ワンダーラスト

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どこからこの話を始めよう?




 一昔前に宇宙の彼方へ向けて飛ばしたNASAのレコード入りロケット?同じくらい昔に二万五千光年先のヘラクレス座に目掛けて送った電波メッセージ?




 いや、もっと要点だけをかいつまんで話そう。君には長話に付き合う時間があるかもしれないが、あいにくこちらには無い。








 はじまりは、地球の衛星軌道上に現れた人工物だった。夜空に浮かぶ月より大きな宇宙からの遊体を見上げて、最初は誰もがぽかんとしていたものさ。




 それが宇宙船であることはだれの目にも明らかだった。エイリアン。地球外生命体。我々の隣人。未知との遭遇。




 ある者は忘れかけていた宇宙への情熱を思い出した。またある者はこれから起こるであろう最大規模の変革を予見した。誰もがわけも分からぬまま興奮していた。




 「それ」が現れてから数日後、人類はついに宇宙人からのメッセージを受け取った。内容はどこまでも好意的なものだった。




 「我々は友達だ。」


 「仲良くしよう。」




 メッセージとともに彼らはいくつかの贈り物をした。彼らの姿かたちや文化、そしていくつかの未知の科学・技術の知識。特にこのうちの最後のプレゼントは人々を驚喜させた。それらは彼らにとってはささやかな情報提供であり友好の印のつもりだったのだろうが、それでも人類全体を長年悩ませてきた問題を解決させるには十分なものだった。








 気を良くした人類に向けて、彼らは二通目のメッセージを送ってきた。正式な場で国交を結ぼう、という内容であった。




 まず世界各国の首脳らと彼らの首長(そう自称していた)とで電話会談が行われ、それから直接対面する場所や日時が決められた。話し合いは順調そのものだった。どの国も彼らとの間では対等な扱いを受け、人々は宇宙からやってきた隣人に対する信頼を一層深めた。








 そしてついにその日がやってきた。そこには世界中のお偉方が一堂に会し、そうでない人々もあらゆるメディアを通じて現場からの生中継に釘付けになっていた。




 まもなく一隻の小さな宇宙船がそこに降りてきた。船はゆっくりと会合場所に接近してきた。そして会場の目と鼻の先の空中で静止するや否や、その場を光で包んだ。一時間後に全メディアの回線が復旧すると、そこには一人残らず拘束されたお偉方と、同席していた人々の残骸、そしてついにその姿を現した彼らの姿が映っていた。




 彼らは、それまでと同じ人間らしい親しみやすい流暢な声で、画面の前の人間に降伏を求めた。しばらくたっても返事が無いのを見とめると、彼らは話しかけてくることをやめた。








 そして戦いが始まった。




 人々は全土が戦場となった地球で、それまで考えられなかったほどの団結と勇猛さを示し、あらゆる犠牲を払って進撃し、そして追い詰められていった。








 俺は10の時に兵士となり、いくつもの戦場を駆けめぐった。




 俺はそこにいなかった人間には想像もつかないものを見てきた。裂けた腹からこぼれた内臓を必死に詰め直そうとする新兵。炎に飲み込まれながら、顔色一つ変えずに戦いに向かう者たちに祈りをささげる子どもたち。




 もうすぐ始まる戦いで俺は死ぬだろう。退却する仲間たちや避難民らのための時間稼ぎが必要だ。一秒でも長く戦い続けなければならない。




 今この瞬間にも、俺たちが守るべきものが地上から失われていく。今を生きる者たちの記憶。今はもういない者たちの生きた証。




 そして俺の記憶と生きた証も間もなく消える。風の中の吐息のように。雨の中の涙のように。




 もう行かなければならない時間だ。このメッセージは他の奴らのと一緒に封をしてどこか近くに埋めることになっている。




 どうか、いつの日か誰かがこれを見つけますように。そして、これを見つけたあなたが俺たちのことに思いをはせられますように。




 20xx年xx月xx日。俺は、俺たちは、ここまでだ。

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