物の中に居るのだろうか? しかし勝手に這入りこんでいいものだろうか?
とにかく、まずはどこでカードを手に入れられるのかを訊こうと、〝ゼロ〟は背後を振り返る。しかし、白いベータ・シープは後ずさって距離を取った。
「なんだよ?」
「パーク内では管轄が異なります。ここでの案内は我々ではなく別のシープが行います」
と言って、ベータは視線を脇に振る。すると、近くの物陰からいきなりが何かが飛び出してきた。
「初めまして! ようこそおいで下さいましたノン!!」
「おわぁっ!?」
〝ゼロ〟は思わず素っ頓狂な声を上げていた。
飛び出してきたのは、一人の女だった。コイツもシープの仲間なのか? しかし、なんだか――今までの連中とは毛色が異なる気がする。
「こ、これも、シープ……なのか?」
「はい。ゲーム外での時間、プレイヤーの皆様をもてなすシープ。オメガ・シープです」
「ですノン! ですノン! パンテノン!!」
相変わらず冷然と語る無貌のベータの脇で、紹介された女は訳の分からん台詞をのたまう。
訳が分からないが、とにかく元気いっぱいだ。
その女……オメガ・シープとやらはベータとは違い、顔をほとんど隠してはおらず、さらになんと形容したものか、つまり、率直に言うなら、その女は顔だけでなく、ほぼ全身に至ってほとんど隠せていないのであった
ほとんど全裸と言っても過言ではない。着ているというよりも、張っ付けてあるといった方が正確なのではないだろうか?
よく見れば、頭のぽわぽわには小さな角のような飾りが、四肢の先には羊っぽいコスプレのような意匠が飾られているのが分かるが、それはもはや服と呼べるようなものではなかった。
「ようこそいらっしゃいましたノン。ここ、「〝始まりの町〟その7」では、「眠り」以外のすべての欲求にこたえられるように努めておりますノン。といっても、ここは最初の「パーク」ですので、最低限の施設しかないのですノン。ご了承くださいですノン!」
寒い、というほどでもないが島の気温は南国と言えるようなものではない。半袖で居れないこともないが、少々肌寒くも感じる。こんな格好で大丈夫なのか、コイツ……
「いやその、……寒くねーの? あんた」
なんともダイナミックで友好的な振る舞いに、しかしゼロは奇妙なものを見るような眼を向けることしかできない。端的に言ってドン引きだ。
ある意味無機物的なベータ・シープのそれとは違い、辛うじて目元だけを隠したその女の恰好は妙に滑稽で、なんというべきか、ほぼ丸出しで、とても、挑発的だった。
故に何処を見ていいものかと視線を惑わせていると、白ぽわのベータが補足するように声を掛けてくる。
「エキストラのようなものです。我々シープの中でも最下層の従業員だと思っていただければよろしいかと。アルファは統括。我々ベータはゲームの進行と補佐。そしてオメガはそれ以外の場面でのプレイヤー様の助けとなるべきシープです」
「そりゃ、……至れり尽くせり、だな……」
にしても、「我々シープ」って……なんか妙な世界観を造ろうとしてないか、お前ら。
「はいッ、ご紹介にあずかりました。我々はオメガ・シープですノン。プレイヤー様の身の回りのお世話をさせていただきますノン!」
「で、今度はオメガ……ね」
「では、わたくしは他のベータ共々
「ああ。……だいたい分かったよ。あとは自分でやるさ」
「それでは本戦の時間まで、――ごゆるりと」
そう言って、白いベータは踵を返した。
「プレイヤー様。お寒いですか? その場合はアンカーで体温の調整が出来ます。操作方法をお教えしますか?」
艶めかしい肌も露わな女、オメガ・シープがグイグイと距離を詰めながら言う。
「そんなことも出来んの? あーでも、今はいいや。それよりも今は先に教えてほしいことがある」
若干引き気味の〝ゼロ〟に、しかし、オメガ・シープと名乗った女は、決まり文句のように、続ける。
「では、では、ではッ。食堂・有楽施設・スパも完備しておりますノン。さぁ、さぁ、さぁ、プレイヤー様! お食事になさいますか? お風呂になさいますか?!」
「……いや、それより、『カード』はどうやって補充すんの? クエストだっけ?」
〝ゼロ〟は断間無くしゃべり続ける半裸の女のセリフに、少々強引に割り込んだ。
とりあえず、彼はクエストに行きたいのだ。ゲームについて考えたいのだ。
「ノン? ご休憩されないのですか? われわれ、精魂込めてお世話させていただきますノンッ」
「風呂とか飯は後でいいよ。それよりも、カードはどこで補充」
「ではでは、おセックスはどうですか? ご利用されますか?」
「………………は?」
何を言われたのかもわからず、〝ゼロ〟は案山子のように呆けた顔で目をしばたたかせた。
「いや、何を言って……」
さっきから、それこそ遊園地のマスコットよろしくくるくると動き回っていた半裸のオメガは、その豊かな胸元をいかにも自慢げにのけぞらせる。
「ノンノン。『パーク』では、プレイヤー様の睡眠欲以外、すべての欲求に答えねばなりません。当然、プレイヤーの皆さまの性欲も、出来る限りスムーズに解消されなくてはならないのですノン。なので、プレイヤー様方は、何の対価を払うこともなく、「サービス」を受けることができますノン。おセックスなさいますか?」
「……な、ちょ、…………な、ななな……」
「なな? 序盤の『パーク』ですので、まだシープはあまりいませんが、お好きなシープを選べますノン。他のプレイヤーの方々は、説明後、速やかに「スパ」の方に移動されましたノン。プレイヤー様はどうなさいますか? 他のシープを選んでもいいですし。よろしければノンがお相手させていただきますノンッ」
そして再びエッヘンと言わんばかりに胸を張る。
小ぶりなスイカほどもあろうかと言う二つの半球体がそのたびに揺れるので〝ゼロ〟は視線をぐらぐらと持て余しつつ、ついでに言葉も持て余す。
「いや、ちょま、ちょ、ちょっと、待って。いきなりで意味が……って、ほ、ほほ他のプレイヤーはしてんの? ご、ご利用を!?」
「ですノン。サービスをお受けになられますノン?」
「つまり、先にこのパークに来ているはずの三人が、ってこと?」
そのプレイヤーとは、つまり、〝ソノダ〟、〝レイア〟そして〝アヤト〟である。
あのおっさんはともかく、残りは、その、――うら若き? オ、乙女という奴なのではないか?
なのに、みんなが使用しているって、なに? 相手はコイツと同じオメガ……。
「お、……」
「お? なんですのノン?」
言葉に詰まる〝ゼロ〟に合わせてオメガは可愛げたっぷりにクリッと首をひねる。
「男の……その、オメガも、い、いるの……?」
つまり、女性人にサービスをするのは、女性のオメガではなく男のオメガなのかと聞きたかったのだが、
「まぁっ!!」
と、そこでこのオメガ・シープは大げさな仕草で声を上げ、跳び上がった。
「なんということでしょうだノン。そう言うご要望だとは思っていませんでしたノン!」
ご要望? 何を言っている。俺は質問をしているんだ。
「あまりのことに動転しそうだノンッ! でも、でもでも、ダメだノン。それでもプレイヤー様の為に最善を尽くすのが、ノンたちオメガのお仕事だノン!」
〝ゼロ〟は一人で立ちすくむばかりである。
コイツは何を一人でキャーキャー言っているのだろう。なんというか、そもそもこういうテンションの輩の話を遮って上手く話すのが、彼は苦手だった。何ともしようが無い。
「プレイヤー様、ノンは頑張るノン!」
そして意を決したように振り返った異様なテンションの半裸の女は、ゼロに肉薄すると、がっしりとその手を取った。
「今すぐ、出来る限りのイケメンのオメガを集めますノン。気に入ったオメガとスパにご案内ですノン!」
イケメン? 何? 何のこと? 事情の呑み込めていない〝ゼロ〟をオメガ・シープの女は凄まじい馬力でグイグイと牽引してく。
――いや、男が居るのはなんとなくわかったが、しかし、なぜおまえは人の手を引っ張るのだ?
否定しようにも訊き返そうにも、このオメガ羊は人の話が耳には入っていないらしく、なおかつ、ほとんど裸と言っていい女性にこうまで肉薄されては、ゼロは顔を背けるのに精いっぱいで前を向くことすらままならない。
――しかし、と〝ゼロ〟はあらぬ方を見据えながら思う、――いや、危惧する。
よくわからないが、このまま流されてしまったのでは、なんというか、このオメガと共にそのスパとやらに連れ込まれてしまうのではないだろうか!?
無論〝ゼロ〟とて、それ自体を、その行為を、そのサービスそのものを忌避するわけではない。
彼とてそれなりに健康な思春期の男子である。無論の事、興味が無いわけではない。
しかし重ねて断じるが、彼はゲームに参加し、そして勝つためにここに居るのだ。
「いや、ちょっと待ってくれ! もうちょっと、ちょっとだけ待って! お願い! ちょっと、――心の準備と言うか、その、なんというか」
「何をおっしゃいますノン! 大丈夫ですノン。ノンは頑張りますノン! ご期待くださいですノン!!」
「そんな……頑張るだなんてっ。あっ、ありがたいけど、でも頑張られても逆に、その、ちょっと怖いというか……」
と、そこで綱引きよろしく騒ぎ立てていた二人のところへ、ふと一筋の影が差した。
か細い影は、一人の少女を伴っていた。
それを見止めた〝ゼロ〟は物想うよりも先に、「ふぁbのnッ」と言う意味のない呻きのようなものを漏らし、身体を突っ張って急停止していた。
「ノノン!?」
そのせいでバランスを崩してオメガ・シープと共倒れになってしまった。
それでも驚愕の勢いにまかせたまま顔を上げると、ティアラのようなアンカーが目に付いた。
先にこのパークに来ていたはずの〝アヤト〟の姿がそこにあったのだ。
「うぁ、あぁ……」
まず、その長い金髪がしっとりと湿っているが解った。〝ゼロ〟は我知らず、くぐもるような呻き声を漏らしていた。
これは、その、伝え聞くところによる「スパでの行為」を終えた直後――とみるべきであろうか。
ああ、まさか。なんてことだ。ああ、なんてことだ。
〝ゼロ〟は直面した現実を受け止めきれずに狼狽するしかない。なんということだろう。〝ゼロ〟の内側を、あずかり知らぬ失意が駆け巡った。
高校生であった彼よりも明らかに年下の、如何に大人びて見えようとも、未だ白い頬に幼げな丸みを残すこのようなこの少女が、あろうことか、嗚呼、あろうことかそんなサービスを、さも当然の事のように享受していた、ということなのか。
「あら、あなたもこちらへ? 確か〝ゼロ〟さん」
しかし、自分はそれを
このオメガの言うことが本当なら、プレイヤーである彼女には、確かにそれを受ける権利があるのだろう。それを行使することに何の不都合もないのだろう。
しかし、明らかに年下の少女が既に自分の知らない世界を、その領域をさも当然の如く
そう言う種類の人間が、この世にいくらでもいることは承知している。
経緯の如何にかかわらず、中学生だからそれが不可能と言う事は無いのだ。しかし、少なくともゼロが、彼が生身で触れ得る世界には、それは存在しなかった。
あくまで何らかの情報媒体を介して触れるセーフティなはずのものだったのだ。
それを突きつけられた。こんなにも忽然と、こんなにも生々しく。
故に平静を装うことすら、今の彼にはできなかった。
「どうかなさいまして? 大きい声を出されていたようですが……私の羊を呼びましょうか?」
「き――君がッ」
しばし物言わぬ冷凍マグロの如く横倒しになったまま動こうともしない〝ゼロ〟を、何事かといぶかしんでいた〝アヤト〟に、彼はそのままの姿勢で、唐突に壊れた様な声を張り上げる。
「や、やっぱり、その――イケメンとそう言うおセックスをするのはッわ、悪くは――ない。けどッ」
「――はい?」
「……その、その、なんというか……なんというか、君たちは、その、男性よりもリスクがあるわけで、――き、君はそんなに綺麗なんだし、その、待って。じゃない。――もっと考えて……いや、そんな言い方がしたいわけじゃないんだよッ」
混乱もここに極まれりである。己はいきなり面と向かって何を言っているのだろう?!
しかし、自分を制御できない。何とか自然に意思表明だけでもしなければという意識だけが、今の〝ゼロ〟にはあったのだった。
「とにかく、それだけです。言いたかったのは――以上です」
横倒しになったまま、這いつくばり歯を食いしばり、全身を硬直させ、ひたすら真摯に言葉を終える。
自分でも何を言っていたのかも、もはや分からないが、とにかく言い切った。と言う手応えだけは有った。
「ノン? プレイヤー様、大丈夫ですノン。今現在オスのオメガを使用中のプレイヤー様はおりませんノン! プレイヤー様はイケメンを選びたい放題ですノン!」
と、そこで既に立ちあがっていたオメガ・シープの女は、〝アヤト〟の隣で〝ゼロ〟を見下ろしながら言った。
「……はぁ?」
訳のわからないことを言われた〝ゼロ〟は、再度困惑しつつ顔を上げる。
「……いや、何言ってんの? 俺じゃなくてこの娘がイケメンとおセッ…………をしてたってことだろ? なんで俺がオスなんぞと」
オメガも訳が分からないとばかりに首をかしげる。
今度は可愛げが出したいわけではないらしく、本気で困惑気味だ。
「でも? でもでもでも? プレイヤー様は先ほど、ノンではなくイケメンのオメガはいないかとお聞きになりましたノン」
「そうじゃねェよ! この
突然同性愛者呼ばわりをされた〝ゼロ〟は再び声を張り上げる。
とんでもない誤解だ。この女、恰好だけじゃなく頭もおかしいんじゃないのか?
「ノン!? そうでしたかノン。嬉しいですノン。ノンはお役にたてるんですノン? なら話は早いですノン。すぐにおセックスの用意をしますノン!」
そう言って、オメガは再び主人公の手を取り、近くの建物目指して前進し始める。
「………………いやッ、そうじゃなくてッ!? 俺が言いたいのは……えっと??」
なんだ? どういうことだ? ゼロは再び混乱に見舞われまたオメガとの綱引き状態に入った。
「つまり、」
そして無理やり首をひねって〝アヤト〟の方を振り向く。
「君みたいなキレイな娘が、その、こういうのを
すると、しばらく人形のように黙っていたアヤトは、すべてを理解したようにふわりと微笑み。
「私は普通にシャワーを浴びていただけです。風が強かったせいで髪が砂だらけになってしまいまして」
たっぷり数十秒を、自分が何を言ったのかを振り返ることに使い、有りえない墓穴を掘ったのだとさとったときには、すでに少女は踵を返していた。
「では、ごゆっくり」
にこやかに言って彼女は足早に去る。いや、別に早くもないのかもしれない。しかし、そんなことはもはや関係ない。
「――――くぁwsでrftgひゅじこぉぉぉ!」
我知らず、口からは自分でも
なんてことだ! ああ、いつもそうだ。いつもそうなのだ!
〝ゼロ〟は両腕をあらん限りに使って顔を覆いつつ頭を抱えた。
いつもそうだ。あとになって死にたいほど後悔する。
異性と話そうとすると、何時も微妙に話やテンポがかみ合わずにグダグダになってしまう。
おかげで彼はいままで女子と楽しくおしゃべりできた記憶が、無い。
それでも、ここまでの醜態をさらしたことなどかつてあっただろうか、いいやない!
少なくとも、異性とのコミュニケーションという意味では人生最悪の記憶になるのは間違いなかった。
文字通り頭を抱えて
「で、ではプレイヤー様ッ! ノンは頑張らせていただきますノン! さぁ、スパへどうぞですノン!」
……ようやく『いらねぇよ!』と、裏返った声で吠えることができたのは、〝アヤト〟が何処ぞヘと完全に姿を消してしまった、だいぶ後だった。
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