第4話 俺の魔女

 おさげ娘が持ってきた数着の服と靴をルーシーに合わせて居るところに、ようやくクリム・バスタル少年が戻ってきた。青い顔で差し出してきた紙幣はやはり減っていたが、死んでいた俺が悪いので追求はしない。


「なぁ、あんた、もしかして」

「なぁお前、もしかして口にしようとしてる?」


 そばかす面の少年が、ひゅっと息を飲んだ。その怯えた瞳には、冴えない中年の、昇進にも縁のなさそうなうねった赤毛の、くたびれた髭面が映っている。


「ラッド、みて。これは似合っていると思う?」


 ルーシーに呼ばれ、振り返る。クリム・バスタルが転がるように店を出ていき、おさげ娘が不思議そうに首を傾げたがすぐに興味を無くしたようだ。ルーシーは雨除けのフードがついたポンチョの下に軍服に似たポケットの複数ついたカーキ色のシャツと、同色のズボンを身体にあてて見せてくる。動きやすいし、十分な服装だ。


「靴もサイズが合ってよかったわ。古いけど、おばあちゃんが縫ってくれたから丈夫よ。おばあちゃんは裁縫がとても上手なの」

「あんたもこれを着てな。母に手紙を届けてくれるんなら、無碍にはできないからね」

 店の奥で話を聞いていたらしい女将が、綻びがあるがまだ着られるシャツを俺に渡してくれた。だが、服を洗う時間はもう無い。


「助かります。ですが時間がなくなったので、このシャツは買い取らせてください」

「そりゃいいけど、そのまま行くのかい?」

「行った先でゆっくり洗います」


 血塗れのシャツに難色を示した女将もおさげ娘も、ルーシーの古着と合わせて三千リグを渡すとそれ以上は何も言わなかった。この国の人間は人死にも遺体も見慣れ過ぎて、麻痺している。ルーシーだけは女将の部屋で着替えさせて貰い、俺は上着だけを脱いで腰に巻き付け、シャツを着た。下着問題は全く解決していないが、後でどうにかしよう。


「ルーシー」


 黒いワンピースとブーツを抱えたルーシーに、手を差し出した。ルーシーが躊躇い無く手を伸ばし、小さな細い指がおれの人差し指と中指をぎゅっと掴む。


「兵隊さん、母によろしく」


 母娘に軽く会釈して、店を出る。少し、急がなくてはいけない。紹介された雑品店でルーシーの服とブーツを売り払い、子供用の下着はやはり無かったので俺のものとルーシーの背嚢と水筒を買った。


「水筒、あなたのは?」

「俺は必要ない」


 どうせ、とその続きは口にはしなかった。そして重要なことを聞き忘れている事に思い当たる。

 朝に来た道を引き返し、コーコント街道から外れた地点まで戻って再びコーコント街道を歩き始める。日は高く昇り、人通りも車の通行も多くなっている。こんな条件の時にも、追っ手は来る。なにせ、俺が通る道はただ一つだからだ。


「ルーシー、お前は、殺せば死ぬのか?」


 雲一つない晴天のなか、雨除けのフードをかぶったままのルーシーは「死ぬわ」とはっきりと答えた。


「でも、私は殺されない。私を殺す方法は、ラッド、あなただけが知ってる」


 雑踏の人いきれ、ルーシーの声だけが耳の奥に深く突き刺さった。

 岩牢に反響する怨嗟の声に、心臓を握りしめられた。ケネシアの、血走った金色の瞳。魔女を殺す方法を。


「……俺は」


 俺は、殺せるだろうか。いまもう一度ケネシアを、ルーシーを。


「だから、人間みたいな死に方を、私はしないわ」


 俺の思考を遮るように、ルーシーがそう断言した。日差しは強く、白い肌は既に赤くなっている。一度痛めてしまった足は、丈夫なゴム底のブーツに履き替えても歩き方は不安定だ。


「なら、問題ない」


 ルーシーの手を引き、彼女のまえに背を屈める。小さく軽い体が、はじめてそうした時よりも躊躇いながら覆い被さってきた。

 

「走るぞ」


 言葉と同時に、それまで立っていた地面が抉れた。聞き慣れた発砲音が数発続き、悲鳴を上げた難民や通行人たちが地面に伏せる。ルーシーが首にしがみつき、俺はコーコント街道を真っ直ぐに走る。脇道に逸れるなんて全くの無意味だ。俺はこの八年間、コーコント街道を歩き、コーコント街道で死に、そしてまた歩いてきた。いま、俺の背中には魔女がいる。頼りなく幼く、そして将来絶世の美女になるだろう俺の・・魔女が。

 人波を縫い、射線上にできるだけ難民以外が入るように走る。スナイパーは二人、自国民を殺すのは後々問題になるから上層部はいい顔をしない。

 大陸を縦断するコーコント街道は残り三分の一。ここまでで八年、殺され慣れてきた今となってはあと二年もあれば目的地である西の果て、コーコント共和国にたどり着く。度重なる戦争と内戦と飢饉でコーコント王国だったり占領されてコーコント自治領になったりと国の形は変わっているが、そこが俺の最後の地だ。

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