【マナ】/会話劇
ここにはなにも無い。
「……ん」
「気付いた?」
「大丈夫。見える。聞こえる。わかるよ」
「よし。いきなりで悪いんだけど、ここ、何?」
「さぁ……。わたしにもわからない。今生まれたところだから……」
「そっかー。……じゃあ、こっちで解ってることを話すから、聞いてくれる?」
「いいよ。教えて、貴方のこと」
「え? 僕の事?」
「違うの?」
「ここの事を話そうと思って」
「どうして?」
「ここが何か解れば、僕らの事も推測出来るから」
「うーん。それならいいよ。聞く」
「よし。まず、座ろう。見上げるのは厭だ」
「うん。これでいいかな」
「……よいしょ」
「……その座り方、疲れない?」
「脚の血管を圧迫するのは否定しない」
「普通に座ろう?」
「座ったままでも見上げるとは思わなかった」
「あー。だから」
「そう。だから」
「んふふ」
「なんで笑うの」
「可愛いなって」
「……本題に入るよ。まず、僕らは人間と同じ構造だ」
「ん、まぁ、見ればわかるよ。わたしも君と似た形っぽいし」
「見た目もそうなんだけどね。膝をたたんで座ると足の血管が圧迫される。つまり、循環器系は同一か類似の可能性がある。だったら、同様に、他も似た作りにしてある可能性がある」
「どうして?」
「判らない。でも、目的はあるはず。もっと効率の良い形はいくらでもあるのに、わざわざ二本足に二足歩行なんだ。人間である理由がある」
「……綺麗だから、とか?」
「それはあるかも」
「やったぜー」
「なに……?」
「当たって嬉しい」
「当たりかどうかはまだ不明」
「ちぇー」
「それで。君が起きる前に試した事がある。見えるんだよね」
「手」
「そう。これを……ッ!」
「えっ、ちょ、まってまってまって痛くないの!? 血出てるよ!?」
「循環器系は類似、ないしは同一。証明できた。ここからが問題で、」
「いや問題は貴方の手だよ! 血!」
「あぁ、大丈夫。そもそも君の手が傷付いたわけじゃないだろ」
「そうじゃなくて! 痛い思いをする人を見るのは嫌だよ!」
「……そっちか。……ごめん、共感性は考慮してなかった。もうしない。それに、大丈夫」
「あれ? 血……どころか傷が」
「そう。無い。治ってる」
「良かった……あれ?」
「早すぎる。だよね?」
「うん。うーん」
「さて。床に落ちた血は?」
「うん? あれ? 無い……?」
「もうやらないって約束したから、君が起きる前に試した事を話すけど」
「何回もやったの!?」
「再現性が欲しくて」
「だめです。もうやっちゃだめです」
「もうやらないって。続けるよ?」
「むう」
「血は消失したんじゃなく、床に吸い込まれた」
「この床、水吸うの? 硬そうだけど……見えないくらい小さい穴がたくさん空いてる?」
「それじゃあ傷が治った理由にならないよ」
「あ、そっか。……もう痛くない?」
「大丈夫。それでね」
「うん」
「この床、壁、天井は、多分僕と同じ素材で出来てる」
「えっ」
「言い方が良くないな。僕はこの床と同じ素材で構成されている」
「えっ。ごめん、よくわかんないんだけど、人間じゃないってこと?」
「あ、そこ? 人間はいきなり発生しないでしょ」
「つまりわたしも?」
「そう。僕と、同じ」
「うーん。それなら悪くないかも」
「何の話……?」
「続き続き」
「あぁ、うん。て、人間じゃない僕らは人間を模して作られている。ここには必ず意味がある」
「どんな……あ、待って。床とか壁は感じない、考えないから?」
「そう。多分」
「やったぜー」
「もしかしたらもっと上位に思考のための機構があるかもしれないけど」
「けど?」
「とりあえず、この部屋は僕らに考えて、感じて欲しいんだと思う」
「でも、痛いのはめーです」
「めー?」
「だめです」
「わかった」
「それでそれで?」
「じゃあ次に、何故二人なのか」
「会話できるから?」
「多分当たり」
「いやっほう」
「君と僕が存在しなければ僕は発生しない」
「あれ? でもわたしが起きる前に色々試してたんだよね?」
「勿論。でも、それは一人で出来る」
「二人じゃないとできないことといえば、話すことってこと?」
「それと、他者の存在を認識する事。他人という比較対象がいて初めて、自分があるのではなくて、いる。ここまでいい?」
「えぇっと。存在しているだけじゃなくて、わたしと貴方が一緒にいて、二人で話してるのが大事?」
「そう。社会を形成したかったんだと思う」
「わたしも、貴方と話せて嬉しい」
「……ん。続けるね。で、社会形成の前提が必要なんだけど、」
「生態系!」
「その通り」
「どやどやー」
「……?」
「あ、だから自分を傷付けたの?」
「そう。これだけの距離があって会話も視認も可能。多分、部屋の中の事は全部把握出来てるはず。なのに、僕は一人では自分の再生以外に何もできない。だから、もう一人が発生するのを待ってた」
「でも、ちょっと遠いね」
「流石に一万二千キロはね。だから」
「うぇ!?」
「こう」
「どう……いやまってそれ大丈夫なの!?」
「部屋の中を全て把握していて、部屋の素材と僕らの原料が同じなら、君の座標のすぐ近くに僕を発生させて、全データを引き継ぐのは可能だよ。だって、見て聞いて会話出来たんだから」
「そうじゃ! なくて!」
「え、な、なに」
「万が一引き継ぎに失敗したらどうするの!? 劣化や変質が発生したらそれはもう貴方じゃなくて別の誰かでしょ!?」
「いやでも、」
「でもじゃない! わたしは! あなたと! 話がしたいの! 別の誰かじゃなくて! あなたと!」
「あー……ごめん、そこまで考えてなかった」
「大体、元の身体を一回消失させるんでしょ? 自分を傷付けるのはやめて」
「わかった。ごめん」
「もう……」
「泣くほど?」
「当たり前です!」
「……ごめんって」
「はぁ……でも確かに、一万二千キロ歩くのは面倒だったかも」
「それでね。単独での他者の発生が不可能だったから、二人ならどうかなって」
「二人……もしかして、さっき指噛んだのも実験の一環?」
「そう。君が発生した状態では試してなかったから。でも、距離なのか別の条件なのかはわからないけど、また再生しかしなかった」
「それ、多分こう……手のひら、見せて」
「……こう?」
「うん、そう」
「……あ、接触」
「言い方ぁ……」
「そうだね、手を繋ぐって、君がいないとできない」
「わたし一人でもできないよ。貴方がいるからです」
「……うん。じゃあ、まず、」
「ねこ作ろう! ねこ!」
「先に熱源と岩盤だからね!?」
ここにはまだ、なにも無い。
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