第6話 不死のラッド


「明日は、デントラ王国の国境を越える。ケネシアの呪いがどの程度、どんな尾鰭が付いて伝わっているのかは入ってみないとわからない。なるべく死なないようにするが、もし俺が殺されたらルーシーはどうなる?」

「わたしはラッドの生む魔力でここにいるの。だからあなたが死んでいる時に私は生きてはいられない」

「つまり」


 俺が死に、ルーシーも死ぬ。そうして呪いの効果で俺はどれほど切り刻まれ、例え灰にされたとしても翌日の日の出にはコーコント街道の上に立っている。どこへ監禁しようとも、刻んだ手足を海へ投げ捨てても無意味だ。

 業を煮やした軍や政府高官はこう考えた。どれほど熱心に丁寧に殺しても無駄である。よって導き出された結論は俺を「コーコント街道の上で、幾度も簡潔に殺す」ことだった。

 首から下げたドッグタグには、親切な人間が埋葬してくれるのを防ぐために、一文だけが刻んである。


 "土葬禁止"


 これだけは、いただけない。なまじコーコント街道近くの無縁墓地に入れられたりすると、ゾンビのように墓の中から復活しなくてはいけない。それに、土のなかは暗い。目が覚めても暗い。それは、駄目だ。


「……ラッド、頭がふわふわするわ」

    

「それは疲れて眠いってことだ、ルーシー。少し食べて眠れ。水もこれだけは飲め」


 言われたとおりに僅かなドライビスケットを食べ、水を飲んだルーシーをベッドの壁際に寝かせる。ブーツは脱がしてやった。

 目を閉じて、眠る。ルーシーはちゃんと眠ったようで、寝息は規則的だった。

 眠っていれば、まるでふつうの子供のようだ。だが彼女は魔女だ。出会い頭の俺に、自分は"リュシー"だと名乗ったが、俺は今まで一度もその名前を発音していない。八カ国語の教育を受けて発音出来ない名前などない。ルーシーはわかって、ルーシーと呼ばれ続けている。

 ルーシーと似た、いやルーシーが似ている先代の魔女ケネシア。その名前を発音してしまったせいで、俺はただ一人、八年も殺され続けながらコーコント街道を歩いている。そしてその目的すら、知らず。

 血眼になった軍部に魔女の呪いの内容を吐けと、数ヶ月に渡って拷問を受け、サハル軍事基地の東端、コーコント街道の終わりの地に俺は細切れにされ、さらには骨も残らぬよう灰にされて海へ捨てられた。

 その翌朝、俺は裸でコーコント街道に立っていた。

 コーコント街道を進むこと。

呪いの内容はただそれだけ。そして俺を殺してしまったせいで、呪いは発動したのだ。

 その魔女と、同じベッドで眠っている。

 細い手足の、美しい少女だ。ケネシアにもルーシーにも、恨みなどない。ただ、疑問だけはある。どうして俺なのかと。

 目を閉じ、暗闇をみつめる。ルーシーの寝息が、部屋の空気をゆらゆらと動かしている気がした。

 死なない夜は、こんなにも穏やかだ。

 

 翌朝、宿で乾いたパンと野菜屑のスープ、ゆで卵を半分に割ってルーシーと分け合いながら食べ、走れるようにルーシーは背嚢を、俺は郵便鞄の肩紐を短くして体から浮かないようにした。


「ルーシーはまだ体に慣れて無い。痛い、喉が乾いた、疲れたってのは気にしてくれ。人間はそれが揃うと動けなくなる」

「わかったわ」


 まじめな顔で頷く魔女に、俺はこんな状況だというのに少しばかり楽しくなってきた。普通ならばとっくに気が狂って命を絶っている。だが俺は死ねないし、頭は腹が立つほどにクリアだ。自分の手足が切り落とされるのを見て痛みに叫びながらも脳味噌は冷静で、ぶち切れた回路をどんどん修復されているのがわかり、それに気が付いた時にはおかしくておかしくて、血反吐を吐きながら笑い続け、ついに狂ったと判断された程だ。

 宿を出て、コーコント街道に戻る道を歩く。数歩歩いて、ルーシーと手を繋ぐよう促した。歩幅を合わせられるし、咄嗟に抱えられる。ルーシーの手はやはり少し冷たく、折れそうに細かった。


「ルーシーは、この呪いの結末を知っているのか」

「知ってるわ。でも、まだケネシアのほうが強いから、教えられない。わたしはまだ当代の魔女ではないから」


 次代の魔女、ルーシーの口から、はっきりと事実を告げられた。

 魔法を使って空を飛び、不思議な薬を作ったり、お伽噺のような奇跡を起こす。子供の頃は、魔女とはそんなイメージだったし、コーコント街道を作った魔女コーコントのおかげで大陸の魔女の物語はおおよそ好印象なものばかりだ。

 だが、俺は魔女ケネシアを知っている。艶を失った黒髪、痩けた白い頬、血走った金の瞳。それでもなお、魔女は美しかった。――前歯の欠けた妻と変わらぬほどに。


「ラッド、街道に出る」

「ああ」


 ルーシーと手を繋いだまま、コーコント街道へと足を踏み入れた。人通りはまだ少ないが、周囲に高い建物が無いため狙撃は通りにくい。だが、通りすがりに喉を掻き切られたり、心臓を一突きされたり、集団で殴られたりとイベントには事欠かない。

    

 なにせ、俺の髪を一房持って『殺した』の一言で金が貰えるのだ。コーコント街道をただひたすら西へ歩く賞金首。共通貨幣でなんとたったの二〇〇〇ゼル、郵便代の相場より僅かに高い程度だ。サハル国の軍部は国を越えて俺を殺し続けるために、あちこちのスラムや食い詰めの下級軍人に依頼を出した。一度俺を殺した奴が国を越えて現れ、もう一度俺を殺す。そんなありえない現実は、いつしかホラ話と共に西へ西へと、八年をかけて伝わった。魔女のお伽噺のように。


 "不死のラッド”


 赤い髪の血塗れの男が、不吉なものを運んで西へと旅している。

 俺自身、何を運ばされているのかはわからなかった。けれど、昨日。そう、あの息を吹き返した夜明け。俺は、ようやく理解した。

 小さな、儚い肉体を持った魔女。彼女を、コーコント街道始まりの地へ連れて行く。


「ルーシー、俺はお前をさらおうとした悪者を退治する父親役だ。悪そうな奴らは教えてくれ。そうしたら、俺たちの目的は早く達成される」


 ルーシーは俺の手をぐっと握って了承を示した。人通りが増えてきた街道を、父と娘のように手を繋いで歩く。車も荷馬車も、己の足以外は使えない。俺が乗った途端に、全ては動かなくなるのだ。

 国境が近づくにつれて、頭上を飛ぶプロペラ機が増える。以前、長大で真っ直ぐなコーコント街道を軍用離発着場にする計画も出たらしいが、テスト走行中の謎の故障でどうしても機体が持ち上がらず頓挫したらしい。魔女のせいだと言われたが原因は掴めず、結局滑走路は別の森林を切り開いて作られた。

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