第3話「一日目」チュートリアル

 しばらく――と言ってもほんのわずかの時間だが、しばらくの間、ほとんど言葉も交わさず固まっていたプレイヤーとそれぞれのシープたちは、次第にばらけて、それぞれに動き始めた。


 構わず自分のルートを選択する者。シープと頭を突き合わせて話し込む者、他のプレイヤーの動向を伺う者。等といった感じだった。


 〝ゼロ〟は動かなかった。他の4名が距離をとりながらそれぞれの進路を選んだのを見届けた上で、お付きの白いベータに声を掛ける。


「――もしもさ、ゲーム会場に一人しかたどり着かなかったら、どうなんの?」


 それぞれのプレイヤーがそれぞれに複数のルートを選択するというのなら、当然そういう偏りが出ることも有り得る。


 実際、〝ゼロ〟が見送った4人のプレイヤーは一人が森へ、3人が浜辺のパークへのルートを選択した。


 これで〝ゼロ〟までもが浜辺のパークを選べば、森を選んだプレイヤー〝アアアア〟は行き先の試合会場で1人きりになる可能性も有る。


「もしもそうなった場合、ゲーム自体が行われず、1人で夜を無駄に過ごすことになりますね。ただし、もしも逃げ切りを考えているような場合は、敢えて1人になるという選択も有り得るでしょう。……もっとも、ゲームが後半になるにつれてゲーム会場の数も減っていきますので、そうそう1人になるということはないでしょうが」


「なるほど……」


「〝ゼロ〟様もそろそろルートをお決めになってください。いつまでもここにはいられません」


「人が優柔不断みたいな言い方するなよ。別にどっちに行こうか迷ってたわけじゃない」


 白いベータは首をかしげる。表情がまったくわからないので少々不気味だ。


「ほかのプレイヤーの眼が無いところでの確認をしたかったんだよ。他の4人がどっちかのルートに偏ったなら別の道にすすんで、そこで確認しようかと思ってたけど、無理みたいだからここでやっちゃいたい。それぐらいの時間はあるだろ」


 コイツとは、今しがた配られたレンガぐらいのケースの事である。これと、中に入っている『カード』の確認をしたかったのだ。


 このカードへの理解がゲームの勝敗を分けるということは想像に難くない。重要なのだ。


「わかりました。では、少々お待ちください」


 そう言うと、白ポワは森の方のゲートの脇にあった小屋のようなものから折り畳み式の椅子とテーブルの様なものを持ち出してきた。


 〝ゼロ〟は改めてデッキに入っていたカードを取り出してみる。とりあえず、このカードとやらを見てみるしかない。〝ゼロ〟はケースを開ける。


 ケースにはカードを1枚1枚固定できるようにスリットが入っている。スリットは10枚分設けられており、今はそれが半分だけ埋まっている。


 取り出したカードをテーブルの上に並べる。分厚く大きな「カード」はプラスチックや紙製ではない。一見金属のようにも見えるのだが、見た目ほど重くもない。


 アルミ製なのか? いや、この質感は金属というよりも焼き物、つまりセラミックの様にも思える。材質は、ともかく妙な代物だった。


 なぜこんなカードなのだろうか? 普通のトランプみたいなカードでない理由は?


 この段階では判然としないが、おそらくはイカサマを防止するためなのだろう。とゼロは判断した。ちょっとやり過ぎにも思えなくもないが、それなら一応の納得は出来る。


 また、ゲームフィールドに持ち込めるのはデッキの中に入れて持ち込んだ分のカードのみという話だから、それを判別するためにもいろいろと仕込んであるのも一因かもしれない。


 カードのおもて側を見る。長方形のカードは真ん中で上下に別れており、上半分にでかでかと数字が彫られていて、下部には小さい文字で何ごとかが書き込まれている。


 入っていたのはまず、レベル1のカードが2枚。レベル2からレベル4までが、それぞれ1枚ずつ。


 下部に刻まれている文字は次のようなものだった。

 

 2枚のレベル1には、それぞれ


『このゲームにおけるすべての敗者は10倍のチップを失い、勝者は失われたすべてのチップを獲得する』


『このカードが勝利した場合、すべての対戦相手は20倍のチップを失い、カードの所有者は失われたすべてのチップを獲得する』


 とある。


 同様にレベル2には


『このゲームの勝者は3倍のチップを獲得し、特典として「№027」を手に入れる。すべての敗者は3倍のチップを失う』


 レベル3には


『あなたがこのゲームに勝利した場合、あなたは追加で3ポイントのチップを獲得し、「ユウキリンリン コワクナイ」の特典を手に入れる』


 とある。


 そしてレベル4のカードには数字以外何も書いていなかった。


 〝ゼロ〟はしばしこれらのカードをじっと注視した。


 なるほど、どのカードで勝つかで得られるチップの量や、もしくは得られる「特典」とやらが変わってくるわけだ。

 

 とりあえず得体の知れない「特典」は置いておくとして、やはり注目すべきはレベル1のカードだろう。


 チップの倍増額が他のカードとはケタ違いだ。勝てば10倍、20倍とは、思わず面食らうような数値だといえる。


 ――しかし、これで浮足立つわけにもいかない。


 勝てば、とは言うが、そもそもレベル1で「勝つ」なんてことはまずありえないんだから、このカードにいくらスゴいことが書いてあっても、それは意味がないんじゃないのか?


「そうではありません。ゲームは常にカード1枚での勝負とは限りませんので」


「……ってことは、」


 ベータに言われ、〝ゼロ〟はすぐに気づいた。


 ふたたび、手にしていたカードの下部の説明文を注視する。よく見ると、特典を得るための条件は、結構バラバラなのだ。


 どうやら、カードはレベルに関係なく、以下の三種類に分類できるらしい。


A:「ゲームに勝った者」に特典をもたらす。

 

B:「ゲームに自分が勝った場合」に特典をもたらす。


C:「カードが勝った場合、そのカードの所有者」に特典をもたらす。


 レベル1でも、A、Bのように、カード同士の勝敗に関係なく効果を発揮する、という種類のカードがあるのだ。


 つまり、そのカード自体が相対する相手のカードに負けても、勝負そのものに勝てば効果を発揮してくれるというわけだ。つまり、


「……このカードを見る限り、勝負はカードを複数使う場合もあるってことなんだな」


「その通りです」


 個人競技の団体戦のようなものか。


 1対1の戦いを5回行って、勝ち星の多い方が勝利する。3対3の戦いなら2勝した方が、5対5の戦いなら3勝した方が勝ちという訳だ。


 ならば、手札の過半数を強力なカードで揃えて、1枚だけレベル1のカードを、それもAかBを忍ばせておけば、問題なくレベル1のカードの特典を得られるのだ。


 が、逆に言うならAタイプのようにゲームに勝利した者に無差別に効果をもたらすカードは、もしかしたら相手に有利な特典を与えてしまうかもしれない。


 一方、Cのように、ゲーム自体の勝敗に関係なく、そのカードが正対する相手のカードに勝利すれば、ゲームに負けていようとも問題なく効果を発揮するというカードもある。


 この場合は、ゲームに負けてもなお、何らかの特典を得ることが出来る、という訳か。


「ゲームフィールドにもそれぞれの個性があるので必ずとは言えませんが、勝負の形態は主に3種類。カード1枚での勝負、カード3枚セットでの勝負、カード5枚セットでの勝負、となります」


 ベータが語る。


 なるほど……3枚なり5枚なりのセット勝負なら、AないしBタイプのレベル1のカードを忍ばせておいて、その得点を得るって使い方もできるのか。


「よろしければ、実際にカードを使用してゲームの展開をたどってみますか?」


「チュートリアルか。分かった」


 〝ゼロ〟とシープはテーブルの上で互いに向かい合う。




 その間、〝ゼロ〟は、手持ちの5枚のカードを評価分類してみることにする。


 レベル1『このゲームにおけるすべての敗者は10倍のチップを失い、勝者は失われたすべてのチップを獲得する』


 ↑ ゲームに勝ちさえすれば、貰えるチップが10倍になるカード。これは当たればでかいカードだ。是非とも活用したい。


 レベル1『このカードが勝利した場合、すべての対戦相手は20倍のチップを失い、カードの所有者は失われたすべてのチップを獲得する』


 ↑ 前のカードと同じく、一見おぉっと思うような効果があって強そうに見えるけど、これはCタイプ、つまりカード自体が勝利しないと意味のないカードだ。


 このカードがレベル1である限り、実は使い道のない、いわゆる「クズレア」と呼ばれるカードということになる。


 一見すごそうだが、ゲームでは使い道のないゴミだ。もしも20倍という文言につられてこれを使う奴がいたら、相当なバカということになる。


 レベル2『このゲームの勝者は3倍のチップを獲得し、特典として「№027」を手に入れる。すべての敗者は3倍のチップを失う』


 ↑ 勝つと何かしらのアイテムが手に入るらしい。その詳細は解らないようで、ベータに訊いてみても応えようとしない。


 実際に使ってみるか、何かしらのイベントを経てみないと分からないということのようだ。


 レベル3『あなたがこのゲームに勝利した場合、あなたは追加で3枚のチップを獲得し、「ユウキリンリン コワクナイ」の特典を手に入れる』


 ↑ これは良く分らない。ユウキリンリン、って言われてもな……。特典なのかどうかも謎だ。手に入るチップも微量だし、あまり気にしなくていいだろうか?


 そして無地のレベル4……得点は得られないが、レベル3以下には勝つことができる。勝つためには必要なカードだ。




 

 テーブルを挟み、ゼロと向かい合ったベータは、解説を始める。


「まず、一方のプレイヤー様が、自分のベータか、もしくは複数のベータに、自分が相手となるプレイヤー様に勝負を仕掛ける旨を宣言します。宣言はしっかり相手の名前を口に出していただきます」


 ベータの解説に〝ゼロ〟は頷きながら先を促す。


「この時、最低1枚のカードを裏向きのまま提示していただきます」

 

 ベータは手元のカードを1枚取り、自分の顔の横に掲げて見せる。


「何? 参加料的な?」


「いいえ。唯の、勝負が可能だという証明です。カードが無くては勝負を仕掛けられないので」


「そりゃそうだけど、――宣言?」


「まずはお聞きください。次に、宣言を受けたベータはもう一方のプレイヤー様に伺いを立てます」


「……」


「もう一方のプレイヤー様は同じようにカードを提示して、勝負を受けます」

 

 促され、ゼロも同じように手元のカードを掲げて見せる。

 

「受けるのは、強制?」


「――そうですね。一応形だけは受けていただきます。その後、「交渉」のフェイズに移ります」


「交渉……、何枚セットの勝負にするか、ってこと?」


「その通りです。勝負を断りたい場合は、このフェイズで勝負そのものを拒否することが出来ます」


 となると、まずは「交渉」で相手をその気にさせなきゃならない訳だな……。


 このフェイズは思ったよりも重要だぞ。相手が何をしたがっているのかを探ることもできるし、逆も然りだ。


「では、次に交渉フェイズで勝負形が成立した場合の進行です」


「うん」


「お互いにカードを並べてセットし、そしてお互いにレイズするか否かを決めます」


 カードが5枚しかないので、〝ゼロ〟とベータはとりあえず手にしていたカードを1枚ずつテーブルの上に伏せて置く。


「いや。――まだチップを賭けてない」


「このインソムニア・ゲームではポーカーの様に好きにチップを賭けることはできません。賭けられる額は最初から決まっています」


「決まってる?」


「はい。カード1枚の勝負では2ポイントです。カード3枚セットの勝負では5ポイント。カード5枚セットの勝負では15ポイントとなります。


「つまり……、カード1枚の勝負ではいくら勝っても、ろくにポイントが移動しないってことか?」


「はい、。ですが、このポイントを増大させる手段が二つあります。一つはレイズすること。そしてもう一つはそれぞれのカードの特典を使用してポイントを増減させることです」


「そこでも、『特典』が絡んでくるわけか……。それはあとでいいから、今はまずはレイズ(ベットされた掛け金を吊り上げる行為)について教えてくれ」


「はい。このインソムニア・ゲームにおいても、レイズそのものはポーカーと変わりません。ただ、レイズをするには、ある行為が伴います」


「行為?」


「はい。自分が伏せた状態で提示したカードを1枚、表向きにするだけです」


 言って、ベータは伏せてあった自陣のカードを開示する。そのレベルは1であった。


「レイズは基本的に何度でも行うことができます。相手がコール(ゲームを受ける)したなら、もう1枚表にして2度目のレイズも可能です」


「……けど、手札を全部晒したんじゃ、勝負どころじゃないな」

 

 〝ゼロ〟も伏せていたカーを開示する。そのレベルは4。これがゲームなら〝ゼロ〟の勝利となる。


「その通りです。すなわち、カード1枚での勝負では、レイズは実質的に不可能と言えます」


 だが、それで得られるチップはたったの2ポイントというわけか。


「……ってことは」


「はい。レイズして掛け額を吊り上げたければ、必然的にカード3枚、或いは5枚セットでの勝負をする必要があります」


「そうか……」


「しかし、コールにはこの行為は必要とされません。5枚セットでの勝負ならば、2度、3度とレイズが可能になりますが、レイズを仕掛ければ仕掛けるほどに、肝心の手札は筒抜けになっていきます」


「いやいやいやッ」


 とりあえずは素直にシープの進行にしたがっていた〝ゼロ〟だが、これには思わず声を上げていた。


「5枚セットの勝負で3枚見せちゃったらもう終わりだろ? もう勝ちか負けかは知られちゃってるんだから」


 そして――この時の〝ゼロ〟の言葉に、白ベータはわずかに逡巡をめぐらせた。テーブルの上のカードに集中していた〝ゼロ〟が気にも止めなかったほどの、わずかな逡巡を。


「……そんなことはありません。カードの特典によっては、自陣のカードを入れ替えたり、特定のカードの特典を無効化するカードや、さらにはシンプルにどんなレベルのカードにも無条件で勝利できるカードなどがあるのです」


「はぁ!? マジかよ!」


 〝ゼロ〟はさらに声を荒げ、手持ちのカード、その細やかな特典の部分に注視する。しかし、そんな効果のカードは見当たらない。


「当然ですが、そのようなカードはかなりの「レア」ですので、かなり難しいかと思われます。まずは基本となるカードでの戦略を考えるべきではないでしょうか。重要なのは、……そのカードの効果を上手く活用することなのです」


「……なるほど、ね。確かにその「レア」を手に入れても、使いどころを間違えば無駄になっちまう、か」


 ここが、決まった枚数のカードをプールして使いまわすポーカーとの違いだな。


 手札を運に任せず用意できるという点は魅力的だが、それは逆に相手の手札を読むことが難しくなるということを意味する。


「でも、それじゃあ結局デカい勝負をするなら、できれば5枚セットの勝負。すくなくとも3枚セットの勝負でなけりゃならないわけだな?」


「その通りです」


 〝ゼロ〟は考え込んだ。レイズが出来なくては大したポイントを得ることができない。本格的に勝負をするつもりなら……。


 なるほど……コイツは考えどころだ。


 3枚セットの勝負で先に1枚開けるのはかなりのハンデになる。それで相手が乗ってくるのなら、それはその1枚がすでに負けているということを意味するからだ。


 しかし、これが5枚セットでの勝負なら?


 最初のレイズをブラフに使うなり、心理戦に持ち込むなりできるのではないか。


「……それなら、なおさらもっとカードが欲しいところだな。新しいカードってどこで手に入んの?」


「その場合はオフの時間にクエストをこなしていただいて、カードを補充することが可能になります」


「クエスト?」


「余興程度の、簡単なゲームです。パークならばどこでも開催していますので、カードを手に入れることは出来るはずです。逆に言うなら、パークを経由しなければカードの補給は一切できません」


 まさしく互いに用意した山札から手札を補充しながら行う、トレーディング・カード・ゲームの要素だ。


 つまりは『メタ・ゲーム』。真夜の本戦に挑む以前の、事前の用意が重要になるということなのだ。


〝ゼロ〟は自分に与えられた札を両手いっぱいに広げてみる。


 実質的には補助にしか使えない、負けが確実のカード、レベル1。しかし、上手く忍ばせておけば奪えるチップを10倍にすることも可能な一発逆転のカード。


 そのレベル1にしか勝てないが、何かしらの物品を特典として得られるというレベル2のカード。レベル1を狙い撃ちにできると考えればなかなか侮れない。


 そして、それらの特典を欲しがる相手のレベル1、レベル2をことごとく打ち砕くレベル3。しかし、もらえる特典はかなりしょぼくなる。コイツは本当に冗談のような効果しか書いていない。


 これを使うくらいなら、素直にレベル4を選ぶべきだろう。


 そして、現状では単純に最強のレベル4。しかし、コイツには追加の効果が一切書かれていない。


 そして現在は手元にないが、それを超える最強のカードであるレベル5。必勝を期すならば、このレベル5をある程度揃えなければならない……。


 しかし……、と〝ゼロ〟は表情を曇らせる。


 彼自身には確認できないが、それに倣うかのように額の白乳色のアンカーが鈍く色味を増した。脳がストレスを受けている証拠である。


 レベル4ですら無地のカード。これはトレーディングカード用語でいうところの『バニラ』というやつだ。


 つまり、何のトッピングも載っていない、旨味のないカードという意味である。


 これは、レベル5のカードが、最強でありながら、むしろ使用すればこちらに不利益をもたらしてしまう性質のカードであることを意味している。


「……悪趣味なゲームだな」


「なぜ、そう思われます?」


 〝ゼロ〟のつぶやきに、対面したままの白ポワのベータが応える。


「勝つためには最強のカードであるレベル5のカードを揃えないといけない。けど、レベル5にはリスクがあるんだろ? 特典を失うとか、勝ったのにチップが減るとか……」


「どうでしょう」


「どうでしょうってなん……」


 だよ、と言いかけた〝ゼロ〟は、向かい合うベータがテーブルに肘をついたまま、奇妙に震えているのを知った。


 ――泣いている? いやそうじゃない、コイツは……、


「レベル5については、ご自身で確認されることをお勧めします。こんなところで憶測を重ねていても、ゲームの全体像を知ることは難しいでしょう」


 わらっている。無貌の仮面で表情かおを隠したこの女は、身体を震わせるようにして笑っているのだ。必死にそれをこらえるようにして。


 ――何がおかしい!?


 思わず怒鳴りそうになったが、〝ゼロ〟は懸命に息を吸って言葉を飲み下した。


 怒鳴り散らしても意味が無い。一応、このお付きのシープは無くてはならない味方なのだ。


「……どういうことだよ」


 言外に〝ゼロ〟が気分を害したのを察したか、ベータは静かに立ち上がると姿勢を正し、慇懃いんぎんに頭を下げた。


「失礼いたしました。〝ゼロ〟様の考察はある意味で正しく。しかしある意味で著しく間違っています。掛け違えている、というべきでしょうか。それはレベル5のカードを手に入れれば一目瞭然のことなのです。まさしく百聞は一見に如かずの言葉通り……」


「……ったよ。もういい」


 言葉尻を濁すように付いて回る嘲笑が鼻に突いた。形ばかり礼儀正しいのが余計にそう思わせる。


 ベータが言い終わるのも待たず、カードをデッキケースに詰め込んだ〝ゼロ〟は歩き出した。


 憤りはあったが、コイツが言うことももっともなのかもしれない。こんなところであれこれと考えてばかりいても意味が無い。


 なによりも、〝ゼロ〟にとって、レベル5はいわば保険なのだ。


 そもそも、彼はみみっちい勝ち方をするためにこのゲームに参加しているわけではない。それには、レベルの低いカードを駆使して勝つことが前提条件になる。


 つまり、ポーカーと同じように、数値の勝負の前に、ハッタリで相手をフォールド(勝負から降ろさせて)させて勝つというのが、〝ゼロ〟が胸に秘める戦略なのだ。


 彼にとってレベル5は実際に持っている必要はなく、対戦相手に、と思わせればそれでいい代物なのだ。


 ショートスリープの能力により、睡眠時間即ちチップの温存が可能な彼は、ブラフを掛ける意味で圧倒的な優位に立っているのだ。これを利用しないでどうする。


「よし。そこまで言うなら、さっさと『パーク』まで行って、クエストでカードを手に入れる」


 どのみち、どんな戦略で戦うにしても、カードのストックが無くては選択の自由もない。


「では、どちらへ?」


 背後について来るベータは、先ほどの嗤いを忘れたかのように冷然と問う。


「……浜辺のほうのルートだ。対戦相手は、多い方がいい」

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