橙の座敷灯篭に照らされ、長いこと人の尻が載ったきりになり傷んだ畳にゆらゆらと炎紋が浮かぶ。それはただあるだけだ。あるだけでは何者でもない。だが、瞳に映れば話は違う。

 木を削る。否。木を形造る。傷をつけるのではない。身を削ぐのではない。掘り出す。彫り出す。暗闇の洞に手を伸ばし、そこに座す物を引き摺り出す。仄暗い堀の内に腕を突き込み、そこに沈む其を引き揚げる。湛えた水に濡れた誰こそ、灯りに晒され姿を現した彼こそ、そこに居る者足り得る。

 在る物の価値など儚い。在れと言われそこに居る者こそが重要なのだ。

 炎はどうか。

 然うだ。無くては見得ぬ。あるがままを見通せぬ眼が恨めしい。代用の品である。

 畳はどうだ。

 然うか。無くては座れぬ。部屋として形を成さぬ世が憎ましい。苦肉の策である。

 では、ではこの人形は如何か。

 これこそは我こそが居よと命じるままに在る物であり、かくあれかしと木片から救い出した者だ。

 ぎちりと瞳を嵌め込む。硝子玉は美しく私を写す。

 嗚呼、安堵の水底に沈んだ。

 漸く、私はここに居るのだ。

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